風に舞う花、戯れに



<オープニング>


●風に舞う花、戯れに
 たなびく雲が天にかかる日、暮れゆく空は淡い菫の色に染め上げられていた。大地の懐に抱かれようとする夕陽はこの日最後の陽光を差し伸べて、落陽を見送るかのようにゆるりと漂う雲に儚い撫子の色を映し出している。
 穏やかに雲を運ぶ風は大地を撫でることも忘れない。
 風は静かに、けれど途切れることなく流れていって。
 互いの優しい色合いを溶け合わせていく菫と撫子の空の下で、絶え間なく吹く風に誘われ風車が回る。帆布を張られた羽根が動くたびに、煉瓦の風車の中では小麦が肌理細やかに挽かれていった。
 どこかマホガニーを思わせる色の煉瓦で建てられた風車の周りに咲き誇るのは、辺り一面をオレンジ色で満たすマリーゴールド。
 淡い撫子色の光の中に鮮やかな朱金の花弁が舞う。けれどそれは風の戯れではなかった。
 マリーゴールドの花の中に佇む華奢な少女。少女が舞うように腕を動かせば、それにあわせて朱金の花が散る。それだけならばただ少女が花と戯れているだけの風景だったろう。
 だが、少女の腕は身の丈より長い荊の鞭。少女は白い腕の代わりに濃緑の荊を肩から伸ばし、ただひたすらに燃え立つ夕陽に似た花を散らしていた。
 風を裂く鋭い音と共に荊の鞭がしなり、朱金の花弁が舞う。その中に深紅の薔薇の花弁を見たのは……錯覚であったろうか。

 少女はひとしきり花と戯れ、まるで風に乗るかのごとくふわりと地を蹴った。宙に舞う少女は風車の羽根に触れ、その端に腰を下ろして目を閉じた。

●依頼
 藍深き霊査士・テフィンのテーブルには、小さな陶器の器にマリーゴールドの花が飾られていた。
「モンスター退治をお願いしますの……」
 テーブルの上で両手を組み合わせたテフィンが口を開く。
 その爪は撫子を思わせる淡い色に染められて。
「ある村の風車の傍に少女の姿をしたモンスターが現れましたの。風車の傍で舞の練習をしていた女性と、彼女に花束を渡そうと風車へ向かった男性が、モンスターの腕である荊の鞭で打ち据えられて……」
 殺されましたの、と深い吐息と共にテフィンが言う。
「その後は……花を散らしたり風車の羽根に悪戯をするくらいで、村の方が風車に近寄っても興味を示さないそうなのですけれど、やはりモンスターですから……そこにいるだけでとても危険ですの」
「モンスターの戦い方の特徴とかはわかる?」
 空を閉じ込めたような瞳の冒険者が問いかけると、テフィンは静かに頷いた。
「技を極めた翔剣士のよう……荊の鞭は空を裂いて薔薇を生み、風のような身のこなしで敵をかわす……難しい相手に思えますの」
 この霊査士が「難しい」敵を相手とする依頼を持ち込むことはあまりない。だが藍の瞳に普段よりもひときわ色濃く落ちる影が、今回の敵の「難しさ」を物語っているようだった。
 けれどテフィンは顔を上げ、話を聴いていた冒険者達の瞳をひたと見据える。
「ですが、勝機はありますの。モンスターの身のこなしの軽さは風が吹いている時だけのもの。風車の傍は常に風が吹いているのですけれど、風車の裏は大きな窪地。そこにモンスターを誘い込むことができれば……」
 風も、窪地には吹きませんの。
 テフィンは囁くようにそう言って、再びはっきりした声で言葉を紡ぐ。
「モンスターは『舞』と『花を持った人間』に強い興味を示しますの。それを利用すればおびき寄せることも容易いはず……ただ、あまり距離があると意味は無さそうですから、かなり近寄る必要がありそうですの」
 
 マリーゴールドの花の中に風車が回る。
 荊の腕を持った少女が花を散らし、深紅の薔薇の花弁を風に躍らせる。

 その風景をどうか終わりにして欲しい、と藍の瞳の霊査士は告げるのだった。

マスターからのコメントを見る

参加者
儚月華・ネフェル(a02933)
泡沫蝶華・キラ(a18528)
閃耀せし霜剣・レスタス(a20292)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
独裁者の庭園・ジニー(a34782)
縫合専科・カズレヤ(a35819)
蒼戦姫・レフィーユ(a35999)
蒼光の欠片・ニクス(a36070)


<リプレイ>

●風に舞う花、戯れに
 黄昏時を迎えようとする空の色はどこか秋桜に似て。
 柔らかに薄く広がる羊雲の縁は金を溶いたような茜色に染まり、泣きたくなる程儚く煌いていた。
 羊雲に彩りを添える夕陽は焔を映した色。
 光を放つ程熱せられた硝子のように眩いオレンジに輝いて、この日最後の陽光を投げかけている。
 今にも蕩けてしまいそうな、滴る焔の色。
 なのに花園を渡る風は頬に冷たくて、蒼翠弓・ハジ(a26881)の気を否応無しに引き締める。夕陽を模したような色に咲くマリーゴールドの向こうには煉瓦の風車。風を受けてゆったり回る羽根には濃緑の荊が絡みつき、荊の腕持つ少女が風に舞い上げられるように羽根と戯れている。吹く風はまるで優しく少女を抱きすくめるかのようだった。
 けれど。
「……風が味方してくれますように」
 祈りでなく自らを奮い立たせる誓句のように呟いて、ハジは頭を覆うバンダナの上からさらに布を巻きつける。風に舞うのは花に惹かれる魔物。己の髪に咲く花で魔物の気を散らすことが万一にもあってはならない。
「どんな想いがあって彼女はここに在るのでしょうか……」
 考えても詮なきこととは想いつつ、蒼光の欠片・ニクス(a36070)は吐息のような言葉を紡ぐ。例え彼女に何か想いがあるのだとしても、自分達と相容れぬ存在であることに変わりはない。穏やかに交わることはできないのだ。
 花と焔の色を振りまく夕暮れの中にあっても、ニクスの髪が常と変わらぬ深海の揺らめきを湛えているように。
 細波のような音を立て、風が夕陽の花弁を巻き上げる。
 蒼戦姫・レフィーユ(a35999)は春の空を思わせる瞳を細め、朱金のかけら舞う気流の向こうを見遣った。
「魔物は見えますが……囮の人達が見難いですね」
「じゃあ移動しなきゃだねぇ。あんなコだけ見ててもしょーがないもん」
 くすりと笑い、縫合専科・カズレヤ(a35819)が肩をすくめる。
 よく撓る荊の鞭。あれが研ぎ澄まされた刃だったらもっと素敵だったのに。
 傷口を縫ってみたいのに、鞭の傷は縫合しがいがないからつまらない。
 だから――あの魔物はつまらない子。
 荊が風を裂いて薔薇を咲かせる様は綺麗なのかもしれないけれど。
「花のような娘はカーズだけで十分なの」
 嘲るように笑み、カズレヤは朱金の花の中へ足を踏み入れた。

 世界を染め上げる陽の色は熟れきった果実を思わせ、どこか退廃的で。
(「悲しいくらいに……綺麗ね」)
 今日という日の終わりが近いからこそ陽光は鮮やかで、巡礼騎士・ジニー(a34782)はどこか敬虔な気持ちを覚えながら、朱金に映える己の赤茶の髪を後ろへ撫でつけた。
 魔物の犠牲者への哀悼を胸に抱き、僅かに瞼を伏せ重騎士の本分たる護りの力を解き放つ。花と光の中ではいかにも不似合いだった無骨な鎧は、瞬く間に洗練された礼服へと姿を変えた。
 今日の自分は女でなく、舞姫をエスコートする騎士たることこそが肝要。故に身を包む礼服はタキシード。眼差しを上げればその先に、眩い白銀の髪と漆黒のドレスをなびかせた舞姫が風踊る花の中で待っている。
「不作法者ではありますが、姫……どうか私と一手舞を」
 朱金の花を一輪手折って差し出せば、銀瑤楼ノ璃華・ネフェル(a02933)が静かに振り返り。
 銀糸の如き髪に挿された花の飾りが煌いて、遥か頭上の魔物が笑った――ような気がした。

●花を誘えば
「舞と花を持った人間に興味を示す魔物、ですか……」
 焔の輝きめいた陽光を受けてなお、苺と金木犀ラヴな桜色天使・キラ(a18528)の髪も瞳も優しい色を湛えていた。けれどキラの瞳は哀しげに曇る。
 舞の練習をしていた女性、彼女に花を渡しに行った男性。二人はただそれだけで魔物に殺された。
 風車の下で舞い、花を抱えていた――本当に、ただそれだけで。
「……行くか」
 短く言って身を翻し、閃耀せし霜剣・レスタス(a20292)は軽く唇を噛む。
 舞っていただけ、花を持っていただけで命を奪われる。それではまるで戯れではないか。
 憤りが冷たい炎となって胸を焦がす。情にとらわれるつもりはなかったが、身体の奥の青い炎は消えそうになかった。
 遠眼鏡を覗いてみれば、風車の下でジニーとネフェルが手を取り合って踊り始めている。
 二人が魔物を惹きつけこちらへ誘い込んでくることを信じ、レスタスはキラと共に窪地の中央へと向かった。風のない、凪いだ場所。
 魔物を舞わせる風の吹かぬ地へ。

 絹糸の如く流れる髪で朱金の花の上に円を描く。ジニーに手を取られたネフェルが優雅に身を翻せば、すぐ背後で花を踏む音がした。まるで決められた振り付けであるかのようにゆるりと視線を流したジニーは、吐息すら聞こえそうな程近くに魔物の姿を認め僅かに瞠目する。
 荊の腕持つ少女の目に虹彩はなく、眼窩は鮮やかに毒を含んだ色一色に染まる。狂い咲きの薔薇を思わせる、眩暈がしそうなほどにあでやかな深紅。
 その眼窩がオパールのような揺らめきを宿した瞬間、風の音と共に荊の鞭が撓った。
「……っ!!」
 荊がネフェルの胸元を鋭く打ち据える。僅かに表情を歪めたネフェルは怜悧な笑みを浮かべて苦痛の色を消し、天へ腕を差し伸べ上体をしなやかに仰け反らせて続く連撃を回避した。だが緑の鞭は初撃で彼女のドレスを裂き白絹の如き肌に鮮血を溢れさせる。
 胸元を飾る血の珠の連なりは紅玉の首飾りに似て、やけに綺麗で。
 二人はリズムを崩さぬよう静かにターンしつつ、風車裏の窪地へ向けて移動を開始する。少女は重みを感じさせぬ所作で花を蹴り、やはり舞うようにして二人の後をついて来た。
 続いて風の唸りを耳にした刹那、ジニーは咄嗟にネフェルの腕を引き上体を捻った。捻る勢いのまま魔物の鞭を叩き落すつもりであったが、慣れぬ舞の所作に戸惑い思うように動きがとれず。
「ああ……っ!!」
 勢い足らず魔物に晒してしまったジニーの背で荊の鞭が激しい音を立てる。夕暮れの光の中で、鮮血と薔薇の花弁が幾度も幾度も風に舞った。
 視界が真っ赤に染まりそうな程の痛みを堪え、裾でなく足元のマリーゴールドを捌いて立ち位置をずらす。見れば少女の眼窩はやはり薔薇のオパールで、珊瑚色の唇には愉悦としか形容できぬ笑みが浮かんでいた。
「やっぱり……あなたには戯れでしかないのね」
 榛色の瞳に陽光を映しジニーは奥歯を噛みしめる。瞳に映る陽は焔めいて、眼差しは激しい憤りと共に少女を射抜く。だがジニーの瞳はみたび振り上げられた荊の鞭の軌跡を追うことはできなかった。
「右だ、避けろ!」
 ネフェルの声が響く。
 ああ、技を磨き抜いた彼女には魔物の攻撃が見えていたのか。
 そう思った刹那、ジニーは朱金の花の中に叩きつけられていた。

 パートナーは花の中へ沈んだ。
 だがネフェルは舞を止めるわけにはいかない。
 緩やかに吹く風を撫でるようにゆるりと腕を広げ、これまでに培ってきた舞の粋を極めるように優美に一礼すると、まっすぐにこちらを見つめる少女と目が合った。
「私の舞に……見惚れたか?」
 少女は、際やかな笑みを浮かべた。

●凪
 窪地の中央に少女が到達した瞬間、影の如く身を潜めていたレスタスとキラが刀と杖を手に姿を現した。少女は鞭を撓らせネフェルの胸元に再び薔薇の花弁を散らす。
「キラ! 任せたぞ!!」
「うゃ……今治すです……!」
 風の届かぬ窪地にどこか甘さを秘めたキラの癒しの光が満ちて、鮮血の奥に白い骨すら覗かせていたネフェルの傷を包み込む。光が波打つと同時に地を蹴ったレスタスは瞬時に少女の懐へ踏み込み、腰から鎖骨にかけて一気に刃を振り抜いた。虚空の闇を凝縮したかのような漆黒の刃の軌跡を追い、少女の血飛沫が弧を描く。
 眼窩の薔薇色はオパールの如く揺らめいたが、容易く懐へ飛び込んできたレスタスへの恐れからか翳りを帯びていた。
 少女を包囲すべく後方から追ってきたハジ達が窪地の縁に辿り着いたのはその瞬間で。
「血も……薔薇色ですのね」
 窪地の中に散る飛沫にニクスは目を見張り、滑るように斜面を降りていく。
「皆さんと合流しましょう!」
「カーズの術、まだ届かないもんねぇ」
 揺らめく水面の如き髪を陽光に煌かせ、レフィーユとカズレヤも後に続いた。
 ハジも斜面を滑り降りたが途中で力を加減し足を止める。術士ですら戦うには遠い距離だが牙狩人にはこれで充分だ。背丈ほどもある愛弓に魔矢を番え、斜面に僅かばかり足をめり込ませて立ち位置を固定する。
 風は、ない。
「味方してくれたかな……?」
 無風の斜面で目を眇め魔矢を解き放てば、輝く軌跡を描いた力が殺気を感じて振り向いた少女の首元へ深々と突き刺さった。
 痛手のためか恐れのためか、荊の腕を力無く垂らした少女の足元がぐらついて。
 好機と見たネフェルが溢れるほどの蜘蛛糸を放つも、少女はネフェルの舞と同じくしなやかに仰け反りつつかわす。上体を起こした少女は眼窩に鮮やかな光を宿し、笑みを取り戻していた。流れることのない大気を割り荊の鞭が撓る。ネフェルはまたもや胸元を大きく裂かれたが、続く連撃が随分と避けやすくなっていることに気づく。
「キラ! ハジ!」
 レスタスが鋭く叫べば傍らのキラも離れた斜面のハジも即座に体勢を整える。
「ネフェルさんは……任せてくださいです!」
 掲げし杖は甘い果実の色を宿し。キラが慈愛に満ちた癒しの力を広げるのに併せ、少女の正面と背後でレスタスとハジが同時に攻勢を仕掛けた。
「ここで……散れ!」
「外しませんっ!!」
 黒き刃が少女の肢体に十字の傷を刻み、輝く矢が少女の細いうなじを貫く。薔薇色の血潮が迸り、窪地に無意味な文様を描き出して。
「まだです!」
 斜面を滑りきったレフィーユがその勢いにあらん限りの力を乗せ、少女に攻撃を叩き込む。溢れる薔薇の血飛沫がレフィーユの肌をも染め上げて。レフィーユの背後では楽しげな笑みを絶やさぬカズレヤが凪の地に光り輝く聖女を喚び寄せた。
「さぁ、カーズみたいな聖女だよ?」
 風なき地をふわりと跳んで幻の美女が口づけを贈る。ネフェルの傷が完全に塞がっていく様を見遣り、カズレヤはまるで歌うように言葉を紡いだ。
「滾るような潰し合い、もっとカーズに見せて?」
「……ご期待に沿うわけではありませんけれど……」
 呟きつつもニクスは深き海の色を宿す刀身を掲げ、己自身を扉と成し混沌から炎を招来する。
(「わたくしはまだ未熟……けれど、でき得ることを精一杯成し遂げるのみ……!」)
 炎の獣は凪を翔け、少女の背に喰らいついて眩い爆炎を巻き起こした。
 続いてネフェルが鋼糸で少女の脇腹を浅く裂いた。殆ど手応えはなかったが、先程のレスタスの一撃の衝撃が消えていないのか少女は攻勢に移れぬまま薔薇の血を滴らせる。光の弧を描き飛来したハジの矢が少女の肩に深く突き立ち、キラの喚んだ神々しいまでに白く輝く槍は避けることすら諦めきったような少女の胸を正面から貫いた。だが。
「これが本命です!」
 レフィーユの脚が一撃必殺の鋭さを秘めて鮮やかに空を切る。鉄をも切り裂く蹴撃が少女の背骨を砕く――かに思えたが、濃緑の荊をだらりと伸ばしたままの少女は片足を軸にふわりと回って紙一重で蹴撃から逃れ。振りまかれた薔薇の血潮からはその華やかな色に相応しく濃密な花の香りが漂った。
 先程の力を乗せた攻撃は当てることができたのに、とレフィーユは悔しさに眉を顰める。
 霊査士は魔物をこう形容した。技を極めた翔剣士のよう――と。
 技を磨き上げた翔剣士は、力任せの攻撃や心の魔力を放つ攻撃すら華麗な武器使いと脚捌きでかわす術を持つという。風がある場所での少女の身のこなしはまさにそれ。しかし風のない窪地では少女の術は封じられてしまう。故に力で攻めるレスタスや心の魔力を放つ術士達の攻撃はかわしきれない。不利な防御を強いるハジの魔矢も然り。
 だが技による攻撃なら、やはり極限まで磨き上げられた技で避けることができるのだ。
「ならばこれはどうだ!」
 漆黒の刃が少女の肩にねじ込まれた。強大な力を孕むレスタスの刃はハジが貫いた傷口を広げ、キラが慈悲の一撃を与えた胸を切り開く。無残に裂かれた身体からは無論のこと、少女の口からも薔薇の鮮血が迸った。含み笑いと共にカズレヤが降らせし針の雨は更に飛沫を撒き散らし、ニクスが放った獣の炎で裂けた傷口が爆ぜる。その様は……最早何かの祭りのようだった。
 風の届かぬ窪地に花が咲く。深紅の花弁と飛沫が魔物と冒険者により振りまかれ、眩暈がするほど濃密な薔薇の香りが窪地の底に漂い淀む。
 薔薇の香に酔うかの如く少女が瞳を細めたのを機に、斜め後ろからネフェルが鋼糸を鋭く繰り出した。少女は恍惚の表情を浮かべつつ僅かに身体を捻って鋼糸をかわす。だがその刹那、軽く上体を逸らしたため無防備となった胸元へ光を連れた魔矢が突き立った。
 全身を薔薇色に染めた少女は紫苑の色に染まりつつある天を仰ぎ、深紅の滴りを纏わせた荊の腕を差し伸べて――そのままの姿勢で崩れ落ちる。

 薔薇香る髪の中から一輪の朱金の花が零れ落ち、窪地の底へ転がり、止まった。

●風に舞う花、蕭やかに
 冒険者達が風車の下へ戻ってきた頃、天穹は既に菫と紫苑の色が層を成していた。
 地平へ抱かれた夕陽の名残を留め、彼方を漂う雲が微かな撫子の色を帯び。
 相も変わらず吹く風に優しい色の髪を委ね、キラは静かにジニーの身体を抱きしめ癒しの力を注ぎ続けていた。
 焔の光を放つ夕陽が姿を消しても、咲き誇るマリーゴールドはとても綺麗で。
 だから、こんな場所で仲間の命を消すわけにはいかない。絶対に。
「綺麗だよねぇ……」
 花が風に揺れる様にカズレヤが瞳を細めた。
 何故ここに来たの? この花の舞台に惹かれたから?
「でもここで踊る権利、キミにはなかったみたいだね……」
 バイバイ。
 浅い笑みと共に別れの言葉を風に乗せ、カズレヤがマリーゴールドの花を散らした。
 朱金の花弁が風に踊る。
 ぼんやりと花弁の舞を眺めていたハジは、ふとマリーゴールドを摘んで帰ろうかと思い立つ。
 この香りは強くてあんまり好きじゃないけれど。
 未だ四肢に絡みつくようなあの薔薇の香りを忘れるためには――丁度よいのかも知れなかった。

「何を思ってここにいて、何を思って殺していたんだろうな……」
 花の上に佇み彼方を見遣ったレスタスが呟けば、少女の埋葬を終えたネフェルが立ち上がる。
「さあ……な」
 墓標はなく、ただネフェルの手向けたブーケがそれの代わり。
 レスタスが万一の際に自らが囮となるべく隠し持っていた花を天に向かって放り投げる。
 花は風に優しく抱きとめられ、そのまま地に落つることなく流れていった。

 お前も感じるか? いい風が吹いている……

 吐息のような囁きに答える声はなくて。
 穏やかに回る風車の下、ただ朱金の花だけが風に揺れていた。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2005/11/25
得票数:戦闘33  ミステリ1  ダーク2 
冒険結果:成功!
重傷者:独裁者の庭園・ジニー(a34782) 
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。