<リプレイ>
昔、村を護る為に戦って死んだ者達がおりました。 また、己の体以外の武器を持たず、それでもグドンの脅威を村と娘から引き離す為に死んだ女がおりました。 死者は再び動を得て、守るべき人に害成す者となりました。 最後のお話は、そんな風に始まりました。
●森の銀波 冒険者達が初めて断頭台の頂を訪れたのは夏の始まりのある日。それから夏の盛りに1人の女を葬り、秋の終わりに救われた1人の男は冒険者となって、季節は廻り今は冬。 またこの地を訪れた冒険者達は、葉を落とした木々の梢が織り成す冬の天蓋の下、狂い咲く待雪草――雪の涙の二つ名其の儘の花と茎の優しい緑が天から降り注ぐ清涼な水の流れにも似た陽光の中でさざめく花野の辺におりました。 花野の真中にはゆらりゆらりと揺れる影。 一度は地に捧げられた命が、森を廻る連鎖の輪に還れずに束縛されている光景は酷く切ないもので。 ――確実な掃討をしなくては。 銷夏・ポーラリス(a11761)は拳を握り締め、朽ちかけた鎧や服を身に纏った彼等を見遣ります。何も知らない死人達は、陽光の中で悲しい程に白い骨をそれでも美しく光らせていました。
●待雪草の灯 笛の音が聞こえました。応える梟の鳴き声は、昏き理・ルニア(a18122)が吹く鳥笛の音。広場の周囲を取り巻いた冒険者達は、それを合図に死人の群へと切り込みました。 育った村をアンデッド達に滅ぼされた星影・ルシエラ(a03407)は、猫のようにしなやかに死人達へ肉薄します。 させないよ――守った村を滅ぼしたり、そんな可哀想で酷い事、させないから。 ルシエラは思いを胸に、なるべく酷く傷付かないよう二度と起き上がらぬよう、気の雷を伴う狙い済ました一刀でアンデッドを打ち倒しました。 ルシエラと永遠の旅人・イオ(a13924)と楽師・アージェシカ(a12453)と。同じ方角から広場へ切り込んだ墓掘屋・オセ(a12670)は、背を任せるには申し分無いと呟きを漏らします。共に夏に訪れ秋を越え冬を迎えた者達――存分に力を振るわせて貰うとしよう。オセは半眼に死人を映して墓掘りスコップを握り直し。 「あなた達はもう戦わなくてもいいんです。だから……」 イオは指輪を通した鉄鎖を首から下げたアンデッドへ雷霆の矢を放ち、死人を小さな骨の山へと変えました。また別の場所では朝風の・ジェルド(a03074)が、イオと同種の矢を弓へと宿らせてきりと弓を引きます。 死してなお動く者達は、痛みを感じる事があるのだろうか。 ジェイドの胸に去来する疑問に答える口、死人達は持ちません。痛みを感じても感じなくても、彼らをこれ以上苦しめないよう一撃で――ジェルドは慈しみにどこか似た暖かな気配を口元に漂わせ、引き切った矢を手放しました。 剣で打たれ、矢に射抜かれ、また慈悲の光に貫かれて、地に骨散らす幽けき音と共にアンデッドは死者に還ります。 「安らかな死を得られず、罪の檻に捕らわれし哀れな囚人達に、救いの手を差し伸べましょう。死者に慈悲を――」 死の国を見慣れた双眸に亡者達を映し、死徒・ヨハン(a04720)は静かに言いました。 半歩下がった場所で、セイモアはその言葉を聞いていました。 ここは偽りの楽園、彼らの身の内には偽りの生――在るべき場所へ送り出すために、ヨハンは手を突き出します。きらきらと陽光溢るる広場へ広がった白い糸が、死人達を絡め取りました。 「――死者に慈悲を……」 呟き、セイモアは武器を握る手に力を込めます。 けれど腕が動きません。 「落ち着いていけば大丈夫です。でも、無理はしないで下さいね」 戦いが始まる前、イオがそう言い施してくれた護りの誓いをを今でも感じる事が出来ます。それでも――踏み出す事が出来ませんでした。 死者は彼にとって敵では無く、長らく守るべきモノ、慈しむべきモノ、家族よりも親しく寄り添う者でした。その事実がセイモアの心を捕えていました。眼前に死人の1体が迫ってもなお、彼を捕え続けていました。 セイモアの苦悩を感じ、共に在ったルニアは葬銘の書の繰られた頁に指を伝わせます。聖なる光を縒り合わせ1条の槍を形作りながら、瞳に諦念、静かな微笑を湛えてルニアは死人を見遣りました。 「今、ご家族のもとに帰して差し上げます……」 それらに取っては、今動いている事こそが悲しみなのだ。愛しくても、心縛られても、武器を振るい倒さなければならない時がある。 白光に貫かれ、死人は骸に還ります。 その光景に心動かされかけ、けれど惑うセイモアの心の迷いを打ち破るように、眼前にスコップが突き刺さりました。 「そこから先が、冒険者だ」 スコップの柄に幻の鎖。巻き戻る先、声の源にはオセがいて。踏み越えて来い。希望のグリモアに誓いを立てし者ならば。言葉に打たれ、戦う者達の意思と呼び掛けをを五感に感じ取り、セイモアは武器を握り締めて地に刻まれた線を踏み越えました。 「右です!」 ルニアの声に導かれウォーハンマーを振るうセイモア。胸を叩かれ死人が仰臥します。彼を見守り続けていた蒼然たる使徒・リスト(a01692)がそうだと言うように口元に微かな笑を刻み、それから常に変わる事の無い冷静な眼差しで死人を一瞥しました。 「……もう戦う必要はありません。安らぎを、静かな時を――」 解放を、与えましょう。リストは杖を打ち振るい、言葉通りの安らぎを与え。そうか、進み始めたのか、彼は。目の端に一部始終を捉えていたポーラリスは尻尾を一打ちすると、レイテルパラッシュで清浄なる光を描き出しました。閃く白光に打たれ死人は2度目の死を得てくず折れます。その向こう側で、翻る褪せた深紫。 「アージェシカさん――」 イオの声に導かれ、アージェシカもまた深紫の布を纏う死人に視線を向けます。死人を挟んで立つ2人は、同時に聖なる光を呼びました。 もう、還りましょう――。 アージェシカが誘う様に、手を差し伸べます。 静かで優しい死者に、還りましょう。 月から滴る雫で織り上げたが如き手套が陽光に煌きを返します。 同時に放たれた慈悲の槍は、誰かの母であり娘であった女の遺骸を抱いて死人を動かす力を拭い去りました。 彼女はどのような思いを抱いて村を救うべく走ったのだろうか。 そして、彼らはどの様な思いを胸に戦場へと赴いたのだろうか。 もう知る術は無いけれど、叶う事ならばその思いを届けてあげたかった。 蒼灰の銀花・ニクス(a17966)は明け方の蒼さに沈む雪原を思わせる、冷たく澄み、どこか物悲しい蒼灰の瞳でアンデッド達を見遣りました。 「貴方達の願いは、貴方達の命を持って果たされたの。だからどうか、守った物への脅威とならないで……」 祈るようにリュートの弦に指を滑らせるニクス。いつか誰かを守れる力を――そう願い、現世の楽園から旅立って得た力を、エンジェルの少女は死人達にとって大切な者達の命と心とを守るために全て解き放ちます。 逆巻く力は狙い過たず既に残り少なくなっていたアンデッド達を包み込み、全て地へと誘ったのでした。
●断頭台に降る雪はどこまでも優しく 待雪草の花野は元の通りに冷たく澄んだ静寂を取り戻しました。 そんな中。 セイモアは戦いの余韻が去らないのか、武器を握り締めて茫と立ち尽くしていました。 「どんな気分です?」 リストに優しく問われ、セイモアはゆっくりと振り向きます。 「分かりません。でも――僕は踏み出してしまったんですね」 水のように捉えどころの無い何時もの笑みを浮かべるセイモアを見て、彼はもう、冒険者として旅立つのだ――思い、リストの黒曜の瞳から憂慮の色を消して、労うような眼差しを浅黒の肌の青年へ向けました。 「これからは墓守りと違って、自分で仕事を探さなくてはなりません。ですが焦る事はありません。希望のグリモアに誓った時の志を忘れなければ……おのずと道は開いてきますよ」 こくりと頷き待雪草の花野に目を戻したセイモアは、束の間迷い、それから、武器を花野に落として歩き出しました。 最後に全き弔い人として死者を葬るために。
「直接戦う武器は手ごたえがあるんだよ。最初すごく怖かった。そこに命があるんだもの」 牢屋番となってから折り続けた真白の布を全て家から持ち出し、決められた作法に従ってセイモアは死者を包み込みます。手伝うルシエラは、一言、一言、セイモアへ大切な物を言葉に乗せて手渡して行きました。 「私はね、ちゃんと掌に伝わる手ごたえが、命の手ごたえだって思って、自分のをかけてるよ!」 だからね、とルシエラは真白の布地をばさりと地面へ広げます。 「セイモアさんも、自分の何かを見つけてね。戦う理由と、命に武器を向ける理由とを、きっと、きっと見つけてね」 そう、ルシエラは生命力と喜び溢れた笑みを咲かせるのでした。
娘の亡骸を受け取った狩人の女は小さな包みを抱き、まるで自身の娘がそのままの姿で帰って来たとでも言うように限りなく優しく抱いて、ただ一言ぽつりと願いの言葉を口にしました。 願いのままに訪れた断頭台の頂き。春には様々な色が咲いて花冠を成し、夏には混沌の庭と化し、秋には赤に染まる断頭台の頂には、森の小さな花野と同じく、冬の訪れを象徴する白が咲き誇っていました。 短い弔いの儀式の後、花のある場所で眠りたいと言っていた狩人の娘の為に、オセはスコップで土を掘り出しました。湿った土の豊かな香気が立ち昇り、冷たい夜気に彩を添えます。並んで墓を掘るセイモアは、墓穴へ埋まる死者の人生を一つ一つ掬い上げるように、一掘りごとに彼女の短い人生を物語りました。 全員で40の墓を掘り、セイモアは死者の歴史を語り、それから小さな包みを埋めました。 祈るような沈黙の中、狩人に促されカリーンが発した母への微かな別離の言葉が、女の人生に本当の幕を下ろしました。 「セイモアさん、死者も戦いも何も世界の至る場所にあり、何らも特別なものではありません――」 人は生まれながらにして罪を背負い、贖う為に生き、現実というものは残酷で、理想は所詮儚い幻想でしか無く――辿り着こうとしている場所が楽園か地獄かそれすらも分からない。 小さな小さな墓を前に、淡々と言葉を継ぐヨハンが差し出した世界の側面を、現実の残酷さの中で家族と絆の全てを失って来た青年は、物悲しい笑みと共に受け取りました。 「罪など……贖いなど、僕は知りません。ただ待つ者に世界は生きる理由を齎さない事を僕は知っているから、心に触れる何かを勝ち得るまで、人生と戦い生きて行くだけです。購いが生きる理由なら、いつかその方法を見つけるかも知れない――」 ヨハンはちらりとセイモアを見、帽子をぐいと引き下げました。 「何を感じ、如何なる道を選択するかは全て貴方次第です。戦う事を望んだ以上、また再び戦場にて会えますよう……」 きっとお会いする事でしょう――そう、セイモアは物悲しい笑みを深めました。 そんな2人の遣り取りを聞くとも無しに聞いていたルニアは、セイモアと良く似た笑みを唇に刻むと静かに手を伸べます。 「貴方が立てた誓いが、貴方が望むもの――大切な何かへ辿りつく途となりますよう」 グリモアの加護を。祝福を願うように、ルニアは青年の額に冷たい指先で触れたのでした。
「ご待望の雪が降り出す前に終わられて良かった、な。土の下のほうが雪の下よりも暖かいだろう」 待雪草に手を触れて呟いたオセに、セイモアは物柔らかく笑み掛けました。 「この土地には雪は降らないんです。かわりに雪虫が降る。まるで寝物語に聞く雪のように。ほら――」 空を指差す青年の髪を弄り風が吹き抜けました。それはいつか青年が『死者が往く』と言った彼方から吹き寄せて断頭台に至る風でした。 つられて空を仰いだ冒険者達の視界に無数の煌きが振り降りて来ます。 煌き――風に乗って振り降りて来た雪虫達が、待雪草の蕾に潜り込んで伴侶を呼ぶ輝きを燈せば、断頭台の頂は花の灯に溢れます。 儚くも生命の営みの荘厳さに満ちた光景を目と心に映しながら、アージェシカは骨の標に触れました。 忘れるのではなく、思い出さない時間が多くなり、喪失の痛みに慣れ、不在と永の離別を理解して――そうやって愛しい者の死を受け入れて、緩々と日常へ帰って行く。 この光景と同じ様に、繰り返す営みに慣れる事が出来るのだろうか。 今は旅の空にあるあの人のように、何度でも受け入れて、また愛していけるようになれたらいい。 願うアージェシカの傍らで、声も無く世界を見詰めていたイオは、悲しみを湛える事に慣れた双眸に喜びを香らせゆっくりと微笑を浮かべました。 「輝き方は違ってもこの光には、僕達が誓いを立てたグリモアと同じ意味が込められているんですね」 希望に照らす輝きだと伝わる光を見入り、イオは静かな呟きを落とします。 「……どんな所でも、誰の進む道にも希望がある。そんな世界に辿り着く事ができたら……嬉しいな」 「きっとあるわ、そういう場所が。世界はそんなに無慈悲な場所では無いと、あの人なら言うでしょうね」 骨の標を握り締め灯火に見入っていたアージェシカは、そうイオに微かな笑みを向けました。 「お家の灯りみたいだね。ずっと昔に村を守った人達の気持ちも、この灯りでお家に帰れるといいな……」 ルシエラは掌にそっと待雪草の灯を乗せました。柔らかな白色。それは確かに家路の果てにある灯りにとても良く似ており、何も言わず灯に見入っていたジェルドは、暫く物思うように目を伏せから穏やかな漆黒の眼差しをセイモアへ向けました。 「セイモア君、君が得た力は周りの人を助けるための力だ。力には確かに残酷な側面もあるけれど、忘れてはいけない。この地には君を待つ者がいて、君の愛すべき者がいる。帰る場所がある事を、その意味を忘れてはいけないよ」 セイモアは静かに、いく幾許かの迷いと、言葉を吟味するような色を滲ませながら、ジェルドの言葉を聞いていました。死者の道を辿り風が吹き寄せ、また暖かく光輝する雪を降らせます。その一滴に手を伸べながら、ニクスは儚く微笑みました。 「この光を覚えていれば、きっと大丈夫ですわ――」 待雪草……希望の花、燈る光と。光を頼りに、死者は迷わず次の希望へと辿り着くのだろう。待雪草の灯は暗闇に燈す明かりだとも聞いた。であればきっと、生を歩む人を導く事も出来る――思い、ニクスが宙へと掲げた細い真白の指に羽根震わせて雪虫が止まりました。 「喜びもあれば、辛く、悲しい思いをする時もあるでしょう。それでも……貴方の選んだ道が、幸多き道になることを願っていますわ」 幸福。 ずっとそれを求めていた青年は、はいと短く答え、少女の手に燈る希望の光を、深い憧憬を込めて見上げました。 ――長い物語はこうやって静かな夜、微笑みと共に終わり。 そして新しい物語が、始まるのでした。

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参加者:10人
作成日:2006/01/01
得票数:冒険活劇12
ほのぼの5
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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