<リプレイ>
●扉の向こう 林檎の木が生えた小さな庭を通って酒場の扉を開いた。柔らかい木の温もりと酒の馨りが、閉じられた世界の内側に広がっている。鼻先を掠めた秋夜の気配に、訪れた者たちは一様に僅かな安堵を胸に抱くこととなる。其の場所の落ち着いた空気は、隠れ家にある静かな暖かさを秘めていた。 此処最近は本当に様々な出来事が重なったものだ、とカズハは零した。酒が傷に染みれば、生きているのだと自覚も出来る。イツキは壁に身を預け、望み得た敵と戦い逝った男に想いを馳せ、知り得ぬ疑問を胸に抱いた。 強い酒ばかり選ぶ彼のグラスに、サイオンは己のグラスをかちりと合わせる。 「逝っちまった同胞に、かな」 シュウは酒場の高い天井を見上げた。全く、近頃は別ればかり訪れるものだ。 「まだ暫くは、いけそうも無い……か」 溜息混じりの言葉が酒場に溶ける。 カウンターの隅に腰を下ろしていたエリスのグラスからは、ラムとシナモンに混ざって、バターの溶ける重厚な香りが暖かな湯気と共に立ち昇っていた。自分のことでは無いと前置きをして、「友達だと思っていた人が、何も言わずに消えてしまったと言うお客には何を出すのか」と問うた答えが此れだった。由来や意味は抜きにして、貴女が暖まりますように――ミルクの優しさが、不思議と痛い。
一方、マスターの手伝いを申し出た面々も、丁寧に仕事を続けている。きちりと襟を正したユエルダは、相変わらず愛されている酒瓶の数々に感服もした。ふ、とアリアは手を止めて、胸元の連星花に視線を落として頬を緩める。ジョゼフィーナが作るノンアルコールカクテルも、中々好評であるらしい。 柑橘類特有の酸味を感じながら、ヴィラは目を細めてバーテンダーを見る。 「今度また、一緒に出掛けよう。その時はユウから誘ってね」 悪戯っぽく笑って御願いすると、彼は曖昧な仕草で答えて見せた。 シンプルながら給仕役として申し分無い格好をしたパニエは、随分大人びた姿になる。けれどアイヴィがからかえば、普段通りの素直な反応を返してくる。彼は笑って、彼女に林檎のジュースを差し出した。からかい甲斐があることは確かながら、膨れっ面より、やはり笑顔で居て欲しい。 「御注文の品を御持ち致しました」 ノヴァーリスが丁寧な仕草で皿を差し出す。焼き林檎から香草の薫りが立ち昇る。コーリアは嬉しそうに受け取ると、早速フォークを手に取った。
●夜の世界 奏でられる緩やかなサックス。音色を奏でるポンテと、ギャルソンスタイルで給仕するマオの視線が絡み合う。男装の彼女は酷く艶やかに微笑んで、近くの知人に声を掛けた。そんな二人にカイザーは、苦笑に近い何かを洩らしグラスをゆるりと傾ける。酒は妙に喉を焼いた。 マカーブルは物思いに耽りつつ、グラスの中身を飲み干した。隣に置いたもうひとつのグラスは、既に氷が溶けきっている。そんな彼に、ダフネは遠慮がちに声を掛けた。現実に引き戻された彼が見ると、彼女はソウリュウの影に隠れるようにしている。探索部隊に思いを馳せて、三者は僅かな言葉を交わした。 林檎のジュースで乾杯をして、ヴィオラとシキは顔を寄せる。綺麗に着飾った互いを見て、くすくす、と密やかな笑みを零した。 ヨゥミは鮮やかなカクテルを恋人たちの前に差し出す。ルーシェンは大分酔いも回ったか、心地良さげに笑みを浮かべた。マオーガーは彼女の手の中からカクテルグラスを取り上げて、飲み過ぎだとでも言うように、もう一方の手を腰に回して彼女の身体を抱き寄せる。 がちがちに緊張しながらもエスコートする彼を見、マナは艶やかに囁いた。何時にも増して美しい彼女から夜明けの珈琲を誘われて、ザンザは目を白黒させる。こんな時に何と答えるべきか、流石に本には書いていなかった。 白いロングドレスのラビスが語る話を、ハインリッヒは優しい瞳で聞いていた。夜は女性を美しくすると言うが、其れは恐らく真実なのだろう。 グラスに向けられた視線に気付き、レアルは「大人ですからね」と念を押すように呟いた。リアは「判ってます」などと頷くも、今夜の彼は不思議なくらい格好良くて、気恥ずかしいながら見惚れてしまったと言うのが本当のところ。彼とて、いつもと違う彼女の甘さに気付いていながら、表に出さぬのだから御互い様だ。 赤いカクテルを手に、シリエストは喉を鳴らして笑う。彼の言う「眩しい場所」を、彼が嫌いでは無いと知っていた。眩しくとも、其処はサーレントの居るべき場所なのだ。 ジンジャーエールを手にしたガルスタの横で、黒いドレスを身に纏ったアティは落ち着いた時を過ごしている。二人とも何を話すでも無く、流れる心地良い空気へ身を浸した。 豊満な胸元が強調された水色のパーティドレスを着て、フルルは嬉しそうに微笑んでいる。彼女のドレスは兄の作であった。左足をちらりと見せたドレスは、長身のナミキに良く似合う。兄妹は互いに甘え合いながら、穏やかな夜を過ごした。
●酒の意味 一口飲むと広がる林檎の香りに、ほぅ、とファオは息を吐く。酒場の中をぐるりと見渡すと、再び土産となるらしい酒へ視線を戻した。 酒に逃げることは良くないだろうが、偶の癒しには良いだろうと思う。依頼での敗走を想い、ケネスは今宵は朝まで酒を呑もうと息を吐いた。過去の己に思いを馳せ、酒の味が判る今を思う。カナードは最初の一杯に、普段通りの願いを捧げた。 偶には悪く無いものだ、とサレストは沈黙したまま、静かに仄かな酔いに浸る。 美しく正装したレヴィアは、淡い紫のカクテルに目を細めていた。 黒のハイネックを指先で弄りながら、アネモネは軽めの酒を傾ける。 酒場の中は鮮やかな虹のように、様々な人の姿を映す。 今日のリョクは、決して苦いわけでは無い緑色のカクテルを手に取っていた。 上品に着飾ったミリュウはと言えば、テーブルをひとつ占拠して数本の酒瓶を前に秋の長い夜を楽しんでいる。林檎のジュースを手にしたアニエスは、彼女の様子を興味深そうに眺めていた。 「こんな風に酒を楽しむのも、良いものですね……」 穏やかにエイヤが微笑むと、テティスもまた頷いて、手の中のアニスの香りを楽しんだ。偶然出会った二人は、言葉少なに時を過ごす。同席を申し入れるとフィラは快諾し、セドリックを隣の席へと招いてくれた。美しい秋の夜を緩やかに過ごす。時間は贅沢に、穏やかにと進んで行った。 「今夜、ワインでも飲みながら月の神秘を語り合わないかい?」 デキャンタからグラスへと、香りの開いたワインを注ぎゼイムは言う。声を掛けられたスズカは甘ったるい色香と共にワインを受け取った。ドレスを着、三つ編みを解けば彼女も十分にこの場に相応しい女性だ。 そんな酒場を眺めながらに、赤を纏ったヒギンズは緩い溜息も洩らす。白いロングショールを羽織り直し、秋の夜の空気に酔った。 壁に凭れてサファイアに似た色のカクテルを喉の奥へと流し込む。ふと、今宵の誘い主である男の、真紅の眼と対を為す色かなどとも考える。フィードの思考は誰かを探すように流れていった。
●緩やかな時間 「……御待たせしました。ごゆっくりどうぞ」 黒い服に身を包んで、慇懃にレイヴンは頭を下げる。ロザリーは唇の動き程度で礼を言うも、受け取ったのは普通の紅茶。少しばかりの意外性を感じながらも、邪魔はせぬようと彼は其の侭下がっていく。 「ロザりんはまだ十八歳なんだよね〜」 林檎の香りを楽しみながら、大人びて見えるけど、などと何気無い口調でエンが言う。 ごほごほ、とロザリーが咽た。 「あれ、やっぱり駄目?」 「……駄目、でも無いのですけど……」 ロザりんは如何だろう。 眉を寄せる彼女の様子に、ルーツは明るい笑顔でウインクをひとつ。 「表情が少し明るくなった様で、わたしも嬉しいです」 いつも応援していますよ、と言い足せば霊査士の彼女は、見ていてくれたことは存じています、と僅かに目尻を下げて答えた。 夜も大分更けた頃合、そろそろ、と霊査士が席を立つとジェネシスが付き添った。秋風の中踏み出せば、寒さも優しいものでは無い。自らのマフラーを外して霊査士に掛けてやると、喉元の醜い傷痕が露わになった。 霊査士は不意に、彼の喉へと手を伸ばす。当てられた冷えた指先に僅か身を強張らせ、けれど御互い問うでも無く答えるでも無く。星空を褒めて帰路を行った。
「……洒落になんねぇよなぁ」 閉じた扉に僅かな合間視線を向けて、ナナトは苦笑と溜息を洩らす。毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は彼からの労わりの意、紅茶馨るホットカクテルを手に、鱈とハーブのブルスケッタを食べていた。相棒の零す意図を取り、難儀なものだなあ、等と同情混じりに呟いた。 ティアレスは所在無さげなセイミリアを呼んで、楽しんでいるか等と聞きながら紅茶を一杯奢りもする。大人びた黒のドレスで身を包んだナオは、追討戦から帰還した彼に労いの言葉を掛けた。「信じていましたから」と笑う彼女に、ティアレスはにやりと笑みを返して見せる。 桜色のビスチェにフリルスカート、縦巻きロールのミナは「俺、娘が1人いるんだけど、お父さんになって?」などと嫣然とした微笑を載せティアレスを誘惑した。ティアレスは彼の平らな胸元に数秒視線を落としてから、「我は慎み深い女性が好きなのだよ」と肩を竦めて言葉をかわす。 そしてランブルが勧めた清酒を一口。名に恥じぬ一品に目を細めれば、彼も満足げに、 「……この酒は特別だからな……」 と酒瓶を撫でた。品のある帽子を被り直して、キノはティアレスにカシス色をしたカクテルをひとつ差し出した。「飲んでみ」と笑うと、彼は気遣い有難く、と唇の端を歪めて見せる。 金箔と真珠の飾られた紅いグラスをティアレスに差し出し、バーテンダー姿のフェザーはにこりと笑った。「貴様が飲める年になれば、腕も更に上がるだろうな」と澄まし顔でティアレスは言う。同様にカクテルを受け取っていたアリシアが、誘いへの感謝を述べながら、少しばかり不安げに問うた。 「……本当について来ちゃって、御邪魔じゃなかった?」 グラスを傾ける間を置いて、まさか、と言うように肩を竦める。 「美しい女性が誘いを承諾してくれた。此れは至上の幸福であろう」
人波が引き始めた頃合、唐突に声が掛けられた。見遣ると、声の主のテーブルには林檎の封じられた瓶と三つの杯。二つの席には人影があり、残る一つは空席だった。三つ目のグラスはティアレス殿のものであるぞ、とアレクサンドラは笑う。肴も様々に机の上に並べられ、食べ比べをした跡がある。 何はともあれ笑みは浮かび、ティアレスは空席に腰を降ろすと杯を受けた。 「今宵の供は命の甘露カルヴァドス。美味なる林檎に、そして我々の先の依頼の成功に、乾杯!」 グラスが涼やかな音を鳴らす。グレイはロザリーに関する事柄を「妹離れ出来ぬ兄のようだ」とからかいつつ、彼が反論する前に琥珀色の液体を傾けて目を細めた。 「香りが爽やかで、すっきりとした甘味と酸味を備えたお酒ですね」 ティアレスは複雑そうな表情を見せ、待たせてすまんな、と今更な言葉を吐いてから林檎の酒を飲み干した。年長者を尊ぶ程度の礼は弁えているつもりであるし、本当に今更ながら、ティアレスは年上の男に弱いのかもしれない、と自覚する。だがしかし、酒の味は悪くは無かった。
「……お疲れ様でした……」 バーテンダーの名に恥じぬ細やかな気配りをし、酒場の給仕をし続けていた二人も漸く仕事がひと段落し、自らの酒を注いでいた。 「俺の方はまあ……ボチボチって所だがな」 ハンニバルの微笑に、ガラッドも笑んで答える。 秋の夜長、閉じられた世界での安らぎを生んで、酒場の扉は閉じられる。一夜限りの魔法のように、求める人に与えられた染みるような癒しの色は、朝が来れば褪せて行く。夜のひとときが決して夢でも無いことは、土産にと渡された小さな瓶が示しても居た。 瓶の中身が乾される頃に、また、「林檎の庭」へと訪れる機会があるだろう。

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参加者:70人
作成日:2005/10/31
得票数:ミステリ1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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