【黄金の果実】黒桔梗の森〜銀の雷虎〜



<オープニング>



 噂は時として愚かしいものだ。
 人の言葉を介して伝わり、本来の姿を歪めたまま広がっていく。……期待だけを膨らませて。
 『黄金のプラム』もその一つであろう。
 ただ他の噂のように聞き流せないのは、その果実が実っているという場所に要因がある。
 ――『黒桔梗の森』――。
 普通の人間では踏み込めない危険な領域。
 いや、冒険者であっても命の危険は避けられない。
 そんな場所に実る『黄金のプラム』。
 もはや行くしかない。
 貴方は、この噂を聞いてしまったのだから……。


「これが……噂の果実か」
 夜駆刀・シュバルツ(a05107)は、拍子抜けするほどの楽な探索に驚きを隠せなかった。
 優れた仲間と共に森の奥まで進んでも、モンスターの影すら見かけない。
 それなのに面前の巨樹には、黄金の輝きを放つプラムが姿を見せていたのだ。
 確認できる数は一つ。だが情報通りの色形、そして輝きである。
「よし、回収するぞ」
 静かな森の中へ一歩を踏み出すシュバルツ。
 だが彼は、違和感らしきものを拭えないでいた。
 確かに今まで、モンスターの気配は無かった。それどころか生き物の気配さえなかったのだ。
 そう――弱小なる生き物達は、身を潜めて姿を見せない。
 恐るべき存在から逃げるために……。
 そして今、逃げることもなく身を晒しているのは、果実に誘われた冒険者達だけ。
 弱き者よ。
 喰われるがよい!


「影……? 上か!?」
 巨大な影を一目見て、冒険者達は瞬時に飛び退く。
 直後、大地を震わせ大気に電撃を放ちながら1匹の獣が下り立った。
 冒険者の目に映る四本足のモンスター。
 全身に鎧のような金属片を纏い、その隙間からは銀色の体毛と巨大な翼が姿を見せている。
 見た目は重厚で鈍そうだ。しかし上空から下り立つ様は軽やかで、とても鈍そうには見えない。
 今の今まで姿を隠せていたことも、鈍足な獣に出来ることではないのだ。

 長く鋭い牙と複数の角が、逃げ散らばった冒険者達を見定め選ぶ。
 それはまるで、黄金のプラムへ手をかけようとした者を確認するかのよう。
 果実を護っているのか?
 それとも果実に誘われた愚か者を喰らいに来たのか?
 どちらにせよ、すでに戦いの幕は開けてしまった。
 目的の物を手にしたくば、――獣に刃を突き立てよ!

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参加者
蒼氷の忍匠・パーク(a04979)
夜駆刀・シュバルツ(a05107)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
嵐との契約者・ヴィナ(a09787)
蛍の守護騎士・ジーク(a10348)
蒼静の奏風・アルス(a16170)
銀翼の光輝・ガル(a18436)
星夜の翼・リィム(a24691)


<リプレイ>

●食前の運動!
 凄まじい怒気が大気を覆い、流れ飛んだ電撃が枯葉を消滅させる。
 大地に爪を立てた銀の雷虎は、すでに八名の血肉を食い物としか考えていない。
 無論、多少の抵抗は余興の範囲。
 さぁ、虫けらどもよ。小さな牙で我を楽しませてくれ!

「一筋縄では行かないと思っていたが、ここまで突き刺さるほど殺気を放つモンスターがいるとは…」
 夜駆刀・シュバルツ(a05107)は、手に入れるべき黄金のプラムを破損させないよう仲間達を後退させつつ、同時に雷虎を取り囲むようにも指示を出していた。
 仲間達はゆっくりと、敵の動きを見定めながら陣形を整える。
 その結果、いち早く自らの鋼糸を強靭なものへと強化させていた、蒼氷の忍匠・パーク(a04979)を含む五名がモンスターの前に立ち塞がる事となった。
 雷虎は未だに攻撃を仕掛けてこない。
 余裕なのか?
 何かを狙っているのか?
 緊張感高まる生と死の境界線において、沈静の奏風・アルス(a16170)は竜風魔剣『カナシス』を強く握り締めてしまう。
「相手は強敵か…久しぶりだなこの感覚は…」
 静かに言葉を紡ぐアルスは、そんな非現実的な感覚の中でも表情一つ変えることは無かった。
 冷静であることが生き残る秘訣。
 それは気を高めて護りの体制を整えていた、蛍の守護騎士・ジーク(a10348)にとっても承知の事実である。
 だが今回は、モンスターを見定めているだけでは不十分なのだ。
 最後尾で皆の治療に力を尽くそうとしている、饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)は重傷の身。
 注意を払っていなければ、死者を出す事に成りかねない。
「さて…まずは落ち着いて行こうか」
 準備万端のジークが、雷虎を正面に見据えて放った一言。
 それが戦いの始まりを告げるのであった。

「いくぜ!」
 モンスターを射程範囲内に捕らえた、星夜の翼・リィム(a24691)は、気合と共に一枚のカードを投げつける。カードには血塗れの虎が描かれ、雷虎の辿るであろう不幸な運命を示唆していた。
 ところが気合十分の雷虎は、いとも容易くカードの動きを読み、続いて放たれたシュバルツのカードも寄せ付けない。
「ならば…、これを避けれるか…?」
 俊敏な雷虎の足を止めるべく、アルスが放った木の葉の束縛。だがそれも、用心深く周囲を警戒していた雷虎にとっては舞い落ちる枯葉同然である。
 冒険者を挑発するかのように、大角から放電を行う雷虎。
 素早さに自信を持つこの虎は、遠距離でしか攻撃してこない相手に少しばかりの油断を持ち始めていた。
 そんな時である。雷虎が己の間合いに危険を感じたのは。
「では…いきますね!」
 気付いた時にはもう遅い。
 嵐と共に・ヴィナ(a09787)の操る両手剣『パンツァー・ツヴァイハンダー』が、雷虎の身を切り裂いていたのだ。
 とっさに間合いを取る雷虎。
 その表情は怒りと殺気に満ち、自らを傷つけたヴィナを睨み潰すかのようだ。
(「……隙を突かせてもらうぞ」)
 血を流す猛獣の側でチャンスを窺う、唄姫を見護る白き翼・ガル(a18436)。
 戦場全体を見つめる彼の前では、命の貪り合いが幕を開けようとしていた。

●刺して喰え!
 ヴィナの一撃が、場の空気を一変させていた。
 変幻自在に雨の如く繰り出されるパークの攻撃に、真正面から回避を無視して反撃に出る雷虎。
 背後から襲い掛かったガルの無音攻撃にも、避ける気配すら見せない。
 それどころか攻撃を鎧で受け止めると、自分に刻まれた傷を倍にして返すかのように、自慢の爪をパーク、そしてヴィナの身に突き立てるのであった。
「求める者は命を削られる……、これが禁断の果実たる所以か」
 必死に仲間の回復にあたっていたアレクサンドラは、護られている自分の立場に歯がゆさを感じずにはいられない。
 しかも、癒しを与えたにも拘らず出血が止まない者まで現れたのだ。
 見ればパークの肩には、折れた爪が深く食い込んでいる。
 今まで優勢に雷虎の体力を削っていた前衛の一人が脱落。これには、ようやくカードの攻撃を命中させていたリィムも、撤退の二文字を想像してしまう。
「これは…回復が必要だな」
 周囲の状況、特に怪我人の安否に気を配っていたジークは、すかさず力のこもった歌で仲間の治癒に動き出していた。
 そんなジークの行動を後押しするかのように、シュバルツのカードが雷虎の頭部を黒く変色させ、アルスの放つ光球が巨体を押し弾く。
 戦況は互角か?
 いや、パークが回復し前衛に戻れば、勝機は十分に――。
 白銀の刀身が美しい『凰呀』を手に、状況分析を行っていたシュバルツ。ところが、その考えは一気に吹き飛んでしまう。
 雷虎が巨大な翼を広げたのだ。
 上空へ逃げる!
 誰もがそう考えた。
 だが現実は違う。翼を広げた雷虎は、その状態で真横に跳ね飛んだのだ。まるで、撃ち放たれた一本の矢であるかのように!
「はぅっ!!」
 ヴィナは避けられなかった。全ての行動に素早く対処するつもりだったのに……、その考えが返って気の拡散を生んでいたのだ。
 ある程度の対応を全てに取ると言うことは、どの攻撃に対しても中途半端な反応になることを否めない。人は万能ではないのだ。
 結果としてヴィナは、腹部を大角で刺し貫かれながら、強力な電撃をその身に浴びることとなった。
「ああああああーーーーー!!!」
「助け出せ!」
 シュバルツの号令一過、仲間達はその持てる力を一気に振り絞る。
 気の刃で雷虎の足元を狙うガル。
 高速の多重攻撃で接近戦に挑むシュバルツ。
 人一人を抱えたままの雷虎は思うように動けず、襲い掛かってきたパークの鋼糸に顔面を切り刻まれる有様だ。
「逃がさん…」
 チャンスを見逃さず、アルスが放った強力な銀色の狼。
 その銀に輝く力は、雷虎の頭部に噛み付いて体制を崩させると、角に刺さっていたヴィナを振り落とさせたのだ。
 無論、待ち構えていたジークが受け止められるようにと、計算した上での行動である。
「アレクサンドラ! 急いで治療だ!」
「了解なのだ!」
 蒼い顔で細かい痙攣を繰り返すヴィナを寝かせ、渾身の治癒作業へ入る二人。
 その間にも、……雷虎は再び巨大な翼を押し広げるのであった。

●咄嗟の機転!
 パークとシュバルツを押し退け、またもや地面と水平に跳ね飛ぶ雷虎。
 今度の標的は、一番後方に居たアレクサンドラである。
 雷虎は、安全圏内の人物が群れのボスと判断したのであろうか?
 一撃で仕留めるかのごとき勢いで突っ込んできた。
「ともかく、みんな生きて帰るぞ!」
 攻撃を阻止する為、双頭剣を手に立ち塞がるガル。だが、明らかに力不足だ。大角を剣で弾くも、側頭部にある二本の角がガルの胸板を抉り、そのまま弾き飛ばす。
「がるるん! このっ、オレが止めてやるぜ!」
 ガルに代わり、リングスラッシャーと空精弓『エアロインパクト』を用いて、リィムが大角を受け止める。またジークも、抗魔盾『オルクス』を掲げて助勢に現れていた。
 拮抗する力と力。
 ヴィナの治療中であるアレクサンドラは動けない。故に、押し切られた先に待っているのは……惨死のみ。
 しかしここで、意外な行動が窮地を脱するキッカケとなる。
 パークが、黄金のプラムを採りに動いたのだ。
 すぐさま身を翻す雷虎。
 果実の守護者でも気取っているのか? 大きく上空に跳ね飛んだ銀の虎は、シュバルツの飛燕刃を甘んじて受けながらも、パークへ襲い掛かるのであった。
 当然すべてが『フリ』であったパークは、余裕を持って牙をかわす。
「やっぱり果実を護るんだね。その習性、利用させてもらったよ!」
 思惑が的中し雷虎の動きまで見切っていたパークは、再度『時雨』による攻撃の雨を降らせる。
 もはや雷虎に当初の素早さはない。
 そしてついに、アルスの放った木の葉が銀の巨体を束縛することに成功したのだ。
「お前の目的は解らぬが、こちらとて引けぬ理由があるのでな。仕留めさせてもらう!!」
 自慢の機動力を抑えられた銀の雷虎に対し、シュバルツの激が飛ぶ。
 と同時であった。
 雷虎がその鎧を脱ぎ捨て、真の力を発揮する瞬間が……。

●命を懸けて!
『ウゴオオオオオーーー!!』
「使わせないよ!」
 間を置かず、一気に襲い掛かるパーク。
 雷虎は身軽になったとは言え、木の葉に縛られた現状では隠された力を発揮するまでには至らない。今は必死に守りを固め、反撃のチャンスを待つのみだ。
「無理はするなよ…」
 前衛のパーク、そして援護に入ったシュバルツを励まし、倒れているガルを回復させる為、精練された歌声を響かせるアルス。
 また彼に続き、リィムも不可思議な軌跡を描く矢の一撃で、雷虎の身を狙う。
 短期決戦!
 多くの者がそう考えていた。
 長引けば、撤退も視野に入れなければ……。胸を押さえ、なんとか立ち上がったガルも決着をつけるべく、己の姿を周囲に溶け込ませながら雷虎の隙を狙う。
 ところが次の瞬間、雷虎は遂に束縛から抜け出たのだ。
『ガアァーー!!』
 咆哮と共に爪から放たれる衝撃波。射程内に居た冒険者達は、鎧を抜けて襲いくる一撃に身をよじらせる。
 これが真の力か!?
 全身を血塗れにしながらも、まったく衰えを見せない銀の雷虎。
 その姿には、紙一重で攻撃をかわしていたシュバルツとジークも背筋を凍らせてしまう。
 しかも軽やかな足捌きで更なる攻撃に移り始めた雷虎の瞳には、勝利を確信した輝きが宿っていたのだ。
 冒険者に死の影がちらつく。だが――!
『ウグッ?!』
 不意に血を吐き出す雷虎。見れば、脇腹にガルの双頭剣が深々と突き刺さっている。
「…すまんな」
 深手を負っているにも関わらず、己の致命的な一撃を詫びるガル。
 もちろん、その一言で雷虎が手を抜くことなど有り得る訳も無く、頭を噛み砕くかの勢いで憎らしいエンジェルへ牙を向けるのであった。
「動きさえ止めてしまえば!」
 ガルに噛み付こうとした瞬間を見計らって、魔剣を振るうジーク。
 脇腹に剣を突き刺された状態では、雷虎も逃げることは出来ない。それにもう鎧は脱ぎ捨ててしまっているのだ。生き延びるには、腕の一本ぐらい犠牲にしなくてはなるまい。
『ウガァァァーーー!!』
「終わりだな。仕留めさせてもらうぞ!」
 激しく暴れ狂う雷虎に向けて、シュバルツは残像と共に襲い掛かっていた。それに呼応して、リィムとパークも動き出す。
 彼等を支えるのは、アレクサンドラとアルスが放つ癒しの力。
 残された力は少ない。
 それでも立ち向かわなければならない。
 ここで引けば、間違いなく死者が出る。双方とも、敵に背を向ける訳にはいかなかったのだ。
 そんな最中、最後の力を振り絞ったであろう雷虎の、希望を砕くような衝撃波が放たれる。
 崩れ落ちるガル。
 片膝をつく前衛陣。
 あと一撃!
 どちらがその一撃を放つか?
 再び命を振り絞る雷虎。不敵な笑みが、血で覆われた口元に浮かぶ。
「ナメんなよ! ぶっ潰してやる!!」
 気合と共に弓を引き絞ったリィムは、相手の眉間に向けて弓を放つ! ――つもりであったのだが、視線の先にはすでに先客が居たのだ。
 己の存在を気付かせることなく、雷虎の顎下から剣を突き上げ、一瞬にして絶命に至らせた一人の女性。腹部から滴り落ちている血流が痛々しいその者の名は、ヴィナ。
 雷虎と共に崩れ落ちた彼女の行動により、恐怖で占められていた戦いの幕は下ろされるのであった。

●酸っぱい後味?
「無理はするつもりありません…でしたけど……。やっぱり、……危機の人ほっとけないからね」
 苦しそうにそう語ったヴィナは、アレクサンドラの治療に身を委ねて目を閉じた。
 彼女の隣には、同じく重傷のガルが気を失っている。
 今回、死者が出なかったことは幸運と言えるだろう。目的であった黄金のプラムも獲得できた。
 とは言え、リィムの表情はすぐれない。
(「シュバちゃんには悪いがプラムを独り占めっ! ってつもりだったのにー! ちっくしょー! 今回は諦めるぜ!!」)
 そんなリィムの野望を知る由も無いシュバルツは、プラムを満足げに見つめていた。
「ふむ。苦労しただけの価値のある一品を手にすることが出来たな」
「まぁ、そうなのだが。料理するのは、私に観察させてからにして欲しいのだよ」
 治療に手一杯のアレクサンドラは、希少品であるプラムを調べたいようだ。
 当然、重傷者を抱えているシュバルツが料理を行う訳もないので、何の問題も無い……はずだったが!
「いただきま〜っす!」
 皆が振り向いたときには、もう遅かった。
 何時の間にやら、プラムはシュバルツの手を離れパークの口へ……。
 ガブリと、かじられてしまったのである。
「うわっ! これって凄く酸っぱいよ。見た目が変でも、中身は美味しいと思ったんだけどなぁ。……あれ? 皆、ボクの顔に何かついてるのかな?」
 無邪気な笑顔を見せるパークへは、戦いの疲れも手伝ってか、ジークを始め誰も文句を言い出せなかった。倒れている二人に関しては、言うに及ばず。
 ただ、皆は安堵していた。
 生き残れたこと、生きて帰れることに……。
 雷虎の死体を見つめていたアルスが呟く。
「手強かった…な……」
 無表情な中に垣間見える苦々しい微笑み。
 それが今回の戦いを――、命を懸けた死闘の全てを語っていた。

 ――『黒桔梗の森』――。
 その名は改めて、冒険者の心に刻まれることであろう。
 身を裂く痛みと共に……畏怖を込めて……。


マスター:コトリュウ 紹介ページ
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