恋供養の宴



<オープニング>


「恋供養? 聞きなれないな」
 三日月王子・ライムは、話を持ち出したベルフラウを振り返り、眉根を寄せる。
「針供養とか、水子供養の仲間か?」
「もうちょっと単純なものかもしれませんわ」
 ベルフラウはにっこり微笑んだ。
「もうすぐフォーナ祭ですよね。だからきっとそれにあわせて……。失ってしまった恋、諦めた恋、言えずに終わってしまった恋、色々な恋を供養してあげるのです」
「……ふーん」
 ライムは自分の胸に手をあててみた。
 そこには小さな見えない棘が刺さっている。
 時々、痛むこともある。
 これを抜きたいか?と聞かれれば、抜ける方法があるなら抜いてくれ、と答えるだろう。けれど自分では引き抜けない。否、引き抜きたいと心から思ってるのどうか、自分のことなのにそれすら分からない。
 でももし、新しい出会いがあったり、時が経ったり、自分でそれを捨て去ろうと決意したならば、抜くことにためらいは抱かないのかもしれない。切なさはあったとしても。
「新しい出会いに感謝して、自分の心と訣別する……そういう供養なんだな」
「そういうことだと思いますわ」
 ベルフラウがゆっくり頷いた。
「で、具体的には何をするんだ?」
「海に向かって叫んで、思い出の品を投げる、そうです」
「……単純だ」
「単純だからいいのかもしれませんわ」
「……そういうものなのかね」
 最初より少し不機嫌そうな顔で、ライムは相変わらず自分の胸に手をおいたまま、ぼんやり考えているのだった。

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参加者
NPC:三日月王子・ライム(a90190)



<リプレイ>

●宴
 夕暮れを迎えるとますます空気は冷え始める。
 篝火の灯りに照らされたほの明るい広場。その一角は海に面し、見下ろすと絶壁になっている。
 波の音が響き、色々なものを押し流すように海に向かって風が吹く。
 高原に咲く花々から引きちぎられた欠片達が、ひゅうひゅう泣く声と共に海に向かって19人の横を通り過ぎていく。
「それじゃ始めようか」
 ライムは相変わらずの憮然とした表情で皆を振り返った。口さえ閉じていれば陶器で出来た人形のような美男子である。愛嬌の無さと態度の悪さが無ければもう少しは、幸せな生き方が出来たかもしれない。
「誰から行く?」
 ライムの問いかけに、すぐには返事は無い。
 暫し待った後、まっすぐに手を伸ばす者があった。金髪碧眼で眼鏡をかけた利口そうな少年。
「じゃあ君からだ。アカシック」
「ええ……今のあなたの助けになるか分かりませんが、もしよければ昔話を聞いていただきたいと……」
 そう言って彼は立ち上がり、話を始めた。
 少し昔に出会った独りのドリアッドの女性の話だった。
「僕は僕なりに彼女の為に頑張ったつもりだったけど、価値観の違いは埋められなかった……。気持ちばかりが空回りして、気がつけば僕の居場所は無くなっていた……」
 アカシックは深いため息を吐く。苦々しい思いであっただろう……ライムは視線を逸らしているが、彼のその頃の気持ちを想像している。
「でも……」
 少年は口元に笑みを僅かに取り戻す。
「今思えば……あまりに幼稚で身勝手な恋でした。この恋が無ければ、僕の今も無かったでしょう……だから……ありがとうと叫ばせてください……ありがとう!!!」
 アカシックが海に向かって叫ぶ。静かな波間へ声はこだまもせず吸い込まれていく。
 終えて、ほっとしたような表情で振り向く彼に、ライムは小さく息を吐き、言葉を投げかけた。
「不器用な癖に頑固な女は性質が悪い……アカシック君は偉い!すごく頑張った! だから……幸せになれ、いいな?」

●波
「……失恋という訳では無いけど」
 アリスは恥ずかしそうに立ち上がり、海に向かう。
 古びたリボンを取り出すと名残惜しそうに見つめる彼女。
 今まで恋に対して臆病になっていた自分。でも、拒絶を恐れず、積極的に勇気を出してこれから生きて行きたい……!そう思うから。
「叫びます!」
 アリスが振り返り宣言して微笑む。綺麗な黒髪が風に流されてなびく。それを片手で押さえ、リボンを風に放りながらアリスは海に宣言した……声は小さかったけれど。
「……もう今までの私とはお別れです……」
 見守る人達の拍手の中でアリスは照れくさそうに微笑んだ。

 海に面し家臣の礼を捧げたヴァイナは、瞼を閉じ静かに呼吸を整えた。リザードマンの美しき女史……落ち着いた風情の彼女から、想像も出来ない高らかな叫びが響く。
「ありがとうございました……どうか……安らかに……」
 今はもう、この世にいない方々……。
 彼女が冒険者になる前に、お仕えていた館の主人とその奥方に向けたものだと、彼女は教えてくれた。本当に互いを愛し慈しみあう、素晴らしい人々であった。
 彼らへの感謝と永久に変わらぬ忠誠は消えないものだけれど……どこかで区切りをつけなければ……。それが生者の宿命というものかもしれない。
(「……恋する相手の最愛の方が……最も守りたい方でした」)
 口にしていいのか迷う気持ちを胸に響かせ、ヴァイナは暫く海を見つめ続けていた。

●風
 赤い長い髪を、風に乱すエンジェルの青年は、かつて住んでいたホワイトガーデンで眠る女性にローレライと名づけたヴァイオリンの響きを届けていた。
 ジェネシスの演奏に、他の者達も暫く心地よく聞き入る。
(「私は前へと……歩けていますか?」)
 その問いに対する彼女の返事が届いたのか……それは彼にしかわからないことかもしれないけれど。

「海の動物さんに当たりませんように……!」
 願いを込めて、ぎゅっと手に持ったペンダント。
 大きく振りかぶり、勢いよく高く遠く飛ばす。背中から吹いてきた風に羽をとられそうになって、ちょっと危なかったけれど、風にのったペンダントは遠く遠く海へと流れていった。
「ボクの分まで、幸せになれーーーーーーーっっ!!」
 リヴァは、ペンダントを追いかけるように大きな声で叫んだ。……大きな声じゃいえないけれど、貧乏な彼に私の幸せを分けてあげたい。そんな気持ち……。
「……見えなくなった」
 海の闇の中、見失ったペンダントの場所。……本当の持ち主だった兄に殺されなきゃいいなぁ……リヴァはそんなことを今更考えていたりした。

「1人は惚れたと自覚した日に恋人が。
 1人は告白現場にいたのに好きだと気づけなくて、後で凹んだんだよね。
 そして1人は同姓だったんだ……!そして彼には俺以上に好きな人がいるわけで」
 ヘルディスターの告白は、とても切ないものだったが、どこか明るくて皆を和やかにさせる。
「3人も人を好きになったのに1度も告白すらできなかった。だから、すっきりしたくて……どうぞよろしく」
 彼は礼をして、海に向かって叫んだ。
「俺はっ……!! 好きだった……っ!!!」
 貴女が、キミが、貴方が……。
 叫ぶとほろりと涙がこぼれた。指で押さえるとまたその合間からこぼれ落ちた。
 この雫はきっと形すら貰えなかった恋の欠片。

「ふ」
 ヘルディスター少年の告白に対抗するように、崖っぷちに立ったナオは、うねる波を見下ろし、深いため息をついた。
「去年のミラルカ芸術祭で声をかけてくれたあの人は、同性愛者だった……。
 恋心を抱いた人に殺されかけたこともあったっけ……
 某所のオーナーさんには、いまだに旅団でこき使われて……
 やっといい感じになったと思った人は、最近全然顔も見ない……!!
 意地悪いわれても言い返せないし、それにそれに!!
 水着コンテストの貴婦人部門エントリーは間違いだったんだよう!!!」
 溜め込んだ恋文をがんがん海に捨てながら、ナオが次々叫ぶ失恋遍歴。
「僕は男だからねー!ナオおねいちゃんって言わないでーー!」
 失恋ではもはやなくなっている気もするが……その迫力に皆、息を飲みながらもはや見守るばかりであった。

「……ヘルディスター君もナオ君も前向きだな。……いつかいい出会いがあるに違いない! うんうん」
 一人納得し頷くライム。
 その隣をにこにこと微笑んで歩むドリアッドの少女がいた。
「ライム様は……叫ばないのですか?」
 最果てに咲く薔薇・リコリス(a22105)だった。
「ん……」
 ライムが少し困った顔をするのを見て、彼女はもう一度くすりと笑うと、崖の淵へと駆けるように進み、大きな声で叫んだ。
「「ありがとうー!! 本当に愛してたんだよー!!」」
 彼女の声の響きと共に強い風が吹く。彼女の気づかれぬように流した頬の雫を吹き飛ばすように。
 あの気持ちは本当だった。愛してた愛してた、愛してた。
 ……投げる思い出なんか何もない……あるとしたら彼がくれた恋心……。
 もう恋なんて二度としない……そう決めた……。
「……」
 冷たい風を大きく吸うと、また微笑む自信が少し沸いた。
 笑顔を作って回れ右。
 難しい顔をしているライムが見えて、その横を彼女は笑顔で駆け抜けていった。

●月
 月が中天を目指し始める頃。
 空気も風もさらに冷たくなり、篝火の中央に焚き火をたてることにした。
 燃え立つ炎。揺れ動く影。
 ぼんやりと見つめる参加者達の耳に、笛の清涼な音色が聞こえてきたのはそんな頃だった。

 笛を口に当て、天華乱墜・シア(a25737)は瞼を閉じ、緩やかな音色を響かせていた。
 思い出のある曲だった。今ではもう、昔の話になるのかもしれないけれど。でも、この曲を弾けば、すぐにでも思い出せる人がいる。
 初めて好きになった人。……でも、もう今はいない人でもある。
(「……今の私を見たら、何て言うかな」)
 今の私は、凄く大切な人達に囲まれて、本当に幸せだから……。安心していいよ。
 見上げた空にあった美しい銀盤に向かって、シアは優しく微笑んで囁いた。
「……そっちに行くのは、暫く先のことになりそうだよ……あなたがくれた命で、もう少し、皆と一緒に生きてみたいんだ」

 瞼を閉じると、とても近くに波の音が聞こえた。
 足元からすぐ底の絶壁から遥か遠くに海は存在しているというのに。
「さようなら……」
 彼女はぽつりと呟いた。髪に咲いた桜の花びらが1枚闇に舞っていくのを、ぼんやりと目で追いながら。ティアは暫く黙って眺めて、それからゆっくり戻ってきた。
「早かったな?」
 皆の供養を見届けているライムがティアを迎えて微笑む。
「捨てる物なんてありませんし……」
 ティアは目を細めた。小さく囁いただけでも気持ちは楽になれる。ほんの少しだけでも前に進めたってことなんだから。
「……私、皆様のお手伝いがしたいです」
「じゃあ僕の横に立って、一緒に見守ってなさい」
「あ……はいっ!」
 ライムの心の傷を癒せたら……けれど彼の心はまだよく見えない。

●蒼
 ライムの視線はふと一人の少女に向けられていた。
 蒼き髪を持つ少女、エイル。彼女の回りには常に沢山の人が側についていた。
 シュゼット、グラシア、クラウディア、リューシャ、ティー。
 今日を限りに旅立つという彼女を見送る為という。
 何を話しているのか、微笑ましく話しているように見える。
 ティアやアリス達、女性陣達が作ってくれている暖かい料理を待ちつつ、ライムはその一座を遠目から再び見つめた。
「……はちみつレモンでも飲む?」
 話しかけたのは骸の園のイバラ姫・シア(a12072)だった。無言で受け取りライムはごくごくとおいしそうに頂いた。
「なんで私、ここにいるんだろう……。私は別に捨てたい訳じゃないんだけど」
「君が来たいと想ったから来たんだろう。僕も捨てられない。困ったもんだ」
 シアの呟きにライムは答えて、ごちそうさま、と手を合わせた。彼女は笑って、ライムに苦笑した。
「……皆の悲しみを聞いていると、心が痛くなるの」
「それはシア君が優しいからだ」
「……」
 見守るだけでも充分……。ライムは笑って、はちみつレモンを配りに他の人達へと向かっていった。

「もう……ほとんどの人が恋供養済ませちゃったのかな?」
 シュゼットが呟く。ふと気づくとさっきまで焚き火の側にいた人達は料理を作ったり、立ち話をしたりしている。崖の側に人はいなくて、見守るような位置にライムとシアが立っていた。
「僕も行って来ようかな……」
 シュゼットは小さく笑って立ち上がる。
 エイルは頷き、そしてゆっくりと彼女も立ち上がった。
「それでは次は、私……ですね」
「……大丈夫?」
 心配そうな表情のグラシアが、エイルを覗き込む。心配させまいと微笑むのに、どうして皆は悲しそうな表情をするのだろう。
 皆で崖の側まで歩き、その中から一人シュゼットが前に出て、崖の先端に向かった。
 自分の想いではないけれど、見ていられないあの人の代わりに叫んであげるのだ。
「兄さーーん!! そろそろ新しい恋見つけてもいい気がするーーー!!!」
 亡くなった姉を忘れないでいてくれる気持ちはわかるけど……。
 でも……。
 シュゼットは静かに月を見つめる。その横にいつの間にか、ティーが追いついていた。
「……わたしもいい、かな?」
「あ、うん!どうぞ」
 さがるシュゼットの横でティーも叫ぶ。ありったけの声で。
「あなたがいたから!……あなたと会えたから! わたしはここまで頑張ることができたの! ……だから、ありがとう……」
 誰かに聞いて欲しい気持ちで叫んだ声だった。
 届くかな……届かないかな。小さな胸の鼓動を聞きながら、ティーは静かに祈るのだった。

「……最後は私ですね」
 エイルは、彼女を愛する沢山の人々に見守られながら、けれど荊の棘の上を歩くような気持ちでゆっくりと崖の先端に立った。
 投げ込む物は何も無い……今更、私は何も持ってないから……。
「……想いを裏切るものは……想いに裁かれる……いつの日か必ず……」
 祈りのように呟き、瞼を閉じる。
 囁きの声は波の音に消されて、誰の耳にも届かない。
「……黄泉路は独りで……渡ります」

「エイル……」
 クラウディアは戻ってきたシュゼットと共にその後姿を見つめた。
 リューシャは瞼を伏せて、ただ、彼女の為に祈った。
 グラシアとティーも黙って見守るしかなかった。
 これを最後に彼女が旅立とうとしていることを彼らは知っていたから……。

●宴
「ライムさん」
 エイルの声で彼は振り返る。エイルは旅立ちの準備を整えていた。
「行くのか?」
 小さく頷いた後で、エイルはライムに告げた。
「貴方に昔何があったか……私には判りません。でも少し……ほんの少しですが、貴方の辛さは判るつもりです。同じではないけども……似た傷を私も持っているから」
「……その傷が君にはすごく痛いんだな」
 憮然とした不機嫌な表情でライムもエイルを見つめ返す。
「私は心底大馬鹿なので、この傷を消そうとは想いません。私に残った思い出は……この傷だけだから……」
 そうして胸を押さえるエイル。まるでその傷が宝物のように。
 ライムはさらに不機嫌極まりない表情になった。
「……僕は我侭なんだ。黙って見送るべきなのかもしれないが、僕は嫌だ。
 必ず戻ってこいエイル。あの後ろで君を見てる人達の為にも。
 そうじゃなきゃいつか迎えに行く」
「……む、迎えに?」
 無茶苦茶な論理ではあった。でもそういってぷい、とライムは他の人達のところに駆けていった。暫くしてから振り返り「絶対だからな!」と子供が駄々をこねるように叫んだ。
「……ライムさん」
「エイル……」
 心配そうに近づく仲間達。
 エイルは彼らに最後に優しく微笑みを返したのだった。

●沫
 千の旅路を旅人は巡り
 数多の出会いと別れを繰り返す
 白き地図を胸に旅人は巡る
 終わることの無き旅を
 ただ今は一度の別れ

 ジェネシスの歌はエイルに向けられたものだろうか。旅立つ人の背中に向けて響いている。
 その調べを聞きながら、ライムは気づくと独りで崖の先端へと歩んでいた。
 冷たい風に混ざって頬にあたった雫が、もしかしてその下にあるうねりから届いたものかと思ったのだが、その高さを見下ろし、そうではないことを理解した。
 そして漸く、それが雪の一片であることに気づく。
焚き火の回りの人の輪にもわっと歓声が響いた。
「……寒いと思ったら、雪とはね」
 心を捨てるなんてたやすいことじゃない。
 だから捨てようとここへ来た彼らの勇気には敬意を表する。本当に……。
 自分もだから忘れようと思う。思っていても仕方のないあの人のことは。
 何かを叫ぼうと思ったが言葉にならなかった。だからただ「わー」と叫んだ。それでも少し心は晴れた……そんな気がした。


マスター:鈴隼人 紹介ページ
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参加者:18人
作成日:2005/12/15
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