<リプレイ>
●温泉旅行 思えば、今回は「旅団で慰安旅行」と言う主旨で出掛けたと言うのに、何故だか愛の抱擁天使・アヤ(a10024)は救急箱やら応急処置セット完備で挑んでいたのだ。訝しむ毀れる紅涙・ティアレス(a90167)に、意味ありげな微笑を向ける。 「ティアレスさんも、安心して無茶してくださいね♪」 彼は何のことだか判らぬ風に眉を寄せていたが、全てはこの瞬間から始まったと言っても過言では無いに違いない。星灯・ナナト(a03047)とて道中、胸騒ぎを隠せぬかのように眉間に皺を寄せたままであった。ちなみにティアレスは其れが彼のデフォルトだと思っていたので、その異常には気付くことが出来なかったのである。 つまり、何かが起こるだろうと言うことは、鳥篭亭の慰安旅行である以上当然すべき危惧であったのだ。
しかしながら、旅館に着いた皆が温泉に入っても尚、事件は起きなかった。 そろそろ殺人のひとつやふたつも発生しなければ、番組終了までに事件解決が間に合わぬのではないか。そのような不安を胸にしつつも、聞こえぬ悲鳴に耳を澄ませる――者は極一部であった。 「はぁ、気持ち良いなぁ……」 まったりゆったり温泉に浸かって、緋煌妖華・マーク(a05390)が呟く。彼は髪を後ろでひとつに纏めており、白いうなじが覗く状態であるのだが、桃源旁魄・リャオタン(a21574)の心中は複雑である。目の前にある美しいうなじは、美人女将の物では無く、一人の男のものなのだ。 色々突っ走ったりしないのかなあ、とそんなリャオタンの様子を流水の道標・グラースプ(a13405)はのんびりと眺めていた。リャオタンが持参した盆の上には、清酒ならぬ清水が注がれたお猪口が乗っている。嗚呼、と同情に似た響きの溜息を零すと、未成年の彼は拗ねたように呟いた。 「うるせえなっ、気分だけでもいいんだよチクショー」 「……何も言って無いよ?」 若いって良いよね、などと優しい言葉を撫でかけながらグラースプは目を擦った。 「……」 露天風呂の岩の形が、妙に例の饅頭に似て見えたと言うのは、恐らく見間違いであろう。目を擦ると、其処には既に岩が無かった。安堵に胸を撫で下ろし、 「……」 無くなっていたと言うことは、まさか自力で動いたのだろうか。 新たな疑惑が胸に起こる。ミステリの香り漂う温泉で沈黙を流すうち、気付けば安楽死探偵・エン(a00389)が溺れていた。彼は「喰う、喰う! 雪の踊り食い!」と良く判らぬ言葉を呟きながら意識を失ったのだった。結果、溺死寸前のエンを救助すると言うひと騒動が起こり、リャオタンが被害者になる暇も無かったのである。
●事件発生 何とか意識を取り戻したエンが部屋の襖を開ける直前、その悲鳴が響き渡った。続いて何かを殴るような音、蹴るような音、苦痛に喘ぐ声。 慌てて襖を開くと、其処には青褪めたマークの姿。だが、被害者らしき姿は無く、更に凶器らしいものも見当たらない。慌てながらマークに近付いたものの、事態を理解出来ず首を傾げたエンだったが、彼の視線が示す意味を読み取ると、真っ青になってがちがちと震え始めた。 「ハワワヮヮ……これは、み、見なかったことに……」 二人は頷き合うと、全力で部屋から逃げ出した。
●現場 白い浴衣の上にサファイアブルーの羽織姿で饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)は旅館を歩いていた。青いスーツも良いかもしれない、などと呟きながら廊下を進むうち、浄火の紋章術師・グレイ(a04597)に出くわした。軽く挨拶をすると、グレイは本題を切り出してくる。 「そう言えば、ティアレスさんを見ませんでしたか?」 おお、とアレクサンドラは手を打って頷いた。 「私もティアレス殿を探していたのだ!」 手に持っていた林檎酒を示し、夕餉の前に食前酒をと思っていたのだと言う旨を語る。グレイは、是非御一緒したいものですねと温和な笑みを返した。ちなみに彼の羽織はワインレッドに染められている。旅館の趣味が多少疑われるが、此の際、其れは些細な問題であろう。 ティアレスが行ったと言う土産物屋を覗きに行くと、物色していたらしい春暁捧誓・ハル(a00347)と遭遇することになる。ハルは「ティア氏ならとっくに部屋へ帰りましたよ」と言う重要な証言を齎してくれた。 そして、逸る気持ちを抑えて部屋へ戻る二人の耳に、突如悲鳴が聞こえて来たのである。
●検証 其の部屋の床は、鮮やかな赤い液体によって濡れていた。トマトに良く似た野菜臭い香りがする。トマトジュースをぶちまけられたような血痕ですね、とグラースプは冷静に監察していた。早く犯人が名乗り出ないものかと面々を見渡すも、残念ながら事件が違う様子である。 何と言うことだ、と肩を震わせるアレクサンドラ。少しうきうきして見えるのは気のせいだろう。グレイは羽織の襟を正すと、彼に向き直った。 「アレクさん。他殺と自殺、どちらと見ますか?」 アレクサンドラは悩んだ素振りも見せずに胸を張った。 「私は無論、他殺派である」 何しろ温泉だから、と言う情緒に流された答えを聞くも、グレイは冷徹な眼差しで自殺の線を押すのであった。二人の戦いは、此処から始まるのである。
「な……なぜ自殺などと、そのような発想が! 有り得ない!」 あのティアレス殿に限って、と首を振る青い人に赤い人は肩を竦めて答えた。 「簡単な推理ですよ」 びし、と部屋の中を指差し高らかに言う。 「部屋には誰も居なかった、そして彼が死んでいた、ならば犯人は彼自身に他ならない!」 此処で思い出して欲しいのがグラースプによる監察結果である。 現場で見つかったものは、トマトジュースに良く似た血痕のみ。死体は見えない。この時点で被害者の存在を特定することは、早計にも思えるのだが、男たちにはそのような些細な事柄は関係無いのである。 アレクサンドラはグラースプの報告を確かめると、瞳に確信の色を浮かべて言った。 「いや違うぞ、グレイ殿」 注視するべきは畳だ、と床を示す。まるで部屋の入り口でトマトジュースを零した後、窓辺に居た誰かに近づいて行ったかのような血痕が刻まれていた。ティアレスが助けを呼ぼうとして窓に向かったのだ、と青い人が主張する。赤い人は「異議あり!」と卓袱台を叩いた。助けを呼ぶのならば窓にでは無く居間に行くはずだ、と声を荒げる。 ハルは熱燗を片手にのんびりと構えているが、収集がつかなくなった際には二人に向けてお猪口を投げる心構えである。温泉から帰って来たティアレスも、彼に誘われ横に座った。ナナトも仏頂面で腰を下ろし、熱燗は断りつつ青と赤の戦を眺めている。 「ならば何故、外に死体が無いのかね!」 アレクサンドラが証拠を突きつけると、グレイの顔色が変わった。 二人は揃って窓の下を眺める。木々に隠れて良く見えないが、窓の下には特に何も無い様子だ。無い様子だが、よくよく見ると木の葉に隠れている地上は、露天風呂であるようにも見える。しかし男湯にはそのような位置の温泉も無かった。 「な、なんだとッ……!」 事態を理解し、思わず口調が変わるグレイ。 アレクサンドラはすべてを理解した風に、震える拳を握り締める。 「……そうか、そうだったのだな。哀れ、窓から落ちたティアレス殿は……!」 「待て。我の話をしていたのか。我は死んで居らぬぞ」 死体だの何だのと縁起でも無い、とティアレスは台本を握り締めて抗議した。彼の無事に歓喜するアレクサンドラを手で制して、グレイはうろたえながらも血痕を指差す。 「ば、馬鹿な! この血痕こそ、ティアレスさん死亡の動かぬ証拠です」 「此処に居る我こそが動かぬ証拠だ、戯けめ!」
●マークの証言 俺はそんなつもりじゃなかったんです。 窓から身を乗り出して挙動不審に周囲を伺っている彼を見つけて、少し驚かしてみようかな、って思っただけだったんです。まさか彼が女湯の様子を伺っていただなんて思いもしませんでした……俺はただ「わっ!」と声をかけてみただけだったんです。
●エンの証言 うん、ありゃあ吃驚したね〜。 部屋に入ったら彼が真っ青な顔して窓際に立ってるんだもの。思わず飲んでたトマトジュースを吹いちゃったよ。なんでトマトジュースかって? 温泉でのぼせちゃって水分補給してたんだよね。ジュースなら何でも良かったんだけど。
●事件の真相 タオルを巻いて体型が目立たぬよう気をつけているアヤだが、隠し切れぬナイスバディに砂糖細工の苺姫・ミミル(a02923)は少し黄昏てみたりもする。背中を流し合い、平穏な時が流れていた女湯へ、突如悲鳴が響き渡った。 「むぃ?」 うわあああああ、と言う声に閃脚白狐・ルル(a06435)が顔を上げると、丁度二階辺りの高さから落下して来ているエンジェルの姿が目に入る。ざばーん、と凄まじい水音を立てて彼は温泉に水没した。彼が浮かびあがるその前に、アヤの放ったニードルスピアが水面を撃ち、ルルはタオルを引き寄せながら手桶を投げる。 不可抗力との言い訳を聞いてくれるほど世の中は優しく出来ておらず、哀れリャオタンはルルの拳と蹴りによる制裁を受けたのであった――
●宴会 気を取り直した鳥篭亭一行は、夕食を取りに宴会場へ向かった。 グレイがさり気無く手配しておいた地方の名物地鶏と「キリ・タン・ポー」なる郷土料理が、醤油仕立ての鍋として用意されている。夕食がうさまん尽くしと言うわけでも無く、普通に美味しそうな鍋を見てアヤは安堵に胸を撫で下ろした。成人用にと差し出された冷酒を取り、笑顔でハルにお酌する。 「さーさー、どーぞですよー」 お酒は成年の特権ですねえ、とハルは笑みを浮かべた。ルルやリャオタンが手を伸ばそうとしたアルコール類は手際良く没収され、節度を保った宴会が執り行われたのである。
温泉での女の子同士の会話と言えば、やはり色恋に関わるものが多いのだろう。ミミルは女部屋に詰めている他二人を見た。極々普通に恋人持ちの御二人である。 「……」 ミミルは沈黙した後、思いを振り払うように咳払いをひとつ。さり気無く女部屋に存在しているエンは、さり気無く鳥篭亭女将の肩を揉んでいた。日頃の感謝の意味を込めて、と言いながらも肩叩き券十枚綴りをぺらりと差し出し、「裕福度一つで」と微笑んだ。 「……」 ミミルに残されている裕福度は一つである。如何にしてこの窮地を乗り切るかは、女将としての手腕に掛かっていると言っても過言では無い。 水面下で戦いを繰り広げる二人を見遣り、アヤは耳を澄ませた。隣の男部屋から聞こえてくる妙に壮絶な物音―― 「男性部屋は沢山人が居るので、賑やかそうですね〜♪」 にっこりと微笑んで他人事のように言い切った。女部屋は表面上、非常に平和なままである。
「うぉらぁぁぁぁぁ!!」 ナナトが全力投球した枕が、何故かナナトの後方に居たティアレスに突き刺さった。 「コントロールが悪いにも程があるであろう!?」 何故か集中攻撃を受け、布団に膝を突きながらティアレスは毒づく。同様に何故か――全く枕投げには興味も無く、参加する気も無かったのに――集中攻撃を受けたリャオタンも怒りに燃えながら枕を掴んだ。 「……このっ、てめえらァー! 調子に乗んじゃねえぞ!」 思いっ切り、投げた! 「ごはッ」 すると何故か引き寄せられるようにティアレスに当たる。 「!?」 おろおろと狼狽するリャオタンへも、ハルからの愛と言う名の枕が容赦無く降り注いだ。何事も全力でとばかりに、グラースプも枕を掴む。今だけは年齢と言うものを忘れることにしよう。 「人生の先輩方に色々話を聞きたかったんだけど……」 主にプロポーズの仕方とか、と呟きながらも流れ枕に当たったマークが参戦を決意する。負けるわけには行かぬとばかりに気合を入れて、適当に枕を投げ打った。 何故か枕の大半がティアレスに当たるのは、半分が故意で半分が自然の摂理と言うものであったに違いない。布団に埋もれたティアレスに向けて、途中離脱は許さねぇとナナトが声を掛ける。 「俺様があらゆる回復アビ使ってやるから安心しろ。それとも熱いキスと抱擁の方が好みか?」 挑発するような彼の口調に、ティアレスは低く笑みを洩らした。 「……良かろう、そうまで言ったことを後悔させてくれる」 ナナトに向けて枕を突きつけ、 「既成事実を作った上でロザリーに報告してくれるわッ」 「ばっ、霊査士は関係ねぇだろ!?」 色々と突っ込みどころのある発言をしてから戦線に復帰した。 死闘は夜遅くまで続くかに思われたが、他の旅客らへの迷惑を考え、就寝の時間には綺麗に収まっていたらしい。その時に誰かの黒い影の暗躍があったのか否かは、男部屋に居た者たちだけが知るところであった。
●雪の夜 「で。ねえ、ティアさん?」 ちらちらと白雪が降る中庭を見遣りながら、ミミルは幹事を掴まえ切り出した。ちなみに彼女の手の中には、余り高価そうでも無い現地の気配が濃厚な、全力で「土産物」と主張している温泉饅頭の箱がある。 用件は判っていたのだろう。そうだな、と相槌を打ってティアレスは頷いた。 「ドキドキは楽しいですけど、あんまり長引くと心臓によくありませんわ?」 ふむ、と彼は小さく唸り、溜息混じりに呟いた。 「……ま、妥当なところだろう」 どうぞレディ、と白い手を取って手首に小さな鎖を掛ける。白金の鎖に淡い苺色をした石を飾った細いブレスレット。繋いだ鎖に指先を絡め、目を細め笑う。 「誕生祝いだ。受け取っておけ」 手首に巻いた細い鎖を引き上げて、石に口付け祝いを言った。
人とは時間をずらし真夜中に湯浴みをしたハルは、淡雪の中を緩い歩調で進んでいた。カンテラで雪の道を照らし、未だ枯れていない紅葉を見上げて白い息を吐く。ふと、良く見知った人物が河原に腰掛けているのが見えた。 恐らく眠れないのだろう。ぼんやりと月を眺めているリャオタンの背中を見、此れは声を掛けねばならぬ、と内なる声が囁いた。何処か楽しげな笑みを浮かべて、ハルは河原をゆるりと歩く。 濃紺の空には、雪ほどに白い月が浮かんでいた。 瞬く星が一面に広がり、少しだけ、違う世界に居るかのような錯覚も齎す。 そんな晩秋、初冬の夜。

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参加者:11人
作成日:2005/11/22
得票数:ほのぼの8
コメディ23
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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