【砂糖菓子の花】富貴菊



<オープニング>


「……我の顔に何かついているか」
「い、いや、別に」

 毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は重たい息を吐いた。一体何だと言うのだろう。先程から冒険者と擦れ違うたび擦れ違うたび、奇異の視線を向けられている気がする。
「我は普段通り美形なだけだと言うのに……」
「美形は美形かもしれないですけど、寧ろ派手で驚いたんだと思うですよ」
 振り返ると深雪の優艶・フラジィル(a90222)が大層驚いた様子で立っていた。ティアレスの上から下までを眺め遣る。ティアレスは其の様子を不服そうな顔で見て、
「何だ。我は普段通りだが――未だ何かあるのか」
「いえ、こう」
 フラジィルが言葉に詰まっていると、蒼いドレスの裾を靡かせて荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)が遣って来た。二人の姿を見ると、普段と変わらぬ様子で小首を傾げる。
「……どうか、したの……?」
「ティアレスさんが普段より十割増くらい美形に見えて困ってるのです」
「ははは、正直な小娘だ」
 ぐりぐりとこめかみに拳を押し付ける大人気無い男。エンジェルは悲鳴をあげて、じたばたと逃亡を試みる。ついでに霊査士に向けて「助けてください」の視線を送ってみた。しかし霊査士は気付いた様子も無く、やはり小首を傾げている。
「……ティアレスは、いつも通りだと思うけれど……」
「えぇー?」
「見ろ、此れが普通の反応なのだ」
 ロザリーさんを「普通」って言っちゃ駄目です。
 胸のうちに浮かんだ思いを、賢明なフラジィルは言葉にしなかった。

「……ところで、ティアは何処かに行くの……?」
「嗚呼、忘れるところだったな」
 彼は手に持っていた紙――砂糖菓子職人からの招待状をひらひらと振ってみせる。
「サイネリアと言う花を再び大量に作ったらしい。菊のような花は作るのが難しいらしく、研鑽を重ねている間に作品の量が膨れ上がったらしいのだ。紅茶と共に味わいにでも行くかな、と思ってな」
 その双子の職人は砂糖細工、飴細工を駆使して花の形の菓子を作る。完成した品は、在る意味で本物の花以上に可愛らしい品にもなるのだ。砂糖はきらきらと柔らかな輝きを放ち、菓子特有の甘い香りがふわりと漂う。
 サイネリアの花はマーガレットにも似た花弁を幾重にも重ねる可愛らしい花。色は水色、青紫、赤紫、桜色と多岐に渡る。深い色、濃い色との変化もまた鮮やかだ。
 けれど霊査士は其れよりも気になったことがあった様子で、彼の顔を見遣って問う。
「……ひとりで? ひとりで、行くの?」
 ティアレスは短く沈黙をした。
「誘ってやらんでもないぞ」
 相変わらず砂糖菓子の花を作るには、費用と手間が掛かるのだ。招待客が居ないなどお話にならない。極上の紅茶と焼き菓子を用意し、パーティ会場である白い洋館をサイネリアの砂糖菓子で飾り立てた。
 そして招待客の宛に関しては――ティアレスに任せられているのである。

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参加者
NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●屋敷への来客
 白く美しい屋敷は銀の輝く雪が彩っている。
 暖かな家の中は清潔な白いテーブルクロスの上に、磨き抜かれた銀食器が並んでいた。青系統の美しい富貴菊を模った砂糖菓子の甘い香りが部屋に満ちている。毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は白い手袋で覆われた指先に、金の髪をひと房透かし、「ようこそ」と客人を出迎えた。
 ノヴァーリスはちらちらと菓子に視線を向けつつも、彼に祝辞を含め丁寧な挨拶をする。「そういう服、何処で買うの?」と素朴な疑問を口にすると「其の話は今度な」とはぐらかされた。
 可愛らしい富貴菊にうっとりしていたキクノも、彼を目にすると背筋を正す。赤面気味でぺこぺこと頭を下げ謝礼を述べるも、ティアレスは気にするなと薄く笑った。
「良かったですね、綺麗な女性が沢山集まって」
 くすくすと笑みを零してフィードが言う。全くだ、と頷く彼を見て目を細める。人を惹き付ける魅力を持つ人だとの思いを新たにもした。
「怪我の方は大丈夫なのか?」
 軽く手を挙げながらアールグレイドも声を掛ける。
「嗚呼、何とか完治に至った」
 手を胸の前に降ろす仕草で慇懃な礼を贈り、ティアレスは軽い口調で答える。
「この度は招待頂き感謝の極み。不調法者であるが、御容赦願えれば幸いかな?」
 ばさりと瀟洒な外套をはためかせ屋敷に足を踏み入れるギー。携えられた厚めの本まで揃いの調度であるようだ。
「お客様、そちらは通路となっておりますので、衣装比べでしたら奥のスペースで御願い致します」
 楚々と歩み出たグレイが入り口に詰まった男たちを追い払う。何故か主催側のティアレスも一緒に追い払われた。「やれやれ……」と溜息混じりにオーエンは肩を竦め、茶は手早く用意してくれよなどとホスト側をからかった。
 エルヴィーネなどは人垣の後ろで転んでしまう。ハンカチを握り締める彼女に、何の不自然も無く手が差し伸べられた。「大丈夫か?」と短く聞いて、返答も待たずにティアレスは奥の席を指し示す。
「お怪我には気をつけて下さい。御綺麗な顔に傷が付くと、多くの女性が悲しみますから……勿論、私も、ですよ?」
 戻って来たティアレスへ、ナオがにこりと微笑み掛ける。彼は目を細める間を置いて、
「オレは戦場に近い男だろう」
 笑った。
 ナーサティルグは窺うように視線だけ上げて、サイネリアの花束ですけれど、と囁いた。
「ティアレス様の手から頂く事はできますか?」
「無論だ。後で届けよう」
 ティアレスは笑みの形を変えぬままで頷き応える。その横を擦り抜けるようにしてサエが通ろうとするのを、ゼイムが紳士的な素振りで呼び止め席まで案内をした。
 茶会へ訪れた客人が揃うのは、丁度、雪がちらちらと降り始めた頃だった。

●暖かな紅茶
「サイデリアか……思い出すのぉ、ばぁさんと一緒にいったあの山で」
「御老体。花の名前が違いますが」
 ミットナゲットが持参した湯飲みに、白い陶器の清廉なポットから紅茶を注ぎ、ティアレスがツッコミを入れる。客人の持て成しを続けていたティアレスの目に留まったのは、「子猫ちゃん」「マイ・ロード」と呼び合う男女の姿だった。
「……ネタに乗ってしまう自分が悲しい!」
 お手製のアップルパイを机に置いたシュゼットは、悔恨に似た視線でファントムを睨む。しかし彼は、如何な視線を浴びても挫けない可憐な乙女(仮)であるので澄ました顔で殺気を流す。我に返ったティアレスが何故メイド服なのかを問い質すも、
「ちっちぇ事をいちいち気にしやがりまして♪」
 可愛らしく微笑んで、可憐な乙女(仮)は給仕へと戻って行った。
「てぃあれすおにーちゃん……」
 思わず固まっているティアレスの袖を、くいくいと引く者が居る。
「ろいやるな……みるくてぃー、すき」
 じぃっと見上げられ、ティアレスは仮面のような顔で沈黙した。とても可愛らしい格好をした可愛らしい少女に見える。見えるのだが。
「……嗚呼、判った。作って来よう」
 じゃれつくリスリムの頭を撫で、ティアレスは何かを諦めたかのような清々しい顔で笑った。

 ぼんやりと中空を見詰めて、目を閉じる。
 思い出される楽しい思い出を想えば込み上げるものもあり、いけないわ、と首を振る。そんなルーツァのふわふわの髪を軽く叩くようにして撫で、ティアレスは横を過ぎて行った。叩かれた頭を抑え、嬉しいような怒ったような複雑な笑みを浮かべる彼女へ、ハルはそっと菓子を差し出す。手作りの甘いアーモンドヌガーと可愛らしいミニシューは、とても優しい味がした。
 ティアレスに「此処まで人が集まったのは人徳かな」と声を掛けると、彼はあっさりした口調で「寧ろ顔だろう」などと片眉を持ち上げた。ふぅん、と考え込みながらグラースプは甘い菓子を堪能する。
「貴女のことを愛しております……ロザリー」
 ぶほっ。
 突然な愛の告白に数人が激しく咽た。
「ランドアースでは相手に確りと気持ちを告げねばいけないのだと、最近気がついたもので……皆様如何されましたか?」
 怪訝そうに周囲を見遣るジェネシス。霊査士は小首を傾げて、「そう……? 有難いわ……」と白いカップを傾けた。
(「この状況どうしたものか……」)
 色々なものに戦慄しながら、口元を拭うエン。
 アレクサンドラの手にしたカップは、カタカタと小刻みに震えていた。「面白そうな席」を所望したところ案内されたのは此処だったのだ。内心でティアレスに恨み言も言う。

●ちらつく白雪
「凄いですぅ、お砂糖のお花、こんなに沢山……ふゃぁ、きれいですぅ〜」
 無邪気に微笑むアスティナは、彼の傷が癒えたことに内心非常に安堵していた。其の気持ちを良く理解していたノヴァリスは全てが堪え難く、彼女の身体を抱き寄せる。赤面しながら、「一緒に来れて良かった」と早口に告げた。
 窓の外をちらちらと舞い落ちる白雪へルーシェンが目を留めている間に、マオーガーは素早く菓子を平らげて行く。彼女手製のクッキーは、味も形も彼女らしいものだった。
 オルフェは深く溜息を吐いた。お目付け役は、がっしりと彼の服を掴んだまま眠りこけてしまっている。雪の舞う外へ出て行きたい誘惑は強いものながら、ルフィアの解放は望むべくも無い。
「こうしてると、なんだか幸せな気分になりますね」
 共に出掛けれたことが嬉しくて、いそいそと世話を焼きながらコーリアが微笑む。彼女が用意したレモン風味のスノーボールクッキーが心に染み入る。ミューレルは辛い思いに蓋をして、嬉しそうに頷いた。
「美しい蝶を、この花園に招待できて嬉しいですョ」
 能天気な笑顔を浮かべてジョアンは言う。何と言っても初デートであるし、彼女への感謝や親愛の気持ちは多大なるもの。しかしアンジェラは先程から口篭ってばかり。はっきりとした言葉を願うような、乞うような、期待と不安に満ちた瞳の赤が美しかった。
「美味しいわ、ね……」
 彼の隣で頂く紅茶は格別などと、口にはせずにアティは思う。幸せを噛み締めている彼女の前で、ガルスタは何故か渋面だった。楽しい会話の難しさに苦悩している。
「若さが欲しい……」
 唇から洩れた呟きは、酷く切実なものだった。
 可愛らしい砂糖菓子を一口で平らげる少女を見て、スイトは浅く溜息を吐いた。「前回ほどは食べないですからねっ」と言い訳するネミンに苦笑を向けながら、彼は暖かな紅茶を注ぐ。綺麗になった皿は、給仕を申し出たコーガの手によって素早く片付けられていた。
 砂糖で出来たサイネリアに見蕩れていたネフィリムは、ふと自分が見られていることに気付く。
「あ、お菓子どれか取りましょうか?」
 慌てて焼き菓子を取り分けるも、ヴィアドは優しく微笑むばかり。離れて居たとは言え、彼女が傷付けられたことには胸が痛んでいた。
「……一緒に居る時間が、一番落ち着くから」
 俄かに、微かに照れた。ベタ惚れなのだと自覚して、笑みが甘く崩れてしまう。

●甘い砂糖菓子
「これを髪飾りにできたら綺麗だろうな……そしたら、ジルちゃんにあげるのに」
 そわそわと視線が泳がせながら、何気ない様子でヴィンが言う。フラジィルは林檎のクラフティを貰いながら、「砂糖菓子の髪飾りなら、ジルは食べてしまうかもしれません……」と大真面目な顔で呟いた。
 彼女の頭をぽふぽふと撫でてやりながら、ケネスは向けられた視線に何とも言えない感情を浮かす。視線を逸らした様は、照れたようにも困ったようにも窺えた。リューシャはくすくすと笑いながらプラリネショコラを並べ、「甘くて美味しいですよ〜」と微笑んでいた。
 お茶会独特の楽しげな雰囲気に身を浸し、シアも幸せそうに笑みを零す。甘い香りが漂うたびに、来て良かったと頬が緩んだ。作法を気にして菓子を食べれずに居たソウェルも、フラジィルら旅団員が固まっているのを見つければ顔が明るくなる。何だか皆普段通りで、余り畏まっても居ないようだ。

「俺はその辺の娘より可愛いし、豪華絢爛なティアレスと並んだらきっとお似合いなんだから!」
「……御似合い云々で言うのであればロザリーを引き合いに出すぞ?」
 俺が年上だとか男だとかは些細なことだと主張するミナに、ティアレスは疲れたような声音で答えた。確かにこの男とあの霊査士が並ぶと、其の場の世界が変わる。
「わたくしのことは口説いて下さらないのかしら?」
 ティアレスは眉を顰めた。ハイネが続けた「わたくしのこと、年端もいかない小娘とでも思っていらっしゃる?」の言葉で眼差しが僅かに冷える。
「貴様は小娘だろう?」
 薔薇の生えた髪を指差し、切り捨てるように告げた。
「例え貴様が成熟した女だとて、我は口説く為に此処に居るのでは無い」
 場所柄を思い違うなと残し、彼は次のテーブルへ行く。
「……成る程、面白い御方のようですね」
 紅茶を飲みながらルーツは静かに呟いた。
「眉目秀麗っていうやつね。何時までも其の侭で居て欲しいわ」
 同じく紅茶を飲みながらレインが言う。内面と外面に軽く触れた彼女の発言に、シュシュは肯定に近い笑みを見せた。美味しそうなマフィンやスコーンを彼女らに取り分けて遣りながら、「富貴菊」の響きと彼の姿を照らし合わせる。
「見るだけの価値はあったわね」
 独り言のように呟いて、フランネルは砂糖菓子の花を翳す。繊細に作られた美しさを眺めると、視線を流してティアレスを見た。此れが何かの縁になるかは、未だ判らない。

●穏やかな午後
 其の頃のジィーンは、菓子職人を探して厨房へ入っていた。実は花束に細工して欲しいのだと言うような事柄、使用用途を告げる。
「花言葉は……贈り物には向かないかもね」
「何より、お土産用の分は全部束にしちゃったんだよねー」
 ごめんねー。双子の職人は、笑顔で彼を労わった。

「ティアレス様、どうでしょうか?」
 頬をほんのりと紅潮させながら、リウナは彼の表情を窺う。黒胡麻プリンをひとすくい食べたティアレスは「愛らしい女性からの差し入れは常に有難いものだ」と淡く笑った。
 おずおずと何やら言いたげであるらしいカノンを目に留めると、ティアレスは「如何かしたのか?」などと久方振りに甘い微笑を浮かべ、彼女に視線を合わせる。
「……け、怪我は大丈夫ですか?」
「嗚呼、大丈夫だ」
 更に笑みを深くして答える横で、レープはショートケーキを嬉しそうに食べている。可愛らしい苺のタルトを摘みつつ、キラは砂糖菓子の花の愛らしさに頬を緩めた。
 サイネリアの花は元々が鮮やかで美しいものながら、砂糖菓子の花もまた繊細に作られた美しさを持っている。ファオは目を細めて、小さな囁きを零した。

「ティアレスさん、紅茶を一杯付き合って貰えるかな?」
 呼び止められた彼は、ふむと唸る。
「ユエルダの誘いであれば断れんな」
 至極当然と言った仕草で彼の横に腰掛けながら、ティアレスは答えた。
(「女の方だけで無く、男の方まで……やっぱり罪な男です……」)
「……レン、おまえ何か不穏なことを思っていないか」
「いえ、何も?」
 惚けながら紅茶を啜る。久し振りに見る彼は、やはり相変わらずの彼だった。
「外は凍えるように寒いけど、美味しい紅茶は心から温まる感じがするわー」
 ティーナはにっこりと笑ったが、ティアレスは静かに微笑んで「無理はするなよ」と食い違った言葉を返す。序でに「余り遠慮もするな」と肩を竦めた。
「砂糖菓子の花って綺麗だね……食べちゃうのが勿体無いけど、やっぱり食べてこそ、なのかしら?」
 呟いたアリシアに、ティアレスは彼女が作ったケーキを指した。紅茶の香りがする柔らかなシフォンケーキをフォークで一口掬い取る。
「おまえも。食べて貰う為に菓子を作るのだろう?」
 咀嚼を終えると再び唇を浅く開いて、ふうと息を吐きながら「やはり菓子の類は紅茶と合うな」などとティアレスは呟いた。
 砂糖菓子の花を振る舞い御茶会第二弾は、初回よりも更なる盛況のうちに終わった。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:61人
作成日:2005/12/14
得票数:恋愛20  ダーク1  ほのぼの31 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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