クリスタルセンティピード



<オープニング>


 空が綺麗だ。

 帯のような雲が行く筋も、湿った風に流れて棚引いていた。
 そんなものは意に介さず、陽光は真っ直ぐ地上にまで届く。
 天誅に達する黄金の煌きを浴びて。
 『それ』は、とても輝いていた。

 キチキチ。
 キチキチキチ。

 ――視覚だけで捉えたなら、恐らくそんな擬音をあてたろう。
 けれど、実際に耳に届いたのは。

 カラン。
 カランカラン。

 硝子の器を合わせた時のような。
 唐突な野外公演。
 鈴の音のように、高く遠く響かせて、『それ』の大きく開いた顎が開閉する。
 その度に木霊する、悲鳴という名の狂想曲。
 一人、また一人。
 観客は楽器に変わり、一度きりの魂の音色を奏で、果ててゆく。

 綺麗だった。
 光を蓄える透明な身体。
 使い古した楽器から迸る塗料がその全てを覆っても、まだ。
 透き通った肢体の向こう。
 棚引く雲は仄赤く、空は紫色に変わっていた。

 カラン。
 カランカラン。

 ああ。
 空が綺麗だ。


 ――視えたのは、そこまで。
 霊査士は血に塗れた遺品をそっと置いて、冒険者に向き直る。
 『それ』は、巨大な蟲であった。
 霊査にある通り、肢体は透明か半透明で……そう、言うなれば、冒険者達がよく知る『クリスタルインセクト』のような。ただ、この敵は『百足』のような容姿であるのだが。
 百足のよう……節の一つ一つは不揃いな結晶だが、それらが一定の間隔と位置を保って構成されることで、無数の脚と長い胴を体現している。
 顎、いや、顔とでもいうべきか。頭部に相当する部位も、同じように大小様々な結晶が上手く組合わさり、鋭く強靭な『口』をかたどっている。そして、それはどうやら、いびつであるが故に……引き千切る事と、磨り潰す事とを、力任せに同時に実行する。そこに捕らわれて原型を留めておける保証は、無い。
 頭部の幅だけで、身の丈に迫る程の巨躯。全長は中距離の射程に匹敵するものと思われる。後衛に回る者、およびその時の陣形にも十二分な注意が必要であろう。
 あと一つ。
 現段階では、外観と動きが百足を『模して』いる所までしか判っていないが、もし仮に本物の百足と同等の能力を有しているならば、毒の可能性にも留意せねばならない。なにぶん霊査の内容では、噛まれる、踏まれる、薙がれる……どれをしても即死であったため、判別には至らなかったのだ。

 敵は今、移動の真っ最中。
 見つけた生物を噛み砕き進んでいる為、血の痕を辿れば容易に進路を予測できるだろう。
 ただ、無数の脚と自由自在な胴の前に、岩場などはまるで障害にならず、また、そのような地形を好む傾向も見受けられる。この近辺では、平地には人家が存在している可能性が至極高い為、遭遇・戦闘地点にも十分に留意し、街や村などに達する前に迅速に対処して貰いたい。
 霊査士はそこで、言葉を終わらせた。


 カラン。
 カランカラン。

 青い空。
 木々の緑。
 鮮血。
 様々な色を身体に映し、宿して、狂想の演奏者は往く。

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参加者
狩人・シャモット(a00266)
紫眼の魔人・アムリタ(a00480)
吟遊詩人・カズハ(a01019)
武装戦闘野良メイド・ステラ(a05867)
夜明けの紋章術士・エンドリード(a12607)
炎葬孤剣・アリカ(a14395)
初代破壊神王・ネメシス(a15270)
白の戦鬼・ブラス(a23561)
フォレストナイト・ヴァイス(a25660)
藍舞・リース(a32023)


<リプレイ>

●奏者と葬者のプレリュード
 点々と残る、無粋な会場痕。
 今はただ、急ぎ、駆ける。
 観客の誰一人望まぬ狂愚な演奏者を、舞台から引き摺り下ろす為に。
 夜明けの紋章術士・エンドリード(a12607)の微笑に、いつもと違う、強い色。
 辿る道々、険しく歩みを阻害する自然の障害の中、千切れ、擦り切れた……かって、生きていたはずのモノが、延々と。
 殲滅に感慨など微塵も。
 ただ、炎葬孤剣・アリカ(a14395)の眼前に、このような姿たらしめた、その行いだけが。
 勘に障る。
 ――からん。
 しゃりしゃりしゃりしゃり――
 硝子の器のような音。
 唐突な重騎士・ヴァイス(a25660)の覗く遠眼鏡、居並ぶ岩陰の向こうで、幾重もの枝が揺れた。
 踏みしめた落葉が、暗中の鎮魂歌・カズハ(a01019)の重さをやんわりと受け止める。靴底に滲む、赤い水。
 ゆら、と。
 沸き上がる黒き炎が、究極破壊大帝スーパー・ネメシス(a15270)を覆う。
 今のこのいっときだけ、陽気な高笑いを喉の奥で殺す。
 食えもしない、長くて気持ちの悪い、あの生き物に死んで貰う、その為に。
 ――かつん。
 こつこつこつこつ――
 石を叩く涼やかな音色。
 滑らかに岩肌を這い、巻き上げた落ち葉を被り、居並ぶ立ち木をしなやかにかわし……それら全てを、我が身の向こう側に透かして映す。
 相対すべきは、あれか。
 藍葬天骸・リース(a32023)の目に、枯れた枝葉を抜けて射す陽光が、弾き返った。
 その距離を測るようにして、縦横無尽に視線を走らせる、黒への案内人・アムリタ(a00480)。
 お世辞にも、いい場所だとは。
 でも、民家までの距離は?
 ここしかないか?
 目配せに頷きを返す、白の戦鬼・ブラス(a23561)。
 武装戦闘野良メイド・ステラ(a05867)の鎧が、形を変え、棘を備えた甲冑へと。
 高い足場を見繕い、自然の守護者・シャモット(a00266)も標的へ弓を番う。
 公演が、始まった。

●結晶のエチュード
 各々は別個の形を成し、けれど、『脚』という役割を違うものは一つも無く。
 不規則に、一糸乱れず。
 濡れた紅玉の口元から、落ち葉を映す琥珀のような肢体へ、緩やかに替わりゆく輝き。
 風が流れた。
 逆らうでもなく舞う枯葉と。
 強度を増し、されど、姿見は身軽に。プレスレットを構えたヴァイスと、その隣に立ち居並ぶステラが、透き通った百足の胴に。
「お前と違って、俺は自分で輝いて魅せる」
 映り込んだ愛用のマントがはためき……いや、それは。
「見てろよ、これが俺の輝きだぁ!」
 ヴァイス自身の発した輝きが、景色を真っ白く塗りつぶす。
 光そのものには、怯みもせず、驚きもせず。
 見つけた。
 新しい楽器、見つけた。
 カラン――カッ、カカカッ。
 それはまるで、喜びに浮かれた足音。
 軽快さを増した半透明な百足の前に、大地の起伏は路傍の小石の如く。
 正面を切って向かい来る巨大な顎へ、押し出すように盾を構えるステラ。その陰で、新たな外装を得た武骨な蛮刀に、稲妻が宿る。
 甲高い金属音。
 惹き付けた、その思惑通りに。
 向こう側の景色を赤く色付ける顎に、ヴァイスの身体が挟み捕られ、千切って磨り潰さんと、万力のように絞め動く。
 刹那、別の音。
 それは、ステラの放った一撃。
 握る柄には、鉱石を叩いた時のような振動。
 刃に宿った稲妻が百足の動きを止める事はなかったが、今までに無い振動に驚いたのか、折角咥えたヴァイスの身体はぽとりと落ちる。
 鎧の加護故か、傷は浅く見えた。
 ただ、優れない顔色と、苦痛の表情が、目に見える傷以外の何かを彼の身体にもたらしたのだと、悟る。
 だからブラスは、風を喚んだ。
 枯れ木の山には似つかわぬ、爽やかな風を。
 吹き抜けるそれに、鈴のような音を乗せて、再び開かれる紅玉色。
 透き通っているが故に。その様は、背面から捉えるカズハの瞳にも、はっきりと。
 口元にあてがった笛に、強く吹き込まれる呼吸。
 高く、鋭い笛の音。
「命を刈り取り奏でる……そんな旋律は……」
 音色は強く。
「決して認められない……!」
 風を切り裂く旋律は、悪魔を模した炎となって迸り、不届きな演奏者の背を激しく焦がす。
 ぞわ、ぞわ、ぞわ。
 ころん、ころん、ころん。
 長きその胴が、縦横無尽にうねる。
 見下ろす位置より敵影を射程に捉えていたシャモットは、その全貌を目にする。
 薙ぐのか。悶えているだけなのか。
 ……どちらでもいい。
 ただ、させはしない。
 そして……そう、今、こうしている間に、この怪物を挟む向かいへと展開する、あの仲間へと、繋げる為に。
 引き絞った弦が、びぃんと鳴った。

●色彩のカプリチオ
 眼前の敵に劣らず透き通った矢は表皮に突き立ち、衝撃と共に、内部へと。
 それは多重結晶のように、透明な胴の一部に一筋の黒を色付ける。
 俄に。
 それは百足の脇から。
「はあっはっはっはっは〜」
 否、脇の段差の陰から。
 高く、大きく沸くように降って、一際反響するネメシスの笑い声。
「萌え尽きろじゃない。燃え尽きろよ」
 差し伸べた切っ先に、身体に纏わりつく黒が集う。
 炎はやがて悪魔を形作り、蠢く結晶目掛けて。
 巨躯は実に都合の良い的だ。衝突した炎は水飛沫のように弾け、結晶の胴が陶器か硝子を床に叩きつけた時のような裂罅音を響かせる。
 余韻を追うように、硬質で甲高い足音が、忙しなく、断続的に続く。
 どれが目なのだろう。
 各個はでたらめに、纏まってやっと一個の形。
 複雑な造型の頭部が見える位置へと踊り出て、リースが直刀の刃を振り抜く。
 障害を全て潜り抜ける残撃。
 水のように岩を木を抜けていく衝撃波が、無色の結晶を終着点に、鉱石を粉砕したような音を奏でる。
 輝石の連珠を巨大化して横たえれば、このようになるのだろうか。
 そこにある大きな結晶の連なりと常に一定の距離を以って、蠢くそれが背に布陣する者達に届かぬよう、計らい動くアリカ。
 翳した純白の刀身より飛び出す、三頭の炎。その牙が食らいつき、弾けても、返ってくるのは硬質な音だけ。
 効いているのか、いないのか。
 難儀な地形。
 稀に、障害物を越えて、屈折した仲間の姿と、彼らが行なう残撃・衝撃・癒しの色が、百足の胴に映り込む。
 そして今は。
 一際眩くエンドリードの頭上に生まれた巨大な火球が、それ自身は無垢な結晶を、橙と赤に明滅させていた。
「見た目はガラスなのになぁ……」
 苦笑の前に弾ける山吹。
 時に折れ、時に蛇行し、時に円を描き。
 くるくると替わる射程。
 全てを見通す事が叶わぬ条件下、四方を踏み鳴らす軽やかな足音が近付く度、アムリタは岩に背を付ける。
「趣味じゃないわよ」
 吐き捨てて、紋章を描く。
 風が吹いた。
 先ほどブラスが呼んだとはまた違う。
 木枯らしさながらに、吹き荒れる嵐。
 吹き飛ばさん勢いの風を堪える表皮を青々とした緑が撫でれば、その度に鉄琴でも叩くようにでたらめな音階が奏でられた。
 刹那、二度目の発光。
「そら、アンタの相手はこっちにも居るぞ!」
 何度目か。
 ヴァイスと、その傍らのステラばかりに吸い寄せられていた顎。
 それが距離を取って、再動を始めた時……リースへと旋回する。
「言っとくけど、一片の詩を詠むよりも早くやられてやる気なんて、更々無いからなー?」
 ちら、と。
 走らせた視線に捉える事が出来た仲間の位置とは、逆へ。
 向かい来る朱色の結晶を連れて、リースが跳んだ。

●奏者と葬者のスレノディ
 眼前の塊はただただ透き通って、時折色を蓄えるのみ。
 ――効いているのか?
 判らない。
「勝利のために、声を上げろ、凱歌はまだ途切れはしない!」
 カズハの紡ぎ上げる歌が幾度となく、長期の様相に疲弊の色を翳らせる心を鼓舞する。
 時に唐突に、実に気紛れに。
 鞭のようにしなった胴が、岩を砕き、木々を薙ぎ倒し、その陰に居たものを弾き飛ばす度に、地形までもが様相を変えていく。
 それでも。
 倒れなかった。
 誰一人。
「余所見しないで、俺と一緒に踊ってくれよ!」
 ぱぁ、と。
 避けきれず咀嚼されそうになるリースと正反対から、ヴァイスが何度目かの光を放つ。
 百足は……リースを咥えたままで。
 させてなるかと撃ち放ったシャモットの闇色の矢を埋め込んで尚、振り向き様に、また様々なものを薙ぎ倒し、吹き飛ばし、ヴァイス目掛けてからんからんと大口を開く。
 その拍子に落とされて、踏みつけられるリースの周囲を、爽やかな風と高笑いが。
「はあっはっはっはっは〜、これで毒消しの風は売り切れだ」
 砕けて降り注いだ岩を押し退け、最早攻撃あるのみと一層激しく燃え盛る、ネメシスの纏う黒。
 そして、赤色の結晶は、ヴァイス――いや、居並ぶ彼を庇い、半歩前に出るステラへ。
「ここで、私達が倒れる訳にはっ……!」
 構えた盾ごと食いつかれながらも、剣が何度目か稲妻を発する。
 振るわれる電刃の一撃。
 この感触も、何度目だろう。
 緩まない締め付けに、かはと空気を吐き出し、だが、痛みはすぐに消える。
 鎧の加護もさること、ブラスの惜しみない癒しの光が、棘の甲冑すら砕こうとする圧力に耐えうる力となって。
 だが、それとて、限界は。
「三分の一を切ったぜ!」
 最多の手立てを有するブラスの声に、アムリタは一瞬唇を硬く結ぶ。
「畳み掛けるわよ」
 紋章が輝いた。
 そう、これももう、幾度目になるのか。
 噴出する突風。舞い踊る木の葉が、またでたらめな旋律を奏で、暴れる。
 緑に染まる肢体。
 それを刹那で山吹に塗り替える、巨大な火炎。
「本当に丈夫なガラスですねッ」
 苦笑はいつしか呆れに。投げつけた火球は一直線、花火のように弾け、百足の全容を斑な橙に染める。
 その、音が。
 違和感に、けれど今は必死に。
 アリカの差し向けた最後の一頭――見た目は三頭の炎が、組み付いて炸裂。
 飛び散る黒い魔炎の中に、今までと何か違う、濁り硝子のような。
 ――あぁ、そうか。
 『見えない』だけなのだ。
 流血も、欠損も。
「攻撃を! もう少しです!」
 確信に満ちた、アリカの声。
 ダメージは、しっかりと蓄積している。
「そら、こっちだこっち!」
 まだステラを放さない朱色の頭部と睨み合い、リースの全てをすり抜ける衝撃が、響きの褪せた透明の胴に吸い込まれる。
 間髪、同じく内部へと浸透する矢が、胴の一部に潜り込んだ。
 振動の驚きと、元の標的のヴァイスを狙う為と。
 かっ開いた口からステラを落し、いびつな顎が蠢く。
 ――ガリン。
 ジャリンギリン――
 涼やかであった音は、硝子に爪痕を成す時の、あの不快な音に変わりつつあった。
 仕返しのように、食いつかれたヴァイスが降り注がせる、針の雨。
 断続的に続く濁った響き。
 その中に紛れる、ばきり、ぼきりという、歯噛みの音。
 もう少し。
 どうかどうか、彼の鎧に施した加護が、消える前に。
 響く、最後の凱歌。
「命の力を湧き上がらせてこそ……音楽、歌なんですよ」
 続けて、ブラスから広がる優しい光。
 それすらも飲み込んで飛ぶのは。
「はあっはっはっはっは〜」
 纏わりつく黒を集めて成した、悪魔の炎。
 死ね、と。
 向けられた言葉は、衝突と炸裂の音の中に。
 弾ける――無数の、結晶。
 炎の黒を映して、黒曜石のように鈍く輝く。

 カラン。
 カランカラン。
 ――カシャン。

 それが、終曲。

●無色のピーアン
 崩れた岩。
 折れた木。
 抉れた土。
 無残に荒れた戦場の名残。
 そこに、結合力を無くし、節という節の離れた結晶が、無造作に散らばる。
 ここで途絶えた、赤い道筋。
 自らが辿り来たそれを振り返り、エンドリードは静かに黙祷を捧ぐ。
 赤く濡れていた顎も、今はばらばらに。
 その一部だけを残し、シャモットは後残りを全て、土へと還す。
 砂利に紛れていく中から、ヴァイスが一つを拾い上げた。
「記念にお前の輝きを貰ってくぜ」
 握った掌がそのまま映る、無垢な結晶。
 掲げれば、違った色で映る空。

 あぁ、綺麗だ。


マスター:BOSS 紹介ページ
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