しおれし花……



<オープニング>


 谷の近くで猟をしていた少年はふっと視線に気がついた。
 向こう側の、崖の淵に女性が立っていてこちらを見ている。
 たなびく緑色の長い髪。沈んだ緑色の瞳。蒼褪めるほど広い額には緑色の宝石のようなものが煌いている。
「ドリアッドの、お姉さん? どうしたんですか? 落ちちゃったんですか?」
 少年は声の限りに叫んでみたが、谷の風は強くて、声が届かないようだ。
 ただ訴えるような目でこちらを見てくる。
「大変だっ。助けなきゃ」

 酒場で霊査士のユラは、その少年直筆の依頼の手紙を受け取っていた。
 つたない字で書かれたその誤字脱字の多い手紙を読み終えたあと。
「厄介な……」
 と、ぼそり。
『ドリアドの、おねさんが、たににオチたみたいです。髪のおハナがかれてて、きっとびょう気、だとおもえます。いそいれ、たすえてあげて、らさい。このままでわ、おねさんが、死んじゃいます』
 農村の、文字の読み書きをろくに教わらない地方の子にしては上出来の手紙である。何を言いたいかわかるのだから。
 依頼を受けてくれる冒険者に手紙を回し読みしてもらって、ユラは質問を待った。が、言い出してくれなかったので、自分で言った。
「死んじゃいますというより、死んじゃってます。アンデッドです。場所は崖の真ん中のところにあるスペースに奇跡的に引っかかっているようです。倒すのは簡単なんですが」
 問題は依頼人をどうするかだった。
「この男の子に、あれはドリアッドのアンデッドだと教えて、現実の厳しさを教えてあげるもよし、うまくごまかしていただくもよし。それはお任せします。手紙の感じからはわからないと思いますが、もう十六歳の男の子なので、受け止めきれないこともないかと思います。厄介なのは、恋情ですね」
 谷向こうにいる異種族の女性に、その男の子は恋をしているのだった。もちろん、アンデッドだとわからない状態で、だ。その上、まだ彼には恋の自覚がない。手紙を霊査したユラだから、かえってわかったのだ。
「最近涼しいせいか、保存状態はきわめて良好で、生きているかのようなアンデッド。……私から一つお願いがあるのですが、そのアンデッドは倒したあとは埋めてあげてください」
 ユラは同族なので、放置しておくのは嫌だった。安らかに眠って欲しい。それに放置しておけば、少年はそのうち、自分で助けに行こうとするだろう。
「では、よろしくお願いします」
 冒険者を送り出した今日のユラはなんだか少し、元気がなかった。

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参加者
碧の木漏れ日・セリア(a16858)
朝霧・ニコラシカ(a17900)
白夜に舞う銀狐・ディルフィー(a27492)
朱の蛇・アトリ(a29374)
石と祈り・スティファノ(a31802)
月の揺籃・アニエス(a35948)
氷鏡奇想曲・ラグズ(a36015)
元気いっぱい陽気な歌い手・ジェイニー(a36217)


<リプレイ>

●説得
 彼女がいるのは崖の半ばほどの小さく突き出た部位。アンデッドの嫌う日光は、直接差し込まない場所だった。
 手紙をくれた少年のいる村から少し歩けば、彼女が見える場所
たどり着く。
 冒険者達はなるほどと思った。
 死んでいるのかと疑いたくなるほど、保存状態のいいアンデッド。
 尖晶の邪竜・アトリ(a29374)は遠眼鏡で確認する。ドリアッドの特徴である髪の先端に咲く花は、確かに力なく垂れ、枯れていた。花の種類まではわからないが、元は白だったのではないかと察した。血の気が失せて蒼褪めた顔は作り物めいて、怖いほど綺麗に見えた。外見年齢は二十二・三といったところだ。
(「あのおねさんは、あそこでどんな気持ちだったのかな……。凄くしんどかったよね」)
 碧の木漏れ日・セリア(a16858)は想像すると胸が苦しくなった。
「急いで助けてあげて。リンゴとか、食べられそうなものを服に包んで落としてあげたんだけど、お姉さん、食欲もなくなっちゃったみたいで、全然食べてくれないんだ。このままじゃ本当に死んじゃう」
 少年は冒険者たちに焦って訴えた。
「これからお姉さんの所へ行くんだけど、その前に聞いて欲しい事があるんだよ」
 元気いっぱい陽気な歌い手・ジェイニー(a36217)は意を決して、少年と向き合った。
 少年が助けたいと願うドリアッドの女性は死んでいる。それをうやむやには出来ない。
「残念だけど、お姉さんはもう……生きてないんだよ。アンデッドになっちゃってるの」
 少年は意味がよくわからなかったような顔をして、谷の向こうを見た。
「生きてないって……。だって、ああして動いてるのに? こっちを見てくれるのに?」
 死んじゃってるなんて嘘だ、そんな顔をしている。そんな口調だった。動く死人というものにも、遭遇したことがなかったのだろう。アンデッドというものを知らないのだ。
「ドリアッドさんの髪のお花は、生きている間は、咲き続けるそうです。あのお姉さんのお花は、残念ですけど、枯れてしまってます……。あのお姉さんは、もう本当は亡くなっているのです……」
 氷鏡ノ音色・ラグズ(a36015)は静かに少年へと言い聞かせた。大好きな人の死はとっても哀しい。寂しいものだ。
 石と祈り・スティファノ(a31802)とセリア、朝霧・ニコラシカ(a17900)はドリアッドだった。その髪に宿る花は、クロッカスや朝顔や桜で、鮮やかに咲き誇っている。それ少年に示した。
「死んだ後も、この世をさまようなんて哀しすぎるのです……。だから、えっと……お姉さんの為にも、きちんと埋葬してあげたいな、って僕達はそう思うのです……」
見た目が同じぐらいの年齢のラグズの言葉は、少年に届きやすかったようだ。それでも、疑うように、信じたくない顔で、ラグスとお姉さんの方を何度も何度も交互に見たのだった。
「……僕が、もっと早く、気づいて助けを呼んでたら……」
 少年は瞳に涙をためながら呆然と、後悔に駆られた声で言った。
 アンデッドが崖から落ちて、あそこにいるのか。それともドリアッドの女性が崖から誤って転落して死亡し、あそこでアンデッド化してしまったのか。それは定かではない。
 だがどちらであれ、彼に非はない。
「お姉さんには、成仏してもらうつもりだよ。ちゃんと埋葬して、安らかに眠ってもらうの」
 ジェイニーが優しく説得を続ける。
 こくりと頷くのを見届けて、攻撃班のセリア、ニコラシカ、アトリ、スティファノは谷の向こうに渡るための、橋を目指してその場を離れた。 
「彼女を救う方法は、もう安らかに眠らせてあげる事しかないんだ」
 禍音・アニエス(a35948)が依頼人に告げる。
 先ほどほどから繰り返される、『安らかに眠らせる』の意味が怖くて、聞き返せないでいる少年だった。
 それでも冒険者の半数がいなくなったことに、危惧を覚え、問い掛けてきた。
「なに、それ……。お姉さんを、どうするの?」
 死んでいるのだから、動いている状態が異常である。だから動きを止める。つまり、アンデッドという脅威を倒すことになる。
 それを告げるのは抵抗があったら、誰しもが『安らかに眠らせる』という表現を用いたのだ。
 納得したように見えても、頭ではわかっても、心では納得できていなかったらしい。
 お姉さんに危害を加えられると思った少年はセリアたちを追いかけようと走り出した。
「待ってください」
 超絶ブラコン銀狐・ディルフィー(a27492)が、少年の前に立ちはだかった。
「彼女はもう、既に亡くなっているのです」
「だけどでも、まだ動いてるんだよ! どうしてそれじゃいけないんだよっ!」
「アンデッドは生きているものを襲います。生きていたときとは違うものです」
「崖の途中にいるより、ちゃんとお墓を作ってあげた方が、お姉さんのためになると思うんだよ」
 ジェイニーも言葉を添えた。

●安らかに……
 アトリは遠眼鏡で向こう側の様子を見て、攻撃班に告げた。
「依頼人とまだ揉めてるみたいだぜ?」
「さっき、頷いてくれたのにね」
 セリアはやるせない気持ちで呟いた。
 死んでることはわかっても、今度は今の、生きていると見紛うような状態をなくすことを納得できないようだ。
 スティファノは溜息混じりに、それでも同情と共感をこめて言った。
「なまじ気持ちは、わかるだけにな」
「結局、あいつ、こっち来るみたいだな」
「死んだまま、動き続けるのは……私でしたら……嫌、ですね。彼に、わかって、頂けると……良いのですけれど……」
 四人は気分が重くなってきた。
 なるたけなら、あの少年にこのアンデッドを退治するところを見られたくなかったのだが。このまま、納得させずに倒したら、それはきっと後味が悪い。
「ニコラシカ、先にあんたに渡しとくよ」
 アトリは香水を手渡した。
「あのお姉さん包む時にかけてやってくれ。死んだ後でも、やっぱり、自分に惚れてくれてる奴の前では、身繕いとかしたいもんだろ」
 荒縄を下に垂らそうと思っても、それを縛るのにいい場所がない。あったらきっと、あの少年は一人でさっさと降りていただろう。そうしたら、アンデッドの餌食にされたかもしれない。
 少年が蒼褪めた顔で到着する。
 ディルフィーは少年の肩を抱くようにして、彼が暴走しないように止めていた。
アトリは縄をしっかりと握り、ニコラシカ、スティファノ、セリアの順に降りていくのを支えた。
 少年は腹ばいになるようにして、下を見下ろした。
 それは辛い光景だった。
 救助の主のはずの、ニコラシカに彼女はいきなり襲いかかったのだ。
 少年は崖から離れ、目を閉じて蹲った。
 ディルフィーがその肩に手を乗せ、
「貴方のおかげで……彼女は静かに眠れるのですよ」
 と囁いた。少しでも、彼の心の痛みが和らぐように。
 崖下では、アンデッドに対して絶大の効果を示す慈悲の聖槍が彼女を貫いて、偽りの生から解放したのだった。
 力なくくずおれる彼女をニコラシカが抱きとめた。その体に香水を振り掛ける。
 スティファノはそうっと彼女を柔らかなフェザーマントで包み込み、手足が傷つかないようにロープで固定した。
「……もう、これで楽になれるよ……」
 セリアは動かなくなった彼女に優しく囁いたあと、先にロープを上った。アトリと一緒に彼女を上へと引き上げるためだ。
 セリアがロープを持ってくれたので、アトリは土塊の下僕を三体生み出した。
「しっかり握れよ」
 そう命じたあと、セリアと一緒にアトリはロープを持った。
 下ではニコラシカとスティファノが垂れてきたロープに彼女を結び終わったところだった。
 ニコラシカはつんつんっと二度、ロープを引っ張り、合図をした。
「じゃ引き上げるけど、下から気ィつけて見ててくれよ」
 アトリが声をかける。
「大丈夫だよ」
「わかってる」
 と声が返ってきた。
 崖の突き出た部位に当たることのなすように、慎重に彼女は引き上げられた。
 今回の依頼人である少年は、固唾を飲んでそれを見守り、崖の上に引きあがり、横たわった遺体の顔をはじめて間近で見たのだった。
 おっかなびっくり、その頬を撫でて、氷のように冷たいことを確認する。ずっと前から、その人が死んでいたのだということを実感した。
 もう何日も、早く助けてあげなきゃと焦っていたのは、なんだったのだろう。無駄だった。だってこのお姉さんは死んでたのだから。
 やるせなくなって、少年は慟哭を漏らす。
 スティファノが登って来て、声を殺して泣いている少年に声をかけた。
「ありがとう。彼女のこと、助けてくれて」
 その言葉に少年が顔を上げた。
「よかったら、もしよかったらでいいんだけど、お姉さんのお墓作るの、手伝ってもらえないかな?」
 ジェイニーが言うと、無力感に苛まれていた少年がこくりと頷く。
「皆で、献花をする為に、沢山お花を集めなきゃですね……」
 ラグズが言う。
 見晴らしのいいところに、アトリは土塊の下僕を使って穴を掘り始めた。
 少年は墓石に丁度良い石が落ちていそうな場所と花が咲いている場所にみんなを案内した。
 寒い時期だけに花はあまり多くなかった。紅葉した葉のついた枝を持ってきて、花の代わりに添えた。
 アニエスが持ってきた花も穴に敷き詰められて、色とりどりの花のベッドが出来上がった。
 ディルフィーも前もって持ってきていた花を供えた。
「きっと、彼女は……幸せですよ。私が……勝手に思うだけ、ですけれど……」
「本当に、そう、思う?」
 名残惜しげに、穴に横たわった彼女を見つめる少年に、ニコラシカははっきりと頷いた。
「これから沢山の人と出会う中で……きっとおねさんみたいな気持ちになる人が現れると思うよ。その時は、その人を自分の手で守ってあげて」
 セリアは少年に花束を手渡して、それをお姉さんの墓に入れるように促した。
「彼女を救ったのは何より君の行動だから……」
 アニエスはみなまでは言わなかったが、君の行動はけっして無駄ではなかったんだよという気持ちを込めていった。
 スティファノは桜の花の咲く髪先をはさみで切って、彼女への手向けにした。
 桜は出会いと別れの花だった。
「どんな曲がいい?」
 アトリが横笛を取り出して少年に聞いた。
 ジェイニーも竪琴の弦に指を添えた。
 少年は歌も曲も何も知らなかったから、そこには物悲しい鎮魂歌の調べが流れた。
 無言のまま、時が流れ。
 土塊の下僕がゆっくりと土を戻し始めた。
「お姉さんがもう迷うことなく、ちゃんと死後の世界へいけますように……」
 彼女の顔が土に埋もれる寸前に、ラグズはそう祈った。
 ちゃんと埋葬が終わり、大きな細長い石を墓石にして、打ち立てた。
 少年はしばらくぼうっとしていたが、はっと気がついたように八人に向き直った。
「ありがとう、ございました」
 深々と頭を下げた。
 彼が自分の中の淡い恋に気が付くのは、気持ちが落ち着いてからで。痛みに苦しむのは、もう少しあとになる。
 死者への恋、引きずる想い。そのつらさを知っているスティファノは痛ましい気持ちで、同じぐらいの年齢の少年を見つめていた。


マスター:無夜 紹介ページ
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作成日:2005/11/28
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