レッツ、蟹!



<オープニング>


●アワ蟹
「ふぅ。仕事が重なると、食事が不規則になるのが難点よねぇ」
 エスタは小鍋に入った熱いチーズを、クルミパンに付けて食べつつ、のんびりと呟いた。
「おう、くつろいでいるところを悪いが、エスタ宛の手紙を預かってたんだ。そう緊急の用じゃないらしいんだが……。すまんな、忘れてて」
 酒場の主人が山羊乳ホットミルク(この場合当然主人のおごりだ)と同時に封書を差し出すと、エスタは情けない顔になった。
「勘弁してよ。最近生活リズムが崩れてて、美容への悪影響が心配なんだから……」
 そう言いつつも、懐に入れていたナイフで封を切り、中を読み始めるエスタ。
「……蟹?」
 そして何故か、両の瞳が『きゅぴーんっ!』と輝いた……ように酒場の主人には見えた気がした。
「みんなー、蟹鍋依頼よー!」
 エスタは封書に同封されていた、赤い殻をぶんぶんと振り回した。
「南の海岸で漁業をやっている人が、横幅2メートルくらいの蟹を見つけたのよ。漁場からも港からも離れている所にいるから、今のところは害はないんだけど……。放っておけば、間違いなく大量に繁殖して害が出て、駆除も困難になっちゃうわ。ハサミがかなり鋭いみたいだから、自警団あたりじゃ大きな被害が出ちゃいそうだしね。さっそく現地に行って、殻が固くて横歩きも早い蟹、合計……ええっと、8匹を始末しちゃってちょうだい。で、始末した後は……」
 エスタは、まるで獲物を目の前にした猫のように微笑んだ。
「ぱぁっと蟹鍋でもしてきてちょうだい。あと、蟹の身、酢漬けにしておみやげにして欲しいなー……」
 じぃぃぃ、と冒険者達を見回すエスタ。公私混同も辞さない、なかなか強烈な食いしんぼっぷりであった。
「あ、そうそう。丁度みんなが現地に着く頃、港では、近隣の漁師さんを集めての鍋物祭りが行われているわ。いくら大食いの人でも、1人で1匹は到底食べきれないから……。3、4匹プレゼントすると喜ばれると思うわよ。というか、蟹と、他の野菜や魚と交換してもらったら、蟹鍋がよりいっそう美味しくなるでしょうね」
 エスタは実に嬉しげに、うんうんと頷くのであった。

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参加者
闇撫の人形使い・デアカルテ(a00393)
明告の風・ヒース(a00692)
菫青石の術士・ミヤ(a00879)
ニュー・ダグラス(a02103)
エボニィ君と・セイギ(a04255)
工房士・クリード(a04769)
深緑の癒し手・ユウコ(a04800)
ストライダーの重騎士・ユリシア(a04813)


<リプレイ>

●蟹鍋を目指して
「蟹鍋。ロマンだ……」
 背中に大漁と大書されたハッピを着、鉢巻きを巻いた、明告の風・ヒース(a00692)が、潮風に吹かれている。
 波打ち際で大海原を見つめる彼の姿は、1枚の絵のようであったが……。
 蟹の居場所が分からなくて困っているのは、内緒である。
「んっふっふ〜♪ 教えて、カモメせんせー」
「何ジャソリャ」
 そんなヒースの背後で、獣達の歌を発動させた、エボニィ君と・セイギ(a04255)が、見事な腹話術を披露しながらカモメに向かって呼びかける。
『なにしてんのー?』
 セイギの行動に興味を持った雌のカモメが、闇撫の術士・デアカルテ(a00393)が漁師達と交渉して調達した、投網の山の上に器用に着地する。
「いやいや、エボニィ君と一緒に、お嬢さんとお話したいと思いまして〜♪」
「ケッ、ヨク言ウゼ」
 まるで歌のように耳に心地よい、見事な話芸でカモメに話しかけるセイギである。
「赤くて大きて堅い、もし小さければ食べられる奴、ご存じじゃないですか?」
『? ちっちゃいとたべれる?』
 カモメはしばらく首をまわしていたが、やがてあることに気づいた。
『でっかくてあぶないのがいて、あっちにちかづけないのー』
 カモメは、クチバシである方向を指した。
「あっちですか〜♪ 感謝しますよ〜♪」
「どこまで本当だか」
 あくまで腹話術を続ける、セイギであった。
「ありがとう、カモメさん」
 ストライダーの重騎士・ユリシア(a04813)が、漁師から譲ってもらった、漁の際に網で激しく痛めてしまった魚を差し出す。
『ありがとねー。んぐっ。かわってるけどグーねー』
 カモメは満足そうに一声鳴くと、のんびりと空へと舞い戻って行った。
「これで……。ふふっ。蟹っ♪ 蟹っ♪」
 ユリシアは仲間達と一緒に、投網や鍋や食器や調味料を抱え、スキップするような足取りで現地に向かっていくのであった。

●食材との戦い
「イッツ!」
「しょーたいむっ!」
 ユリシアがばらまいた魚に、巨大蟹が寄ってきたところで、それまで隠れていた冒険者達は一斉に立ち上がった。
 そして、あくまで腹話術を続けるセイギが、眠りの歌を発動させる。
「蟹っ♪ 蟹っ♪ 蟹ーっ♪」
 ユリシアの大鉈が一閃し、眠りに落ちていた蟹の足を、片側全て斬り飛ばす。
 目覚めた蟹は大量の泡を噴き出すが、身動きができないので、ユリシアの第2撃を、防御が薄い腹に食らってしまう。
「皆の衆、頑張れ〜! 俺様は、歌うだけで精一杯だぁ〜!」
「最低ダナ、オ前」
 とことん腹話術を続けるセイギが連続発動する眠りの歌のせいで、半数の蟹が動きを止めるか、足を大量に切断され、身動きとれない状態になっている。
「できたら1匹無傷で捕らえてください! 蟹アーマーを作りたいんです!」
 活発に左右に動く蟹の足を狙い、鋭くブロードソードを振るいながら、工房士・クリード(a04769)が皆に呼びかける。しかし足を2本斬り飛ばされたものの、蟹は動きを止めず、泡を吹き始める。
「できたらそうしたいがな!」
 デアカルテは気高き銀狼を放ち、蟹を捕まえようとする。しかし命中はするものの、しばらくすると蟹は銀狼をはねのけ、横走りに逃げようとする。
「そっちにはいかせん!」
 人間には入り込めない割れ目が多数ある岩に向かって走る蟹に、ニュー・ダグラス(a02103)が影縫いの矢を放つ。
 その蟹が動きを止めたところで、土塊の下僕を向かわせ、その動きを止める。
 これで、健在な蟹は後3匹。しかしその3匹は、既に大量の泡に覆われ、交戦しつつも冒険者達から離れつつあった。
「ホーミングアローだ! 使える奴は使え!」
 ダグラスはそう叫んで、ホーミングアローを放った。矢は微妙に軌道を変えつつ飛び、蟹の甲羅に浅く突き刺さる。
「なるほど!」
 それまで主に影縫いの矢と貫き通す矢を使っていたヒースが、ホーミングアローの使用に切り替える。
 蟹に与えるダメージは落ちるが、矢の軌跡を見ることで、戦士達に敵の正確な位置を知らせることができる。
 そして、クリードやユリシアが、矢を目印に蟹のめった打ちを開始する。
「おい、何かこいつら、蟹を食おうとしてないか?」
 先程の気高き銀狼も、現在投網を持たせて蟹に突撃させている土塊の下僕も、微妙に普段とは違う動きをするような気がするデアカルテであった。ひょっとしたら、術者である彼の蟹への執念が、術に影響を与えているのかもしれない。
 一瞬別の方法に切り替えた方がいいかと迷った彼ではあるが、結局現状の攻撃を続行することにした。
 一応マリオネットコンヒューズとブラックフレイムは使えるようにしてきたが、マリオネットコンヒューズでは混乱させるだけなので捕らえられないし、ブラックフレイムは、やはり通常の炎とは違うので、蟹が食べられなく可能性があるからだ。
 甲羅に突き立った矢を目印に、戦士達がめった打ちにされ轟沈した蟹が1匹。、デアカルテの投網で無傷のまま確保されたのが1匹。
 だが残る最後の1匹は、冒険者の包囲を突破しようとしていた。
「逃がさない!」
 紺碧の紋章術師・ミヤ(a00879)は、逃げられるよりはと、全く躊躇せずにニードルスピアを連打する。
「だ、だめぇーっ!」
 深緑の癒し手・ユウコ(a04800)の叫びも空しく、無数の針が泡の中に吸い込まれ……。
「あ、ああ……」
 無数の針をその身に受けた蟹は、甲羅と身が粉砕され、混ぜ合わされたようなありさまになって、その星を終えたのであった。
「な、なんてことを……」
 森育ちであり、蟹鍋というものに多大の期待をかけているユウコは、その場にがっくりと膝をついた。
 そんな彼女の有様に気づいたミヤは、ユウコの肩に手を置いた。
「ユウコ、大丈夫だ。この蟹は、エスタへのおみやげにしてしまえばいい」
 あまりと言えばあまりのミヤのセリフに、ユウコは一瞬目をぱちくりさせたが……。
「それもそうですね!」
 あっさりと彼の意見に同意し、あらかじめ用意していた酢に漬け込むべく、使えそうな蟹の身(ただし甲羅の破片まみれ)の採取に向かうのであった。

●蟹鍋
「待て待て。まずは煮えにくい野菜からだ」
 デアカルテは、直径1メートル巨大鍋を前にして、デアカルテは鍋奉行っぷりを発揮していた。
 この巨大鍋と野菜は、クリードが交渉により借り受けたノソリンにより、港から運ばれたものである。ちなみに、巨大鍋と野菜の交換条件は、巨大蟹2匹であった。
「これが蟹ですか……」
 ユウコは、綺麗に半分に割られた蟹の足を手に、熱い吐息をもらした。瑞々しく、陽光に照らされ艶やかに輝く蟹の身が、彼女の目の前にある。
「あ、でも……。こちらの街で見たのとは、少し違いますね」
 旧同盟領(ちなみに現在の同盟領は、ドリアッド国も含まれる)の料理店で食べた蟹は、確かに白かった。しかし彼女の手にある蟹の身は、半透明だ。
「食べにくいのでしたら、一口サイズに切りましょうか?」
 ブロードソードを器用に使い、分厚い蟹の殻を割っていたクリードが、ユウコに声をかける。
「ええ、できれば」
 限界まで大口を開けても口に入らないサイズの蟹の身を、ユウコはクリードに差し出した。
「では」
 武具の魂を発動させているクリードは、鉄の味が蟹の身にうつらない程の高速で、蟹の身を切り分け、大きな皿の上に持った。そして、小皿に醤油を入れて、フォークと大皿と一緒にユウコに差し出す。
「ありがとうございます」
 そのいいところのお嬢様のような外見とは裏腹に、相当な食い道楽であるユウコは、満面の笑みを浮かべて受け取った。そして、蟹の身に醤油をつけて、口の中に入れる。
「!」
 濃厚な、それでいてしつこくない海の香りが、舌から鼻へ抜けていく。
 一口噛むと、弾力のある蟹の身からしみ出す汁と醤油が絡み合い、極上の美酒にも似た風味が口の中に広がる。
「す、すごいですわー」
 クリードの作った蟹刺身に、とろんとした色っぽい表情になるユウコであった。
 なお、そのクリードは、蟹の殻を割りつつ、なにやら作っているようだ。
「よしっ。こっちの甲羅も赤くなったよ」
 ヒースはいそいそと鍋から蟹の足と甲羅を取り上げ、ナイフとフォークを駆使して身をほじくりにかかる。
 岩に腰掛けた彼の膝には、既にほじくられた蟹の身(野菜エキスと薄口醤油で味付け済み)が、うずたかく積まれていた。
「あ……あっ、んんっ」
 蟹の甲羅を真っ二つに切り裂き、その断面から、微妙に視覚の暴力っぽい物体をスプーンですくい、口の中に入れたユリシアが悶える。
「そう、この、この風味がいいのよねー」
 漁師から分けて貰った果物ジュース(お酒は二十歳になってから)をちびちびやりつつ、8匹分の蟹味噌を食い尽くす勢いでスプーンを動かすユリシアであった。
「ヒースー。ずいぶんゆっくり食ってるんだな」
 ダグラスはそう呼びかけ、ヒースの注意を引きつけたところで、ヒースの膝の上にある皿をさらう。
「ああーっ!」
 大口を開けてヒースがほじくった蟹の身を食うダグラスを見、絶望の叫びをあげるヒース。ちなみに、蟹の身を奪われるのは、これが3回目であった。
「くっ……くっくっく。もう許さん。絶対に許さん」
 ヒースは蟹のハサミを手に、ゆらりと立ち上がった。
 彼の表情は、かなりイっちゃっていた。
「お、やるかい?」
 ダグラスも、中身を食い尽くした蟹の甲羅を盾のように構え、ヒースに立ち向かう。
「くたばれーっ!」
「させるかーっ!」
 そして、激しくもみっともない漢達の戦いが、始まるのであった。

●蟹雑炊
「……何をやっているんだか」
 蟹の胴を焼き、その身をほじくっては酢醤油につけて食べていたミヤは、呆れた視線を男達に向けた。
「ふう、なんとかいけそうです」
 その視線はヒース達だけでなく、蟹の殻を使った奇怪な形状の鎧を作ろうとしている、クリードにも向けられていた。
「そろそろ雑炊で締めよう」
 鍋から蟹の殻や煮えすぎた野菜を、穴あきお玉で取り出していたデアカルテが皆に声をかける。
 蟹と野菜のエキスが大量にしみ出した汁を煮詰め、その中に大量の溶き卵を流し込む。それを何度かかき混ぜてから、今度は漁師から分けて貰った冷やご飯を入れ、ゆっくりとかき混ぜていく。
「うわぁ……」
「美味しそう」
 瞳を爛々と輝かせるユリシアとユウコ。ちなみに表面上はクールを装っているミヤも、雑炊に引きつけられている。
「で、止め、っと」
 デアカルテは鍋を釜から下ろしてから、それまで残しておいた生の蟹をナイフで細切れにし、雑炊に振りかける。
 そして数回お玉で混ぜてから、小さく頷いた。
「これで……」
「わーいっ!」
「いただきまーすっ!」
 デアカルテが言い終わるより先に、女性陣が鍋に殺到し、それぞれのお椀に雑炊を注ぎ、いそいそと食べ始める。
「あ、あぁぁぁ……」
 濃厚な蟹のエキスと、アクセントの野菜エキス、そしてそれらを甘くまとめ上げた卵の旨味に、実に幸せそうな笑顔を浮かべる女性陣であった。
「まだまだーっ!」
「くぅっ」
「できたーっ!」
 なお、料理以外のことに集中していた男性陣(デアカルテと、こっそり大量に食っていたセイギを除く)が我に返ったときには、既に鍋は空っぽになってしまっていたという……。


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作成日:2003/12/23
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