【冬の歌】歌う洞



<オープニング>


●歌う洞(ほら)
 不機嫌な薔薇の霊査士・ハルミト(a90235)は酒場のテーブルで静かに依頼の説明を始める。
 森の中の小さな街の事件。
 ここ1ヶ月ほどの間に、街を囲む森の中から時折美しい旋律が聞こえてくるようになり、それに魅せられて森に入った住人が帰ってこなくなるという事件が相次いだ。
 大抵は歌が止んだ頃に捜索に行くと決まって楓の大木の側で眠っていたり、目覚めたばかりの所を発見されるのが常だったが、今回だけは事情が違った。
 シャルトアという名のバイオリン職人の青年が同じ様に行方不明となり、そして音色がそれ以来止まない為に捜索に赴くことが出来ないのだ。皆、二次遭難を恐れている。
 しかし既に2日が過ぎ、冬も間近い森で眠り続けているであろうシャルトアを見過ごせず、今回の依頼となった訳だ。
 貴石の歌声・エンデミオン(a90256)は手にした菓子を頬張りながら上目遣いに尋ねた。
「霊査の結果は?」
「旋律を奏でているのは変異した楓です。幹は大人3人が手を繋いで囲む程の太さに膨れ上がっており、その木の上にある洞の中でシャルトア氏が眠りに落ちています。どうもその洞が発声器官の役をはたしていて、様々な魔力を秘めた歌を発するようです。最も、魔力は10m以内に近寄らなければ効果は及びませんが」
「じゃあ、木に登ってシャルトアさんを助け、その木を何とかすれば良い訳だ」
「ええ……私としては、歌っているだけの木を切り倒すのは気が引けるので、なるべく穏便な対処にして欲しいのですが……」
 ハルミトはドリアッドらしく、樹木の安易な伐採に気が進まない様子だった。そして思い出したように言葉を継ぐ。
「……霊査で見えたシャルトア氏ですが、鋸を持っていました。彼が他の人より長く眠らされているのと関係があるかもしれませんね……」

●ハルミトの頼み
「判った〜。相談始めるね」
 エンデミオンが仲間達と共に他のテーブルに移ろうとするのを、ハルミトがはっしとマントを掴んで引き止めた。
「な、何!?」
「実は、お願いしたいことが……」
 霊査士は常ならず恥ずかしそうに顔を赤らめて目を合わせずに告げた。
「…………シャルトア氏を助けたら、バイオリンを値引きしてくれるかもしれませんよね。私に1つ、買ってきてくれませんか……」
「……へぇ〜なるほど〜♪ 名工の手になる品が欲しい訳か〜」
 エンデミオンはまるで童話に出てくる「姿を消す猫」のようににやにやしてハルミトを覗き込むと、とん、と胸を叩いて言った。
「任せて! 安くしてもらってくるから!」
「……よろしく、お願いします……」
 ハルミトは恥ずかしそうに頭を下げた。

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参加者
星影・ルシエラ(a03407)
温・ファオ(a05259)
霧蒸・イーチェン(a07798)
林の・ルーツ(a10241)
蒼き閃光・ルビリス(a28955)
青紫の医術士・ティータ(a34714)
黝睡蓮・サフィリーン(a36209)
奏者なき想い琴・ユーニ(a37093)
NPC:貴石の歌声・エンデミオン(a90256)



<リプレイ>

●冬の森
 落葉樹の森は紅葉も終りに近付き、木々は葉を半ば落としている。夏よりもむしろ明るく、乾いて気持ちの良い森に入るとどこからか小さなハミングのような歌声が聞こえてきた。乙女がのびやかに歌っているかのような歌詞のないそのメロディは、確かに聞く者の顔をついつい綻ばせ、一体誰があのように美しく気持ち良さそうに歌っているのかと一歩を踏み出させるに十分な効果がある……歴史の導べ・ルーツ(a10241)はいつの間にか顔を上げて聞き入っていた。
「歌い続ける楓ですか……変異体は得てして、その心に邪を抱くものですが……」
 霊査士の話からも、そして今聞こえてくる歌声からも、無邪気さしか感じられない……ルーツがそう口にすると、温・ファオ(a05259)は静かな笑顔で吟遊詩人を見つめ頷く。
「言葉は無くても、心は交わして……私は、人々も楓も幸せである方法を……悲しみが生まれない事を目指したいのです」
 少し人見知りだというファオの真摯な言葉に、ルーツも微笑み返して頷いた。共に外見的特徴の良く似た2人のエルフは寒風にショールを掻き寄せる。そんな2人を眺めながら青紫の医術士・ティータ(a34714)は好物のココアシガレットを取り出すと、こっそりと感慨にふけった。
(「ランドアースの冒険者は優しいな……オレらを救ってくれた時と変わらない……。オレも、優しくなれるかな……」)
 そんな風に思える彼自身が既に優しい心の持ち主だということに、ティータは自分では気づかずにいる。
「ああっ、もう結構寒いんだね……ぶるぶるっ」
 擬音語を口に出して言っているのは貴石の歌声・エンデミオン(a90256)だ。白い小花を髪に咲かせたドリアッドの少年は、それでも弾むような足取りで枯れた下生えを踏み分けて駆けて行く。小走りに急ぐ彼の後を、すらりと背の高いセイレーンの男が長い足を運んで苦も無くついていく。
(「歌う木、か。……不謹慎かもしれんが、楽しみだな」)
 黝睡蓮・サフィリーン(a36209)は心配げな女性達の目をはばかりながら小さく笑みを刷いた。

「……そうだったのか。あの歌声は楓が……」
「木が歌うとは、驚いたが……害はないのかね」
 街の広場に数名の住人が集まり、星影・ルシエラ(a03407)の話を聞いてざわめいていた。
「とりあえず悪気はないと思うよー。霊査士さんも『楓はただ歌っているだけ』と言っていたもん」
 ルシエラは街の人々が楓との共存が出来そうかどうかを聞き出そうとしていた。
 敵意を持たれない為にマスターソードを宿に預けた蒼き閃光・ルビリス(a28955)が合流する。金髪と白い翼は晴れた日によく似合う。
「どうですか? 皆さんの意見は」
「うん、多分大丈夫だよー。皆、驚いてはいたけど害さえないなら、柵でも作って近付かないように気をつけるって言ってくれたし」
 ルシエラが嬉しそうに答えると、銀色の猫尻尾も立ち上がり揺れる。その様子はルビリスをも自然に笑顔にさせ、木を退治する事もやむなしという殺伐とした予感を一時忘れさせてくれた。後は……楓が、無事シャルトアを解放してくれれば、なんとかなる。
 2人はやや急ぎ足で先行した仲間の後を追った。

●歌う洞
 幾つかの木立を通り過ぎると、歌声がはっきりと聞こえるようになった。そしてさらに数m進むと……
「あれが、歌う楓……」
 欠けたる月・ユーニ(a37093)は思わず呟いた。霧雛・イーチェン(a07798)が一見して武器とは判別できない典雅な得物― 檀香扇『迷霧』を、そっと手近の木の枝に置く。
 霊査士の言葉通りの太い、幾分曲がって節くれだった幹、赤い葉を未だに残す枝々が見えた。
 そして、地上から2m程度の所に大きな洞が1つあり、伸びやかな歌声はそこから聞こえてくるようだ。それだけではない。その暗い洞の内側に、シャルトア氏らしき姿が見え隠れしていた。
 ユーニが誘われるように楓に向かって進み出る。ティータが跪き、静謐なる祈りを送り始める。ユーニが歌を歌い始めるとローブを纏った華奢な身体が仄かな光を放ち始めた。
「うたうもの同士は……うたで、心を繋ぐことができる……楓、ユーニのうたが、聞こえますか……?」
 必ず気持が通じると信じて疑わない少年は、歩み寄りながら子供を宥めるかのようにそっと歌いかける。
(「敵意のないアビリティなら、大丈夫そうですね……」)
 ファオが地上に幸運の陣を敷いた。辺りが夢のような光に包まれる。
 続いてルーツが進み出た。幸せの運び手を用いたユーニに対し、こちらはまず獣達の歌を使用する。
(「相手は植物……厳しいでしょうが、試す価値はある。楓よ……どうか聞いて……」)
 確かに、植物に用いて効果のあるアビリティではない……楓の様子に変化はない。
「私は吟遊詩人……貴方も歌、好きなのね? いいわ、一緒に歌いましょう」
 ルーツの澄んだ声とユーニの細い声が楓のハミングに重なって、聞く者の心を震わすような三重唱となっていった。ユーニが1度だけ楓の歌で眠りに落ちたが、ティータの祈りによりすぐに回復して歌い続ける。
 光の中で歌う2人の詩人と大樹― その童話のような光景を冒険者達は暫し鑑賞した。
 そのうちにルシエラとルビリスが到着し、樹木との歌での交渉という珍しい光景の行く末を見守る。
 ルーツはアビリティを幸せの運び手に切り替えてさらに歌う。
「……村の皆が困ってるわ……貴方の歌に誘われて、皆眠りに就いてしまうの」
 ユーニは楓の根本まで辿り着き、小さな声で歌いかけ続ける。
「返して、欲しいのです……シャルトアは音の造り手……私達うたうものの、友です……」
 ユーニは、幹を見上げた。
 その時。2人の優しい訴えを理解したのか、楓はふつりと歌を止めたのだった。

●目覚め
 ルシエラはまず、遠眼鏡で具に楓を観察した。木の枝が動くかもしれないと懸念したのだ。しかし、楓は動く様子も無い。歌も止んだままだ。ルシエラは滑らぬように手袋を嵌めると、イーチェン、ファオと共にゆっくりと楓に近付いて行った。
 ルシエラは銀色の猫のように身軽く、イーチェンは銀狐のようにしなやかに幹を登る。木の下ではファオが、万一落下した者の為の癒しに備える。
 ルシエラの体が洞の中に潜り込む……イーチェンが見守るうちに、中から寝起きのようなぼやけた声がした。
「あ……君は……?」
「私、ルシエラ。冒険者だよ〜。鋸使ったら楓が痛いって揺れるから、静かにね〜」
「ああ……私も、他の人達の例に漏れず、眠らされたと言う訳か……」
 どこか苦笑するようなその声は、しかし慌てる事も怯える事もなく、どうやら無事らしいと判る。
 ルシエラが職人を毛布で包み、ロープを結わえた。イーチェンがしっかりとそのロープの端を握ってゆっくりと下へ下ろす。待ち受けていたファオが、シャルトアに笑いかける。
「喉が渇いていませんか? さあ、どうぞ」
 聖なる力を持つ水が、シャルトアの渇きと疲れを癒す。
「ありがとう……迷惑をかけてすみません」
 ルビリスが急ぎシャルトアを歌の効果範囲外に避難させると、待ち構えていたサフィリーンが甘い茶の入った水筒を差し出した。カップを手に持つシャルトアにエンデミオンがにっこりと笑いかけつつ幸せの運び手を用いる。
「大変でしたね、シャルトアさん。お腹が空いてるでしょう? 僕の歌を聞いてみて!」
「? 歌で、空腹が?……あ、本当だ!」
 目を丸くしているシャルトアに、サフィリーンがやや冷たく告げる。
「あんた、鋸を使っただろう? 何を望んでかは知らんが、あんたの行動が招いた結果だからな、きっちり見届けてもらおうか」
 その視線の先には、楓の効果範囲に残っているユーニ、ルーツ、イーチェンの姿があった。
 シャルトアはやや心配げに成り行きを見守った。

●楓の気持ち
 冒険者達にはある考えがあった。何とかして歌は止めなければならない。しかし、楓には歌わせてあげたくもある。ならばいっそシャルトアの手で、一部だけでもバイオリンに仕立ててもらえれば、形こそ変るがその部分はいつまでも歌い続けられる。……その為には、楓に鋸を入れなければならないのだが。
 ユーニが歌う。
「……楓は、歌うことが……好き、なのでしょう……? 楽器として歌うのも……きっと、素敵だと思います……楓の、望まないようにはしませんが……」
 ユーニは楓から歌を奪うことは避けたいと思い、歌い続ける為の別の方法として楽器に姿を変えるという方法を提示したのだ。ルーツがさらに歌う……
「彼は、貴方を楽器と言う形で、ずっと歌えるようにしてくれる……少し痛いかも知れない、でも貴方全てを奪いはしないわ」
 すると、再び楓は歌い始めた。先程の伸びやかな調子ではなく、やや物悲しいような調子で。何となく、楓が怯えている様に見えた。そして、冒険者達の胸に悲しみが満ちる。エンジェルのティータは己の村が滅びた様を思い出し、悲痛な面持ちとなってしまった。イーチェンは拳を以て語ろうとしていたのだが、拳を上げることも出来なかった。
(「……ってここで落ち込んでたら、『あの時』みたいに、また何も出来ないじゃないか!」)
 ティータは咥えたココアシガレットをぱくんと飲み込む。彼の祈りは遮られていない。皆を襲った悲しみはすぐに晴れたが、楓の気持ちは明らかだった。切られる事を厭うているのだ。

●小春日和
「んー……結局、洞を塞いで柵を立てる位しか出来ないけど、大丈夫だよね?」
 エンデミオンが担いでいた材木を下ろしながら、サフィリーンに問うた。優男のセイレーンは、にっと笑って言葉を返す。
「街の人には丁寧によく言っておくさ。あの木を傷つけないようにってな」
 ルシエラ、イーチェンが再び木に登り、洞に毛布を詰めている。それだけで随分と音の届く範囲は狭くなった。街まで聞こえる事はもう無い筈だ。楓もそれは気にならないようで、悲しみの歌が歌われることは無かった。ルシエラは楓の枝に腰掛け、気持良さそうに尻尾を揺らし、そのうち楽しそうに歌い出した。
 すると楓がハミングを始める。慌てて医術士達が祈りや風を用意する。
 柵を作る作業をしていた者は、効果範囲外からその様子を暖かく眺めた。サフィリーンは呟く。
「叶うならば、この稀なる歌が途切れぬことを。……木と人の合奏と洒落込むのも、悪くないかもな」
 それを聞き止めた詩人達はこぞって楽器を取り上げ歌い出す。小春日和、陽射し明るい冬の森に、歌声はいつ終わるともなく続いていった。


マスター:羽月 紹介ページ
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星影・ルシエラ(a03407)  2009年12月19日 16時  通報
楓で作ってもらったのは、イャトさんへ♪
ルシも歌うの好きだから〜特に樹の上で。
歌う楓の気持ちは、わかるー♪
あとで、ルシも惑星リランで貰ってきた小さな琴を、
弾くようになるとは、そのときは思ってなかった。

平和になったから、いつか行って一緒に歌ってみたいなー♪