イチョウの種



<オープニング>


 秋、イチョウが種――ギンナン――を落とす季節。
 ギンナンには中毒作用があるとされるが、茶碗蒸しにいれたりして多くの人々に食べられている。
 ある村人も、茶碗蒸しに使うギンナンを手に入れようと、イチョウ林へと向かったのだ。
 だがしかし、村人はほうほうのていで逃げ帰ってきた。
 しかも強烈な悪臭をつれて。

「いやー、紅葉ですね、こ・う・よ・う!」
 明らかに不自然なフリから会話を始めるツキユー。
「紅葉みたくないですか? こう、イチョウとか」
 問いかけに声を出す暇すら与えず、そのままツキユーは話し続ける。
「ですよね! 実はちょうど突然変異した、イチョウの木を切り倒して欲しいんですよ」
 有無を言わせなかった。流れるように説明に入る。
「ある村の近くにあるイチョウ林に、突然に変異したイチョウが近づくものに果実をぶつけて暴れているのです」
 ツキユーはスケッチブックにイチョウの果実の絵を描いてみせる。
 姿かたちはサクランボに似ている。ただ、実際の色はサクランボではなく、梨のような色なのだという。
「このイチョウの果実にはギンナンが入っていません。皆さんがよくギンナンと言っているのは果実ではなくて、その中にある種の事なんですねー」
 トリビアを交えながら、ツキユーは果実の絵のまわりにのたりくねった、嫌な効果線をつける。
「そのかわり、とっても臭いらしいんです。マジで」
 ただでさえ臭いギンナンだが、このイチョウの果実の臭いは強烈に鼻をつき、涙が止まらなくなるという。
「このままではギンナンを収穫する事ができません。ちょっとイチョウの木を切り倒してあげてください」

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参加者
灼き尽くす漆黒の太陽・シュン(a14852)
可憐丶純情丶悪魔・キクノ(a18787)
灼陽と赤月の双剣士・ラスク(a19350)
シナト・ジオ(a25821)
静かな大地・ソイル(a27309)
無限紅翼・シリウス(a29329)
理の探求者・エアハート(a32454)
不思議黒翔剣士・ミスティア(a32543)
嵐を呼ぶ魔砲少女・ルリィ(a33615)
蒼の誓剣・セレネ(a35779)


<リプレイ>

●敵は己に在り
「素晴らしい……眺めですね」
 灼き尽くす漆黒の太陽・シュン(a14852)はその眺めに言葉が出なくなった。
 あたり一面、黄色尽くしだ。地面には黄色く紅葉したイチョウの葉が積み重なり、踏みしめると柔らかい感触を残す。
「まるで黄金郷のようですわ」
 足元にあるイチョウの葉を一枚手に取り、蒼き戦蹄・セレネ(a35779)はうっとりしたように呟く。
 扇状に広がったイチョウの葉。
「イチョウの葉はこれ程綺麗ですのに……」
 その葉を二枚に折りたたんだかと思うと、鼻にあてがった。
「この臭いが全てを台無しにしておりましてよ! ギンナン滅殺あるのみですわ!!」
 大木を飛び越えて、ギンナン自体を滅ぼし生態系のバランスを崩すと宣言するセレネ。
「いやもう、既に臭ってますわね……」
 不思議黒翔剣士・ミスティア(a32543)の言葉通り、大木に辿り着く以前の段階で、イチョウ林には地に落ちた果実の臭いが漂っていた。
「この臭いを更に強烈にしたものなんでしょうか……」
 ひん曲がりそうな鼻をつまむ闇を裂く白菊の大鎌・キクノ(a18787)。
「でしょうねえ……」
 香水を振りかけながら無限紅翼・シリウス(a29329)が頷く。体につく臭いはどうにか中和できたが、大木の果実による臭いを中和できるかどうか、微妙に思えた。
「目がしくしくしなくて良かったなぁ〜ん」
 ゴーグルを用意していた熾烈・ジオ(a25821)は、不幸中の幸いとばかりに胸をなでおろす。
 ギンナンの臭いは、腐臭や目に沁みるような刺激臭ではない。独特の臭いだ。
 人間の鼻は臭さに慣れるようにできているものだが、慣れるにはもうしばらくかかるだろう。
 一行は素早く臭い対策を取り始める。
 二つ折りにしたバンダナの中に香草を詰め込み、顔にまきつける者。マントやマスクを装着する者。香草や香水を肌に塗りつける者……
 臭い対策も、人それぞれだ。
「あら、ラスクさんは何もしなくて大丈夫ですの?」
 ハッカのエキスを塗りつけていたミスティアは、灼陽と赤月の双剣士・ラスク(a19350)が何も対策を取っていない事に気付く。
「いや、まあ……臭くなるのは微妙に嫌だったりするんだが」
 いい加減な性格らしく、臭い対策をすっかり忘れていたらしい。
「もう、しょうがないですわね……ハッカのエキスを塗ってあげますの」
 呆れたようにラスクへ近づき、ハッカのエキスをラスクの鼻の下へ塗りつけようとする。
「……………」
 精一杯背伸びしても届かない。ミスティアの身長は約130センチに対し、ラスクは約175センチだった。
 ジャンプするミスティア。やっぱり届かない。
「頑張っても無理だと思うが」
 冷静に突っ込むラスク。ミスティアがキレた。猫の尻尾がピーンと立つ。
「もー! あなたも腰をかがめなさいよ! 塗れないじゃないのよ!!」
「うわー……ミスティアちゃん可愛いにゃぁ……」
 この展開に、普通の魔砲使い・ルリィ(a33615)が撃沈されていた。
「抱きしめて、なでなでしたいけど……我慢、我慢にゃ!」
 必死に理性で欲望を押さえつける。
「ええ、はしたないですもの、我慢ですわ!!」
 セレネも可愛いミスティアを頬擦りしたいという欲求を、ギリギリで抑える。
「ルリィさんもセレネさんも、何をやってるんですか……」
 静かな大地・ソイル(a27309)はその光景を、いっそ記憶から消してしまおうかと思った。
 ルリィとセレネは、セミのように近くのイチョウの木に抱きついていたのだ。

●わりと変な戦闘
 ようやく臭い対策も終わり、大木へと向かう一行。
「あれだなぁ〜ん、でっかいなぁ〜ん」
 手を掲げて前方を見上げるジオ。30メートル以上遠くからでも、その大木の存在は確認できた。
「相手は移動しないのですから、疲労が酷くなり次第相手の間合いから離れて回復してもらえば勝てるますわね」
 ミスティアの言葉に頷く一同。理の探求者・エアハート(a32454)が進もうとする仲間達を手で制す。
「そろそろ40メートルくらいです。まずは小手調べと行きましょうか」
 エアハートは手際良く土塊の下僕を4体作り出す。
 偵察の他、大木の果実投擲を効率よく防ぐ為に残弾を減らす狙いだ。
 そのまま土塊の下僕をゆっくりと前進させる。
「さて……30メートルとは聞きましたが一体どれくらいまで届くのでしょうか?」
 土塊の下僕が30メートル付近に差し掛かると、大木が動いた。
 風を切る音。次の瞬間、1体の下僕のどてっぱらに風穴が開いた。崩れ落ちる土塊の下僕。
 その後、残る3体の土塊の下僕も、大木へ辿り着く前にそれぞれ精密な射撃により一発で仕留められた。
「相手の弾数が無制限なのか、わからないわね……私も援護するわ」
 ルリィも土塊の下僕を作り出す。エアハートの作り出した8体の下僕と合わせて突撃させる。
 辺りに果実が潰れる音と、葉の擦れる音、土塊の下僕が倒れる音のみが響く。
 下僕部隊は一斉掃射により、瞬く間に全滅してしまう。突然変異したイチョウの木は化け物か。
「思っていたよりかなり撃たれてますね……」
 エアハートの顔が歪む。だが、弾数を減らせていると信じて出来るだけの土塊の下僕を作り出し、投入する。
「お前達、無駄弾を打たせるのよ!」
 奮闘する土塊の下僕達。苛烈な掃射が続く。掃射が止んだ時、辺りには死屍累々な土の山が出来ていた。
「……どうやら、白兵戦を挑むしかないようですね」
 シュンの言葉。大木は一太刀も浴びていないが、少しは弾数を減らせたはずだ。
「みなさん!! 準備は良いですか!?」
 大声を張り上げるシュン。
「武具の魂も使いましたし、準備はオッケーです〜!!」
 遠くから聞こえてくるキクノの声。
「タフな相手もガッツでデストロイなぁ〜んよ!!」
 また違う箇所から飛んでくるジオの言葉。
「包囲完了だー! こちらもいつでも良いぞ〜!!」
 一番遠くから聞こえてくるのはソイルの叫びだった。
「こっちだって、ただ下僕を特攻させてた訳じゃないのよ」
 不敵な笑みを浮かべるルリィ。
 ジオとラスクが東。キクノとシリウスが西。セレネとソイルが南。シュンとミスティアおよび後方での支援部隊のエアハートとルリィが北。
 土塊の下僕を突入させると同時に、冒険者は部隊を4つに分け、四方を包囲していた。
 はたして木に視界があるのかどうかは定かではないが、視界内にその存在を気取らなければ無傷で攻撃ができるはずだ。シュンが声を張り、攻撃を指示した。
「少々実が当たっても、想像を絶する臭いでめまいを起こしても気にしてはいけません!! 全てこの世の秩序のためです!! 全軍、突撃!!」
 それぞれのペアの片方が、果実の射程内へと飛び出していく。
 大木は、まずソイルへと狙いをつけた。機関銃のような果実の連続発射。
「まともにくらってたまるか!」
 タワーシールドを前方へ掲げ、突撃していくソイル。
 雨あられに降り注ぐ果実が、幾つもタワーシールドに辺り、不快な破砕音が響く。
 そのまま走りぬけながら、大地斬で斬りつけようとした時――
「ぐはあっ!」
 攻撃の為、タワーシールドを横に向けた隙を大木は見逃さなかった。
 すぽーんと、ソイルの額に果実がヒットする。のけぞった間に何十発もの果実が叩き込まれる。
「ソイルさんがやられたなぁ〜ん! セレネさん救出に、支援部隊、回復なぁ〜ん!!」
 惨劇を横目に見ながら叫ぶジオ。だが、そんなジオにも果実の魔の手が迫る。
「うわ、わわわわなぁ〜ん!!」
 ジオは慌ててサイドステップで射撃をかわす。避けたと思ったのもつかの間、ジオへと執拗に迫る果実の投擲。
 回転横っ飛びで回避しても、つい先程までジオのいた空間にグチャグチャと果実が着弾していく。
「やっぱりストリームフィールドが効かなかったなぁ〜ん!!」
 ついに逃げ切れず、ジオも撃墜された。
「ちいっ、ジオは下がって回復を受けろ! 俺が行く!」
 ラスクがカバーに出る。入れ替わるようにジオは走り、支援部隊の10メートル以内に入る。
「皆さん大丈夫ですか? 援護にまわりますね」
 エアハートも前線に近づいていた。すぐにヒーリングウェーブで回復してやる。
 包囲作戦の唯一の弱点は、広がった為に後方支援部隊からの援護を受けにくい事だった。
 その為、北の支援部隊から最も離れている南のソイルなどは、自らの癒しの拳で回復する事になる。
「ううむ、なんだか間抜けな光景な気がする。後で忘れよう」
 自分で自分の顔を殴る。癒されながらソイルはそう決意した。
「伐採させて頂きますわ!」
 巨大剣で果実を防ぎながら、そのまま剣の腹を寝かせて払い斬るセレネ。
 大木に巨大剣の刃が食い込み、爆発する。
 そこから、大木の攻撃はより一層苛烈さを増した。四方全てに果実をばら撒くそれは、まさに弾幕としか形容できない。
「くっ……なんですか、これは」
 うめくシュン。弾幕を前に不用意には近づけない。
「回転ノコ……もとい、リングスラッシャーに切り刻まれなさい! リングスラッシャー改!」
 シュンの後方で待機していたミスティアが、リングスラッシャーを作って支援にまわす。
 好機とばかりに、リングスラッシャーの下に隠れながら進むシュン。大木の懐に入る。
 そしてすかさず棍棒で大木を殴りつけた。幹の一部が削れ、剥ぎ飛ぶ。
「果実は気にしない、果実は気にしない……」
 そんなシュンは、自らに戒めるように繰り返していた。
 頭にボトボトと果実が落ちてくる。自然落下に任せて落ちてくるだけの果実なので痛みは少ない。
 だが、バンダナを通して、何か液体が染み出していた。
 落ちてきた果実は手首にも当たり、柔らかな感触を残す。
「気にしない、気にしない……」
 大木を折る前に、シュンの心が折れそうだった。

●終戦
 大木は、しぶとかった。
「これで倒れなかったら本当に帰るぞ、俺は!!」
 気力を使い果たすべく、全身全霊を乗せたラスクの一撃を受けても、大木は未だにそこにあった。
「僕に代わるなぁ〜ん!」
 精魂尽き果てたラスクに代わり、飛び出るジオ。スピードラッシュで攻撃をしかける。
「今度こそっ!」
 キクノの大地斬、そこに間髪入れず後方から飛んでくる刃。
「さぁ……舞い飛べ! ファルコ!!」
 シリウスの武器、クリムゾン・フェザー“ファルコ”が大木の割れ目に深々と突き刺さった。
 果実攻撃を防いでいたキクノの耳に、大木の悲鳴が聞こえる。
 きしみの音。舞い飛ぶ無数の果実の向こうで、大木に割れ目が出来ていた。
「みなさん、こちらは割れ目が出来ました! あとちょっとです!」
 キクノの声に、一向の士気が再び上がる。最後の一撃を繰り出そうと、各々が持ちうる攻撃を叩き込む。
「わたくしの武器は鞭だけじゃなくってよ! 斬鉄蹴奥義!」
 そしてミスティアの斬鉄蹴が、大木を斬った。
 音を徐々に大きくしながら、後ろへと傾いでいく大木。
 大木の最後に、思わずセレネは高笑いをあげた。
「やりましたわ! オーホホホホッ!」
「セレネさん、そちらへ倒れていきますわ!!」
 南にいたミスティアが木を後ろへ切り倒せば、北に倒れていくのは道理だ。そして、セレネは北にいた。
「え? きゃ、きゃああああぁっ!!!」
 必死に逃げるセレネ。
 葉が擦れる音で轟音が起きる。
 地面が揺れ、全員が振動に耐えた。
「ふう……終わったか」
 剣を鞘に収め、一息つくラスク。
「イチョウの木さん、ごめんなさいなぁ〜ん」
 倒れた大木へ、ジオは手を合わせて成仏を願った。
「全く持って……臭い、村に戻ったら早速風呂かな、これは」
 シリウスの言葉に、多くの者が頷いた。
 イチョウの大木を退治してくれたとなれば、村人達も喜んで風呂を貸してくれるだろう。
「この木の実って料理とかに利用できないのかしら」
 地に落ちているイチョウの果実をひとつ拾い上げ、呟くミスティア。
「いや、果肉には毒があるから煮ても焼いても食えないぞ」
 言い切るラスク。ミスティアはなぜラスクがそんな事を知っているのかと思ったが、口には出さないでおいた。
「散々でしたが、なんとか倒せましたね……報告も兼ねて、村に帰りましょうか」
 エアハートの言葉に、皆は同意して去っていく。
「ちょっと、皆さん手伝ってくださって!」
 セレネが叫ぶ。彼女は両手でなにかを引っ張る。
 それはソイルの腕で、大木から伸びた一本の枝の下、ソイルは挟まれていた。
 倒れた木に押しつぶされそうになったセレネを、ソイルが身を挺してかばったのだ。
 皆に引っ張り出される中、最後にソイルはこう呟いたという。
「……やれやれ。勘弁だ」


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