<リプレイ>
●轍 線が一筋刻まれていた。人が滅多に足を踏み入れる事の無い、草木も疎らな荒れた野に、ペンで無造作に引いた様に一筋の溝が刻まれていた。 「これは……」 しゃがんでいた暁の伴奏者・バルバラ(a90199)が立ち上がる。 「そうだな」 有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)が頷いた。 間違い無い。紛れも無い。それは、モンスターが荒野に刻んだ痕跡だった。 蒼翠弓・ハジ(a26881)は痕跡が続く荒野の彼方を見定めた。頭を覆った布が、吹き寄せる乾いた風に靡く。乗るは死臭。人が腐れる匂い。ハジは、旧モンスター地域と呼ばれるこの場所で何が起きたのかを実際に見た事は無い。モンスターに滅ぼされた村を振り返る。良くない事が起こり続け、今でも沢山の人が泣いているのだと言う事は、とても良く分かった。 「絶対、逃がさない様にしないとだ……」 呟きは突風に吹き散らされた。マントまで持って行かれないよう、きっちり体に巻き付ける。蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)が促す様に頷いた。出立の合図。一行が動き出す。人の血と死を求めて往く、死そのものが持つ眼の如きモンスターを追って、彼等は荒野へと踏み込んだ。
●荒原の怪 「見つけましたわ」 黄砂の谷の・レティシア(a10843)が遠眼鏡を下ろす。赤茶けた土が剥き出しの、乾燥したなだらかな丘陵の中腹に砂塵が立っていた。砂塵の中に目玉がある。目玉――死の目は、人の目の奥に連なる血管めいた、幼子の胴程もある長い長い触手で、ゆらゆらと宙を掻きながら丘陵を登り切ると、一条の砂煙を残して向こう側へと消えた。 「参りましょう」 願いの言葉・ラグ(a09557)が言う。武器を鞘から抜き、また覆いを取る密やかな音が続いた。癒え切らない傷が痛むのか、気儘な矛先・クリュウ(a07682)が眉を顰める。青年の顔は寒さもあってか、随分と青褪めて見えた。物問いたげに、また心配する様に振り返るエンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)へ、クリュウは手を上げて大丈夫だと応えた。 「いい酒が手に入ったからな……無事に目玉を退治して皆で一杯やろうぜ!!」 そう言って笑い、千見の賭博者・ルガート(a03470)は、巨大な刀の切っ先を地面へ付け飛び出す機を計る。 引き絞られた弓に番えられ、鏃を震わせながら今正に飛び行かんとする矢に似て、空気が張り詰めた。先頭のルガートの体がすいと沈む。それを切欠に、可能な限り足音を殺して冒険者達は駆け出した。 丘陵を越え、モンスターの元へと冒険者達は走る。眼下を行くモンスターの進行方向を見定めるほんの僅かな時間のみ立ち止まり、それから3班に分かれた。 隠れる場所は殆ど無い荒野の事、迫る人の気配を嗅ぎ付けて、幼子の胴ほどもある触手を地面へ突き立て死の目が止まる。 距離を詰めて来たB班のルガート、マカーブル、ラグが足を止める。触手揺れる後方に回り込むC班のジェイク、ハジ、バルバラとA班のレティシア、メイフェア、クリュウ。 触手が地面から抜かれ、死の目の巨躯の下に微かな砂塵が立つ。冒険者達の間に緊張が走った。 「来るぞ!」 マカーブルの叫びと前後して、巨躯からすれば信じ難い速度で死の目が迫る。 突進するモンスターに合わせて足を止めたC班の者達の目の前で、マカーブルとラグは轢き潰され、死の目の死者の皮膚を思わせる青白い体躯に自らの血で赤い線を引いた。 激痛。身を蝕み目を眩ませるそれを堪えて、マカーブルとラグは立ち上がり、再び死の目の虹彩の右側に回り込む。 「よし、行くぜ!」 辛うじて突進をかわしていたルガートが、巨大な刀に闘気を纏わせ振り被る。マカーブルが『必殺』を目的として鍛えられた剛刀に紫電を伝わせ、ルガートとほぼ同時に切り掛かった。 叩き潰す一撃と、舞うが如き一閃が交差する。ラグが翳した掌から溢れ出る癒しの波が最後に激痛を洗い流して行った。 「私たちも行きますの!」 大盾『聖者の贖罪』を押し立てて、メイフェアが身の内から重騎士を重騎士たらしめる力を呼ぶ。心から武器を介して伝わる力は、バルバラの守りをより堅固なモノへと変容させた。 重傷を負ってしまった己の不甲斐無さを噛み締めながら、ならばせめて皆の足を引っ張らぬようにと、儀礼用の長剣を手に、覚悟を込めて後方で機を伺うクリュウ。 レティシアが、より危険さを増して煌く長柄の斧の柄を確りと握り締め、鋭く踏み込んだ。 「村の人たちの痛み、償って下さいですの!」 振り抜かれる蒼氷斧。強かに死の目の身を削る。透明な液体が血の如くに噴出して、レティシアの半身を濡らした。 「遅れを取るな!」 愛剣『エクリプス』。その刃は鋭さを増し、ジェイクの意思のままに気の稲妻を走らせ。 「はい!」 応えたハジが構える大弓に矢が宿る。確りと両足で大地を捉え、振り上げた武器を叩き付けるジェイク。触手は太く断ち切れる事は無かったが、刃は深々と死の目の身に食い入った。その直ぐ傍に、放たれたハジの矢が突き立つ。 突付かれて葉を閉じる食虫植物を思わせて、背後から攻撃に反応し素早く触手が動いた。 「――つっ!」 咄嗟にかわし切れず、ジェイクが触手に囚われる。急速に締め付ける強さを増す触手の中、ジェイクの体から嫌な音が立ち、鎧の隙間からぱたぱたと滴った血が荒地に黒い染みを作った。 「ジェイク!」 A班、B班が同時に動く。降る斬撃が左右から、モンスターの体を強かに切り裂いた。しかし触手を切り払うには至らない。その時、歌が響いた。バルバラが掠れがちな声で、上手くは無いが力強い凱歌を紡ぐ。傷が癒えるのを感じた。活力を得て身じろぎすれば幸運にも剣の根元を触手の隙間に引き込む事が出来、渾身の力でジェイクは触手から体をもぎ離す。 飛び退るジェイク。弓を射る基本の動作を一つ一つ丁寧に思い出しながら、正確に狙いを定めてまた一矢、ハジが矢を射た。 薙ぎ、切り払い、触手を受け流し、突進をかわし、時に轢かれ、触手に囚われて苦痛の呻きを上げる冒険者達。 武器が生む高い音や鈍い音、暖かな体液から上る湯気は、冬の乾燥した大気を孕んで吹き抜ける風に払われる。 死の目が滴らす臭気は、悪疫を乗せて里から里へと渡る風の如くに悪臭に満ちていた。濡らした部隊章や香料などで多少は紛れたが、匂いでは無い力で冒険者達を麻痺させた。 最も、殆ど麻痺の意味を成さなかったが。 全員が麻痺させられた時でさえ、幸運にも直ぐに匂いの影響から逃れた物が清浄な息吹を呼んで麻痺の影響を他の者達の身の内から拭い去り、冒険者達はたゆまず攻撃を加え続け。 そうして、後から振り返れば僅かな時間だが、戦いの最中においては無限とも思える時間が過ぎ――。
●ゆく眼 地面に触手を突き立てて、死の目が最小限の動作で虹彩の方向を変える。透明な液体を零れさせている無数の傷口が、午後の陽光を浴びてきらきらと丸い表面に陰影を刻んでいる。異様な光景だった。余りにも人の目に似すぎていたから、不気味ですらある。その、人の目に似てまったく人とは似つかぬ口を持つ虹彩を真正面から覗き込む事になったメイフェアは、クリュウと自身を庇う様に、咄嗟に盾を掲げた。 掲げ切る前に硬い物が破裂する音と衝撃が盾を襲い、直後、裾を延ばして広がった熱い液体が上から降り掛かり。 サーコートの隙間を突いて忍び入った液体が、直接身を焼く。ただ熱いという感覚しか無く、共に液体を浴びたクリュウの視界が白熱した。高められた鎧の防御を僅かに超える痛烈な一撃。意識が遠退くのが分かる。自分の名を呼ぶメイフェアの声を最後まで聞く事も出来ず、クリュウは硬い地面に伏せった。一撃で体力の殆どを持って行かれたメイフェアは、それでも紫の双眸に怒りを燃やして死の目を睨み据える。 「メイフェアさん、突撃が来るかも知れない。だから、クリュウさんを守っていて下さいですの!」 踏み出しかけたメイフェアは、レティシアの声に足を止める。頷き掛けてレティシアは柄を長めに持ち替え踏み込んで、斧のその先端の重さを生かして斜め上から電雷を伴う斬撃を死の目へと叩き込んだ。 更に体液が繁吹く。痛みが、モンスターを突き動かす唯一絶対の理である本能を刺激し、戦闘以外の行動を選択させた。 「逃すな!」 巻き上げられた触手と死の目の横腹が向いた方向に、逃亡の予兆を感じてジェイクが叫んだ。死の目の巨躯の下に微かな砂塵が立つ。 「ああ、逃すかよ!」 ジェイクの声に弾かれて、ルガートが躊躇わず、避けるのではなく当たる為に死の目の前に飛び出す。巨躯が動く。ぶつかり合う鈍い音。 「ラグ、メイフェアを――」 「ええ」 ルガートのフォローに走るマカーブルとすれ違いにラグは移動し、此方へと間合いを詰めるメイフェアを効果範囲に捉え、守護者の名を冠する術手袋を穿いた手を差し伸べる。癒術は宙を翔りメイフェアの元へ。癒されながらメイフェアは、武器でマカーブルを指して祈りを捧げた。マカーブルの鎖帷子の藍色が更に深みを増す。 ルガートが、巨躯を誇るモンスターの人間を容易に飲み込む大口に刀を突き入れる。溜まらず口が閉じられるも、閉じ切らず、死の目は逃走を妨害する者を排除しようと間髪入れずに後ろから触手を伸ばした。貫かれるルガート。くず折れる体。しかしルガートは、苦痛を押し殺して笑った。生命そのものの熱さが脈々と血管を伝って全身を廻るのを感じる。一旦は閉じた意識が覚醒する。立ち上がり、飛び退るルガート。庇いに入るマカーブル。掲げた盾を触手の切っ先が抉ったが、高められた防御の力で衝撃は完璧に散らされた。 追い付いたバルバラが凱歌を歌い上げる。歌を負って間合いを詰めたジェイクは横薙ぎに愛剣を振るった。真一文字に切り裂かれ、苛立たしげに死の目は触手を蠢かせた。あるはそれが、モンスターなりの苦痛の表現だったのかも知れない。声もなく悶えるモンスターを両の目に捉えて、ハジは弓を引き絞った。 滅びた村の風景が、脳裏を霞め、消える。 「絶対に――……」 逃さない覚悟を込めて放った矢が飛び行き死の目に突き立った。 一瞬激しく震えた死の目の触手が、ぴたりと動きを止める。 息を詰めて見守る冒険者達の目の前で、触手は力なく落ちて地を叩き、その鈍い音で戦いの終わりを教えた。
●果ての無い道 殆ど休み無く荒原を踏破し戦い抜いた事を今更思い出したかの様に、荒く息を吐きながら、バルバラがその場に仰向けに倒れた。苦し気な所を見せたく無いのか、帽子で顔の半分を覆う。 「厄介な奴だったが……倒しちまえて良かったよ」 最後の攻防が堪えたのかルガートも座り込み、足を投げ出して死んだモンスターを見遣った。 既に重傷のクリュウをラグが助け起す。 心配そうに見守るレティシアとメイフェア。 「大丈夫ですよ。意識を失ってしまっているだけです」 ラグの言葉に2人の少女は微笑を交わす。 「この前の依頼では……モンスターに敗れ……人々を護る事ができなかったですの……」 誰かを護る、その為に冒険者になったはずだったのに。メイフェアは来た道を振り返る様に、彼方へ目を遣った。勝つ事の叶わなかった戦い。後悔は今も胸で渦を巻いている。けれど――。 「立ち止まる事は許されないと思いましたの。戦い護り続けるって……それが――約束だから」 そう。それが、自分自身と、自分をここへ立たせてくれている者達との約束だ。噛み締めて、メイフェアはモンスターを見る。 マカーブルはメイフェアが言う『約束』の意味がとても良く分かる気がした。彼女の『約束』は、身が朽ち果てるまで戦地にて死の舞踏を踊り続けるだけと誓った自身とどこか重なる気がして、マカーブルはそうか、と頷き。 「一歩、進めたな」 今日、確かに進めたのだと、微かな笑みをメイフェアに見せた。
「どうした?」 彼方をじっと見るハジに気付き、ジェイクが問う。 「ここで起きた戦争が終わっても、戦いは終わってないんですね」 だから、その事と――この風景を覚えておこうと思って。ぽつりぽつりとハジは言葉を継ぐ。 「そうだな――」 布に包まれたハジの頭にぽんと手を乗せ、ジェイクも並んで彼方に目を遣る。 何処であっても変わらない青い空には細い雲が幾筋も伝い、砂煙が惑う地平線には一日の終わりの気配が漂い始めていた。 戦いの跡も、血も痛みも呑み込んで夜が来る。 果てなど無いのかも知れない。この地で戦いが終わる事など無いのかも知れない。けれど、せめて今日守る事が出来た村――彼方の見も知らぬ村の見も知らぬ人々には、安らかな夜があればいいと、祈りにも似た気持ちを抱き、冒険者達は美しくも物悲しい血の如き色に世界を染め変えて沈み行く夕陽を見詰めるのだった。

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参加者:8人
作成日:2005/12/20
得票数:戦闘20
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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