雪籠の団欒



<オープニング>


「ティアレスさんてば、最近イライラしてません?」
 不思議そうに大きな目を瞬きながら、深雪の優艶・フラジィル(a90222)は毀れる紅涙・ティアレス(a90167)の顔を覗き込む。男は苛立たしげに眉を顰め、
「……はァ!?」
 この野郎、何ふざけたこと言ってやがんだ、ああん?
 とでも言うかのように、酷くイラついた怒鳴り声を返した。
「イライラしてますって! 寧ろ此れ以上無いくらいイライラしてますって!!」
 あわわわ、と大慌てで手を振り自己防衛に励みながらフラジィルが声を上げる。
 何処がとでも言いたげに眉間に皺を寄せ、戯けたことを言った少女を睨むように見るティアレス。如何にも機嫌が悪そうだった。何か嫌なことでもあったのかもしれない。悲しいことがあったのかもしれない。
「……美味しいものでも食べたら、きっと、少しは楽になると思うわ」
 荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)が取り成すように言う。
 ティアレスは未だ不服そうにしていたが、霊査士の言葉に口を差し挟みはしない。
「……山羊乳を沢山飲むと、苛々が収まるって聞いたことあるの」
「我は嫌いだ」
「……そんな気がしたわ。でも、チーズフォンデュなら、食べれるわよね……?」
 とろとろに溶かしたチーズとミルク、更に白ワインを壷のような鍋で煮立てる料理だ。
 長いフォークの先に軽く焼いたパンやらウインナーやら、茹でた野菜やら海老やら貝類やら、好きなものを刺して鍋の中のチーズで絡める。火傷しそうなほど熱いチーズと共にパンやらを食べる。寒い冬の夜には持って来いの料理だ。
「……其れだけじゃ、足りないでしょうし……そうね。サラダと、ハンバーグくらいなら用意出来るわ? 飲み物は……」
「ワインは我が持参しよう」
 きらり、と瞳を輝かせるティアレス。

 彼はあっさり復活すると、「今夜ロザリーの家で食事会をするのだが共に如何だ?」と酒場に居た冒険者たちを誘い始めた。チーズフォンデュにハンバーグ。田舎風と言うか家庭的と言うか、決して豪華絢爛では無い料理だが、暖まることには違いない。
 霊査士は苦笑しながら溜息を吐くも、偶には良かろうと好きにさせる。
 其の「偶には」が最近増えて来ている気がしなくも無いが……悪くは無いだろう。

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参加者
NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●暖かい家
 ぱちぱちと暖炉の火がはぜる。
 ラジスラヴァの奏でる曲が緩やかに家の中を満たし、まるで絵本に出てくる一ページのような晩餐の風景だ。キラはのんびりとした寛げる空気を好ましく想いながら、ランプの明かりで照らされた穏やかな空気を愛しんだ。
 ミナは表向き主催者らしい毀れる紅涙・ティアレス(a90167)に挨拶をし、シフォンケーキやらを土産として折り目正しく手渡した。皆が気を利かした御蔭で、焦げ目の美味しそうなフルーツケーキに、香ばしいアップルタルト、良く冷えたティラミスもある。ドライフルーツの詰め合わせも鮮やかだし、焼き立てのバームクーヘンは今直ぐに平らげてしまいたくなるほど芳しい。
 何より、ティアレスはとても不思議であったのだが、今回は苺を山と持って来る者が多かった。摘み立ての苺の甘酸っぱい香りが、暖かな癒えに広がって行く。
 存分に楽しんで行って下さいなと来客たちに挨拶をしつつ、ジョアンは給仕の手伝いをしている。客人の笑顔を見ることは、彼にとっても楽しみだった。如何にもなホームパーティの空気を感じて、家庭的な料理がテーブルに並ぶたび、ストライダーのハルは身も心も温まる心地になった。思わず笑みを深めつつ、チーズの味を確かめる。
「やや甘味を抑え、確りとした酸味のある白ワインを御用意致しました」
「軽めのヌーヴォーが、チーズフォンデュと奏でる軽やかなハーモニーを愉しんで頂きたい」
 白ワインの瓶を抱えたグレイと、赤ワインの瓶を抱えたアレクサンドラが言う。デキャンタージュやらマリアージュやら、耳に心地の良いながら専門的な用語をさらさらと紡ぎ、テイスティングを終えられた自慢のワインたちを客人のグラスへ注いで行く。未成年者のグラスには、何も言わぬうちから葡萄のジュースが注がれた。
 リューシャは、フラジィルのグラスにもジュースを注ぐ。
「今日も会えて嬉しいです」
 少女へ向けて、慈しむように微笑んだ。
 照れたように破顔するフラジィルの横は、確りとヴィンが陣取っていた。
「皆はワイン飲んでるから、見た目はワインぽいのがいいかなって思ったんだよ」
 白ワインのように優しく輝く液体をグラスの中でゆらゆらと揺らして、少年は言う。少女は「とっても甘い匂いがします」と嬉しそうに笑みを深めた。
 優しい空気を感じつつ、寒い夜道を通って来た客人らの身が暖まるよう、エルフのハルはホットカクテルの準備を始める。先程から家の中に居たティアレスも、出来上がれば一杯くれと声を掛けた。

●食事会
 主催者の挨拶もそこそこに――本人がする気も無かったようだが――食事会は始まった。
 くつくつと煮立ったチーズの鍋が運ばれて、食卓が一層暖かくなる。
「ティアレスしゃま……御味は如何?」
 さくらんぼの果実酒を食前酒にと持って来たリィリの言葉を受けて、ティアレスは短く沈黙した。グラスに注がれた分を飲み干してから、「フルーツワインは好きで無い」と息を吐く。
 野菜をチーズに絡めていたオリエがくすくすと笑って、ティアレスに向けてワインを強請る。当然の如く注がれるワインを見ながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「先日は色々と有難う」
 美しい女性を壁の花にする気は無いよ、と珍しくも男は柔らかく喋る。そしてグラスを傾けて、レインと共に乾杯の挨拶を素振りで終えた。その様子にビャクヤは、じりじりした視線を向けている。重度の義姉好きを自負してしまっている彼にとっては、何とも気になる情景であった。
 ちなみにティアレスを観察している視線は其れだけで無い。ノヴァーリスは大好きなチーズフォンデュの美味しさに舌鼓を打ちながら、彼のキラキラ具合を見遣っていた。光物に惹かれる鴉のような心境で、何と無く物悲しい。
 同じくもぐもぐと口を動かしながら、エンはじっくりとティアレスの素振りを見遣っている。そして彼に視線を向けられると、慌てて視線を逸らす。彼もまたバレバレであった。
 ナミキもまた、ミルクたっぷりのチーズフォンデュを食しつつ、白ワインをかぱかぱ空けている。相変わらず周囲に女性を侍らしている様を見、好かれる性格で羨ましいなどと声に出すも、「おまえの方が良い恋人になるだろうに」と言われた本人が肩を竦めた。
 アリスと楽しげに談笑していたスィーアは、ふと気付いた風を装ってティアレスに好みのタイプを問い掛ける。
「美女だ」
 短く答え、男はグラスを傾けた。
 其の時とある青年が、椅子の間を縫うようにしてティアレスの横へと遣って来る。
「御一緒できた御縁に、一杯受けて頂けませんか?」
 掴み所の無い笑顔を浮かべたタツキを見、ティアレスは問う。
「……楓華の者か?」
 目を瞬く青年に、「東方の流儀には詳しく無いが……ワインを飲む際は酒を注ぐのでは無く、酒で満ちたグラスを合わせることで友好の証としたい」と笑った。其れで良ければ付き合おう、と。

●家庭の味
 食い尽くすなよ、等とからかわれたナオはティアレスに向けて頬を膨らませる。
「私をどーゆー目でェ見てるんですかァ?」
 彼女は不服そうだが、彼女の頬が膨れているのは怒りの為だけで無く、食べ物が詰まっているせいでもある。そんな様子を伺いながら、ガルスタはチーズフォンデュなるものの食べ方を学ぼうとしていた。煮立ったチーズにパンや何かをつけて食べるようなのだが、猫舌の彼は真剣な眼差しで鍋と向かい合っている。
 ティアレスはと言えば、何を食べても鍋の中に落とすことも無い。フェザーはつまらなさそうにしながら、チーズフォンデュの罰ゲームについて話し始めた。男性がパンを落としたらワインを御馳走し、女性が落としたら隣の人にキスをすると言う話だ。其れを知っていたエルノアーレが口を挟む。
「……でも、わたくしたち、ワインを頂けませんからこのゲームは不公平ですわね」
 確かに、未成年者が居るのであれば公平では無い。
 事前に告知していた訳でも無いし、と上品に告げる彼女を見、ティアレスは笑いながら彼女のグラスに葡萄ジュースを注いで遣った。
 そしてアリエノールから、ワイルドファイア大陸の護衛士団に所属したと言う話などをグラスに口を付けつつも興味深く聞き、ギーが口にした旅団への誘いには「本気ならば書類を通してくれ」等と冗談めかして肩を竦める。話が食事へと戻れば、ルーツァは身を乗り出して山羊乳の美味しさを力説した。彼女の言葉に、珍しく素直に従って、今度は冷やして飲んでみようとティアレスが頷く。
「ロザリーさんのハンバーグ、とても美味しいです」
 メイは手を合わせ、嬉しそうに目を細めた。幼い子の好む料理が好きで、猫舌で、酒にも弱いと言う自分は若しかして子供っぽいのだろうか、と悩みながらアリシアもハンバーグを突付いている。
「満足に食事が取れるなら……良かったのですが」
 暖かなマグカップを両手に抱えながら、ジェネシスは少しばかり、寂しげに呟いた。

●落ちる頃
 口篭りながらファオが切り出したのは、ティアレスを気遣った話だった。私見で御気を悪くされたら申し訳ありません、と縮こまる彼女を見てティアレスは知人を思い浮かべる。
「……」
 余計なことを口走り掛け、誤魔化すように早口で続ける。
「いや、兎も角、気遣いには感謝しよう。我も出来れば怒りたくなど無いのだ、うむ」
「ティアレスさんて、何と無く、気を遣い過ぎ」
 ぼそ、と呟いたグラースプの言葉を耳に留めて、ティアレスは小さく唸った。
「しかし、気遣わねばならんだろう、我が」
 貴様のように我を気遣う者が多いから未だマシなのだ、と唇を歪める。そんな会話が交わされる横で、ティアレスの真似するように食べていたイーチェンが立ち上がった。もぐもぐと口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、椅子の間を擦り抜け、
「(……これが家庭の料理、という奴なんでしょうか)」
 ボクの知らない味だな、と口の中で呟いていたクララの右隣に腰を下ろした。彼女は何も言葉を吐かず、もぐもぐと食事を続ける。青年は目を瞬いて、マグカップの中身を零しかけた。ちなみに彼の左隣には、白い少女の骨が居る。
「それ美味しそうですなぁ〜ん、ひとつ下さいなぁ〜ん」
 ひょいぱくとティアレスの手元にあったパンを平らげ、ルルノーは無邪気に笑った。彼女が頑張って運んで来た味噌おでんの串を取って「代わりに貰っておこう」とティアレスも微笑み返す。何と言うか、らしく無かったが――虫の居所が良いのかもしれない。
「ティアレス様、私もワイン頂いても宜しいですか?」
 銀の髪を揺らしながら、不安げにリウナが問う。
「若く見られると言うのも判らんで無いが、おまえは案外大人だろう」
 頷きながら、彼はそんな言葉を口にした。彼女はワインを一口飲むと、美味しいです、と幸せそうな笑顔を見せる。
「こんな家庭的な雰囲気は久し振りだ」
 ワインも食事も一層美味く感じるよ、とユーリィカが零す。傭兵時代は周りがムサい男ばかりだったとか、セイレーンとて皆が綺麗所では無いのだとも語った。だから見目良い男に会えるのは嬉しいと紡がれ、彼は緩やかに紅い瞳を細める。
「オレもおまえのように美しい女性と出会えたこと、幸運と思う」
 良い刻に乾杯、とグラスが揺れた。

 宴が終わり、客人が去り始める頃にイドゥナが遣って来た。言葉少なな誘いを聞いて、ティアレスは頷くことで同意を示す。二人は言葉を交わすでも無くグラスを傾けた。ランプに燈された火がちらちらと揺れ、忍び寄る夜を告げる。
 唯静かに酒を味わい、時折、思い出したように息を吐いた。
 帰り掛けのティーナはそんな遣り取りをこっそり見遣る。普段、女性を周囲に侍らしている際には見ることの出来ぬような珍しい表情を見付けて、何故だかとても嬉しくなった。頬を綻ばせ、邪魔をせぬ間に扉を潜る。

 最後に残った二人と言えば、月が沈む少し前、家主に追い出されたのだとか。


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