【エバーグリーンの童話】紫苑の童



<オープニング>


 どこか、どこかとても遠い所で、犬のように少女が死んだのだと言います。
 どこか、どこかとても遠い所で、男たちが勇敢に戦って死んだのだと言います。
 どこか、どこかとても遠い所で大きな大きな戦があって、人が死んだのだと言います。
 戦う力を持たない者達の為に、死ぬ冒険者たちがいるのだと聞きました。

「生きとし生けるものは皆、何時か終焉の時を迎えます。それは、僕も知っている」

 だけど、と青年は続けます。

「何もしなくても明日を迎えられるのに、彼等が何故命を掛けて戦いに赴くのか理解できたら、僕も彼等のようになれるのでしょうか。無為に、日々が過ぎ去るに任せて時が至るのを待つのではなく、何か成す事が出来るようになるでしょうか」

 断頭台の頂で儀式を終えて、酒宴を見届けた浅黒い肌の青年は、翌朝狩人の女と差し向かいで茶を飲みながら、そう言って水の様に笑ったそうです。
 時折、何もかも忘れて逃げ出したくなるんですと、微笑を物悲しい物に変えた青年は、それから暫くして行方知れずになりました。
 青年は、昔に森へ花摘みに出かけて帰って来なかった、狩人の娘の忘れ形見である幼子と一緒に、行方知れずになりました。
 熟練の狩人である女は2人の足跡を追って追って追い求め、そして散らばる小さな花を見つけました。
 掌程の大きさの、大鹿の足跡と共に。


「紫苑か――」
 暖かな湯気を立ち昇らせる縁の欠けた茶器の傍らに置かれた、小さな花を手に取って、常磐の霊査士・ミカヤは呟きました。
 薄紫色の小菊に似た花。
 群れ咲いて森に物悲しい秋の色を添える、美しい小さな花の細かな花弁が、在るか無き風に震えます。
「ああ。これは娘が好きだった花なんだ。孫娘――カリーンには森に1人で行ってはいけないと言い聞かせてあったが、毎年この季節になると1人で花を探しに出かけてしまう。あるいは、一緒に紫苑の花を摘みに出かけて、自分を置いて消えてしまった母親を探しに行っているのかも知れない」
 顔に大きな3本の爪痕走る女の黒い双眸には、疲れと懸念が滲んでいました。必死に森を探して周ったのでしょう。手も足も、短く刈り込まれた白髪混じりの赤茶の髪にも枝葉や泥が絡んでいて、いかに執拗な捜索を行ったのかを物語っていました。
「足跡を追って行ったら大鹿を見つけたよ。枝分かれた角も含めると、ミカヤさん、あんたの身長を倍増しにしたよりも高い体高の大鹿だ。それが2頭。闇より黒い一頭と、雪より真白の一頭だ。どちらも背が秋の五色に輝く、それはそれは美しく――危険な生き物だと直感で分かった。気取られない様に戻って来るので精一杯だったよ……」
 初老少し手前の年の頃に見える狩人の女は、きつく拳を握り締めます。
 震えるほどに強く握られた拳に、ミカヤはそっと手を添えました。
「生きておるよ。孫娘もセイモアも。暗く美しい穴の底に潜んでおる。その大鹿達がいた場所は亀裂があるようだ。地中に開いた洞窟へのな。大鹿から2人とも。逃れて、滑り落ちでもしたのだろう。セイモアは腕と足を折っているようだな。孫娘は無傷で、青年に抱かれておる」
 言葉を切ったミカヤはややしてから、触れておるのか、と小さく言い足しました。
「洞窟――。土砂崩れで入口が埋まってしまったが、あそこには嘗て晶石の洞窟があった。そこか……」
 入口が埋まっているのであれば、大鹿を倒さぬ事には、割れ目から進入して助ける事もままならぬだろう、とミカヤは狩人の女に言いました。
 そうか、と狩人の女は頷きます。
「カリーンは未だ7つにもなっていない。そしてセイモアも――奴隷の生活と牢屋番の役目しか知らん、まだ世界の甘さを味わった事が無い不憫な子だ。助けてやってくれ」
 話は終った、今は少しでも2人の近くにいてやりたいと狩人の女は席を立ち、カップの中でまだ温みを残している紅茶を一気に飲み干しました。
「ああ」
 確りと応えを返したミカヤは、ふと記憶の隅に引っ掛かる物を感じて、狩人の女を引き止めました。
「待たれよ。森より帰らぬ娘御が最後に着ていた服は? 履いていた履物は何であったか?」
 狩人は、暫し記憶を探るように眉根を寄せ、夕闇迫る窓の外に視線を移しました。
 世界を赤に染め替える、秋の夕暮れがそこにありました。
「細い革紐のサンダルだ。深紫のスカートを良く覚えている」
 そうかと、ミカヤは目を伏せます。痛みに呻く青年と、抱かれた幼子が蘇り、それからその周りに散乱する骨が見えたような気がしました。グドンらしい獣頭の頭蓋骨と、人と。人らしい白い骨に細い細い紐が巻き付いているようにも思えました。
「ありがとう。引き止めて申し訳ない」
 確たる事は何も言えないと判じて、ミカヤはそう言うに止め、それを受けて狩人は目礼を残し去って行きました。
「戦う理由ね。耳を塞いで眼を瞑っても、戦いが消えたりはしないんだ。恐怖そのままにして置くのが腹立たしいから、私は行く。意味も理由も理屈も無い。そういうものじゃないのか?」
 呟き声に後ろを見遣るとバルバラが、窓の外、遠ざかる狩人の背中を見詰めていました。
「お前はシンプルだな」
 世界が齎す苦痛は限りなく、けれど、だからこそ生きる喜びは何物にも代え難い。
 それを知らずに逝くのは確かに哀れだな。
 そう言って、依頼を受ける冒険者を募る為、立ち上がったミカヤの双眸は、悲しい色をしていました。

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参加者
蒼然たる使徒・リスト(a01692)
朝風の・ジェルド(a03074)
星影・ルシエラ(a03407)
死徒・ヨハン(a04720)
沙海蜥蜴・パステル(a07491)
泰秋・ポーラリス(a11761)
楽師・アージェシカ(a12453)
墓掘屋・オセ(a12670)
永遠の旅人・イオ(a13924)
蒼灰の銀花・ニクス(a17966)
NPC:涅槃・バルバラ(a90199)



<リプレイ>

●月長石と黒曜と
 黒白の大鹿が、雌鹿を巡って闘争する雄鹿のように、すいと深く頭を垂れました。
「オセ、ヨハン、来るぞ!」
 朝風の・ジェルド(a03074)の声に弾かれて、墓掘屋・オセ(a12670)と死徒・ヨハン(a04720)が身構えました。突進をして来る大鹿達。深く沈み腹の柔らかい部位を狙って迫る角を、ヨハンは無駄の無い幻惑するような足裁きで、森側に飛び退いてかわします。
「オセさん、後ろに……!」
 永遠の旅人・イオ(a13924)の声に、オセは地面を強く蹴って飛び退りました。イオが見抜いた通り、オセが蹴った地面の直ぐ後ろの落葉がばらばらと暗闇の中に吸い込まれ、大きな亀裂が口を開けて現れます。
「行かせないよ!」
 辛うじて亀裂の向こう側に降り立ったオセを追おうと跳びかけた月長鹿の前に、殆ど無造作に一歩踏み込んで、星影・ルシエラ(a03407)は長剣の刃を冴え冴えと輝かせて切り掛かります。虚を突かれ、意を挫かれた大鹿は、蹈鞴を踏んで低く嘶きました。
 何故戦いに赴くのかと、青年が聞いたのだと言う――酒場で聞いた話をふと思い返したヨハンの心の表に滲むように言葉が浮かびます。
 戦の匂いが好きだ。この美しい2頭は、本当に愉しむには少し弱い。けれど、その鮮やかな白い1頭に朱はよく映えて――。
「私の目を愉しませてくれる……」
 それが理由。ヨハンの右手が空を薙ぎます。飛び行く刃が、月長鹿の左足の付け根を切り裂きます。野辺や山にいる鹿よりも僅かに高い嘶きで昼下がりの森の大気を震わせて、大鹿は、奥に揺れる月の光を秘めた月長石の瞳と、そして紛れも無い濃密な敵意をヨハンへと向けました。
  黒曜鹿の突撃を受けた銷夏・ポーラリス(a11761)は進路を見切り、銀の髪を靡かせてかわします。そして跳躍。地を蹴る音は落ち葉に吸い込まれ、微かにかさりと鳴るばかり。青年は殆ど音も無く宙へと体を移し、直後、先端が霞むほどに鋭い蹴りが鹿の首筋を叩きました。
 悲鳴と共に首を捻ってポーラリスを探す大鹿の、熾きを黒の火と燈らせた黒曜の瞳を見て、ポーラリスは何故だか少し悲しくなりました。
 美しい対の獣。まるで御伽噺のようね――ああでも、倒さなくてはいけない。夜闇の優しい漆黒を湛えた両眼に厳しい光を浮かべ、楽師・アージェシカ(a12453)は月光の白を宿す手套を穿いた手を差し延べました。
 深い悲しみを抱いた青年に伝えたい言葉がある。守りたい――その気持ちが私達を戦場へ導くのだと。貴方が少女を庇ったならば、既に大きな事を成したのだと、彼にそう伝えたい――己が身に力を与える黒炎の分厚い外套を纏った蒼灰の銀花・ニクス(a17966)が、七宝の煌きを宿す宝珠を掲げ、雪降る日の空を思わす蒼灰の双眸で大鹿を見遣りました。
 2人の眼前に混沌の世界から来たりて現世の命を食い荒らす、獣頭の炎が現れて、惑わず黒曜の角持つ鹿へと、陽の光に和らぐ森の大気を突き破って迫ります。
 螺旋の杖に手を添えて、蒼然たる使徒・リスト(a01692)もまた異界から炎を呼びました。昏き火で形作られた人の憤怒の相が持つ長い牙を、喉元の厚い毛皮に突き立てられた月長鹿から上がる叫びは、黒曜鹿の悲鳴と合わさって痛ましい和音を奏でます。
 この下にいるのか――目の前に口を開いた亀裂を見下ろし、オセは墓堀スコップの柄を手の内で遊ばせるように軽く握り直します。……セイモア。牢屋番と名乗る青年。いつ死んでも良い様な眼をしていたが、このまま朽ちるのも辛かろう――その闇の中に2つの命を抱いている深い亀裂を飛び越えて対岸に至ったオセは、視界の隅に硬質の煌きを捉えて深く膝を折りました。横薙ぎに振るわれた月長石の角が、オセの頭上を行過ぎます。それは空を裂き、オセと並んだルシエラが咄嗟に掲げた盾を掻い潜って脇腹を抉りました。月長石の乳白色を伝う赤と、落葉の錦に新たな色を加えて滴る鮮血を目に留めて、バルバラが音を奏でます。紡ぐ歌は凱歌と呼ばれるものよりも幾分か掠れて物悲しく、それでも癒しの腕を広げて傷を優しく包みました。
 必ず護る。あの日希望のグリモアの前に立ち握り締めた力は、その為に存在するのだから――イオは弓へ雷霆を宿らせて、梢を縫って降り注ぎ全ての輪郭を硬く際立たせる陽光の中で、背を秋の5色に煌かせる黒曜の鹿を狙います。ジェルドが血に血の花を重ねて咲かせるべく、逆棘の生えた鏃を月長鹿に向けました。2条の軌跡を描いて矢は大鹿に刺さり、また悲鳴を響かせます。
(「待っててね、今、迎えに行くから――」)
 ヨハンを狙って首を巡らした月長鹿の剥き出しの側面に、ルシエラが渾身の力を込めて振るった長剣が赤い筋を引きました。一瞬遅れてぱっくり開いた傷口から、少女の顔に生暖かい体液が繁吹きます。オセが、幻影を生むほどに素早く繰り出した墓堀スコップが、偶然同じ場所を叩いて更に傷口を押し広げました。
 彼女等には怒りよりも微笑が、血よりも花が本当は似合うと言うのに。
 そんな思いを抱きつつ歌い継ぐバルバラの眼前で、ニクスとアージェシカが、厳しさと冷たさの帳の奥に生来の優しさを隠して黒の炎を呼び寄せ、武器に絡め取って解き放ちます。肉体を破壊し魂を虚無へと返す2つの炎に焼かれて苦悶する鹿。頭部を捉えたポーラリスの蹴撃に頭蓋を折り砕かれて、黒曜の鹿はどうと横様に倒れました。傍らに降り立ったポーラリスは、冷徹と言っても良いほどに表情を揺らがせず、ただ心の窓である双眸に幾許かの憐憫を顕して、鹿の遺骸を見下ろしました。
 このように土の下、陽の届かぬ闇の中で幼い命が散る。そんな世の理不尽さに抗って、リストは漆黒の火を紡ぎます。異界と触れ合い崩壊する現世の間隙を突いて現れた炎は、月長鹿の四肢を覆う柔らかな毛と交じり合い、溶け合い、燃え上がります。 
 鹿が――後に残された月長石の角持つ鹿が今正に命の砂を掌から零れさせんとしているのは、誰の目にも明らかでした。ならばせめて、速やかなる死を与える事が慈悲と、ヨハンは見えざる神の手を月長鹿の首筋にするりと絡ませ、引きました。
「……死して土へと還りなさい」
 短く重く冷たい弔辞を、囁くように地へ落とし、ヨハンは鋼糸を手繰ります。鈍い音。それから、自身の首に刻まれた傷口からヨハンの体へ赤の線を引いて血を振り撒き、鹿は永遠に刻を止めたのでした。

●昏冥
 とん、と軽い音が、地中深くに穿たれた洞窟の中に響きます。頭上に聖なる光を灯して、優しく闇を吹き払ったのはアージェシカでした。洞窟の表面に露出する、内にファントムを秘めた幻影を揺らめかす晶石が、ホーリーライトの光を抱いて照り返し、光の届かぬ場所に複雑な模様を描きます。続いてジェルドとポーラリスが背負子やマント、毛布等を持ち降りて来て、しっかりと手を繋いで寄り添い倒れていた2人へ癒しの技を施し、そっと洞窟から運び出したのでした。
 オセが汲んで来た清冽な水の冷たさを頬に受けて目を覚ました少女カリーンは、丁度カリーンの顔を拭っていたニクスをじっと見つめると、物も言わずに抱き付きました。幼い肩が震えています。我慢強い子なのでしょう、声を上げる事はせず、ただ小さな泣き声が、ニクスの胸元から漏れ聞こえました。柔らかな体を両腕で抱き、無事で本当に良かったですわ、とニクスは小さな体を揺すり上げます。
 傍らで横たわるセイモアの頬を拭いていたルシエラは、酒場で聞いた話を思い出して手を止めました。
「無為な毎日かー……」
 青年が口にしたというその言葉は、ルシエラを堪らなく寂しくさせます。
「なんかいいなぁとか、嬉しいとかも無い訳ないはずなのに、感じないのは何を置いてきちゃったのかな? そんなの勿体ないよ。あるんだもん……」
「……貴方はそう、思うんですね」
 ルシエラが歌うような呟きに重なる掠れた声は、目覚めたセイモアの物でした。
「目が覚めたんだね、よかった。良く頑張ったね」
 煌くような笑みを零し、ルシエラはセイモアの背を支えて起こします。触れられて、びくりと身を竦ませたセイモアは、けれど抗う事はせず、ただ眩しげに目を細めてルシエラを見ていました。美しく触れ難い物を見るように、その横顔を見ていました。
「……あるんだよ。気付いていないだけだよ」
「どうやって気付けていたのか、どうやら忘れてしまったみたいです……」
 セイモアは寂しく笑います。ルシエラは、そっか……、と短く答えると、青年の頬を伝う涙をそっと拭いました。
「あなたは私達のようになりたい、と言っていたそうですが……。あなたは自分の身を犠牲にしてでも彼女を助けたかったのでしょう? 何故そう思いましたか?」
 水の後、リストが甘い茶を差し出しながら問い掛けると、セイモアはただ頭を振りこう言いました。
「あの鹿を村に行かせてはいけないと考えた気もするのですが、良くは覚えていないのです。カリーンの手を取って走って、亀裂に落ちる間際にカリーンの体を抱いた……――」
 言葉を切って、セイモアは手を見ました。それからぽつりと、決断する事はこんなにも簡単な事だったんですね、と呟きました。
「その強さが、人を変えるのですよ」
 リストは静かな表情で、セイモアの手に軽く手を重ねました。
 セイモアの唇から微かな、絞るような呟きがもれました。
「エーファにも、そうしてあげられれば良かったのに――」
 こんなに簡単だったのに……リストの手の下で、セイモアの拳は震えていました。 

 明日流される涙を一つでも減らす為に。
 どうして、と問われれば私はそう答えるだろう。その為に―――命で購う事になろうと惜しくはない、と。
 聖なる光の下で、ジェルドは骨と遺品を拾います。
 グドンに追いつめられて崖から落とされたのか、落ちてグドンと遭遇したのか、いずれにしても彼女も無念だったろうと、幼子の母の物と思しきサンダルに目を落とし、ジェルドは微かに物悲しげに愁眉を寄せました。
 手が届くならば、出来ることならば、貴女も救いたかったと思う、それが私の驕りだとしても。それが――その心が、私を冒険者足らしめる。
 冒険者達が一つ一つ拾い上げて、丁寧に布で包んだ遺品と骨にサンダルの包みを加えるとジェルド。
 オセが妙だな、と呟きます。
 グドンの骨は数あれど、人と思しき骨は殆どありません。霊査士が見たという、紐の絡んだ骨以外、見つかる事は無く、ジェルドも、洞窟の奥に落ちていたサンダルの傍に骨は無かったと、思い至ります。
 冒険者達がどんなに探しても、娘が穿いていたと狩人の女が言っていた深紫のスカートも、彼女と思しき遺骨も見つかる事はありませんでした。
 全てが終わった後、冒険者達はそれぞれに、紫苑の花を地の亀裂に投げ入れます。
「まってなさいといったの。かくれていなさいって。こわいいきものといっしょにいっちゃった。もうかえってこないんだね」
 幼心に意味を悟ったのか、カリーンはそう言って、追憶を意味する花と涙を亀裂に零しました。

●焚火
 狩人の女は、孫娘と遺品の包みを抱きしめて、微かに震える声音でありがとうと繰り返しました。埋葬はしない、ばらばらのままでは可哀想過ぎる、諦められるまで探してみると女は言います。獣に食べられてしまったのではないかとも思いつつ、冒険者は何も言わずに頷くのでした。

 暖かな野辺の食卓。兎の丸焼きの香ばしい匂いとシチューの湯気が漂います。時折、焚き火の爆ぜる音。食器が触れ合い、合間に穏やかな話し声が響いて。
「……僕は戦う事でしか、誰かを護れません。だから、僕は戦っています……」
 そう言って、セイモアを見たイオの瞳で、焚火の焔が踊ります。熱い葡萄酒を一口啜り、イオは「でも――」と思いを紡ぎました。
「セイモアさんがそうなる必要は、多分ない。あなたには戦わなくても、何かを成す事ができるはずですから」
「でも僕は、世界の広さを知ってしまいました。もっと早くに知っていた妹は、けれどテオドリまでしか行けずに死んでしまった……。イオさんの言う事は正しいんです。きっととても正しい。でも僕はその正しさを、素直に受け入れる事ができなくなってしまったんです」
 切なげに笑って、セイモアは串から取った兎の半身をイオに差し出します。寂しそうに笑って、イオは兎を受け取りました。
「……犬のように死んだ、とは私が言ったんだ」
 未だにどう捉えたものか、分からないんだ。死を。身内の死を誉れにしたくない、私の我侭だとバルバラは寂しく笑いました。
「そうか――」
 野辺での食事に、あの森での日々――迷い惑わず決断を重ねた日々を思い出し、ポーラリスは兎の背に齧り付きました。
 人にはそれぞれ役目があるのだと、ヨハンは言います。全ての人が戦地に赴く訳ではなく、死者の魂を鎮める事も立派な務めだと。
「戦う事を無理に理解する必要はありません。自分に相応しい生き方をするのが、何よりも一番と思いますよ」
「――お役目は大切です。でも僕は長い事、役目を果たす事が生きる事なのだと勘違いして生きて来た気がします。戦う事を理解できたら、役目に守られて、しきたりに抗わず、ただ何となく生きる日々を変えられる気がしたんです。抜け出したかった。貴方達が運んで来た世界に、戦歌を歌った日に更に深く聞き知った世界に、僕は魅了されてしまったんです……」
 貴方の瞳の奥に地獄が見えますと、セイモアは瞳の奥の冷たい炎を覆うって煌く硝子めいたヨハンの茶の瞳を見返しました。ニクスを見遣り、彼女の背に遥かなるホワイトガーデンが、と続け、沙海の萌竜・パステル(a07491)達に目を向け、彼らからは遠く北の死地から吹き寄せる風の匂いがすると、セイモアは水のように微笑みました。
「冒険者として戦う理由……か。俺には一番稼げる手段。それだけだ」
「シンプルだね、オセは」
 オセがくゆらす煙草の先から火を貰いながら、そういう奴もいるとバルバラは笑いました。
 静かな夜の中央で燃える焚火の明かりの中で、貴方は私に少し似ている。世界の望む場所に至る為に、力を求めたのだとアージェシカは双眸に追憶の色を浮かべます。
「今はね、約束を、誓いを守る為――あの子が笑ってくれるようなわたしでいるために。そのために戦うの」
 そう、アージェシカが物語る歌は食卓が内包する優しさに寄り添って柔らかく調和し、生きる事と死ぬ事と、覚悟を秘めて世界の無慈悲さに抗う人々を夜闇へ鮮やかに浮かび上がらせます。
「……思い出せるといいね。ああ、いいなぁって思う方法を」
 泥濘の中足掻いて足掻いて進み、道の果てにある美しさに触れて震えるアージェシカの歌を聴きながら、ルシエラが呟きます。
 だってやっぱり、世界はこんなに良い所なのだもの――そう微笑むルシエラに、セイモアはええと応えて、薄く柔らかな笑みを浮かべたのでした。


マスター:中原塔子 紹介ページ
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