星辰館 −−Hearth Time



<オープニング>


(「……気持ち悪い……」)
 早朝の酒場。床に冬の陽が舞い、葉を落とした木々の梢の影が踊る。
 家に帰るのも面倒だと酒場に居座っていた暁の伴奏者・バルバラは、かしいだ丸卓に突っ伏して昨晩の酔いの残照が消えるのを待っていた。
 何れ追い出されるだろうがもう暫くこのまま――……と狸寝入りを決め込むバルバラの元へ近付く足音。女給が出て行けと告げに来たのだろうかと横目に伺えば、まったく見知らぬ男が立っていた。
「ああ、老が言った通りにここに居たか。バルバラさんだね」
 帽子と金の髪、服装へ順に目を遣って、断定する様な口調で男が言う。このまま寝た振りを続けてやろうかと思ったが、誤魔化し切れない物を感じて観念した風にバルバラが顔を上げると、目の前に一枚の封書を突き出された。咄嗟に受け取るバルバラ。裏を見ると、絡まる大蛇と大鷲が押印された深緑の封蝋で、封がされていた。
「じゃあ、確かに届けたよ」
 男はぐいと帽子を引き下げ挨拶に似た物を残し、床をブラシで掃除する女給に軽く会釈をすると、朝陽が指す街へと出て行った。
 ぼんやりと見送ったバルバラは、女給に珈琲を頼むと封蝋を指で引き剥がして手紙を開封する。
 中には2通の手紙が入っていた。

 1通目の手紙に書かれていた内容は、こんな風だった。


 バルバラ、フォーナの季節だな。
 折々、世話になっている星辰館に今年も宿を取った。
 もし星辰館で共に過ごしても良いと言う者がいれば、誘って来て欲しい。
 冬は寒い。寒ければ心寂しくなる。が、人がいれば暖かな宵となるだろう。
 久方ぶりに冒険者達の顔も見たいしな。
 お前も来い。

                             ミカヤ


「フォーナ……フォーナね。家族ゴッコは余り好きじゃ無いけれど……」
 呟いて、もう一度手紙を読み直す。
 ほんの偶には家族の味ってものを思い出すのも悪くは無いかもしれない。
 フォーナは、その為の祭りでもあるのだから。
 バルバラは、丁寧に手紙を畳み、何とか動き出す活力を得ようと出された珈琲を啜った。

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参加者
NPC:常磐の霊査士・ミカヤ(a90159)



<リプレイ>

●暖かな夜に
「イヴ、お誕生日おめでとっ!」
 星辰の海で揺れる小舟の上、クールはイヴにお菓子のバスケットを差し出した。
「いえいえ、誘ってくれてぁりがとぉですょぅ☆」 
 イヴはお菓子を受け取って、微笑み返す。
「蒼い海、きらきらしていて綺麗だね〜。これからもずーっと、親友でいようね、イヴ♪」
「はいですにゃ」
 頷くイヴ。クールはふわふわワンピースな寝巻き姿のイヴを自分と一緒に毛布で包み込み、その中で小さく指切りをした。
 星辰の海の別の場所では、浴衣に羽織姿の3人が舟の上。
「……イキさん、ツバメさんの隣に座るのは私です」
「いや、譲れないね。ここは俺の席だ」
 寒い冬の海の事、暖か(そう)な羽毛を生やしたツバメの傍らを巡り、イキとセレが火花を散らす。寒いの寒くないの、年上なんだから我慢しろだの若いもんがどうこうと、ツバメを取り合う2人をよそに、当のツバメは酒を喰らって上機嫌だ。
「ほあ〜海も綺麗やし、お酒は美味しいし、言うことあらへんな〜……っとと、え、ああ!?」
 大きく舟が揺れ、勢い余って水中に転落するセレとツバメ。
「……っふふ……何、やってるんでしょうね」
 自嘲気味に笑って、がたがた震えながらツバメにしがみ付くセレ。
「うちは泳げるから大丈夫。なんだか楽しゅうなってきましたわ」
 ぷかりぷかりと浮かぶツバメは、何かがツボに入ったのか震えながら笑い出す。
「しょうがねぇなあ」
 釣られて笑い出しながら、イキは2人へと手を伸べた。
 そんな楽しげな、古きフォーナの挿話のような光景を見遣りながら、海を好むナタは蒼く光輝する水面に手を触れる。惑う夜光虫。透明な青で満ちた海の底に、きらきらと光を弾いて魚達が遊び。
「綺麗……」
 一人でも心地良い光景だが、誰かとならばもっと美しく映るのだろうか。何時か来るかも知れないそんな日に、思いを馳せる。それからナタは静かに微笑み、一人ではない夜を楽しむ為に、大部屋へと向かうのだった。
 暖かなポタージュスープのカップを手に、ステラ・ミラの浜辺を歩くアルクス。冬のぴんと張り詰めた寒気の中で冴え冴えと輝く星空。一際輝く蒼い星を見つけて、羽飾りのブルートパーズを翳しながら空を仰ぎ。
「……似てる、かなぁ」
 そう、一人楽しむ様に微笑んだ。
 海が珍しくて浜辺に来ていたレラは、偶然霊査士に行き会ってふと、迷う自分の思いを口にする。
「冒険者として歩き出したばかりの『自分』の在りかた――か。経験から学ぶ姿勢を忘れるな。己を過信せず他者を敬え。冒険者でもそうでなくても、な」
 最後に、無理はするなとレラの頭を撫ぜ、常磐の霊査士・ミカヤは微笑んだ。
 星辰の海の最も美しい側面を望むラサラスの岸辺にて一人、酒を呑むバルバラ。その背中を見つけたポーラリスは何とは無しに傍らに座り、抱いた犬を撫ぜながら、家族となったこいつと巡り合わせてくれては感謝していると、言葉少なに語った。
「少しずつでも、顔を……」
「綺麗だろ。あいつの目の色みたいだ」
 遮って、ポーラリスの顔を見ずにバルバラはそう言った。
「ずっと分かってたんだ、あいつは私等に沢山良い物をくれて、幸せに死んだ。生きている私は、懐かしんでも嘆かずに、美味い酒を呑んだ方がいい。死者を悼むのはいい。でもな、何も出来ず死なせてしまった自分への憐憫に囚われているのでは余りにも愚かだ」
 立ち上がり酒瓶の酒を海に開けたバルバラは、ずっとそう考えていたのさ、今日は家族の事を思う日だからな、と朗らかに笑う。それからポーラリスのバンダナを引っ張って、呑み直すから付き合えよ、と悪戯っぽく笑みを深めた。

●Hearth Time
 暖かな暖炉の前に厚手のラグ。取り巻く様に並ぶ布団に座り込み、マッサージを受けるミカヤ。肩を揉むのは水玉模様の寝巻きにナイトキャップ姿のガンガルスだ。白い貫頭衣風寝巻き姿のラグが手をさすって、丁寧にマッサージをしている。
「とても気持ちが良いよ。ありがとう」
 想像を超える丁寧な挨拶と歓待を受けて、ミカヤは実に幸せそうだった。そうこうしている内に、菓子や茶やツマミや酒等を持ち寄って、冒険者達が集まって来る。口々に再開と帰還を喜ぶ冒険者達一人一人に、ミカヤは頷きを返した。
「ミカヤさん、戻ってきたんだね。お帰りなさいなのー」
 若草色の寝巻きにナイトキャップ、大きな枕を抱えてちょこんと座り、満面の笑みを咲かせるバーミリオンの思いの外高い場所にある頭を、ありがとうの、とミカヤはぽふぽふ撫ぜる。
「団長、どんなところを旅したんですか? 旅はキツくないですか?」
 未だに団長と慕うハジに促され、ミカヤは揺らぐ炎を双眸に映して、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。孫娘と行った場所、行きたかった場所、そして孫娘の村と彼女と初めて出会った場所を巡り、彼女への手紙をしたため断頭台の頂で燃やした。淡々と継がれる言葉。別れを告げた日の突き刺すような悲しみは和らぎ、声はただ穏やかで、懐かしむ様な豊かな響きがあった。
「良いですね。私も少し落ち着いたら、旅に出てみたいです……」
 ミカヤが、愛犬とノソリン車とその御者に関する細やかだが暖かな挿話まで話し終えた所で、ハーブティーを傾けながらマイトがそう微笑んだ。
「これから、どちらかへ向かわれるご予定なのでしょうか?」
 白と卵色のチェックの寝巻きを着こんで、雀の刺繍入りの枕を抱えたファオが、やはり母とも慕う霊査士に問い掛ける。また旅立ってしまうのかと思うと少し寂しかった。
「マルソーや南方の海岸地域に赴こうと思う。夢を――見たのでな」
「そうなんだ、セイレーンの国だった辺りだね」
 密かに、そして実に楽しそうにミカヤの話を聞いていたアニエスは、今は同盟の雑然と建物が並んでいる街が好きだけれど、セイレーンの街は整然と調和して美しいのだと、去りし故郷を少しだけ懐かしむ様に、歌うように語る。
「のんびりしてらしてね。体にだけは気をつけて。何処の空にあろうと、無事を祈っているわ」
 オールドローズのシルクの寝巻きに身を包んだアージェシカが緑の杯にワインを湛え、掲げる。其々が、自分の飲み物の杯を掲げて、ミカヤが最後に口を開いた。
「フォーナに」
 唱和する声が、暖炉の炎が周囲に注ぐ輝きめいて、辺りと女神フォーナが祝福し給う暖かき良き夜を満たす。
「暖かい夜は、いいですね」
 人の温もりと無縁だった過去の日の寒さを微かに思い出し、グラースプが囁く。そんなグラースプの頭をバルバラは、無言でくしゃりと一撫ぜした。

 お茶の時間が終わって、大人達はお酒の時間。ミカヤへの挨拶など、色々しようと思いつつ寝こけていたシイノの上に跳躍する影。
「駄目なのだよ、遊ぶのだよ!」
 どさりとシイノに圧し掛かったのは、トラの寝包み姿に自前の尻尾をふりふりしているボサツだ。襟の高い、鳥と蔓草の織文様のある異国風の寝巻きに身を包むユージンが、穏やかな微笑を絶やさぬまま更に上に圧し掛かる。
「親亀がこけたら皆、こけますね」
「……ナニそれ」
 ぎゅむりと潰されては流石に寝てもいられず、シイノは何とか黒い寝巻きの裾で目を擦り、目覚めようと努力する。
「バルバラさまも、ごいっしょに。いかがですか?」
 フリルの愛らしいネグリジェにズボン、黒いナイトキャップった頭を微かに傾げ、イエンシェンがバルバラに誘い掛ける。
「よーし、一丁……」
 言い掛けたその時、後ろに忍び寄る気配。
「隙あり!」
 避ける間も無くグラースプにダイブをかまされ、イエンシェンもろともバルバラは布団の山にすっぽり沈む。
「うきゅ〜」
 柔らかな胸元に押しつぶされるイエンシェン。ミカヤの話を聞きながら久し振りの酒を堪能し、すっかり酔っ払って布団に埋もれていた半纏姿のクリュウも共に胸に潰されて、悪夢に魘された様に眉根を寄せる。
「やったね小僧!」
 飛び起きたバルバラは、手近な枕を掴んで臨戦態勢に移り、それから当然の様に枕投げが始まった。飛び交う枕。逃げ惑い、隠れ、投げ投げられ、本当に楽しそうに腹の底から笑って。
 ミカヤの話を聞いた後、夜気に当たりに出、そろそろ皆が寝た頃かと大部屋の扉を開いたジェイクの目の前でボサツとユージンが伏せる。飛び来たもろっこの抱きぐるみを顔面に受けるジェイク。
 若草色の寝巻きに身を包んだシュシュと目が合う。来たばかりの時はどことなく寂しげだった少女も、今は周囲に巻き込まれ笑っていて。雰囲気に感染してジェイクも皮肉な笑みを見せつつ、飛んで来た枕を受け止めて投げ返した。
「おぬし等は、まった誇り高き同盟の冒険者が聞いてあきれる。全員正座じゃ!」
 騒ぎ疲れた冒険者達を壁際に正座させ、一人一人の頭を杖で小突くミカヤ。その眼差しは心の底から、この状況を楽しんでいる様だった。

 騒ぎ疲れた真夜中。そろそろ眠りに着く者達が出始め、俄に静かになった部屋の隅。暖炉の傍らに座り、薄青の楓風の装束を思わせる寝巻き姿のレイシはミカヤを見遣った。
「宜しければ聞かせて欲しいのです。霊査士となった理由を」
 そして遠い昔、僕の生まれるより昔の冒険譚を。
 ミカヤはレイシの問いに笑みを返す。正にそれを思い出していたのだよと優しく語らい始めた。
 遥か昔から今に続く、辛く、また喜びに溢れた歩みの歴史を。
 奴隷時代にとある男と立場の差の無い国で会おうと誓い、別れ、ユーゴという女と廻り合って共に戦い教えられ、忘れていた誓いを思い出して冒険者となり――そして。
「同盟は私の探していた国だった。だから守る一助になりたかったのだ――そして、探し物を、していた……」
 男がくれた銀のメダリオン。指先で触れて、だから霊査士になったのだ、皆逝ってしまったけれど、と懐かしむ様にミカヤは双眸を細める。話の最後まで一生懸命聞いていて、結局睡魔に囚われてしまったハジとバーミリオンの頭を、ミカヤは優しく撫ぜた。
「私の冒険者達――今では、霊査士になれた事を僥倖と思っておる」
「貴女の元で舞える事は俺にとっても……大変光栄で幸せな事です。これからも、貴女の憂いを少しでも無くせるよう、尽力する事を誓います」
 だから必ず戻ってきて下さいと言葉を継ぐマカーブルの真摯な眼差しを受けて、必ず、とミカヤは口元に笑みを刻む。
「これを……旅のお守り代わりにして下さいですの」
 メイフェアがそっと差し出したは、藍色の寝巻きと対比する真白の羽。私は何も差し上げられそうな物がないからせめてこれをと、自身の美しい羽を一枚ミカヤの手に握らせた。
「……その……俺も贈り物があるんです……」
 レーダがおずおずとミカヤの前に置いたのは、紫色の手袋だった。
「この先の貴女の旅路で少しでも寒さが和らげば良いと思って……」
 珍しく照れた様な表情を見せるレーダと、メイフェアを抱く様にミカヤは腕を広げる。
「おいで、メイフェア、レーダ。この私に抱かせておくれ。おぬし等の温もりを旅の供として行けるように」
 冒険者と言うには、まだ小さき者達とミカヤには思える2人を抱いて、進む道に幸運と勝利があるようにと、祈りながらミカヤは2人の額に優しいキスをする。
「まったく損な性分だが、それはそれで楽しくもある――な」
 趣味の良いシルク製の寝巻きに身を包み、酔いつぶれた者達へ布団を掛けていたウルフェナイトは、繰り広げられる静かな光景を赤い双眸に映しながら、こういう夜も、まったく悪くは無い、と少し笑った。

●過ぎ行く祝福の夜に
 薄黄色のフリル豊かなネグリジェ姿のフルナは、首から下げた睡蓮という名の鍵を握り締めながら、ステラ・ミラの砂浜にソヨゴと並んで座り空を仰ぐ。
「今年はたくさんいろんなことがあったねー。ルフナ、ソヨゴといっぱい一緒にいられて、とっても楽しかったし、うれしかったんだよー」
 満天の星空から傍らに並んだソヨゴに目を移すルフナ。
「父上と母上がいなくても、さみしくなんてなかったんだよ。えっと、来年もよろしくなんだよ、お兄ちゃん」
「ああ」
 ソヨゴはほんのり笑う少女を毛布で包む。
 それから2人で最中を食べた。
 暫く様々な事を話し交わしていたが、暖かな沈黙が多くなり。
「うー…ルフナ、ねむいんだよぉー…」
 抗い切れず寝てしまった少女を抱き上げて、ソヨゴはしょうがねぇなと抱き上げて頭を撫ぜる。この愛しい存在と来年もこの日を迎えられることを祈りながら、ソヨゴは常にはぼんやりとした表情に笑みに似た物を浮かべた。

 ミカヤに挨拶した後、イオは一人、ラサラスの岸辺でフルートを吹いていた。
 家族を、仲間を、友達をまた失ってしまう事が怖かったが、今は誰かと一緒に居られる時間が、かけがえの無いものだと心から思えた。その喜びを乗せ、フルートの音色が水面を駆けて行き、寄せては返す人の営みに似た潮騒と調和した。
 フルートから唇を離し、イオはそっと笛を抱き締めるイオ。
(「もう逃げ出さない。1人で生きる為じゃなく、皆で生きていく為に、僕は僕の力を使う。そう、誰かを護る為に。今も、そしてこれからも。それが――僕の戦う理由だから……」)
 改めて、思う。
 仄かな決意の光が燈る双眸に、星辰の海は優しい煌きを返し。
「……本当っ、ムカつくほど綺麗ねぇ」
 遠く離れた場所でフルートの音色を聞いていたリエルが、殆ど悪態の様に星辰の海に向けて一人ごちた。言葉に合わず、リエルの茶の瞳は蝋燭の灯りを透かした琥珀の様に、祝福するような優しさを秘め、表情は穏やかと言っても良いものだった。
 誰かと過ごした昔。
 一人でいる今。
 独りで過ごしていても、人は本当に孤独になる事は無いのかもしれないなと思い至って、リエルの表情は益々柔らかな物となる。
 旅立つものも、遥かな場所に居る物も、皆――同じ空の下にいるのだから。
 リエルは今宵を楽しもうと、防寒具を掻き寄せて星辰の海を見遣り、一人ひっそりと呟く。

 フォーナの夜に。
 暖かき炉辺に似た、この夜に。
 


マスター:中原塔子 紹介ページ
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作成日:2006/01/04
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