【いつか蒼穹の果てで】歌は遠く



<オープニング>


 出逢ったのは、もう五年も前のこと。
 一箇所に留まれず遠く離れてしまう自分を青年は、それでも心は繋がっていると抱き締めてくれた。
 彼の住む村に近い町へ訪れる度に、座長へ無理を言って一日だけ長く滞在を許してもらった。
 短い逢瀬。季節が廻るまで手紙だけのやりとりだったけれど、それで二人は幸せだった。
 もうすぐ一緒に暮らせるかもしれないねと、微笑み合ったのはつい昨日のことのようなのに。

 ――きっと今度は、誓いの印を持って君に逢いに行くよ。
 そんな手紙をくれた青年は、それきり連絡が途絶えてしまった。

 あなたは今どうしているのかしら。
 あなたはもう来てはくれないのかしら。
 あなたはわたしを嫌いになってしまったのかしら……?


「――例の、山間の廃村のことなんだが」
 集まった顔を見回してから、金木鼠の陽だまり霊査士・フェイバー(a90229)が口を開く。
 土砂崩れに遭い、亡くなった村人達がアンデッドとして蘇ってしまった小さな村――
「おかげで、あの近辺にもうアンデッドの姿はない。その点については安心してもらっていい」
 言葉に少しだけ緊張を緩めた冒険者達に微笑して、霊査士は話を続けた。

 もう一つの依頼だったエディスの遺品についても、探索した冒険者達により無事に発見された。
 その遺品――リスリアという女性に贈られるはずだった手鏡は今、エディスの妹、セフィナの手元にある。
 彼女は兄の書いたメモや行商人の話などから、どうにかリスリアのいる旅芸人一座を突き止めた。
 この時期、一座は村から山道を歩いて一日半ほどの距離の町に来るという。
 毎年エディスはその町まで出かけ、リスリアと逢っていたのだろう。
 だが――
「セフィナさんはあまり身体が丈夫ではないそうで、自分の手で手鏡を渡したいが、山を越える道のりは倒れかねない。迂回する道もあるにはあるが、そっちは着くまでに倍の日数がかかる。山道よりは楽とはいえ整備されているわけじゃないから、どちらにしても彼女の身体には相当な負担がかかってしまうんだ」
 けれどどうしても、直接、兄の想いを手渡したい。
 自分が行けないならば、リスリアに来てもらうことはできないだろうか?
 長く一座から離れることは無理かもしれないが、わずかでも可能性があるならば……
「そういうことで、セフィナさんの代わりに町へ行ってもらいたいのが、まず一つ。何を、どう伝えるか。よく考えてな」

 問題は、もう一つある。
「霊査してわかったことだが、山の中を移動している三〇匹以上の狼がいるようだ。距離を考えると、リスリアさんを連れて村へ戻る途中に遭遇する可能性が高い。お前さん達だけならともかく、彼女が襲われたら――どうなるかはわかるな?」
 狼は一塊でなく、ある程度ばらけて動いている。
 警戒心が強いようで、こちらの姿――あるいは匂いだけでも、察知されたら襲い掛かってくると見て間違いないだろう。
 移動時間を含めると、リスリアに許される時間は、おそらくわずかなものだ。
 時間をかける策をとれば、彼女を連れて来られる可能性は低くなる。
 少ない時間で、どう動くか。それが二つ目の問題だった。

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参加者
古紺瑠璃・セス(a04928)
朝凪の珊瑚樹・フェイルローゼ(a05217)
魔刃・ザンザ(a08648)
リトルスター・ジャジャ(a18306)
自由の翼・ヨウ(a30238)
終焉の探求者・ガイヤ(a32280)
不思議黒翔剣士・ミスティア(a32543)
おやつ大好き・コルネ(a36002)
悠幻なる蒼き月・ルナ(a36959)
蒼穹に舞う風・ミリィ(a37592)


<リプレイ>

●真実の重み
 冒険者達が旅芸人一座の来ている町へ着くと、ちょうど彼らは今日の公演を終えたところのようだった。
 座長に呼ばれて姿を見せた長い銀髪の女性は、突然訪ねてきた冒険者達に戸惑いの視線を向ける。
「えーっと、リスリアさん……だね?」
 迷いつつ口を開いたのは、自由の翼・ヨウ(a30238)。
「……実はエディスのことで話があるんだが……」
「どうか、俺達の言うことを落ち着いて聞いてほしい……」
 漆黒の探求者・ガイヤ(a32280)も、ゆっくりと話す。
「彼、ちょっと事件に巻き込まれちまってな……それで……」
「――エディスさん、亡くなられましたの」
 話しづらそうな彼らの後ろから、不思議黒翔剣士・ミスティア(a32543)が見かねて率直に告げる。
「ミスティア、それは」
「隠してても仕方ないですもの」
 それは皆が感じていることだった。けれどせめてリスリアを混乱させないようにと――ガイヤは、できるだけ言葉を選びたかったのだ。
 リスリアを窺えば、何を言われたのか理解しきれていないように、表情を強張らせて黙り込んでいる。
「話を続けますわね。エディスさんがリスリアさんに渡そうとした手鏡がありますの。それを、妹のセフィナさんが自分の手でお渡ししたいそうですわ」
「彼女は村から出られるほど身体が丈夫じゃないんです。だから……セフィナさんのいる村まで一緒に来てもらえませんか?」
 言葉を繋げる、蒼穹に舞う風・ミリィ(a37592)。
 つらいけれど伝えておかねばならないこと。冒険者達は、それらを全て彼女へ伝える。しかし、
「……何を、言っているの……、どうしてそんな、……嘘、を」
 強張った表情のままリスリアの口から返されたのは、否定の呟きだった。
「嘘ではありません、本当に……!」
 言いかけた悠幻なる蒼き月・ルナ(a36959)の肩へ手を置き、魔刃・ザンザ(a08648)が押し止める。
「これを、……少なくともエディスの関係者の使いであることは、信じてもらえるだろう」
 差し出したのは銀のロケットペンダント。かつてエディスが身に付けていたいたはずのもの。リスリアは掌に載せられたロケットを確かめるように震えた指先で開き、小さく息を呑んだ。
 そして自分の身に付けている揃いのペンダントへ手を触れ、握り締めたまま顔が青ざめていく。
 伝えられた真実は、彼らが予想していたより遥かに、彼女にとって大きな衝撃だった。
「――リスリア!」
 ふらりとよろめいた細い身体を、とっさに控えていた座長が受け止める。
 霊査士によく考えろと言われたのは――これを危惧していたのかもしれなかった。
 今にも意識を放棄しかねないリスリアへ、古紺瑠璃・セス(a04928)が気遣いながら問いかける。
「エディスさんから、贈り物の約束をされていませんでしたか?」
 ……手紙、を。リスリアの口が小さく動く。
「エディスさんは、約束を果たそうとしていた……あなたへの愛は決して変わらなかった。悲しみを深めてしまうだけかもしれませんが、約束を守ろうとした彼のため、逢えないなら病身をおしてでも来かねない妹さんのために……同行、願えないでしょうか」
 そう続け、頭を下げるセス。朝凪の珊瑚樹・フェイルローゼ(a05217)が、その横で言葉を重ねた。
「今更、と思うやもしれぬが……エディス殿が間際まで貴殿に渡すことを願った物じゃで。共に受け取りに行ってはくれぬかの?」
 再三の誘いに虚ろな視線が冒険者らの間を行き来する。リスリアは何かに耐えるように両手を握り締め、彼らへ頷いてから座長を見た。
「……リスリア目当てのお客さんもいるんだけれどね」
 看板、というわけではないが、公演に欠かせない大切な座員の一人。座長は苦く呟いた。
「ですが……彼女に心置きなく弔いをさせたほうが、今後の興行には得策ではないでしょうか」
 セスの言葉に深く息を吐く座長。
「どっちにしても、彼女がこんな状態のままでは舞台に立たせられないがね。この町を発つのは三日後、……遅くても道中で待ってはいるが、なるべく早く頼むよ」
 君達を信じているよ、と彼はリスリアを冒険者達へ託した。

●護の疾走戦
 許された時間は少ない。リスリアを連れた冒険者達は、急いでセフィナの待つ村へと引き返す。
(「ぜったい無事に送り届けるのなぁ〜ん!」)
 リトルスター・ジャジャ(a18306)は、先行しつつ狼との遭遇を警戒し、現れそうな場所、形跡を確認する。
 リスリアの護衛としてついたのは四人。あとの者達は周囲を固め、行きに地勢を把握していったセスとフェイルローゼの覚えを参考にしながら、少しでも早く移動できそうな道を選んで進んでいく。
「……大丈夫か?」
 暁月夜・コルネ(a36002)が、共に走るリスリアを気遣う。
 旅芸人として各地を歩き回っているとはいえ、冒険者の足にずっとついて行くのは困難だろう。
 本当は彼女の足に合わせて移動できれば良いが、皆少しずつ気が急いていた。せめて誰かが背負えないか訊いたルナに、応えたのはザンザ。
 念のためリスリアの了承を得てから背に乗せ、再び移動のスピードを上げた。

 町から村までは歩いて一日半。冒険者の足で走れば大幅にそれは短縮できる。とはいえ夜通し走ることはせず、休憩できそうな場所へ着いた彼らは、そこで身体を休めることにした。
 野営の準備を終えると、リスリアの前でジャジャが小さく歌い始める。柔らかな優しい光に包まれて、紡ぐのは故郷の歌。
 気持ちが満たされ、リスリアは少しだけ表情を和らげた。
「リスリアさんは一座でお歌うたってるのなぁ〜ん?」
 ええ、と肯く。……今は、歌えそうもないけれど。
「とりあえず俺達が交代で見張ってるからさ。少しだけでも、休んでくれ」
 促すコルネにも肯きを返し、リスリアは用意された毛布に包まった。
 ――心配なのは、まだ狼の群れと遭遇していないこと。
 できれば夜が明けるまで無事に過ぎてほしいと願う彼らに、けれど狼は応えなかった。

 気配に気付いたのはどちらが先だったのか。
 起きろ、とヨウは叫んだ。身体を休めていた冒険者達は、すぐに思考を戦闘態勢へと切り替える。
 木々の間から唸り声と共にいくつかの影が飛び出した。かわし、格闘術を叩き込むセス。飛び掛かる狼を防御しながら、それぞれがリスリアを護る円陣につく。
「リスリアさんには指一本も触れさせませんわよ! スーパースポットライト奥義!」
 ミスティアが激しい光で狼を惹き付け、次いで別方向から現れた一匹にジャジャが斬りつける。
「悪いけど今日は邪魔しないでねっ」
 援護に無数の黒針を飛ばすミリィ。ルナは獣達の歌改で狼達へ退くよう呼びかけてみるが、敵意は消えず現れる数が増えていく。
 囲まれつつある――リスリアの傍についたガイヤは、道を開けようとスキュラフレイムを放った。フェイルローゼも牽制のエンブレムシャワー奥義を放つ。
「ザンザ!」
 コルネが短く呼ぶ。粘り蜘蛛糸奥義で複数の狼を絡め取ってから、傍へ駆け寄るザンザ。リスリアを背負って狼の間を抜けてくれ、と告げられ肯いた。
 眠りを誘うセスの歌。一部が眠りに落ちるものの、まだ動ける数は多い。
「こちらも相手の数増やさせてもらいますわ、行きなさいリングスラッシャー達!」
 ミスティアは狼の牙を避けながら、円盤状の衝撃波を生み出していく。
「……っ!」
「大丈夫? すぐに治すからね!」
 牙をかわしきれなかったルナを回復させるミリィ。
「――皆、走れ!」
 狼達の怯んだ隙を見逃さず、ヨウが促して走り出す。リスリアを背負ったザンザが続き、さらに狼を牽制しながらフェイルローゼとコルネ、そしてガイヤが走る。
 追撃しようとする狼をジャジャとルナが眠らせ、その隙にセスは焚き火へ水を撒いてミスティア、ミリィと共に駆け出した。
 そして回り込むように木の陰から飛び出した一匹を――
「悪いがリスリアさんには怪我させられないんでね!」
 間合いへ踏み込んだヨウの一撃が捉えた。

●明日への歌
 狼を振り切った冒険者達は、山を越えたしばらく先でようやく息をついた。
 震えるリスリアが落ち着くまで待ってから、進みを再開させる。
 そうして村へと彼らが着いたのは、昼を過ぎた頃だった。
 セフィナを訪ね、リスリアを連れて来たことを告げる。明るい笑顔でお礼の言葉を返したセフィナとは対象に、リスリアの表情は再び沈んでいた。
 ……本当にエディスはもう、いないの、と。セフィナの差し出した手鏡を受け取ることなく言葉が漏れる。
 セフィナは肯定しなかった。……できなかった。生きていてほしかったのは、妹の彼女も同じように。
 それまで無言で見守っていた冒険者達の中から、ジャジャが少しだけ近付いた。
 もしかしたら、家族になっていたかもしれない二人。
「リスリアさんもセフィナさんも贈り物を受け取って、それからちょっとずつ元気になってゆくのがなによりの弔いだって思うのなぁ〜ん」
 彼女らが悲しいままでいれば、エディスはもっと悲しむだろう。
「だから、この手鏡さえなければとかそういう風には思わずに、エディスさんの大好きの証、受け取ってほしいのなぁ〜ん」
 気持ちの整理は、きっとすぐにはつかないもの。それでも遺された想いは、在るべき場所に在ってほしいから。

 リスリアは、エディスの眠る廃村へ行くことを願った。
 冒険者達に連れられて来た彼女は、惨害の跡に言葉を失い、立ち尽くす。
「……大切な者を突然失ってしまった悲しみ、俺などには到底及びも付かない」
 静かに声をかけるザンザ。ゆるゆるとリスリアが視線を動かす。
「だが……生きろ。お前の想い人が愛した“お前らしさ”を失くすことなく、な」
 リスリアの瞳が、わずかに揺れた。すがるように手鏡を両腕で抱き締める。
 上手い慰め方なんてわからないけれど、とコルネは切なそうに微笑して。
「悲しかったら無理せず泣いてもいいと思う。でも悲しみに囚われすぎないでほしいな。……エディスのために」
 彼の想いが籠められた手鏡。一番悔しくて心残りなのはエディスだろう。
 せめて恋人のリスリアにしっかり弔ってほしい――そう願う。
 彼女の視線は、墓所と手鏡、それから澄んだ青空へと彷徨い、もう一度墓所へ向くと、瞳を伏せた。
 震わせた唇を開き、それでも透き通った声を出す。

 歌――

 好きだった。歌う声が一番好きなのだと。嬉しそうに笑う彼を見るのが、自分も好きだった。
 だから蒼穹の果てに居るあなたへ届くように。いつか蒼穹の果てであなたに逢えるまで。
 わたしは歌い続けましょう――

 ――遠く高く紡がれる旋律の中で、一筋の涙が頬を伝った。

 ガイヤは、少し離れた位置からエディスの眠る墓所へ視線を向ける。
 彼はどんな想いであの手鏡を頼んだのか。どんな想いで受け取ったのか。どんな想いで死んでいったのか――
 思ってみても、答えが返ることはない。
(「……ただ、悲しいだけだな」)
 今は、こんなことがもう二度とないように――祈った。

(「妾は……セス殿が急におらぬようになって耐えられるのじゃろうか?」)
 失いたくない存在。けれど冒険者として命を投げ出すようなことになれば。
 フェイルローゼは、そっと傍らのセスへ手を伸ばした。
 愛する者が横にいる。共にある。それは当たり前のことではなくて。
 セスは、彼女の名を呼んだ。もう迷わないと伸ばされた手に触れて。
 後悔だけはしたくない。彼に手渡された薄藍の小瓶をフェイルローゼは大切に包み込む。
 重ねた掌を、互いに強く握った。


マスター:長維梛 紹介ページ
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