旧モンスター地域復興〜未来への糧



<オープニング>


「この道をまっすぐ、三日ほど歩いたところにその村はあります」
 一人の青年が、村からまっすぐに伸びる道を指差した。饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)は青年が指差した方向を見遣る。霞の中に向かって伸びる道はやがて切り立った崖の向こうに隠れ、その先がどうなっているのかここから測り知る事は出来ない。
 これから彼らは村人から託された物資と共に、三日の道のりを経た先にある村に向かう。

 アレクサンドラ達が訪れたのは、旧モンスター地域と呼ばれる一帯に散在する村の一つだ。村人は皆、胸に大いなる希望を抱き、他の同盟領と比べまだ尚モンスターが数多く潜むこの土地にやってきたのだと言う。そしてこの村の建設が一段落着いたところで、若者を中心にした十数人が更に新たな村を作るために、この村を発ったそうだ。その若者達が作った村は谷を越えた先にあり、大人の足で三日掛かるとの事。
 元々は一つの村であった二つの村には、当然のように交流があった。主にはこちらの村から新しく出来た村に食料や日用品を運ぶために、村人は荷物を担ぎ、しばしば谷を越えたそうだ。
「あった……とは? 交流があったのはもう昔の話なのか。だが、この地域が解放された事自体、それほど昔の話ではないはずだ……」
「いえ、双方の村を行き来するための要所となる谷に、空を飛ぶ獣が現れるようになったのです」
 アレクサンドラの疑問に、青年が答えた。
「向こうの村に行くためには、切り立った谷沿いの道を行くしかありません。しかし、何時しか現れるようになったそれが、谷沿いの道を通る人を見境無く襲うのです。何度か谷越えは試みたのですが、誰一人として向こうの村に辿り着く事は出来ませんでした……向こうの村に行った者の状況も全くわからない始末です……」
 青年の声が沈む。言葉には出さなかったが、おそらくその空を飛ぶ獣……モンスターの犠牲になった村人も居るのだろう。
「わかった」
 アレクサンドラは言った。
「そいつを私達が倒し、再び双方の村が行き来できるようにしようではないか。その足で向こうの村の様子も見てこよう」
 青年が顔を上げる。影の差していた表情が明るくなった。
「で、でしたらあの、お願いが――」

「皆さん、準備が出来ましたよ!」
 村人が用意した荷車に食料や日用品等の物資を積み終え、赤と白の狩人・マイト(a12506)が仲間を呼んだ。荷車に詰まれた物資は、どう控えめに見ても一つの村を養えるだけの量はない。だがこれは、こちら側の村の人々が必死の思いで捻出した大切な物資だ。問題は量ではない、この荷に込められた思いだ。故に、少しでも多く、いや、託された物は一つ残らず谷向こうの村に届けなければならない。誰も言葉にはしなかったが、冒険者達は皆同じ事を感じた。
「急がねばなりませんね。魔物に関しては、私達のような者にしか対処しようがありませんから」
 万寿菊の絆・リツ(a07264)の言葉に全員が頷く。モンスターが現れるという谷までは、ここから歩いて約一日程掛かるそうだ。
「さあ、行こう」
 夜駆刀・シュバルツ(a05107)が先頭に立ち、荷車と共に村を出る。
 先の見えない谷沿いの道には、雪が舞い始めていた。

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参加者
紅炎の紋商術士・クィンクラウド(a04748)
夜駆刀・シュバルツ(a05107)
万寿菊の絆・リツ(a07264)
独眼の重騎士・ウラジ(a07935)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
木陰の医術士・シュシュ(a09463)
赤の従四・トゥース(a11954)
旅人の篝火・マイト(a12506)


<リプレイ>


「モンスターだけどな、村人の話では、二本の角と大きな翼が生えているらしいぜ。空から村人達に襲い掛かってきたらしいが、それ以上のことはわからないらしい。警戒するに越した事はねぇって所か」
 隊列の殿を務める忽焉の赫・トゥース(a11954)が、荷車の前方を行く饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)の背中に向かって声を張り上げる。アレクサンドラは後方を振り向き、その通りだと一つ頷いた。
「日中はとにかく村に向かって進み、日が落ちたら野営をして疲れを取ることをお勧めすると、村の方が仰っていました。そうするとモンスターが現れる件の谷に、丁度二日目のお昼頃に辿り着くそうですよ」
 村の者から聞いた情報を仲間に伝える万寿菊の絆・リツ(a07264)の唇からは、白い息が漏れ出している。白い吐息が霧散するのを横目に、
「吐く息が白い……きちんと防寒対策をしてきて正解だったな」
 灼杖の紋商術士・クィンクラウド(a04748)が小さく肩を震わせた。他の面子も、皆それぞれに防寒着を纏った上にマントを羽織り、露出した肌が切れそうな寒さから身を護っている。
 アレクサンドラと並び、崖側を歩く木陰の医術士・シュシュ(a09463)は時折遠眼鏡を手に、辺りの状況を窺う。時折、彼女の靴の底につけた滑り止めが石にぶつかり、鈍い金属音を立てる。
「今のところは異常なし、ですね」
 その後ろでは、独眼の重騎士・ウラジ(a07935)が荷車を引く。時折荷車が道に出来た凹凸に引っ掛かると、赤と白の狩人・マイト(a12506)が後ろから荷車を押して脱出を手伝う。
 皆が、荷車に載せられた荷物のことを第一に考え行動している。
(「そうだ、これは今生活している者達への希望……その灯火は決して消させはしない」)
 先頭を行く夜駆刀・シュバルツ(a05107)は立ち止まり、後方の仲間が追いつくのを待つ。一面灰色に染まった空から落ちてくる雪は、止まる気配を見せない。
「これは、積もりそうだな……」
 振り仰いだシュバルツは、そう独りごちた。

 二日目、一行は雪化粧により様変わりした風景を横目に、ひたすらに歩を進める。積雪が荷車の動きを鈍らせ、昨日よりも行軍ペースは落ちていたが、のんびりしているわけには行かない。休憩時間を削り、先を急ぐ。
 太陽が南中する頃、絶壁を片手に、切り立った崖をその対面に置きながら、雪の積もる谷沿いの道を歩いてきた冒険者達は一様に足を止めた。一行の前方、迫り出した岩肌の上に何かの影が見える。
 リツが手にしていた遠眼鏡を覗き込んだ。
 一対の角に折り畳まれた羽、爛々と輝く琥珀色の瞳がリツを見つめた。冒険者達の頭上に鎮座するそれは、荷を護りながら雪に覆われた道を歩く彼らを冷静に見下ろしているようにも見えるし、谷沿いの道を行くしかない彼らを嘲笑っているかのようにも見える。
「敵です! 間違いありません」
 彼女の声に、仲間達が即座に反応する。荷車を極力岩壁に寄せ、停めた。
 直後、岩肌に止まっていたモンスターが大きく翼を広げ、空中に滑り出した。


 モンスターが飛び立つや否や、シュバルツが粘り蜘蛛糸を放った。粘着性の糸が直線的に飛び、モンスターに絡みつく。だがそれも一瞬、蜘蛛糸を難なく弾き飛ばし、モンスターはシュバルツに向かって急降下した。全体重を鋭い鉤爪を持った両足に乗せ、シュバルツの胸を抉らんと一気に間合いに入る。
「くっ!」
 咄嗟に手にした凰呀で敵の攻撃を受け止める。鋭い一撃からは寸でのところで逃れたが、全体重を掛けた衝撃までは殺しきれず、シュバルツは後方……何もない空中へと弾き飛ばされた。
「シュバルツさん、大丈夫ですか!」
 シュシュが地面を蹴り、シュバルツが落下した方へ駆ける。
 シュバルツを弾き飛ばしたモンスターは、その力を利用して再び空中高くへと舞い戻る。そして面妖な構えを取った。不思議と、構えを取ったそれからは豪快な空気を感じる。
 閃光が地上から空中へと放たれる。鋭い雷光を伴った矢がモンスターにぶつかり、稲妻が大気を割いた。ウラジと共に荷車を護るマイトが放った、ライトニングアローだ。彼が矢を放ってから、それが命中するまで、モンスターが攻撃を跳ね返すような素振りは見られなかった。
「あの構えは、もしやと思いましたが……やはり、技攻撃なら弾き返される事はないようですね」
 アレクサンドラの防具に加護の力を注ぎ込むウラジが無言で頷いた。
「心攻撃は跳ね返される可能性があるって事か?」
 全身を黒き炎に包まれたトゥースが、マイトに視線を向けた。
「その可能性は否めませんね、断言は出来ませんが」
 トゥースは考える。ここで自分がデモニックフレイムを放ち、その結果攻撃が跳ね返されたら、自分の体力は一気に半減する。そうなったら、自分が怪我を負うだけでなく、その怪我を回復させる手間が発生するのは必至だ。……あの構えが解かれるまで待つべきか。
 トゥースが躊躇う間に、リツの頭上に火球が形成されていく。紋章の力も加わり、炎の勢いが一層に増す。
「私は、自分の力を信じます!」
 その手から火球が放たれ、防御の構えを取るモンスターを包み込んだ。攻撃は――跳ね返ってこない。
 紅鳥の杖を持ち、前面に突き出したクィンクラウドの両手の前には、炎に包まれた木の葉が現れる。
「よし、行け!」
 木の葉がモンスターに向かって一直線に飛ぶ。リツのエンブレムノヴァを、身を縮めガードする事でダメージを抑えたモンスターが、再び豪快な構えを取る。モンスターは木の葉による攻撃を完全に防御し、受けた攻撃をそのまま純粋な力としてクィンクラウドに跳ね返す。炎はモンスターの体表を僅かに焼き、吹きつけた山風に四散した。
 跳ね返された攻撃を食らい、クィンクラウドは唇の端から血を零しつつ、一歩下がった。
「いってぇ……殲術の構えか。だが、攻撃を跳ね返されるからって、手をこまねいているわけにはいかないんだ!」
 アレクサンドラが放った緑の業火もまた、敵の殲術の構えにより跳ね返されていた。鎧聖降臨により変化した白銀の鎧と盾により、自身の放った攻撃に耐える。
(「二、三回なら耐えられそうだが……頻繁に跳ね返されるとまずいな、これは」)
 戦いの喧噪を背に、シュシュは粘り蜘蛛糸を撃つ準備をしながら崖下を覗く。シュバルツは何処まで落下してしまっただろうか――すぐに彼女は、それが杞憂である事を知る。崖を作る岩肌にシュバルツは居た。粘り蜘蛛糸でその体を支えている。
「……俺は大丈夫だ、すぐに戻る。シュシュは皆のフォローを頼む」
「はい!」
 シュシュは元気よく返事をすると、顔を上げ、モンスターと対峙する仲間達を見遣った。
「怪我を回復させます!」


 空中で冒険者達の攻撃を凌いでいたモンスターが、再び急降下を掛けて来た。敵は隊列の前方に立つアレクサンドラではなく、荷車を背に、それを護るウラジに渾身の一撃を仕掛ける。ウラジは瞬時の判断で武器を捨て、大盾を両手で持ち頭上に構えた。モンスターの巨躯と、ウラジの大盾が鈍い衝突音を生み出す。
「うぬぬぅっ……この荷物は、何としても谷向こうの村に届けねばならんのだ!」
 双方が押し合っていた時間は、僅か数秒。ウラジは谷側を向いた盾の縁を僅かに下げた。すると、ウラジに向いていた力が徐々に谷の方へと向き始め、やがてモンスターは転がるように谷の方へと流れていった。
「ウラジ、大丈夫か!?」
 共に荷車を護っていたトゥースがウラジに声を掛ける。そのウラジは、岩壁にもたれかかるように身体を支えていた。頭を振り、何かを振り払おうとする彼の姿が、アレクサンドラの視界の隅に映る。
(「消沈……か!?」)
「リツ、毒消しの風を頼む! 向かうべき相手はこちらだ!」
 吼えるアレクサンドラの頭部が瞬いた。隊列の後方へ移動しつつあったモンスターが、引き寄せられるように向きを変えた。
 敵の姿が荷車から離れたのを見て、マイトが稲妻を纏った矢を撃ち出す。クィンクラウドも、攻撃が跳ね返される事を承知の上で緑の業火を放つ。

「くっそ……あの構えが途切れる事はないのかよ!」
 苛立たしげに、トゥースがうめく。殲術の構えが持続するのは、行動にして四回分。構えを取ってから四回目の行動時に、敵は再び殲術の構えを繰り出してきた。このままで行けば、次も恐らく殲術の構えを繰り出してくるだろう。
 その中で、アレクサンドラ、リツとクィンクラウドの三人は、果敢にも自身の持てる力を最大限に使って攻撃を行っている。すべての攻撃が跳ね返されているわけではないが、最も攻撃が通っているリツでも、三割は跳ね返されている。
 シュシュが全力で仲間の傷を癒しているが、このままでは跳ね返された攻撃で自滅しかねない。何か打開策を考えなければ。
 二回目の、殲術の構えから四回目の行動がモンスターに回ろうとしている。冒険者達を眼下に、殲術の構えを取ろうとする敵が、不意に態勢を崩した。モンスターの背後から、気で練り上げられた刃が飛ぶ。
「すまない、皆。意外と手間取ってしまった」
 モンスターにより、崖下に突き飛ばされたはずのシュバルツだった。
「この地域の住む者達の希望を込めた一撃……その身に深く刻め!」
 気を吐き、シュバルツが再び飛燕刃を放つ。
 ようやく背後に現れたシュバルツの姿を捉えたモンスターは、翼に闘気を込め、すばやく羽ばたいた。周囲に竜巻が湧き起こり、冒険者達の身を切り刻む。
 その中でトゥースが叫んだ。
「チャンスだ! アイツが麻痺して落ちてくるぞ!」
 じっと耐え、攻撃のチャンスを窺っていたトゥースは叫ぶのと同時に、デモニックフレイムを放っていた。もう敵は殲術の構えを取っていない、加えて麻痺した事により、回避行動も取れないはず、チャンスだ。
 トゥースの考えどおり、デモニックフレイムは敵を焼き、そしてそれは雪の積もる道の上に墜落した。リツのエンブレムノヴァ、アレクサンドラとクィンクラウドの緑の業火も敵を捕らえ、その身を焼く。
 その直後、死に体のモンスターは魔炎を振り払うと、ボロボロになった翼を広げ地面を蹴った。ふらふらとよろけながら空に転びでたモンスターに向かって、マイトが弓を引く。
「これで終わりです……!」
 一閃の稲妻に貫かれたモンスターは、そのまま谷底へと落ちていった。

「ふぅ、何とか終わったな……! 荷物はどうなった」
 鎧についた煤を払っていたアレクサンドラが、ふと顔を上げた。荷車はレイジングサイクロンに巻き込まれやしなかっただろうか、と。
「大丈夫だ、荷物ならこの通り」
 ウラジが身体をずらす。そこには、村を出立した時と同じ姿の荷車があった。


 谷に棲み付いた脅威を殲滅した冒険者は、傷の手当てもそこそこに出発した。そして翌日の日没前に、村人達が新たに作り上げたという村に到着した。
 若者を中心に立ち上げたというだけあり、村人達は意外にも全員元気で、むしろ突然連絡が途絶えてしまった故郷の村の事を心配していた。
「そうですか、モンスターが谷に住み着いていたのですね……通りで、連絡が途絶えてしまうわけだ」
 アレクサンドラが事情を説明すると、若者達はその話に皆納得し、残してきた肉親が元気でいることに安堵の笑顔を浮かべた。
「これは君達の家族からの届け物だ。多くを語る必要はないだろう、受け取ってくれ」
 三日掛けて運んできた物資を、村の若者達に引き渡す。
「にしてもさ、どんな厳しい状況でも、希望を持って村を開拓するなんて、並大抵の決意じゃ出来た事じゃないぜ、尊敬するぜ!」
 素直に思った事を口にするトゥース、その言葉に、村の若者が恥ずかしそうに破願した。
「いえ、こうして新たな土地に村を築けるのも、冒険者の皆さんが危険を取り除いて下さるからです。これからの活躍も、期待してよいですよね?」
「もちろんさ!」
 いつしか雪は止み、空を覆い尽くしていた灰色の雲も消え。僅かな温もりを持つ橙色の夕暮れが、冒険者と村の若者たちの横顔を包み込んでいた。


マスター:tate 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2005/12/08
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