<リプレイ>
●長い長い労働の日々 温泉から白く立ちのぼった湯気が冬空に溶け込んでいる。空気中にふわりと漂う湯の香り。身体の芯まで温めてくれそうな湯が山間に湧いている。 いかにも気持ちよさそうな温泉だ。ただし……猿さえ出没しなければ、だが。 「本題は領土問題か。この手の問題の根は深くまた解決も難しい。だが根気よく続ければ解決の糸口も見えてくる。短気に走って温泉の破壊のような根元的な解決を企ててはいけないぞ?」 蒼穹の騎士・ショーン(a00097)がシリアスにきめる横で、混沌の導き手・シンキ(a03641)はややあきれ顔で温泉を眺めてひと言。 「素直に別の温泉に行けばいいものを……」 まさしくその通り。どうしてわざわざ猿が出没する温泉を湯治に選ぶ必要があるというのか。 その答えはいつものごとく、気まぐれお嬢さんの我が儘から、としか言いようがない。 「相変わらずエメルダさんは困っている人に優しいんですね」 エメルダが聞いたらまた勘違いだと怒りそうなことを、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)はにこにこしながら言う。 「さて、まずは温泉に入って猿をおびき寄せ、でしょうか」 早速温泉につかろうとするラジスラヴァに、九紋龍・シェン(a00974)は否と首を振る。 「まずは交渉と肉体労働だ。そのためにお嬢ちゃんをおいてきたんだから」
ということでぽかぽかの温泉は後回し。冒険者はまず温泉近隣の村人との交渉に向かった。 新しく温泉を作りたい、というシェンに、村人は顔を見合わせる。 「温泉を掘るのは大変な作業なのです」 湯脈のある場所を探すのがまず一苦労。そして温泉の形を整えるのも一朝一夕にはできないことだ。 「温泉に猿がでるようになったため、新しく温泉を作ってはどうかという話も出ましたけれど……この村には残念ながらそんな作業をする力はなかったのです」 ここは温泉以外には取り立てて何もない村だ。猿の出没によって人の行き来がなくなれば、村の活気とてなくなる。 「このままでいいというなら俺は別に構わんが……放置しておけば村はどんどん寂れていく。それでもいいのか?」 シンキの言葉に村人はうなだれる。 「もちろんそれで良いとは思っていません。ですが私たちにはどうしようもないのです……」 「そっちで指示してくれれば、力仕事なら存分に手伝うぜ? 本格的な温泉を作ろうっていうんじゃねぇんだ。小せぇみすぼらしいヤツで良いんだからよ、いっちょやってみねぇか?」 シェンの誘いかけに村人はどこかおどおどした目つきを向ける。 「冒険者の方々に手伝っていただけるなら可能でしょう。ですがこの村には報酬を払う力は……」 「それに関しては心配ない。ここの温泉にどうしても入りたいという金持ちが喜んで報酬を払ってくれるだろうから」 お嬢様の気まぐれもこんな時には役に立つ。シンキとシェンは村人をあれやこれやと説得し、温泉作成の手伝いを頼んだ。
冒険者と村人は温泉を作る場所を探して山の中に分け入って行く。 「山奥なので使い道がないと放置しておいたのですが……」 村人が指さす処には湯気が立ちこめていた。湯が表面にまで湧き出ているのだが、あまりに山奥なため、人が入る温泉としての活用は難しい。だが、山を縦横無尽に駆ける猿が利用するには問題ないだろう。 「とにかく……掘るか」 関風の・エブリース(a00778)は率先してざくざくと辺りを掘り始めた。地面を掘り返し、土を運び。湯でゆるんだ地面は多少なりとも緩んでいて掘りにくくはなかったが、それでも作業量は相当なものだ。 服に染みた湯は冬風に冷やされぱりぱりと凍り付き、口からは真っ白な息がはぁはぁとあがり。 「じゃまな石っころだな」 シェンは掘るための障害となる岩を爆砕拳で砕き、細かく割れた岩をどんどん運び出し。 毎日、身体がみしみしと音を立てるほどに作業にいそしんだが、それでも猿が入れるだけの温泉を作るのには何日もの肉体労働の日々が必要となったのだった。
●お猿の躾教室 血と汗の結晶? である温泉が完成すると、いよいよ猿の移動作戦となる。 まずは猿との交渉。それが巧くいかなかった場合は猿を適度に迎撃。それでも駄目なら眠らせて新しい温泉へと連行。それでも聞き入れてもらえないなら……こちらが逆ギレ。 最後の作戦はともあれ、猿がどの時点でこの温泉を諦めてくれるか、それは冒険者たちの働きにかかっている。 「湯船には防具の類は着て入るなよ。あくまで温泉に入っている普通の人間が猿より強いと思わせる必要がある。各自タオル着用の上、ポロリに気をつけろ。金属製の武器は手入れを欠かさないように。湯当たりにも注意だ。こまめな交代を忘れるな」 ショーンはてきぱきと指示を送り、温泉に冒険者を配置した。 まずは温泉堀りをして汚れた上に冷え切っている者を優先に温泉に放り込み。後は温泉に入ることを望む者を順番に。 灰色の鴉・アゼル(a00436)は武装を解かずに猿にあたる為に温泉には入らず。闇に舞う白梟・メイプル(a02143)も温泉ではなく脱衣所に隠れて猿を待つ為、入浴はせずにおく。 後の者たちは湯当たりしないよう、ほどほどの処で次の冒険者に交代しながら、温泉で猿出現を待った。 「次は私の番ですね」 囮の順番がくると、ラジスラヴァはタオルを1枚巻き付けて温泉につかり、ちゃぷちゃぷと湯をはね返して音を立てた。 「とても気持ち良いお湯ですよ。早くエメルダさんにも入ってもらえるといいですね」 タオルの端を押さえ、にこにこと言うラジスラヴァの後ろで、がさがさと茂みが揺れた。ぬっと現れた猿たちに、ラジスラヴァは獣達の歌で呼びかける。 「♪ 私たちも温泉に入りたいのだけれど、一緒は嫌ですか? 私たちは貴方たちと争いたくないのです♪」 言葉の通じる人間を前に、猿たちはキーキーと声をあげる。 「♪ ……駄目ですか。でも貴方たちが襲ってくれば私たちは身を守ります。そうすれば貴方たちも傷ついてしまいます。争わない為に貴方たち専用の温泉を用意しました。そこでは…… ♪」 ラジスラヴァの言葉の途中で、猿はどかどかと温泉に乱入してきた。ラジスラヴァに掴みかかろうとする猿との間に不動の鎧をかけたアゼルが割り込みその身を守る。盾で猿を押しやり、矢返しの剣風で猿の投石を防ぎはするが、攻撃はせず防御と回復に専念する。今はまだ脅しの時であり殲滅の時ではない。 メイプルはここ数日で見極めておいたボス猿を影縫いの矢で縛り、棍棒で軽くコツンと叩いた。傷つけるのが目的ではない。動けぬ恐怖で人の怖さを教えようというのだ。 「人間の領域に足を踏み入れようとは良〜い度胸だ! 俺が相手になってやる」 ヒトの邪竜導士・イズリクスィウ(a03323)は猿に啖呵を切ってみせると、ブラックフレイムを猿に……ではなく仕切りへと撃ち込んだ。 「温泉を占領するなど、許さんっ!」 猿さえたじろぐ勢いで、イズリクスィウは次々にブラックフレイムを仕切りに撃ち、それでは足りずに足下の石までぶつけ出す。 なぜ仕切りばかりに? その理由は尽きせぬ煩悩が故。仕切りがなくなれば温泉は必然的に混浴になる。 だが仕切りもさるもの。なかなか簡単には壊れてくれない。爆砕拳のように建造物破壊に効力のあるアビリティであったなら、結果は違ったかも知れないが。 エブリースは土塊の下僕を猿に差し向けた。下僕には攻撃力はほとんどないが、泥人形が動く様子に猿はたじろぎ、じりじりと後ずさりした。 これは何か様子が変だと逃げて行く猿に向け、ラジスラヴァは獣達の歌で新しく作った温泉の場所を教えた。 「これでもうこちらには来なくなってくれるでしょうか?」 「いや、まだ安心するのは早い。猿は賢い。しばらくはこちらの動きを窺ってくることだろう」 アゼルは猿から受けた怪我を癒しの水滴で治すと、再び温泉の警戒に戻った。
それから数日。 猿が現れるたび、冒険者たちはそれを撃退した。最初こそ勢いのあった猿だが、毎回痛い目に遭っていてはその勢いも徐々にそがれ。 こそっ。 物陰から覗いている猿は、エブリースが気配に振り向いただけで逃げだし……。 その後、もう猿が温泉に出没することはなくなった。 新しく掘った温泉に様子を見に行くと、そこにはぞろぞろと猿が集まり、身を寄せ合って入っていた。前の温泉ほど立派でもなく広くもない場所だけれど、冒険者に追い返されることもなく安心して入れる温泉の方が良いということを、学習してくれたのだろう。 人に脅威を与えることなく温泉につかっている猿は、そのサイズこそ巨大だったけれど……可愛いと見えないこともなかった。
●温泉でまったり やっと安全になった温泉にエメルダが呼ばれた。 「随分かかりましたのね。依頼のことなんて忘れて、温泉でふやけてるのかと思いましたわ」 エメルダは相変わらず可愛くないことをつけつけと言う。躾が必要なのは猿ではなくこちらなのではないかと思えるほどに。 「時間はかかったが、俺らは俺らの仕事をきっちりこなしたぜ」 シェンは温泉に顎をしゃくってみせてから、エメルダの顔をのぞき込む。 「そういや前に我儘お嬢ちゃんだの言って悪かったな」 「本当のことですから思う存分そう言っていただいて構いませんわ。お金持ちのお嬢さまと言えば、天使のように優しいか、あるいは我儘と相場は決まっておりますもの。私は後者であるというだけのこと」 挑戦するように言い放つエメルダの顔には、未だに包帯が巻かれている。動作にも言葉にも怪我の痕跡はないのだが、顔の包帯は仰々しい。 「立派な勲章だな」 ショーンに包帯を指されたエメルダは、ふいと後ろめたげに顔を逸らし。 「では早速温泉に入らせてもらいますわ」 優雅な足取りで更衣室へと歩いていった。
「あ〜あ。結局壊れなかったなぁ」 男湯ではイズリクスィウがまだ未練がましく女湯との仕切りに手をやっていた。度重なる攻撃に、仕切りの一部は耐えきれず崩れてしまったけれど、それは村人の手によって修理されてしまっている。 猿がいなくなった温泉に、シンキは青猫シルゥ・ザ・サイレントブルーを抱いて入った。知らない村人に預けられていたためやや機嫌を損ねていたシルゥも、ぬくぬくした湯の感触に、ごろごろと喉を鳴らす。 「銀狼と共に湯に浸かりたいものだが……」 ……とはいえ、気高き銀狼は狼の形をした力であり、動物ではない。エブリースはそれは諦め、土塊の下僕と湯に入った。こちらは効果時間が過ぎるまで、湯に溶けてしまうことはない。 冒険者と+α。ゆっくりのんびり温泉三昧……。
女湯では、ラジスラヴァがエメルダのために作った歌を披露しようとして、ぺちっと叩かれていた。 「お気に召しませんか? 会心の出来だと思うんですけれど」 エメルダを待つ間にラジスラヴァが作ったのは、温泉で悪戯する猿をエメルダが説得して退ける……という内容の歌だ。 「称えられるだなんて性に合わなくてむずむずしますわ。ほら、ごらんなさい」 つきだす腕に鳥肌が立っているのに、メイプルは微苦笑する。 「以前もラジス様が作られた歌に怒っていらっしゃいましたけど……何故? 知られたくなかった……から?」 「知られて困るようなことは私にはありませんわ。ただ嫌なんですの。それだけ」 ちゃぷん。エメルダは鳥肌の立った腕を湯に沈める。その腕にも身体にも怪我の跡はない。 「……私は冒険者です……民を護り、助けるための努力は惜しみません。でも、お金がなく依頼を出せぬ者も居ることでしょう。勇気も湧かず、疲れて、諦めて……。霊査士の気づかぬ処でほんとうに困っている人たち。……エメルダ様には霊査の力がおありなのかしら?」 くすっ。 メイプルは小首を傾げて笑うと、エメルダの顔の包帯を丁寧に外した。その下には……傷一つない白い肌。 文句があれば言いなさいと言わんばかりに挑戦的に見返すエメルダの目の前に、アゼルがすっと竹の器に乗せた玉子を差し出した。 「……なんですの、これ?」 「温泉玉子だ。ちょうど良いゆで加減だぞ」 上部をこんこんと叩いて殻を取り。スプーンですくえばふるふると半熟の白身が柔らかくゆれる。 エメルダは温泉玉子を見たことがなかったのか、不思議そうに玉子の中をのぞき込んだ後、柔らかな玉子を口に運ぶ。 「……美味しいですわ」 挑みかけたエメルダの気持ちも半熟のままぷるんと温泉の中。 冒険者と+α。湯煙の中ゆらゆら揺れるそれぞれの想い……。

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参加者:8人
作成日:2003/12/31
得票数:ほのぼの12
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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