Stolze Frau



<オープニング>


 その日、ラナンキュラスはありえないものをみた。

 ”ソレ”は肌寒くなってきたこの季節に、こともあろうかゴミ捨て場で寝ていた。爆睡していた。
 驚きを通り越し、怒りを覚えながら……”ソレ”をゴミ捨て場から連れ帰り、落ち着くのを待ってからお風呂に入らせて……

 ”ソレ”にバスタオルを投げかけながら、暖かいミルクを渡すと、
 彼は怒りに震えるように机に両手を叩きつけながら、まだ熱かったのか、ゆっくりとミルクに口をつける”ソレ”に向かって声をあげた。

「……大体!」

「あぁ、わかったわかった! ……わかったから、あまり大きな声を出さないでくれ。頭に響く……」

 そう……義姉だ。
 何がきっかけだったのかは、人に語って聞かせるようなモノではないが……彼女を義理の姉としたあの日よりもずっと前から、義姉の服装と酒癖は直っていない。

 自分も、楽しい酒は好きだ。
 楽しく酒を飲むことは好きだ。
 だが、酒に飲まれて意識を失って……記憶も斑、なんてのはどうなのですか!?

「……決めました」
「へ? 何を?」
「姉さんに少しでもおとなしく女性らしくなってもらいます」
 ぐっと、こぶしを握り締め、宣言をする。
「まずは形からということでドレスです。ドレス。シックでフォーマルなドレスを持ってきて、それを着てもらいます」
「いや、私にドレスはちょっと……似合わないんじゃないかなぁっ……と……」
「関係ありません。俺がやると言ったからには確実にやります。姉さんが嫌がろうが逃げ様が確実に、着せます!」

 そんなやり取りがあったのが先ほど。
 ラナンキュラスは宿もかねる冒険者の酒場に姿を見せ、大きな声に何事かと聞き耳を立てていたり、面白そうに待っていたりした冒険者達に声をかけた。
「この先の街まで、女性用のドレスを買いに行こうと思います。皆さんも一緒にどうですか? 歴史のある街ですし、良い仕事の服も多くあると思いますよ」
 どれほど形に効果があるのかはわからない。
 だが、きっとドレスを着ればさすがの姉さんも少しは淑やかになってくれるんじゃないかな? と祈りにも似た期待を胸に。
 ラナンキュラスは共に買い物に出かける人を募った。


 歴史の積み重ねが醸し出す落ち着いた雰囲気の、瀟洒な街並み。
 そこにある一軒の、近隣では有名な女性用ドレス専門店。
 一人一人のスタイルに合わせ、セミクチュールからオートクチュールまで取り扱っているその店の名は、『誇り高き女性』

――【Stolze Frau】――

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参加者
NPC:黒人・ラナンキュラス(a90216)



<リプレイ>

 落ち着いた佇まいを見せる街並を損なうことなく、しかし悠然と聳える一軒の店。

 ――Stolze Frau――

 誇り高き女性、のその名が示すように、殊更に強調をした装飾はないが、年季の入った看板が、歴史と自信を感じさせる。

「いらっしゃいませ」

 扉を開けると、深く頭を垂れる楚々とした女性と身形の整った老紳士、そして色もデザインもとりどりのドレスが迎え入れる。
「……! わあ……っ、このドレス、素敵ですね」
 目の前に広がるドレスの数々にルイが感嘆の声を上げる。
「綺麗ー……どんな人がどんな時にこんなものを……」
 パンセは触れるでもなく、憧れの混じった目でゆっくりと見て回っていた。
「いつもはお世話になってばかりですが……こういうお店ならなエレンシアにお任せくださいませ♪」
 そういって選び出した服をフローライトやヘリオトロープに着せていくエレンシアに、「あら……少々失礼致しますね……」と細かいところを直していくアオイ。
「それよかむしろこっちの方が良さそうかね?」
 自身の服を着付け終わったフローライトも加わり、ヘリオは既に着せ替え人形のようだ。
「……楽しそうで何より」
 なすが侭の彼女に次々とドレスが宛がわれ、まだまだ続きそうな雰囲気にぐったりと諦めた表情で呟く。
 小さなレディ用のドレスも多く取り揃えられ、そこではミャアが我が子のためのドレスを探していた。
「……どうですか?」
「これ……ボク、なぁ〜ん?」
 ティエランに鏡に映った自分の姿を見せられたルーリは嬉しそうに、同じデザインのドレスを彼女に手渡していく。
「ティエランさんもおそろいにするなぁ〜ん」
「あ、お揃いですか?」

「……ハッ!」
 乙女チックにドレス選びをしてる自分に気づき、赤面したクレウ。
「よしっ、このドレスを頂こうか!」
 しかし、晴れ晴れとした顔で一着のドレスを持っていく。
 今までのイメージとはちょっと変われるかな、と。
「師匠、気合入れて探しますえ!!」
 恋人のためのドレスを探すマリーに、シシャモは自分の分を考えていない弟子の為の一着を探していた。
「ねぇねぇ、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
「ルフナならどっちも似合うぜ?」
「それじゃあわかんないよぉ」
 妹のルフナの問いに答えるソヨゴ。
「気がはいってない!」
 対してこっちの姉弟も、同じように。気の無い返事に怒り顔のユイリンを横にエルンストはオレンジのドレスを手にとった。
(「……よし、彼女にこれを送ろう」)
 ミヤクサは「う〜ん、どれが似合うかな?」と友人の姿を思い描きながら一つ一つ眺めて回っている。
「154だから……これだと少し小さいわね……」
「ピンクの可愛いですよ〜♪ ひらひら、ふわふわ♪」
 ベアトリクスが渡すドレスを体に当ててみせながらリュウは気恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
「えへへ……にあうかな? ですよ〜♪」
 レイチェルの探しているのはいつもお世話になっている店長へのプレゼント、2mの人用のドレス。
 きっと気に入るはず、と確信を持ちながら選ぶ。

 フォーマルなドレスを見に歩いていたはずのネフェルの足が、ピタリと止まった。
「予定はないですけれど、見るのはただ、ですし……」
 やっぱり気になるのは花嫁衣裳、とアリエノールとアクアローズが花嫁衣裳を幾つも試着するのをみていたウピルナはぽつりと呟く。
「いつか、ああいう風にドレスを選ぶ日が来るのかしら……」
 一緒にままたちの衣装を見ていたアスティナは、コッソリ店の職人に声をかける。
 今着ているのと同じようなデザインで、少し大き目のドレスを作って欲しいと。
 よろこんで、と微笑みながら採寸をはじめる店員に微笑み返す。
 彼女達から少し離れた場所では、婚約者の事を思いながら黙々と、時々物思いに耽るようにソリッドがドレスを選んでいた。
 アリエノールがすぐ近くにいるとはお互い気づいていないようだ。
 ガイヤが手にとったのは、目立つ装飾のないシンプルなドレス。
「……うむ、この白いドレスにしよう」
 喜んでくれるといいが、と心に誰かを思い浮かべながら。

 職人と生地まで相談して、注文を済ませた正装のキオウは見つけた男性に声をかけた。
「なぁなぁ、どんなの買うんだ?」
「……はっきり言って女性用ドレスの専門店なんて完全にアウェーだ。明らかに浮きまくるぞ俺……」
 とっとと買い物を済ませたいと急ぐカッツェ。
「これは……どうかし、ら……?」
 アティからの問いに、真っ赤になりながら答えるガルスタだが、彼女のためのドレスは既に頼んであったりする。
「これからの季節でも着れそうなので、薄い色の物を探してるのだが……」
 何を贈ればいいのか迷った末にヤトは店員に尋ねる。
 頑張ってあの人が気に入ってくれそうなものを探そうとアズーロは自分で見て回っていた。
 ティムが「これなんかいいんじゃないか?」と差し出すドレスを渋々感たっぷりに受け取るシャリオは、(「……っていうか、合うサイズあるかなぁ……胸とか緩そう」)と自分の胸を見下ろした。
「……エキセントリック。こんな服、見たこと、ないなぁ〜ん……これ……いい、なぁ〜ん」
 ドレスに見入るクピードは純白のドレスを手に取っていた。

「リスの着包みを探しているんだけど」
「ございません」
「セクシーな下着を……」
「当店はドレスを専門に取り扱わせて戴いております。当然、ございません」
 サクヤとロべリアが買って帰ろうとしたものは、無かった。
 あまり期待せずにノソリンの着包みが無いか見て回っていたルシアも、やっぱり、と言った表情で沈んでいる。
 お針子さんもそんなものはきっと作ったこともないし、作れない……

 ルーネは少し大人びたドレスを探していた。まだ子供だから好きな人に相手にされない自分だから。
「だから見た目だけでも大人っぽくなりたいですなぁ〜ん!」

「ドリ子の服なー……背中バーンっの黒いドレスとかっ!」
「そういえばルーシェン、この間インナーを一緒に買いに行っていたなぁ。あの子、何色買ったか教えてくれる?」
 ガルガルガの質問に冷たい表情で答えるルーシェン。
「そんなもん教えるわけなかろう……」
「え、駄目ですか。そうですか」
 寂しそうに呟く彼をこっそり見守りながら、セリアはあまり装飾の無い動きやすいドレスを自分用に選んだ。

「やっぱりこう、色っぽい感じのドレスで……ぅふふふふ」
「ってミィミー?」
 妄想の世界に逝ってしまった彼女の顔の前で手を振ったジョゼは反応がないのを見て「えい」と胸をぷにっと触るが反応なし。
 仕方ないので自分のドレスを選び始める。
「上品でそれでいてゴージャスなドレスがいいんだけど……あー、これいいかも」
 我に返ったミィミーが「……ジョゼフィーヌはやけに楽しそうに選んでるのね」と呟く声も聞こえないようだ。

「やはり晴れ着の一枚くらいは欲しいものですものね」
 テティスは上品な飽きの来ないデザインのものを探していた。
「これだけあると迷いますわね?」
 ユリーシャが選び出したのは純白のドレス。
「……これに致しましょう」
 薄紫のドレスを選び、試着をしたレイファは鏡の前に立ってみる。
「誰? コレ……」
 しかし知り合い達が目に入り新たにドレスを手に試着室に逃げ込んだ。
 キラキラと目を輝かせながらキャーキャー走るデイジーを横目に、サイズの合うものを片っ端から試着させていくクローバー。
「さて……カイサには……何が、似合う……なぁ〜ん?」
「……ドレスなんて、柄でなし……参った、な」
 渡されたものを着ながら困った様子のカイサ。
 デイジーは「あたしは見る目確かだから、一緒に回ろーね!」と言っていたのだが、手伝いと言いつつ自分のを選ぶのが優先されてしまっている。
 流行のドレスを一通り見て回ったジョゼフィーナ。
 でも最後に彼女が向かって手にとったのはシックなドレス。
 フォーマルな洋服が必要な依頼のときに着て行けるように、流行に左右されないものを選んだ。

「……どんなのがいいのかしら、桃色か白系のを……」
 ルィンフィーネの楽しそうな顔に、(「試着は疲れるので本当に本当に苦手なのですけどっ……」)と内心を隠して着せ替えに付き合うミア。
「……甘いですね、私も」
 本来の目的の彼女のドレス選びもしっかりすると、心に誓って。
 カーテンに包まって暫く。やっと見せてくれたミュリムのドレス姿に微笑みかけるリュート。
「普段は和服だけど、洋服もやっぱり似合うね。可愛い」
「わ、私だけ照れるなんて不公平だー」
 よくわからない理屈で彼の髪をさわりグチャリとさせる。
「今年はフォーナ、一緒にいけるから、楽しくてつい」
 照れよりも嬉しさが先立つリュートだった。
 シルルはルチアの手を引きながら嬉しそうに騒いでいた。
「女の子同士で買い物とかいくの憧れだったんだ♪」
 隣で歩くディフィスやウツリと一緒に。だけど、4人で騒いでいると「他のお客様もいらっしゃいますので……」とお店の人から注意されて少ししょんぼりしながら。
「……ウツリは紫とか似合うと思うんだけどな、ウツリ大人っぽいし」
「紫もいいけどウツリにはやっぱり黒じゃないかな、落ち着いた感じだし」
 ワイワイと友人を着せ替えながら、シルルとルチアは「ディフィスはどれにするの?」と尋ねてた。
「……淡く明るく……ふわふわしたの……似合うかどうかは……大事だけれど……おいといて……サイズを合わせて……もらって購入……なぁ〜ん……」

 流石に70人が一度に詰め掛けて手狭な店内からファティーナを連れて抜け出したクラウディアは包装して貰ったドレスを彼女に渡した。心の中では、全然そういう関係じゃ無い筈なんだけど、と声が木霊する台詞を言いながら。
「今度また、どこかへ遊びに行こうか。その時は是非、そのドレスを着て、ね?」
「……ありがとう! 今年のフォーナ、楽しみ」

「ラナンキュさんは、どっちのがいいと思いますか??」
 そういって、2着のドレスを見せるキクノ。
「まずは、コレか……コレか……どうですか??」
 ラナンキュラスは淡いピンクのドレスと白いドレスのうち、白い方を指差し答える。
「そちらの方が、髪の色に映えると思いますよ」
 キクノがサイズを合わせて貰いにいくのを見送ると、今度はエィリスが声を掛けてきた。
「お姉さまがどんな方か存じ上げませんし、見も知らぬ私の出る幕でもありませんわね」
 そんな彼の耳に、カーテンのレールが引かれるシャーっという音が聞こえた。
「これでいいのか?」
 試着室から出てきたのはバルバラ。
 コーガが選んだ「動き易そうなスリットの入ったドレス」を着ていた。
「……あらあら? バルバラさんもいらしてたんですのね。ここに居ると言うことはドレスをお選びに? まぁまぁ♪」
 エィリスは声をかけながら自分にも見立てさせて欲しいと店内を探し始める。
「これなんかどう?」
 ミナが差し出したのはシンプルなキャミソールのドレスだった。
「膝丈なので大またでズカズカ歩いてもこける心配なし!」
 ミリュウは沈痛な表情でポン、とラナンキュラスの肩を叩き
「……酷な話だと思うけど……彼女のアレは治らないと思うわ……同類の勘と言うか……屋根のある処で寝る様に、位で妥協した方が良いと思うわよ」
 そう告げると、さらっと自分のドレスを探しに人ごみの中に消えていった。
「さて、冬物ドレス……と。やっぱりこれからの時期はベルベットが良いかしらねえ……」
 いろいろと悩むラナンキュラスをそっと見守りつつ、ずらり並んだ素敵なドレスを堪能しているのはシュシュ。
「眼福〜」
 見ているだけで幸せそうに、そしてその中から自分の分を選びに選び抜いていく。
 面倒そうにしながらも可愛い弟と仲間の頼みだからと逃げ出すこともせずに、そうやって出されるドレスを、早く終わらないかなーと言う表情で手にとり試着室に入ろうとしたバルバラに、付いて入ろうとするメロウ。
 なぜだ、と問われてメロウが答える。
「やっぱり、ドレスアップときたらコルセットや下着も重視したいところやし、ばっちりドレスが映えるようバルバラ姉さんに下着を着けていこうと思ってるんどす」
 下着を手に力説する少女に、バルバラはにやっと笑ってみせる。
「悪い、下着は付けない主義なんだ」
 食い下がろうとするメロウを「本人もああ言ってますし」とラナンキュラスが押し止めるとバルバラは目だけで、ありがと、と伝えて試着室に入っていった。


「こんな感じで……いかがでしょうか?」
 試着室から出てきたバルバラの着る白いイブニングドレスを店員が細かい修正をして着替えは完了。
「ご迷惑でなければ、お手伝いとしてこのストールもご一緒に渡して頂いて宜しいでしょうか?」
 ファオが選んできたふかふかで暖かそうな黒いストールをラナンキュラスが彼女の肩に掛ける。
 鏡に映った姿をみている義姉の姿に、無事に終わったことにようやく安堵に胸をなでおろすラナンキュラス。
 振り向いた彼女は、少し恥じらいながら、裾を持ち上げ、令嬢のように一礼をしてみせる。
「……似合うか?」
「えぇ、良く似合ってますよ、姉さ……」
 静かに微笑んだ義弟に、がらっと雰囲気を変えて人悪く笑うバルバラ。
「なーんてな。中々似合うじゃないか、私。馬子にも衣装って奴だな」
 そう言って一頻りポーズを決めて鏡で自分の姿を確認し、ものすごくイイ笑顔を浮かべた。
「それじゃ、せっかくこんな格好してるんだし、高級そうな所にでも飲みに行くか!」

 そう言って街へ消えていく義姉の後姿に、ラナンキュラスはガックリと崩れ落ちた。

                                        〜 Ende 〜


マスター:仁科ゆう 紹介ページ
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