ベベウの誕生日−−どうしても、あの塔に登りたい



<オープニング>


 赤い水面から、薄い靄のような湯気が立ち昇る――と、そこへ薄く結ばれた美しい輪郭を持つ唇が近づけられた。広げられた指先で羊皮紙を押さえ、薄明の霊査士・ベベウは逡巡を続けていた。この世には不可思議な謎と同じ数くらいの、素晴らしい塔が存在している。そのいずれに登ったものか、彼は悩んでいたのである。
 奇しくも、彼が誕生してから二十年目を迎える、今日、この日に。
 
 自身の誕生日であることを知らないまま、ベベウは簡素な荷造りをした。茶色の鞄に小さな筒をしのばせる。酒場の主に持たされた水筒だった。中には暖かな紅茶が注がれてある。
 理知の塔――それが、ベベウの目指す遺構の名だった――への道筋を確認し、彼は冒険者の酒場を後にした。膝上丈の灰色の外套をまとい、その襟を立てた姿で。
 その後、霊査士の目的地について、その情報を入手した赤い髪のエルフによって喧伝がなされた。
「わたしは行けないけどー、先回りしたり途中で追いついたりして、ベベウをびっくりさせてほしいなー。一緒に塔へ登ってもいいし、彼はご飯を持って行ってないみたいだからー、ごちそうしてあげてもいいんじゃないかなー。素晴らしい想い出をプレゼントしちゃうのー」
 と、いうのである。
 
 かくして、二十歳となったベベウはどのような出来事が待ち受けるか知らないまま、「素晴らしい塔なのでしょうね……」との気持ちを胸に秘め、理知の塔なる遺跡へと向かったのであった。

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参加者
NPC:薄明の霊査士・ベベウ(a90103)



<リプレイ>

 彼は朝の清冽さを楽しむかのように街道を歩んだ。
 と、そこへ、不意に高い音が鳴る。薄明の霊査士・ベベウは振り返ってあたりを見たが、人の姿はない。
「霊査士が護衛も無しに出かけちゃダメじゃないか!」
 駆け寄るなり、流水の道標・グラースプが言う。
 続いて、小柄な少女がころころとした愛らしい眼差しを向ける。
「キシュディム護衛士として、ベベウさんの護衛に来ました!」
 幾星霜の希望・ティーダに、霊査士は悠長にも朝の挨拶をした。そんな彼の様子に、グラースプは掌で額を覆い、ひったくるようにして荷物を預かった。
 そこへ、三人目と四人目が現れる。
「あなたは……」
 ベベウの言葉に、天満月の戦使・マナートは一礼した。肩に宿した猛禽類も、嘴をカココと鳴らす
 タタリ・ユルはおどけた様子で頭を下げる。
「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
 丘を這う道は、まるで白い蛇のように曲がりくねっていた。
 金属の触れ合う音がし、声が続いた。
「あの塔へ行くんだろ? 旅は道連れと言うし、お供させて貰らう」
 貪欲ナル闇・ショウはそう言うと錫杖で土を打ち、霊査士を見晴らしのよい場所へと案内する。
 そこには先客があった。火がおこされており、くすんだ風合いの薬缶がかけられている。丸太の椅子をすすめながら、闇夜ノ凶星・シズマは皆に言った。
「いかがです? 濃いめの紅茶にジャムを入れたものなんですが」
 
 まるで組み終わらないパズルのごとき眺めに、今は実際に足を踏み入れている。霊査士の瞳は好奇に輝いていた。
「ベベウさん……」暁風の使者・キリークは、柱だけが残された遺構へと視線を流しつつ、言葉を続けた。「斯様な場所も、良いものですね……」
 古寂れた街角でベベウを待っていた者は、彼だけではなかった。
「これでもどうだ?」
 褐色の甘い嗜好品を差しだしつつ、そう言ったのは蛍の守護騎士・ジークだ。
 彼らを交え、一行は入り組んだ路地を巡り歩いた。
 ただでさえ、迷い路と呼べるような場所だったが、そこへ不意に白い霧が立ち込めて――。
「あいつの仕業だな……」呟いたジークは、ベベウの問いに慌てて答える。「いや、なんでもない」
 長い時間をかけて、ようやくと路地を抜けたベベウは、そこで、ひとりの冒険者と出会った。
「あ、べべウさん。ご一緒させていただいてもいいですか?」ワンダラ・ワシリーは駆け寄るなり、先回りをしてみたものの迷ってしまったのだ、と頭をかく。
 今日がベベウの誕生日であることは、まだ秘密だ。
 ワシリーは言った。
「これからも素敵な謎との出会いがあるといいですね」
 
 高い壁面によって囲まれた路地から抜けた瞬間、皆の口から感嘆の声が漏れた。白亜の肌で佇み、陽光の煌めきを冠とする、理知の塔なる遺構がその姿を見せたからだ。
 そこへ、どこからともなく複数の影が現れる。
 瞳を丸くして驚くベベウに、胸に抱え込んだ包みの裏から、縁側で昼寝するドリアッド・イクスは言った。
「おや? ベベウさん奇遇ですね」
 ここにいるはずのない彼女の姿に、ベベウは驚いている。慌てて身体を支えようと歩み寄った。
「ベベウさん、年下だったんですね……ビックリ」螢火夢幻乱飛・メディスはその身に宿した子を慈しむように視線を落とし、言葉を続けた。「私、臨月なのでゆっくり行きましょうね」
 メディスとは異なった理由で丸い腹を撫でながら、漫遊詩人・ドンは彼らしい言葉を口にする。
「なんだか聞くだに凄い予定ですな。一日かけて廃墟に行くのにご飯の用意も無しとは……」
 噴水の脇に笑顔で立つ、昊天の疾風・ワスプに気づき、ベベウは石像の裏側へと駆けた。そこには、テーブルクロス代わりのフェザーマントに燭台までが置かれる、食事の場が用意されていた。
 座席へと誘いながら、冥界の皇女・トモミはそっと言った。
「まだまだ、いらっしゃるんですよ」
 大きな包みをテーブルに預けると、幻燈料理人・キオウは穏やかな笑みを浮かべた。
「お昼一緒に食べませんか? 結構たくさん作ってしまったんで一人じゃ食べきれないんで」
「にゃんこ塔の時にはお世話になりました」テルミエールは持参した包み、その中身について説明した。見事な造形のケーキである。「表面は飴でガラスのように、塔の下には砂糖細工のベベウさんとねこねここねこ」
 きゅるきゅる、と木の車輪を鳴らして現れたのは、屋台を引いてやって来た縁・イツキであった。
「梨、あけび、柘榴」と、見事な焼き色のパイをベベウの前に並べると、彼女は言った。「今年一年お世話になったわね」
 今日この日が、ベベウの誕生日であることを、その祝いに集まった人々はまだ明かしていない。
 銀の盆にサンドイッチを並べた狼牙の守護神・アールグレイドは、ベベウと同じ方角をしばし見つめた後、こう言った。
「本当に綺麗な塔なんだな」
 楽風の・ニューラは彼の空となった皿に、薄焼きの生地に、チーズやハム、魚の塩漬けなどを挟んだ料理を分けた。
「どうもありがとうニューラ」
「どういたしまして。デザートには、ビターなチョコレートタルトも。きっと、紅茶にあうはずです」
 友人によって囲まれたテーブルを、ベベウが幸せそうに見ている……。
 
 塔の前で腕組みして立つ青年は、ベベウを待っていたのではない。螢火惑惹者・セリオスは妻の身を案じていたのである。
「もう臨月だから、体の負担にならないように気をつかないとね、メディス」
 その頃、理知の塔の最上部では、幾人かの冒険者たちが待ち人の到来を今や遅しと待ち構えていた。
 足下から近づいてくる、いくつもの軽やかな足音が、ストライダーの偲び・ハンゾーの頬に朧な笑みを浮かべる。
「理知の塔……生誕の日に此処に訪れるとは……因果な巡り合わせとは思わぬか、理知の君よ?」
 予期せぬ客人がまたあったことに、ベベウは驚いていた。そして、そう――この瞬間に、ベベウはようやくとして気づいたのだった。
 振り返った先で、微笑むイツキの唇が「おめでとう」の形を描く。
 だが、本当に何も言えなくなっていたのは、ベベウ自身だった。その足取りは夢のなかで雲の上を行くかのようだ。
 手を繋ぐふたり、前進する想い・キュオンと蒼天をあおぎ旅する花雲・ニノンが言った。
「誕生日おめでとう、これからもよろしくな」
「えへへ、ベベウさんが選んだ場所がどんなところか知りたくて、先回りしちゃったなぁ〜ん」
 凪し銀影・ナギは友人の肩に手の平を這わせる。
「うっす! お疲れさーん。満喫してるな? 先回りもけっこうきつかったんだぜ?……しかしまぁ、沢山集まったじゃないの。いいねぇ、慕われてるじゃん? 俺も嬉しいよ……って、何様だよってな」
 すっかりと、ベベウは喜びの淵に身を浸した。そこからは、どのような顔をして出ればよいのかわからない。
 だが、その時、喧噪が彼を襲って――。
 ベベウの背へと飛びつくなり、湖畔の薬師・カレンは花束を彼の鼻先へと差しだす。
「ご機嫌よう薄明かりの君――」カレンはベベウに頬を寄せ、たくらみの色をわずかに含んで微笑む。「白薔薇の花言葉を、ご存じですか……僕、貴方が――」
 寒空の下「ちょっと待った〜!」、なる声が響いた。
 ストライカー・サルバトーレは、状況を理解できていないベベウに抱きつくなり叫んだ。
「ベベウっ……実は初めて会った時からずっと……やはり女の方がイイのかっ……ならばっ!」 
 欄干を踏み越えたふたりは、そのまま理知の塔から飛んだ――。
 大笑いしながら、カレンはロープが張りつめる様を見つめ、欄干から身を乗り出した。
 そこには、ベベウの、これまでには一度として見せたことのない笑顔があった。宙吊りのまま、まるで子供のように笑っている。
 その後、サルバトーレはベベウに付き合わされ、何度もの告白と跳躍を繰り返したということである。
 
 やがて、塔のなめらかさを保つ肌に、西から差し込む光がほのかな色彩を含ませる刻がやって来た。
 おずおずと歩み寄って、月無き夜の白光・スルクはベベウに謝罪した。廃墟で突如として立ち込めた霧について、自分が術を使って時間を稼いだのだ、と。
 漫遊詩人・ドンはベベウの顔を訝しげに見つめていたが、すぐににんまりと笑い、琥珀色の酒を掲げて、こう言ったのだった。
「二十歳とは嘘くさいけど……ともあれ、おめでとうございます」
 自分は四月まで果汁のみですけど――そう断った後、暁の幻影・ネフェルは杯に酒を注ぎながら言った。
「そう言えば、べべウさんがキシュディム団長に就任してもう一年になるのですね……時間が経つのは本当に早い……これからもがんばって行きましょう」
 自らの杯を空とすると、黒服修行サボり気味・ガラッドは酒瓶を差しだして言う。
「夢想風月、いい酒だぜ。それに、夕日を肴に飲む酒ってのもオツなモンだ。ぐいっといってくれ」
 さらさら、と衣擦れの音がした。赤と白の狩人・マイトは友人の前に歩みでると、弓の弦を鳴らした。繰り返される張りつめた音に合わせ、彼の衣は広まってはすぼめられ、そして、翻された。
「あ……」
 ベベウは気づいたようだ。朝の小径で仕掛けられた、舞う人の小さな悪戯に。
 夕陽か、それとも、喜びのせいか。眼を細めて、冷酷なる飄蓬の暗殺兵・エイジは言う。
「日々は変わらなくとも、誕生日という起点はその時々、自分の立っている位置を確認する場所なのかもしれぬのぅ」
 蒼翼の閃風・グノーシスが言葉を紡ぐ。
「太陽から月へと空の支配者が交代する瞬間……。嘗てこの同じ場所で同じように、そしてやはり変わらぬだろう風景を、人々は眺めていたのでしょうか?」
 彼の肩に身を寄せ、魂鎮の巫女・ナツキが言葉を紡ぐ。
「光と闇の狭間で、場所は変わらずとも風景は様々な顔を覗かせます。刻一刻と沈み行く太陽は、まるで命を刻む砂時計のようで……移ろう人の心を映している気もします」
 ふたりの言葉に、彼は静かに首肯した。
「この青い石は厄害から身代わりになって護ってくれたり、心身を癒してくれると言われてるのですよ〜」闇を照らす希望の光・ミュヘンは品を差しだす。「にしても二十歳よりもよっぽど大人びてるのです〜。まるで父さんの様な匂いがするのです」
 掌に載せられた宝玉を受け取りながら、ベベウは匂いを気にしている。慌てた少年は『雰囲気』と言い換える。
 零月の翔姫・ユウェルは振り返らず、風景に視線を向けたまま、自身の隣に歩み寄ってきた青年に言った。
「綺麗なオレンジ色、やわらかい、褪せてく色……こういう光景をずっと見ていきたいわ、ね」
「そろそろ帰りましょうか」
 名残惜しそうに、ベベウは石段を降った。
 と、そこへ声がする。
「……誕生日おめでとう……この塔は満喫できたか……」死ぬまで不死身・ランブルは胸の前に組まれていた腕を解いた。「……送っていこう……これから夜になる……襲われたら大変だろ……」
 
 星影に浮かび上がるふたつの影――。
 だが、その輪郭は大きく異なったものだった。
「荷物……オレの方が明らかに多くないか?」
 赤雷・ハロルドは大きな袋を背負わされている。天藍顔色閃耀・リオネルは平然と……その問いかけには答えなかった。
 やがて、ふたりが紅茶の準備をしているところへ、大勢の冒険者たちを伴ったベベウが姿を現した。仲間たちにも暖かな飲み物を振る舞いつつ、一段落ついたハロルドはベベウに言った。
「お疲れ。満喫できたか?」
「お誕生日おめでとうございます〜、とても楽しい一日だったみたいですね。あの……ベベウさん、外套しか持って行ってないよね?」 
 マフラーと手袋。リオネルたちからの贈り物に、ベベウは感謝していた。
 信念無き異形解体人・アルトは、ベベウに出会うなり言ったのだった。
「しかし、俺より数ヶ月年下だったとは……」
「皆さん、そうおっしゃって……」
 ベベウは不思議そうだ。
 三辻で、ベベウは古びた錆浅葱・プレストと出会った。かつて、一緒に出向いた塔について口にしていた少女は、突然に空を見つめた。
「冬は、星が綺麗ですね……」
「ええ、本当に……」ベベウはそう言って肯き、そして、視線を落とした先に何者かを認めた。「あれは……」
 ノソリン車でやって来たのは、渡り鳥・ヨアフだった。彼はそそくさと荷台に隙間を設けると、身重のメディスに乗るようにと促す。
 やっぱり一杯いましたか――。そう呟いたのは、紫水晶の邪竜導士・イグネシアだ。霊査士に身を寄せると、少年は言った。
「ベベウさん、お誕生日、おめでとうございます」
 彼らが夜空を振り返り、木々の切れ間からわずかにのぞく、茫洋と続くかのような光を放つ理知の塔を眺めていた頃、その少し先の道では、ある姉妹が一行の到着を待っていた。
 彼女から誘うなんて――。月宮弓姫・ルナは少し不思議だった。星彩幻女・ティル(a24900)は人混みが苦手だからだ。
 星空を見つめていたティルが、不意に、葉擦れような声で言った。
「何時か私たちは別の道を行くのかもしれない。だけどもう少しは……あの星と月の様に一緒にいていいかな……姉さん」
「うん、それまではティルと一緒にいるから……ううん、いさせてね」
 
「よっ、おかえり、べべウ。 小旅行はどうだった?」
 開かれた酒場の扉から、漏れだす暖かな光と現れたのは、卓袱台聖人・マージュだった。つーか、二十なのかよ。そう呟きながら少年は、準備万端が整った室内へと皆を招き入れる。
 ヨアフが持ち込んだワイン『トワイライト』は、あっと言う間に空けられてしまった。ユルは丘に残り描き上げていた油絵を、ワスプは南方リザードマンの王宮を描いたスケッチを贈り、ユウェルとアールグレイドは筆記用具を、ニューラとプレストはアイアンオパールの品を、グラースプは銀にターコイズが嵌められた装身具を手渡した。ナギは何やら箱に収められた品を掌に載せてやる。
「……で、誕生日に頼み事というのも何なんじゃが……」スルクがもじもじと続ける。「その、前から気になって故に……申し訳ないが、霊査の腕輪を触らせてもらえんじゃろうか?」
 火照った頬を両手で挟んでいたベベウは、「どうぞ」と笑顔で応じる。そこへ、メディスが尋ねた。
「ベベウさんの子供の頃って、どんな子だったのです? ちょっと興味があると言うか……聞きたいです」
 しばしの後、ベベウはこう答えたのだった。
「自分では考えを重ねて、行動に移していたつもりでしたが……。はたから見ると、興味の対象への突撃を、常に繰り返しているような子供だったとか。すでに、冒険者となっていた十五の頃にも、剣を抜いてはすぐに敵へと斬りかかるなどと、あらぬ誤解を……」
 彼の過去に対し、『意外』、『詐欺』、『信じられない』といった驚きの声があがったのは、いうまでもない。
 それでもベベウは、ただ幸せそうに笑んでいた。


マスター:水原曜 紹介ページ
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参加者:45人
作成日:2005/12/13
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