【読書の時間?】遺品日記



<オープニング>


●その夜
「リー君」
 水晶の表情、水晶の声。15歳になる僕の妹は、いつも通りに綺麗だった。だがいつもは、夜更けに僕の寝室を訪れたりはしない。

 ――余談だが、綺麗というのは決して身内の贔屓目ではない。実際、恥ずかしがり屋の村の男達はさておき、近くの町からも、妹と付き合いたいという男達が毎日のようにやって来るのだ。
 ただどうしてか、まだ誰も妹の承諾を得られてはいないようだった。

「どうした、こんな夜中に?」
「これを読んでくれ」
 妹が右腕を差し出すと、夜着の袖が少し下がった。触れば折れる硝子細工のような手首を見てはいけない気がして、すぐ目線を腕の先端に移す。
 妹が持っていたのは父の日記だった。ついさっき、あまりに雑多で整理しきれずにいた遺品の中から見つけたのだと言う。

 ――母は幼い頃に他界し、男手ひとつで厳しく僕達を育ててくれた父も、1年前に亡くなった。だから妹が嫁ぐまでは、僕が責任を持って見守らなければならない。
 誇らかな責任感と少しの寂しさを感じながら、僕はそう決意していた。

 日記を受け取った僕は何となしに初めのページを読んで……驚いた。
 日付は僕の誕生日と聞かされていた日で、簡潔にこう記してあった。
『橋の下で赤ん坊を拾った。我が子として育てよう。名はリギーとする』
 リギー。僕の名前だ。
「僕は……捨て子だったのか?」
 その後、母と結婚したこと。父と母の間に妹が産まれる。母の死……。むさぼるようにして読み終えた。
 衝撃的だったが、気分は悪くなかった。むしろ拾い子の僕を実の娘と同様に育ててくれた両親を改めて尊敬する。
「リー君」
「ああ、僕は大丈夫。むしろ」
「結婚しよう」
「そうだな。結婚……ええええええええぇっ!?」
「そんなに嬉しいのか? ……私もだ」
「違うよ! 僕達は……」
「血の繋がりはない。村の掟によれば結婚は可能だ」
「いや、でも」
「リー君は私を愛していないというのか?」
「そ、そうじゃないけど、それは妹として」
「じゃあ妹としても、女としても愛してくれれば良い」
 そんなこと可能なのか? 僕は混乱した。
 さっきから妹が両手を後ろに回し、背伸びして至近距離で僕の顔を覗き込んでいるのも混乱に拍車をかける。
「私はもうずっと、リー君を肉親以上の存在としても愛している。
 リー君が私の半分しか私を愛していないなんて不公平だ。
 リー君はそんな不平等で理不尽な状態を私に強いるというのか?」
 もう頭が回らない。
 僕は妹を抱き寄せた。
 妹は目を閉じて僕の首に手を回し……、
 爆発した。僕も爆発に巻き込まれて体を引きちぎられた。

 死に際の回想もここまでのようだ。僕の意識は消える。

●釈明
 と、ここで霊査士は紙芝居を置いた。
「爆死したリギーの遺品を霊視したところ、以上の回想が読み取れました。
 爆発攻撃を仕掛けた犯人も分かりました。突然変異したゴキブリです」
「長過ぎる前振りじゃないですか?
 村人2名爆死、だけでも話は通じるのでは……」
 エルフの紋章術士・カロリナが口を挟む。
「いえ、この回想紙芝居の何処かに、敵の習性を知るヒントが隠れているはずなんです」
「?」
「2人が爆発ゴキブリに殺されてから数日経ちますが、新たな犠牲者は出ていません。
 あの2人だけが何らかの条件を満たしていたために攻撃を受けたということです。
 爆発ゴキブリがまだ村の中にいるのは霊視でわかっていますから」
「その習性を解明して攻撃を誘わなければ、敵を識別できないということですか」
「ええ。爆発攻撃を仕掛けて来ない分には、ターゲットはただのゴキブリです。
 村中のゴキブリを殲滅できるなら問題はありませんが、それはやや厳しいでしょう」

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
大凶導師・メイム(a09124)
博愛の道化師・ナイアス(a12569)
北落師門・ラト(a14693)
緩やかな爽風・パルミス(a16452)
青の金糸雀・ジョディ(a20217)
雷獣・テルル(a24625)
しっぽふわふわ・イツキ(a33018)
NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>


「えーと、『血の繋がりはない。村の掟によれば結婚は可能だ』『いや、でも』」
 まだ冒険者の酒場。霊査士がもう一度紙芝居を上演していた。それを光彩の紡ぎ手・ジョディ(a20217)は熱心に見つめている。
 ゴキブリの攻撃を誘うため、雷獣・テルル(a24625)と共に状況を再現した寸劇を行うことになったジョディは、セリフと動作を覚えるためにもう一度紙芝居を見せてもらっているのだった。
「……なんか、切ない話っすよね……。これ以上被害が出ないうちに、なんとかしないと」
 横で見ていたテルルがしんみりと呟く。
「……まぁ、何と言うか、運の無いご兄妹だ……」
 しっぽふわふわ・イツキ(a33018)の声はハンカチで鼻を押さえているため少しくぐもっていた。
「イツキさん、どうしたんっすか?」
「済まぬ。飲んでいた酒を鼻から吹いてな……」
 すわ誘拐か、すわ不治の病かと、あらゆる悲運を想定して話の終わりを待っていたイツキはゴキブリに殺されるというオチで吹いてしまったのだ。まだ鼻の奥がじんじんしている。
「そ、そうっすか。……あ、終わったみたいっすよ」
 見ると、霊査士の紙芝居が終わったところだった。
「じゃあ私はこれで。良ければこの紙芝居もあげますよ」
「ありがとうございます」
 ジョディは霊査士から紙芝居を受け取ってパラパラと眺める。イツキもジョディの後ろから覗き込んだ。
「むう。妹殿の服装は分かるが、リギー殿の姿はよく分からぬのだな」
「私はリギー本人の記憶を少し覗けただけですからね。それに被害者2人のことはほとんど聞いてなかったので、その紙芝居が全てです」
「そういうものか」
 イツキたちは霊査士の背中を見送った。


「何でゴキさんは〜、2人だけを攻撃したんでしょうか〜。似たような状況は〜、恋人同士なら〜、あっても良さそうですよね〜?
 ひょっとしたら〜、兄と妹の禁断の関係とか〜、特殊シチュエーションじゃないと駄目なんでしょうか〜?」
 何やら大きな荷物を担いで歩きながら、緩やかな爽風・パルミス(a16452)は考え込んだ。
「2人だけ攻撃された理由、各自の推理を相互確認しておきたいのだが」
 不吉の月・ラト(a14693)があまり開かない口を開いて言う。
 冒険者達は事件のあった村へ向かう足を止めないまま、顔を見合わせた。
「実は義理だった兄妹、妹は隣町からも求愛されるほどの美人で、兄も恐らく善い男なのだろう。それが狙われたという事は……」
 大凶導師・メイム(a09124)はもう一度自分の考えを見直すように腕組みする。
「件のゴキブリはカップルの天敵ともいうべき存在に変異したもので、周囲の嫉妬力を吸収する事によって標的に突撃し爆発するのではないだろうか。
 実際フォーナやランララが近付く度に、ランドアース中に似たような存在が現れているのだ」
「フォーナ祭を間近に控え、嫉妬に狂った者達の怨念でしょうか?」
 博愛の道化師・ナイアス(a12569)は整った顔を暗く曇らせた。
「今回は死者も出ていますし、笑い話では済まされませんね」
「うむ」
 深刻な表情で頷きあうメイムとナイアス。
「一定時間以上呼吸を止めている生物がいる、若しくは呼吸を止めている生物が複数いる、というのが我の仮説だ」
「俺は一番怪しそうなのは日記な気がする。変異蟲が日誌に潜んでいて、日誌に触れて何かしたものを爆殺する、っていうところだと思う。
 何をしたら、かは思いつかないけど……なんだろう?」
「いや、想いを寄せ続けた兄上と、実は血が繋がっていないと知って、妹殿の中で、何がしかの枷が外れたのではないか?
所謂『カミングアウト』という奴だ」
 ラトに続いてテルル、イツキが考えを述べる。
 それ以外に仮説は出ず、やがて事件の起きた村に到着した。


 村長が冒険者達を出迎え、事件現場に案内してくれた。
「2人の亡骸は埋葬しましたが、他はほとんど触っておりません」
 その村長の言葉通り、寝室中央の床が少し焦げていて、その傍に今は殺された2人の遺品にもなった日記が落ちていた。
 エルフの紋章術士・カロリナが日記を拾い上げてページをめくる。が、
「中は焦げてしまってほとんど読めませんね。それと何も潜んではいません」
「初めからいなかったのか、2人を殺した後で逃げ出したのか……」
 テルルは難しい顔で腕を組んだ。
「とりあえず〜、当時と同じ状況にするには〜、夜まで待たないといけませんよね〜」
「テ、テルルさん、それまで練習しましょう」
 ジョディが既に恥ずかしさで赤くなりながら言う。
「ではメイムさん、ジョディさんの口調の演技指導をお願いします。亡くなられた妹さんとメイムさんの話し方は似ているようですから」
「分かった」
「お願いします。徹底的にまねをするのです」
 ナイアスの指示にメイムは頷き、ジョディはメイムに頭を下げる。
「兄役のテルル殿は……適当にやってください」
「適当!?」
「まぁ、そうですね……、一人称は『僕』ですから、『俺』と言わないように注意してください」
 驚くテルルに、すごく適当な指導をナイアスは飛ばした。

 ジョディとテルルは練習を始めた。2人の様子を期待を込めて見守りながらも、残りの7人は暇になる。
「時間もありますし〜、お弁当でも食べませんか〜?」
 パルミスの荷物はお弁当だった。おにぎりと、唐揚げ、出汁巻き卵、アスパラのベーコン巻きなど冷めても美味しい物に、野菜サラダや果物が並ぶお弁当がリギーの家の食堂で振舞われた。
「うちのお店で出す商品なんです〜。試食だと思って〜、遠慮しないで食べてください〜。たくさんありますから〜」
「ああ、お肉は久しぶりです」
「カロリナさん、野菜もちゃんと食べないと駄目ですよ〜」
 パルミスはカロリナに釘を刺す。
「はい、野菜も久しぶりですから。何もかもみな懐かしいです」
 そんなやりとりが交わされる中、日は落ちていった。


 夜になり、全員がリギーの寝室に集まった。寸劇は本番を迎えようとしている。
(「っても何で俺が兄役なんだーっ!? ってか、これで出てこなかったら……あのシチュエーションて、その、先までやると、き、き、キスとか、そ、そ、その先……いやいやいや!?」)
 テルルは錯乱していた。昼から練習していたのに何故いまさら錯乱するのかと問う者は、本番という言葉の持つ魔力を分かっていないのだ。その証拠にジョディも改めて赤くなり、緊張している。
「村の人の安全のため……ですけど、やっぱり恥ずかしいですよぅ……」
「2人とも、相手が本当に好きな人だと思って演技してくださいね。もし、どうしても難しいようだったら私も助けてあげますから……」
 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が2人に声を掛けた。具体的にどうするのか分からないが、助けてくれるという言葉でジョディの緊張は少し和らいだらしい。
「分かりました」
 とラジスラヴァに頷き返す。
「……出てきてくれる事を祈ろう。彼女にばれて、殺されたくないし」
 テルルも覚悟を決めた。
「失礼する」
 イツキが鎧聖降臨を使い、ジョディの服を紙芝居で妹が着ていたような黒い夜着に変える。続いてテルルの鎧もそれらしい夜着の形に変えられた。
「私達は物陰に隠れて警戒しましょう。相手は一匹見掛ければ30匹はいると言われる黒い悪魔、G。一匹だけである保証はありません……。しかも今なら嫉妬パワーで当社比410%増の戦闘力……」
「お、脅かさないでください」
 ナイアスの話に、ゴキブリが苦手なラジスラヴァは怯えた。
「すみません、冗談です。……いや、でも可能性としてはあり得なくも……」
「は、はやく始めましょう」
 難しい顔で話しを続けるナイアスを黙らせるため、ラジスラヴァが合図を出す。
「リ、リー君」
 少しつっかえながら、ジョディが最初のセリフを発した。

「困りましたねぇ」
 ラジスラヴァが小さく呟く。ジョディとテルルの芝居は、やはりどこか硬くぎこちなかった。
「これを読んでくれ」
 とジョディはセリフをメモしておいた紙をこっそり見ながら、やや焦げた日記をあらぬ方向へ差し出す。テルルは日記を受け取ろうとするが、2、3度ゆびさきを日記にぶつけてしまい、その後ようやく掴んだ。
「仕方ない……えいっ」
 ラジスラヴァが意識を集中させると、淫靡な香りを放つ紫の煙が室内に発生した。

 ラジスラヴァが使った放蕩の宴は、部屋中の者の気を大きくさせた。ジョディとテルルの緊張はさらに少しほぐれ、劇はスムーズに進んでいった。
「わ、私はもうずっと、リー君を肉親以上の存在としても愛している……」 
 告白が終わり、テルルの首に手を回してジョディは目を閉じる。気が大きくなっていたが、それを差し引いてもまだ緊張する場面だった。どきどきと早鐘のように心臓が波打ち、息もできないまま時間が過ぎる。
 10秒……20秒……30秒……。何も起きなかった。と、
「妹が村一番の美少女で、自分に道ならぬ想いを寄せ続け、あまつさえ実は血が繋がっていなかったなど、有り得ん! 何処の夢物語だ!」
 イツキが嫉妬に満ちて叫んだ。彼の両目から流れ落ちるのはランドアース1千万お兄ちゃん属性を代表して流す血の涙だ。
 驚いて緊張状態を吹き飛ばされたジョディは息が出来るようになってしまった。が、変化はそれだけで、やはり敵の攻撃はない。
「単純な再現劇では駄目、嫉妬の力を吸収する説も駄目か」
 物陰から出てきたメイムが言う。
「俺もジョディさんも息を止めていたけど……」
「それも違うか」
 テルルの言葉に、ラトは少し考え込んだ。そしておもむろに手招きしてカロリナを呼ぶ。近づいてきたカロリナに、ぽんと本を手渡した。
「? 良い本ですね。もしやもらって良いんですか?」
「うむ。……強い驚きや喜びがトリガーならこれでと思ったのだが、驚かぬな?」
「最近みなさんがやたらに何かくれるので、喜びはともかく驚きはなくなりました」
 無駄に偉そうに語るカロリナ。
「驚きか……。じっ……実は拙者、もう3日もパンツ洗っておらぬ!」
「ええっ!」
「なんと」
 イツキのカミングアウトに、驚いたり呆れたり引いたり白い目で見たり鼻をつまんだりのリアクションが起こる。が、やはり爆発は起こらなかった。
「あ! 日記を持った人間が驚くのでは……?」
 テルルが劇の途中で寝台の上に置いておいた日記を見る。放蕩の宴で理性が緩くなったせいで、思いついたら試してしまおうという状態に置かれていた一同は、段取りが悪くなっていた。
「そうか。ではカロリナさん」
 メイムがカロリナに日記を渡す。次にカロリナを情熱的に抱き締め、軽くキスした。そして顔を見つめながら
「君が好きだ」
 と言う。
「メイムさ……」
 どぉん! という激しい音と共に、メイムとカロリナは爆発に巻き込まれた。
「メイムさん、カロリナさん、大丈夫ですか!?」
 一般人とは違い大したことはなさそうだったが、ジョディが2人にヒーリングウェーブを掛ける。
「あそこです〜。見つけました〜」
 ベッドの下から這い出てきたパルミスが天井のゴキブリを指差した。
 途端にナイアスの緑の束縛がゴキブリの動きを止め、ラジスラヴァがファナティックソングでゴキブリを倒す。と同時に、恍惚状態に入ってゴキブリの死体が降ってくる恐怖から逃れた。


 冒険者達は村長に案内され、リギーと妹が眠る墓の前に立っていた。テルルがそっと墓に花を添える。
「ありがとうございます。これであの姉妹も浮かばれるでしょう」
「…………え、姉妹?」
 テルルが聞きとがめた。
「え? ああ。正確には血が繋がっておりませんから姉妹ではないですな」
 村長が答える。
「そうではなくて、リギー殿は女性だったのか?」
 とイツキ。
「そうですが……あれ? お話しておりませんでしたか?」
 ジョディはまだ寸劇の恥ずかしさが残っていたが、急いで紙芝居を見返してみた。確かにリギーは自分の性別に言及していないし、兄と呼ばれてもいないが……。
「この村では同性どうしでも結婚できるのか?」
 メイムが訊く。
「ええ。なかなかとんがった掟の村でしょう?」
 村長はやや自慢げだった。

「結局〜、何でゴキさんは〜、2人を攻撃したんでしょうか〜」
 身軽になったパルミスが呟く。お弁当の余りはカロリナが背負っていた。
「日記を持った者の強い驚きに反応したか、女性同士の至近距離への接近に反応したか、どちらかだろう」
 ラトが答える。
「あれが最後のGとは思えない。いつか第二・第三のGが……」
 遠くの空を見つめてナイアスがそう呟いたので、ラジスラヴァは青ざめた。


マスター:魚通河 紹介ページ
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雷獣・テルル(a24625)  2009年09月12日 13時  通報
カロリナさんと一緒のときの俺って、基本的にダメな助手兼驚き役だよね。