<リプレイ>
甘い物を食べると幸せになれる。 美しいものを見ると満ちたりた気分になれる。 そんな気持ちを込めて、その菓子は生まれ、愛され、そして今は眠っている。
●それでも銘菓の為に 足元の土は、踏みしめるとさくりと乾いた音を立てた。 初冬の冷たい風が頬をなで、木々の梢を揺らしていく。 ひらり、と舞うは赤く色づいたモミジの葉。その葉にこれから探しに行くものを連想したのか、蒼氷の忍匠・パーク(a04979)はじゅるり、と思わずあふれ出た涎を拭った。 何といってもモノは幻の迷……いや、銘菓。期待するなというほうが無理だろう。 「紅葉の大判焼き……ああっ、きっとヤバイよねうんっ」 同じくじゅるると涎を飲み込みながら駆け昇る流星・フレア(a26738)は自然早くなる足取りを必死で仲間に合わせて歩きつつ、やはり今にも走り出しそうだ。 「うんうん、楽しみ楽しみ♪」 希望ノ歌・コミチ(a32466)が鼻歌交じりにぶんぶん振り回しているのは、何故か彼らがよく知っているとある人物に実に良く似た盾(らしきもの)である。 「ていうかさ、それ結構邪魔じゃない? でかいし。あ、でも盾としてはいいのか」 えらく酷いことをにこにこ笑いながら裏切人形・シド(a14418)が納得したように言った。……その盾のモデルは彼の義兄弟のはずなのだが、それについては何の異議もない様子である。 (「大判焼きとな、それはまたおいしそうな。……しかしこの嫌な予感は何だろう!?」) 肌寒い空気に身を震わせた嘲笑みの詭導師・ウィン(a08243)は、先程からひしひしと感じる寒さとは違う悪寒に首をひねった。 「……どうした、寒いのか?」 そんな彼(只今重傷中)を気遣ったのかレクスが声をかける。 「あまり無理をしては駄目ですよ?」 心配そうな目で探求する銀蒼の癒し手・セリア(a28813)はウィンを見やった。彼女も今の体調は万全ではなく、向けられた視線に気がついたのか自分も少し無茶をしすぎて、と小さく笑う。 「あらゆる困難、ですか。中々お菓子作りというのも大変なのですね……」 果てる事なき道を往く・ラエル(a14530)の呟きに、普通の菓子は多分そんな困難はないだろうと思ったもの数名。 (「うーん、やっぱり……僕が一番高いですね……」) そんな彼らの後ろをついて山道を歩きながら旅人は焔をはらむ風と共に・セルシオ(a29537)は、あらためて確認してしまった事実に心の中で密かに冷や汗をかく。 メンバーの中でとある人物を盾にしようと画策していた仲間がいるのだが、その方法が今回は使えないとなって、一番長身の自分にその期待が飛んできているような、そんな身の危険を感じるのだ。 「……お」 仲間の一人が、声を上げた。それにつられて全員がそこに走りよる。 「……こ、これは……」 「……隠れ家って言うか……」 「……秘密基地?」 「「「 そ れ だ ! ! ! 」」」 眼前にあるのは、樹と高低差と山壁とどうやら洞窟を実に上手く利用して建て……いや、作られている不思議な天然要塞と呼べそうなシロモノであった。 「んー。広さはそうでもないけど……」 パークが呟いたとおり、構造自体は一瞥したところそう広そうでもないが、ざっとみる限り結構な入り組みようである。 「うわっ」 つるりと滑った地面に思わず顔面ダイブしそうになったシドは必死に体勢を立て直した。 地面に油。なんてお約束。そして入り口の扉らしきところに、うっすらと見える『何か』が入ったボウルらしきもの。 「うーん……。ドア開けたら落ちますよ、あれ」 ラエルがボソリとつぶやいた。多分きっと正解。 「何でも当たって砕けろだよねっ! 突撃〜!」 「ええー!?」 止める暇も有らばこそ。自分の前に土塊の下僕を呼び出したフレアがあっという間に扉に向かって突進を開始した。 仕方なくレクスがそれを追い、後にわらわらと残りが続く。 「お邪魔しまーす!」 いやそれは何か違う。数人が心の中で突っ込んだ瞬間。 どぐわがっしゃん! ……ぶわわわわッ…………カランカラン…… 予想に違わず落下した『何か』から一斉に飛び散った粉が空中を白く染め上げた。 「ぶはっ、何コレー!」 盾を咄嗟に掲げ、直撃を免れたコミチが、それでも口の中に入ってきたものにぺっぺっと顔を顰める。 「……っくしゅん!!! うわ、何だくしゃみがっくしゅん!」 後から追いかけてきたウィンがけほんけほんと咳き込みながら後退した。 「……あれ〜? なんか変……そっか、髪の色か!」 フレアの言うとおり、元々白っぽい色の多い仲間の髪が綺麗に白に染まっている。もちろん彼女の赤い髪も白に。混じってピンクになったりとかはしていないが。 「……うーん、見事に真っ白だな皆」 そして鼻がむずむずするのは、おそらく降って来たシロモノが各種香辛料+片栗粉らしきものだったからだろう。 「ふむ、困難とはこういうことだったのですか」 最初からそういうことだったと思うのだが、ラエルはいたく納得した様子で中に歩を進めている。 「……さすがにコレは飛び道具じゃないから無駄でしたか……」 危険を察知した瞬間にその赤い剣を振りぬいたが、綺麗に引っかぶって髪(自前)どころか全身真っ白になったセルシオが苦笑した。 眼前にはなにやら怪しげな光を反射する場所や、明らかに怪しそうな引き紐やら、その他色々が見え隠れしている。 「これサクサク解除してくの? ……メンド……」 パークがうんざりしたように、しかし忍びのコケンにかけて一般人の罠にかかる訳にはなどと呟きながらポーチに手を伸ばした、その時。 「えい!」 「ま、待てフレア……ってわあぁぁ」 フレアが楽しそうかつ思い切りその明らかに怪しい紐を引っ張った。止めようとしたレクスが、派手な音と共に迫ってくる水に泡を食って逃げ出す。 ざっぱん。 頭から水を被って濡れ鼠になり、本来の色を取り戻す冒険者たち。 「むぅ、埒があかないですね、行きますよ!」 「あ、よせ……!?」 業を煮やしたらしいラエルが頭上に火球を呼び出し、とりあえず怪しく光を反射する場所に向けて発射した。その後ろからシドが矢の様な速さで飛び出す。 「大丈夫、僕にはグリモアの加護がついてるはず!」 いや、グリモアの加護はそんなことには多分効かない、と思う間もなくひゅんひゅんと飛来する輝くモノ達。 「ナイフーッ!? ええい必殺ももも盾!!」 ががががががが。コミチは串刺しになりかけたところをからくも盾で回避する。 次に飛んでくるのはフォーク、スプーン、何故か箸。上から横から大サービスだ。 「この辺りは大丈夫でしょうか……っきゃあぁぁ!?」 セリアが棒でツンツン、と床をつついた瞬間、ばふっっと言う音ともに舞う噴煙。低く聞こえる地響きのような音と共に襲来する大漁の小麦粉。 「くっ、デートもろくにしてないのにこんなところで死ねるかーーーーーっっっっっ!!!!!」 セルシオが渾身の力で赤い剣を振るって竜巻を起し、延々と続く小麦粉雪崩ともいえるものをふっとばした……が、一拍おいてバラバラと降り注いだ嵐のような小豆の粒に翻弄されて足元のバランスを崩す。 「わ、わわわわ……」 「!? ……どぅわぁぁぁぁ……」 滑って転んだ拍子に床に傾斜がつき、その長身は仲間達を巻き込みながら転がった。 ごろごろごろずべべどしゃ。 派手な音と共に一段低くなったところに全員が転がり込んだ瞬間、背筋にいやなものを感じて天井を見上げると今まさに落ちてきそうな竹串の山。 「「「「ぎゃー!!!!!」」」」 どすどす。降って来る物を転がりながら必死で避けて、それが一瞬途切れた隙にパークが蜘蛛糸を飛ばしてそれを封じる。 「……」 訪れた静寂に恐る恐る立ち上がった皆が周りを見回すと、そこは台所だった。 「……ゴール?」 「……ぽいね」 「……ふむ。ならばどこかに例のレシピとやらが……」 ――数十分経過。 「……ないな……」 「どこにあるんでしょうか……?」 満身創痍疲労困憊な彼らが顔を見合わせて首をかしげたとき、おーい、と聞き覚えのある声がする。 「……あ、いたいた……あったよレシピ!」 表で留守番をしていたウィンが何かをひらひらさせながらやってきた。なお、道中のトラップは稼動済みなので彼に危険はない。 「え、どこにあったんだ!?」 「ドアの裏」 「「「「「!」」」」」 しばし沈黙がその場を支配した。 「……ま、まぁ、目的のモノは見つかった。さて、どうする?」 気を取り直してレクスが言った言葉に、全員がそうだよね、と立ち直る。 細かい事を気にしていたらそれこそ日が暮れてしまうからだ。 「とりあえず一休みして、そこから作ってみましょうか」 にこにことセリアが癒しの光を生み出しながら微笑む。……もちろん彼らに否やはなかった。
●幻との対面 「これとこれを混ぜて……」 「まかせて! やぁぁあ!!」 コミチが材料を混ぜたものを、フレアが思いっきりこねている。 「……そんなに捏ねなくてもいいんじゃないのか?」 新しく粉をふるいながらレクスが思わず突っ込んだ。 あまり捏ねすぎると菓子ではなくうどんになってしまうような気もする筆者も。 「小豆の水加減はこんなものでしょうか」 「砂糖はこれくらいかな?」 「このまま煮込むこと30分っと……」 セリアとウィン、パークは餡を製作中。何といっても菓子は分量計測が命。もちろんきっちりすることを忘れなかった。 「これもこねて焼けば饅頭になるかな」 なにやらどこから採取したのかわからない粉と水をシドがこねている。 「おや、チーズがありました。これも中に入れましょうか」 ラエルが貯蔵庫からチーズ(らしきもの)を引っ張り出してきた。 「いい匂いですね。そうそう、餡に塩をすこーしだけいれると美味しいんですよね……あっ」 ごとんどさどさ。 セルシオの手から塩の壷がすべって落ちた。 「……まぁ大丈夫でしょう」 オーブンの火加減調節やら他のカスタードやら作るのに忙しい仲間たちが誰も見ていなかったのをいいことに、塩が山盛りはいってしまった餡を良くかき混ぜる。 「焼くよー」 薄く油を引いて温めた型に生地を流しいれ、餡やカスタードやジャムやチーズを乗せ、また生地をかぶせ、弱火でじっくり焼いていく。 待つこと数十分、部屋を香ばしい匂いが満たしはじめた。 「おいしそう〜」 「さすが幻の御菓子だよね!」 「楽しみ楽しみ〜♪」 期待はどんどん膨らんで、程よい大きさに成ったころに幻の紅葉焼きが完成。 「ふむ、大判焼きと饅頭と二種類あるんだな……」 レクスがレシピを確認し、興味深そうに言った。 それを知ってかそれとも知らずなのか、シドが作っていた謎の生地もついでに蒸し器にかけてとりあえず饅頭(らしきもの)にしてある。 「できたできたー!!」 「お茶にしようお茶に!」 「レッツ試食タイム♪」 わいわいがやがや。一気に元気になった面々がテキパキと試食の準備を始めた。 「冷めないうちに頂きましょう♪」 なんでも出来立てが一番美味しい。その法則にのっとり、彼らは嬉々として山と詰まれた大判焼きや饅頭に手を伸ばした。 「ぶはっ!」 「何このあんこしょっからいっ……」 餡入りの大判焼きを大きく頬張ったラエルが吹きだし、次いでフレアがものすごい顔をした。じわじわと遠のく意識。 「え? 俺たち塩なんて入れてない……」 「……セルシオ、入れた?」 最初はジャムやカスタードを手に取ったパークたちが確認の目をセルシオに向ける。何せ最後に餡をかき混ぜていたのは彼だ。 「……。……オイシイデスヨ?」 カクカクと首を振りながらセルシオは感情のこもっていない声で言う。 「……み、水……」 が、耐え切れなくなったのか水を欲する彼に誰ともなく差し出されたのはミミズ。どこからひっつかまえてきたのか。とにかくそんな冗談をやっている間に、セルシオは意識を手放すことに成功した。 「ほらほら、いっぱい食ってとっとと重傷治す!!」 パークがウィンの口にこれでもかといわんばかりにカスタードの饅頭を詰め込んだ。 「うん、おいし……」 「そっか、ならボクもー」 ウィンの言葉を皆まで聞かずに、パークは自分もそれを豪快に口へ運ぶ。 「ってこれ、どこの食材? ああ、そう……トラップに使われてたり?」 ウィンが材料の所在を確認し、蒼白になる。だんだん白くなる頭の中に、そりゃ痛んでるわなー、と誰かの冷静なツッコミが響いた。多分自分の。 「賞味期限には気をつけようね……後、食べ物で遊ばないようにぐはぁぁ……」 錯乱したのかパークに混乱の歌を歌おうとしたところでウィンの意識は闇に落ちる。もちろんパークはそれを確認したところでさくっと爽やかに気絶中。 「お、お花畑が……」 おばあちゃんが、手を振ってる……とここではない場所を見つめたセリアが呟き、崩れ落ちた。ちなみにチーズ大判焼きを食べたらしい。 「うう、このお饅頭舌がびりびりする……」 同じくチーズ入り、ただしこちらは饅頭の方を食べたコミチが力尽きた。 なお、謎饅頭の製作者であったシドは真っ先に手を伸ばし、平静を装って歩いていった柱の影でとっくに撃沈済みである。 「!? おい皆大丈夫か!?」 お茶を淹れにいって帰ってきたレクスが見たのは、死屍累々と横たわる仲間達。 「う……」 どうやら、幸運の女神はセリアに微笑んだらしい。やはり日頃の行いか。 息も絶え絶えながら何とか復活を遂げたセリアが、周囲を洗う爽やかな風を生み出した。 何とか意識を取り戻す数名。が、しかし大量に食べた(させられた)パークやウィン、ついでにシド、ちょっと危険度の高いチーズ入りを食べたコミチ、塩餡に彼岸にいってしまったセルシオ達は復活していない。 なお、その時ウィンはどこか暗く長い道を歩いていた。ふと顔を上げると、向こうにいるのは髪を細かく編んで垂らし、ゆったりとした衣装に身を包んだ見覚えのある女性。 「フォ、フォーナ様……?」 見慣れた像と同じ顔の夜の女神はころころと笑いながら手を差し伸べてくる。 「な、なんで僕ばっかりこんな目に遭うんですか!」 「……運とか?」 小首をかしげてにっこりと言われた言葉にウィンは夢の中で再度意識を手放した。
「……おい、目を覚まさないぞ、大丈夫か……?」 「……だーいじょうぶ、めしょりだし……多分……」 こちら側の世界では、何度目かの毒消しの風と癒しの光に意識だけは復活したが、お腹が大変な事になってたり息も絶え絶えだったりする面々がウィンを覗き込んでいる。 「うう……いたたたた……」 「ぐぅぅ……さ、差込痛がッ……」 というよりも、多分それどころではない面々が多い。 合掌。 後日。なんとか復活した面々はブライルの監修の元、今度は一から材料をそろえ無事美味しくまともなリベンジを果たしたのであった。 ……めでたしめでたし?

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