<リプレイ>
●冷雨 降りしきる雨。耳に入るのは身体を打つ雨音と、自分達の呼吸。 「冷えるねぇ……」 「いよいよだな……」 嵐の前の静けさか。呟いて、目を細めた緋炎煉獄・ゴウラン(a05773)に頷く舞月の戦華・アリア(a00742)。 その横で紅き紋章を描きし乙女・ショコラ(a02448)が溜息をついて。 「ピルグリムとの戦いもこれで最後だといいですよねぇ……ううん。終わらせなきゃいけないんですね」 「ええ。……かの白い雨が果たして彼等の罪を流す為のものかどうかは定かではありませんがね」 天を仰いだ死徒・ヨハン(a04720)、そして赤と白の狩人・マイト(a12506)の上に降り注ぐ雨。 今、それは白くはない。 初めてピルグリムと関わってから随分と長い時間がたった。 その間に、多くの命が消えていった。 身を挺してくれたこの危機を救った友のために、何とか答えを見いだしたい……。 そんな事を考えていたマイトの目に入ったのは、泥濘で蠢く影。 「居ましたね……。皆さん、準備は良いですか?」 「おう。いつでもOKだ。……ルシ、アヤノ。援護、しっかり頼むぜ」 その言葉に答えつつ、振り返った三代目雲龍の刀匠・レイド(a00211)。 「はーい! 全力で頑張るよ!」 大きく頷いて拳を握り締めた星影・ルシエラ(a03407)に笑い返して。脇に立つ暁月の豹牙・ナイジェル(a02553)とマイトに、2人を頼むと目線で語りかける。 「判ってる。レイド達も気をつけてな」 ナイジェルはそれに、いつもの余裕を伺わせる笑みを浮かべて応えた。 「……いいかい? 今の自分の力で出来る事以外はしなくていい。未熟なヒヨコが先走って危なくなっても、今回はフォローしてやる余裕は誰にも無いからね」 そして、仲間達に鎧聖降臨をかけて回りながら、月夜の剣士・アヤノ(a90093)に突き放すように言うゴウラン。 「……ええっと。ゴウランちゃんは気をつけてって言ってるんだよ。油断せず全員無事で成功するように頑張らないとね」 唇を噛んだ彼女を見て、自然と昼寝愛好家・ファンバス(a01913)が少し慌てたように早口で続けて。 判ってる、と頷いたアヤノ。 その頭を月夜に永遠誓いし剣士・カズハ(a00073)がそっと撫でる。 「アヤノが気がかりだと戦に集中する事も出来ん。気をつけてな」 「……その言葉、そっくり返していい?」 「俺はいつもの事だ。心配するな」 彼の言葉が終わる前に、辺りに響くワームの咆哮。 「さて……狩りの時間ですね」 「手負いの獣の恐ろしさは伊達じゃねえぞ。心して掛かれ!」 どこか楽しげに呟いたヨハン。そしてレイドの喝を入れるような叫び。 それに応えるように、仲間達は泥濘の中を歩き出した。
●蠢動 泥は思いの他重く、強い雨は止みそうにない。 そんな中。戦端を切ったのは、ルシエラの放った矢。 ピルグリムワームに切り込む班と、背後に回りこむ班。 二つに分かれて行動する事にした冒険者達。 ワームの状態を確認する為に遠眼鏡を覗いたルシエラとナイジェルだったが、激しい雨で視界が悪く。 頭が判れば、左右も判る。矢を放てば反応し、頭を擡げるだろう。そう考えて。 案の上、掠めた矢に反応し、振り返ったピルグリムワーム。 左側を確認し、切り込み班が間合いを詰めようとしたところで、意外な事が起きた。 ずるり、という嫌な音を立てて。ワームが前進を始めたのである。 「全く。死に体のくせに動くんじゃないよ!」 叫んで、走り出すゴウラン。 それが目指す先はルシエラとアヤノ――目が見えなくても、音で矢が飛んできた方角は判る。本能に従って獲物を目指した結果なのだろう。 「後衛、散会ッ! 来るぞ!!」 続くレイドの叫び。泥濘の中を、切り込み班がワームを追って走る。 ワームの動きも速くはないが、出遅れた上に泥に足を取られて思うようには進めず。 散会する後衛の者達も同様だ。 ――勿論、豪雨や泥濘に対する装備は万全にして来た。 それでも、靴にあっと言う間に泥が絡みつき、重さを増して。 徐々に間合いを詰めて行く中、辺りに響くカズハの紅蓮の咆哮。しかし、効いた様子はなく、ワームの前進は止まらない。 「小細工は通用せんか……」 苦渋の表情で呟いた彼の目に入ったのは、泥に足を取られて転んだルシエラと、助け起こそうとするアヤノ。そこに迫るは、ワームの撓る巨体――。 「ルシエラちゃん! アヤノちゃんっ!」 倒れそうになりながら必死に走り、手を伸ばすファンバス。 その前に。疾風のように現れ、2人を引き上げた人物。 「臥せろ!」 そう叫んだのは……。 「……ナイジェル!」 「ナイルさんっ! しっかりしてっ」 数秒の後。泥の中から起き上がったアヤノとルシエラ。 その代償に。薙ぎ払いを受けたナイジェルの端整な顔と身体が、血と泥に塗れて。 「大丈夫……。まずは役目を果たしたかな」 血を吐きながら、チャクラムを構え直して笑うナイジェル。 そこに響き渡るワームの咆哮。飛び散る白い体液。 攻撃に集中し、散漫になった瞬間を、仲間達は見逃さなかった。 「今だ!」 「どぉりゃあああああ!!」 一瞬の隙を突いたアリアの全てを切り裂くような鋭い蹴り。ゴウランの強烈な一閃が、ワームの癒えぬ傷口に叩き込まれる。 「行けぇ! 青き稲妻よ!」 「食らいやがれ!」 空を裂いて突き刺さるマイトのライトニングアロー。 続くレイドの稲妻の闘気がこもった一撃。そしてカズハの剣先が爆発し、敵の大きな身体が傾ぐ。 冒険者達の渾身の一撃は、分厚く硬いその外殻をものともせず、ピルグリムワームにダメージを与え、消耗させて行く。 更に白い雨で負った傷への攻撃は、確実にその命を削っていた。 だが、払う代償も決して小さくはなかった。 「粘り蜘蛛糸は効きそうにありませんね。……では」 仲間達の離脱の手助けと攪乱の為に、リングスラッシャーを召還して仕向けるヨハン。 ルシエラとアヤノ、ナイジェルもまた、それを手伝う。 「アリアちゃん! カズハ君! 右っ!」 全員の様子を見渡しながら、敵の様子も観察していたファンバスの短い叫び。 しかし、膝まで埋まる泥濘で機敏に動けず、どうしても離脱が遅れる。 その上、ピルグリムワームは既に視覚に頼ってはいなかった。 自分達とて、蚊に刺されれば反射的にそこを叩く。 我を忘れ、我武者羅にその大きな身体を振り回すピルグリムワームにとって、冒険者達はそれに近いモノなのだろう。 回避と言うものを忘れた捨て身の薙ぎ払いは、傷跡にもう一撃加えようとしていたアリアとカズハを纏めて吹き飛ばした。 「アリア、カズハ……っ」 泥に沈んだ2人を見て、飛び出そうとしたアヤノ。 その前にマイトが立ち塞がる。 「駄目ですよ! ゴウランさんにも言われたでしょう!?」 「私は武人だ! こんな時に行かないでどうする!?」 「前に出るだけが戦いじゃありませんよ!」 彼女の目線を背中に受け止めて、矢を番えるマイト。鋼糸をうねらせて、ヨハンが軽く溜息をつく。 「……私も出るとします。良いですか? 皆さんはワームの傷口を重点的に狙って下さい」 消耗戦となった今、確実に弱点を狙えるのは後衛の者だけ。 そう続けた彼に、大きく頷いたルシエラ。 「アヤノさん、1つだけ。人間はそれぞれ違います。……運命も、担う役目も」 通り過ぎざまの意味深なヨハンの台詞に、アヤノは俯いて。 武運を祈る言葉を告げて、彼を見送ったナイジェルを、ルシエラは覗き込む。 「ナイルさん、ごめんね。ルシエラのせいで……」 彼に守られていたから、守り返すと決めていたのに……。 ションボリとする彼女。その頭を撫でる、大好きな先輩の手。 「聞け、ルシエラ。さっきの攻撃で足をやられた。……フォローを頼むよ」 「……うん! 頑張る!」 ガッツポーズをして見せる彼女に、ナイジェルは苦痛を堪えて微笑を返す。 ふらつく身体。足をやられたのは嘘ではない。 それ以上に、癒しの魔法で止血こそされているが、結構な量の血を失っていたのだ。 しかし、こうしている間も仲間達が戦っている。自分だけ倒れる訳にはいかない。 後少し……。それまで持てばいい。 「行くぞ! 我に続け!」 激しい雨の中。響くマイトの叫び。 狙いは1つ。ピルグリムワームの背中。溶けた傷跡……。 「……っ!」 一瞬気が遠のいていたのか。 泥の中で目を開けたアリアの視界には身体から流れ出る血、ワームの白い身体、そして自分を庇うように膝をついているカズハの背中。 ――痛い、寒い。恐い……。 そう。本当は、何時だって恐かった。 そんな自分が戦場に立っていられたのは、アヤノや信頼できる仲間がいたからだ。 仲間達の為なら、頑張れる。だから。 恐怖を振り払うように震える膝を叩き、立ち上がったアリア。満身創痍の狂戦士に声をかける。 「……カズハさん、大丈夫?」 「うむ。怪我には慣れてる。それにな。狂戦士たるもの怪我をしてからが本番だぞ?」 口の端に血を滲ませて真顔で言うカズハ。 冗談にしてはきついと思った彼女だが。この男とは長い付き合いになるが、冗談を言うところを今迄見たことがないのに思い至って苦笑する。 「……それ、アヤノちゃんが聞いたら泣くと思うなあ」 「それは困るな。……動けるか?」 そう言いながら癒しの魔法をかけるファンバスに、アリアも同意して。苦笑しつつ続いたカズハの問いに、彼女は強く頷く。 「……絶対に、無理は禁物。皆で帰るんだからね」 心配と緊張が入り混じった表情をしているファンバスに2人は手を上げて応えて。戦線に復帰する為に泥の中を進む。 彼らの目線の先は、白い蟲と対峙する2人の赤毛の戦士の姿。 「お前の相手は俺だ! 余所見すんな!」 「……あははっ! この程度じゃアタシは沈まないよ!」 叩いては払われ、払われては斬りかかりを幾度となく繰り返しているレイドとゴウラン。 その不屈の攻撃は、確実にピルグリムワームにダメージを与えているけれど。 赤い血と泥、そしてワームの白い血に塗れたその姿は目を覆いたくなる有様で。 ショコラとファンバスはただひたすら、癒しの魔法をかけ続け……。 「もう弾切れですよっ!」 彼女の悲鳴に近い叫び。 回復してもすぐ削られて行く仲間の体力。 癒しの魔法には限りがある。そんなに長く持つはずもなかった。 「いい加減決めないとやべえな。ゴウラン、まだ行けるか?」 「当ったり前だよ。アンタこそまだ動けるんだろうね!」 返り血を拭いながら言うレイドに、ニヤリと笑い返したゴウラン。 頷き合った2人。大きく息を吸い込んで……。 「総員、俺とゴウランの攻撃に合わせて総攻撃! 行くぞ!!」 「遅れたら承知しないよっ!!」 戦場に響き渡る2人の声。それに応えるように、ファンバスとアリアが走り込んで来て――。 「……絶対に皆で帰る!」 「これ以上、皆を傷つけさせはしないっ!」 4人の一斉攻撃に一瞬怯んだピルグリムワームだったがすぐに立ち直り。その身体が大きく伸び上がって、圧し掛かりの体勢に入る。 「させるかっ!」 「ルシエラ……負けないもんっ」 「我らの悪夢、全て終わらせてみせる!」 そこに畳み掛けるナイジェルとルシエラ、マイトの援護射撃。 全ての攻撃が、溶けた傷跡に当たった訳ではないが。 残っているアビリティを総動員しての集中砲火に、ピルグリムワームが苦しげな咆哮を上げ、身体が傾げる。 その瞬間を見計らったように飛び出して来たのはヨハン。 「……速やかな死を以ってその罪を赦しましょう」 祈るような呟き。 背後に回り、鋼糸を背中の傷目掛けて思い切り舞わせ……そして。 「これで終わりにさせて貰おう。俺の全てをかけて、貴様を倒す!」 叫びと共にピルグリムワームに飛び込んだカズハ。 強烈な一撃が身体に入ったのと同時に爆発し、白い体液が飛び散らせながら、白い蟲は泥濘の中に落ちた。 「やったか……?」 レイドの呟き。しかし、それはすぐに動き出し――。 「そんな……!」 呆然とするアリア。 既に回復の力、そして攻撃のアビリティすらも使い果たしていた冒険者達にはもう、対抗する術は残されていなかった。 そして、襲い掛かって来るピルグリムワーム。 仲間達が次々と薙ぎ払われ、泥濘の中に沈んで行く。 撤退。この2文字が冒険者達の頭を過ぎった瞬間。 天も冒険者達を哀れんでか、涙を落とし始める。白い、白い涙雨を。 「……白い、雨……?」 泥の中で天を仰ぐルシエラ。聞こえるピルグリムワームの怯えたような咆哮。その巨体が、どんどん溶けてゆく。 「孤独な様子が、なんだか寂しいね……」 雨の中。独りで死んでいく蟲の姿に、心に仕舞っていた事を吐露するファンバス。 ヨハンは前を見据えたまま、静かに呟く。 「相容れない種を排除するのは所詮ピルグリムも我々も変わらない……それが自然の理というものです」 かの者が流すは白い血。血が流れるのは生の証……。 「還りなさい。大地に」 呟き、十字を切る彼。その足元で、白い蟲だったものが、雨と泥濘に溶け合っていた。
●生還 「もう、クタクタです……」 気が緩んだのか、ショコラがその場にへなへなとしゃがみ込んで。 ピルグリムワームが消えて暫くの後。仲間達は泥濘の中にぼんやりと身を投げ出していた。 最も、好きでこうしている訳ではなく。身体が痛くて動けない者が大半だった訳だが。 「……生きてるかい?」 「ああ、何とかな」 冷えた体を温める為に仲間に酒瓶を回すゴウランに、青ざめた顔で笑い返すナイジェル。そんな彼に肩を貸すルシエラは何だかむくれていて。 「もうっ。ナイルさんったら無茶するんだからぁーっ!」 「まあまあ。命の抱擁を使わなくて済んで、本当に良かったよ」 ぷりぷりと怒る彼女を、ファンバスが宥めて微笑む。 「アリア、カズハ……大丈夫?」 「うん。平気だよ」 「アヤノこそ怪我は……ないようだな」 慌てて駆け寄って来たアヤノに、微笑を返すアリア。 良かった、と呟いて。アリアに抱きついた恋人の身辺を素早くチェックしたカズハは、安堵の溜息をついて。 「さっきは……ゴメンよ」 ポツリと呟いたゴウランに、アヤノは一瞬驚いた顔をした後、首を振って。 「アドバイス、何とか守れたよ」 「おい。俺も重傷なんだからちったあ心配してくれよ」 そこに笑顔で割り込んで来たレイド。 激戦を制し、和気藹々とする仲間達を、マイトは静かに見守りつつ、呟く。 「これで、同盟の不良債権の一部は消えましたね、多分……」 「そうだと良いですね。ピルグリムとの殺し合いは、あまり愉しくありませんから」 微かに苦笑を浮かべたヨハンに、マイトも苦笑して。 「さあ、帰って酒場で温かいのを一杯やろうか♪」 楽しげな言葉とは裏腹に、のろのろと起き上がったゴウラン。 気が付けば、雨は止み。晴れ間が見え始めていた。

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