≪勇猛の聖域キシュディム≫悪意の萌芽



<オープニング>


 口つぐんだ者たちは、王府のどこかに秘密裏に設けられた牢獄で囚われの身となり、すでに一月あまりの時を過ごしていた。厚い毛織物の帳が広げられ、黒塗りの格子の嵌められた窓から、朝の清々しい光が差し込むと、後ろ手に鎖で縛り上げられた巨躯のリザードマンは、気持ちよさそうに瞳を細めた。
 薄明の霊査士・ベベウは彼の腕から鉄の輪を外させた。敵勢力に属しながらも、彼は自らの行為に戸惑いを隠そうとしない、その人柄にキシュディムの長である青年は、自身もまた好意を秘したりはしなかった。
「こちらは自由だが、そちらの腕はいつも鉄鎖に絡め取られているようだな、ベベウ殿」
 口の端をかすかに反らせて、ベベウは静かに肯いた。キシュディム護衛士たちに対して、「自分は罪人ではないのだからな、命をとらぬなら、いずれ逃げ延びてやる。私はこの国がどうなるのか見たい。用心するのだ、キシュディム護衛士たちよ……刮目して、常に疑え……」と告げたあの重騎士は、とても悲しげな瞳をしている。
 それはなぜか――。ベベウはこう考えた。彼は自らの理想を恥じてはいない、そう何度も繰り返すが、それは他者への言葉ではなく、自らへの痛罵にも似た言葉なのではないか。国のあり方があまりにも苛烈な歴史の奔流とでも呼ぶべき変化に飲み込まれて、解放された人々もいれば、獄に投ぜられた人々も多い。
 彼は自身の瞳で見たものだけを信じたのだろう。カルロやバルマンの言葉を、気高い真理として受け入れたのだろう。そうしなれば、彼は耐えられなかったのだ、この世の移ろいに、奔流に弄ばれて苦しむ人々の姿に――。
 だが、重騎士は我が目で見てしまった。立てこもった村から護送される際に、葉を失ってはいるものの美しく並び立つ街道の並木を、その輪郭を飾る神々しいまでの輝きは、行き交う人々の生気に満ちた横顔を誇らしげなものとしていた、新しい国へと生まれ変わる奇蹟のような瞬間を。砦工房の傍らを抜け、広い麦畑を見遣り、王府の門をくぐって、キシュディムの塔へと辿り着いたとき、重騎士は悟ったのだった。
 自分は何も見ていなかった。見ていたつもりでいただけだ。多くは、他者が斜に睨みつけ、憎悪で歪めた光景に過ぎなかったのだ、と。
 北では薄く雪が積もったらしいことを伝え、ベベウはリザードマン重騎士との会話を終わらせた。立ち上がった霊査士の姿を、弱々しい笑みと尊大にそびえさせた肩が見送った。腕は再び腰の裏側へとまわされ、彼は影の獄へと戻された。
 
「彼には……あの重騎士には迷いがあるようです。アイザック王に反旗を翻し、旧弊への依存を断ち切れぬ賊も、悪しき思想に心の底から囚われた者ばかりではけっしてないということ。われらの行いが、彼らの、彼女らの瞳に何かを気づかせることがあるやもしれぬと考えるのは、暁光を、神の真意なるものへの期待を、高めすぎてるのかもしれませんね……ですが、僕は常に疑うだけではありたくない。信じてくれないと嘆くよりも、先に信じていたいのです」
 キシュディム護衛士たちを前にして、ベベウは男の声音にしてはやや高く、澄んだ印象を与える響きで言った。
「彼は何も言いませんでした。けれど、否定もしなかった。北の地に置いて、賊たちによって占拠された村から引き上げられた、彼らの物とおぼしき品々を、僕は霊視してゆきました。賊が使用していた武具の一部は、今は孤児院となっているあの建物に備蓄されていたものでした。そして、バルマンたちは一所に集まっているのではなく、国内に散開して力を蓄えているらしいことも明らかとなったのです。力が分散されているならば、ひとつひとつを潰すのは容易い……ですが、災厄の芽は多くを同時に摘みとらねば、新しい芽吹きが広い領土のいずれかで行ってしまうのは必定といえるでしょう。いかにして、彼らが互いの連携を行っているのか……その伝達の方法が明らかとなれば、バルマンの居所を突き止めることも可能となるはず」
 石の床に靴音を響かせて、ベベウは窓辺へと歩んだ。
「霊視によって明らかとなった点は、こればかりではありません。王府への、あるいは、リタのおられるマルツの領主館への襲撃も、どうやら計画されていたようなのです。われら護衛士が領内に散り、警戒の目を光らせていなければ、今頃は……国の状態はひどく悪化していたことでしょう」
 赤と青のビロードの帳へ、霊査士は指先を這わせた。裾が震えて、光が室内へと差した。覆いを左右へと広げ、その身を光へ溶け込ませ、ベベウは振り返って言った。
「領土の南端、セイレーン領ともほど近い地域へと急ぎ赴いてください。賊の一派が、どうやら他の意向を無視してまで、性急な動きを見せつつあるようなのです。彼らは、街道の破壊や、他国からの訪問者の殺害を企て、治安の悪化を、ひいてはリザードマン王国の威信を揺らがす魂胆を持つ様子。その悪しき芽は、速やかに摘みとってしまわねばならぬもの。彼らを捕縛、あるいは、アジトの発見に成功すれば、賊たちに関する新たな情報がきっと得られることでしょう」

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参加者
螢火夢幻乱飛・メディス(a05219)
暁の幻影・ネフェル(a09342)
紅黒揚羽・ミン(a20429)
棘石竜子・ガラッド(a21891)
月下雪影の寒椿・セレスティア(a23809)
勁疾の・クロノス(a24778)
斬空術士・シズマ(a25239)
在天願作比翼鳥・キオウ(a25378)
ブラッディ・ジョーカー(a30860)
博士・ユル(a32671)
鈍牛・タナトス(a33160)
剛健たる盾の武・リョウ(a36306)


<リプレイ>

●旅芸人
 しなびた茎はその頭部にかすかな花の形跡を留めていた。色褪せて、朽ちた神殿に蔓延るなかば石と化したのではと思わせる音や、人生に疲れ切った男の怯えた瞳さながらに、その花であったものは路傍に横たわっている。
 暁の幻影・ネフェル(a09342)は視線を足下で横たわる死から、目に映る限り、蛇行しながら地を這い進む街道へと移した。枯れた花の死も、またこの偽りなき摂理であるならば、どくどくと脈打つように人々の往来を伝える街道のにぎわいもまた、同様の理を諭しているかのようだ。彼はそう思う。
 なだらかな獣の背に、彼女は優しい微笑みを傾け、母親だけが持ちえる包み込むかのような慈愛を指先に宿らせ、触れた。用意されたノソリン車、その座席に腰掛けて、螢火夢幻乱飛・メディス(a05219)は二頭の友人たちを交互に撫でてやる。
 荷台の後部では、紅いブドウ・ミン(a20429)が大きな革袋へと片腕を突っこみ、中身を確認している。小さくすぼめられた袋の口からは、小さな銀の円盤が瞬くのが見えた。
 幌で覆われた荷台の内側で、かすかな綻びから差した明かりを受けた赤い双眸が、まるで他者の温もりを嫌う獣のごとく、物憂げに瞬いた。勁疾の・クロノス(a24778)は抱えていた膝を、並べられた革袋の間に伸ばした。ノソリン車は再び歩きだしたようだ。彼は少し気に入っていた。山形に刳り貫かれた、幌の内部から見える街道の風景と、そこに稜線のように横たわる獣たちの背と、そして、御者席にある女の、濡れた闇に思わせる黒髪が揺れる様を――。
 仲間に好奇の欠片すら浮かべぬ視線で、ネフェルは伝えたのだった。ノソリン車での隠匿も行わずに、もしも、巨大な武具を振るう冒険者がそれを隠すとなれば、どのような方法があるか。
 表面に赤い色合いの欠片で、木象嵌の薔薇が施された、黒塗りの棺が連なる列に、少年はひとり、灼熱の太陽に魅入られでもしたかのように、距離を保ち、俯いて、悲しげな息を吐き、加わったのだった。
 
●失せ物
 街道からは離れた丘の上、足下は垂直に崩れ落ちた崖となったところで、剛健たる盾の武・リョウ(a36306)は街道を進むノソリン車の幌が揺れる様を眺めていた。どうやら往来に溶けこんでいるらしいな――彼は振り返った。
 平素なら、黒服修行サボり気味・ガラッド(a21891)は陽気な質である、だが、今は長い首を、まるで枯れた花の名残をかすかに残す野草さながらに枝垂れさせ、沈鬱な面持ちだ。彼は不安だった。この依頼は、賊の中枢へとこちらが辿り着くための、あまりに稀少な糸口となるかもしれないもの……。
「この国を荒らさせるわけには……いきませんね」
 リザードマンは顔をあげた。目映い陽の光を背にして立つ青年は、物静かで、これまでの道行きでも、一言か二言か発しただけだった。その彼が、今は薄く結んでしまった唇から、国を憂う言葉を発した。闇夜ノ凶星・シズマ(a25239)に、ガラッドは深々と肯いた。膝に掌を押し当て、もう片方の足を立てる。立ち上がるときが来たようだ。
「それに感化されて他の勢力が活発化……などということもありそうな気もしますし……早々にその芽を潰し、我々という脅威を知らせることで抑止となればいいのだが……」
 そう言ったのは、博士・ユル(a32671)だった。ひどい痩せぎすの身体は、幽玄の淵にて佇む柳の木さながら、青ざめた頬に血の気はおおよそ感じられず、小さな丸縁眼鏡が煌めくせいで、その瞳の色は確かめようもない。だが、それでも、ガラッドは確信したのだった。心配は無用、わがキシュディムの同胞たちは、やはり頼りになる者ばかり――と。
 
 街道の破壊や通行人の殺害を企てる者が、果たして、すべて往来に身を秘しているだろうか? 計画の成就を願うのならば、様々な手立てを講じているに違いない。詳細は掴めなかったが、霊視からもそのことは明らかと思われた。
 ガラッドとリョウが、黒塗りの筒の内側に拡大された風景から、怪しい家屋を発見したのは、彼らが街道を望む丘から離れて、しばらく後のことだった。
 息をひそめ、色褪せた赤をぶらさげた蔦によって覆われた、灰褐色の石壁へと近寄る。窓はなく、大きく避けた亀裂には、古びた麻布が帳として張られていた。内側から聞こえてきた言葉は、これみよがしで、中身と呼べるものはないが、ひどく衒学的であり、また、その偏った視点や自虐的ともいえる他者への抑圧は、不愉快の何ものでもなかった。賊の一味が、思想を語っていたのである。
「そんな場合でしょうか……」
 呟いたシズマは片方の眉宇を傾けたが、次の瞬間、朝の帳を蹴破るようにして亀裂へと身を投じていた。金の毒蛇が巻き付く杖を手にした男へ、鍔のない刀身だけの太刀――無明凶夜――で斬りつける。相手は明らかな狼狽を示していたが、突然に差した光を従え、さらに、残像すらも伴う翔剣士の斬撃をかわせはしない。
 宙に浮かした斧を逆手に取り、リョウは柄を立ち上がった兵士の腹に打ち込んだ。叫びをあげて、男は気を失う。
 他の賊が立ち上がるより先に、落ちた屋根の縁へとしゃがみ込み、指先から煌めく糸の束を降らせたのは、ガラッドであった。五名ほどの兵士がいたが、一網打尽とした。シズマが斬りつけたのは、どうやら邪竜導士であるらしい。残されたひとりは、糸の絡めからは逃れたが、ユルにその行く手を遮られていた。
「そのような国の先を読めん頭に存在価値は見出せんな……」
 戸口に立ったユルは、矮樹を思わせる影から右手を空へと掲げ、室内へと投げかける歪んだ形を伸ばした。暗がりに浮かび上がった輝きは、紋章の結実、渦巻く叡智を胎内に含み、こぼれ落ちそうなほどの光をも湛えている。
 邪竜導士は黒い針をあたりに撒き散らしたが、キシュディム護衛士たちに深い傷を負わせることはできない。医術士は癒しの光を拡散させて、朽ちかけたサロンの内壁を照らしたが、そこに幸せな光景など浮き上がるはずもなく、頭上から舞い降りたガラッドの刀剣によって全身を押し潰され、気を失った。
 空を切り裂き、シズマは風の刃を放った。腹にそれを浴びた術士は、短い叫び声をあげ、背を壁面に打ちつけた。ずりずりと石壁をする音がした。リザードマン冒険者の背後からは、赤黒い血の滴りが広がり、やがて、足下に小さな溜まりを浮かべた。
 
●空の友人
 春の遅くに綻ぶ花や、あるいは、赤銅を思わせる髪を、ブラッディ・ジョーカー(a30860)は無造作に扱っているようだった。友人たちから『男前』と評されることもある気質が、冒険者として護衛士としての生活が、髪を梳かす暇を彼女に与えないだろう。
 それでも、彼女が魅力的であることに変わりはない。
 
  美しい声と
  しなやかな翼を持つあなたに 
  聞きたいことがあるの
  私達に似た気配を持つ人達
  恐ろしい気配を持つ人達
  怖い武器を持った人達
  見かけなかったかしら?
  とても探しているの
  教えてくれたらこの小麦をお礼にあげるわ
  どこにいたかを私に教えて
 
 大海と比べてはあるかないか、あまりに微細な湖畔に押し寄せる波のごとく、冬空を渡る清冽な風にのってあたりへとたゆたう歌声。ジョーカーは、その指先に、緑と黄色の羽根を膨らませる小鳥を宿らせた、ドリアッドの女を見つめた。
 月下雪影の寒椿・セレスティア(a23809)は仲間の視線に気づき、雪花石膏よりもまだ白い肌に、紅い肉厚の花弁をちりばめた髪を這わせる面を傾け、温かな羽毛を振るわせる友人を彼女の指先に渡らせた。
 チチチ、とそう三度だけ鳴いて、小鳥はジョーカーの指先から飛び立っていった。まるで、この地を守って、そう懇願されているような気がした。
 
 鍛え抜かれたその体躯は、内側に鉄の厚板を貼り合わた防具につけても、外側に緑の同義を羽織って輪郭が隠されてもまだ、威風堂々たる膂力の漲りを、見るものに容易く想起させるのだった。暗き業宿りし者・キオウ(a25378)は急いだ。木立の合間を縫う風となる。街道へと向かっているという賊連中が、人々に手出しする前に、その鼻っ柱をへし折ってやらねばならない。
 今回の相手は少数派。街道襲撃を阻止できたとしても、相手の士気を下げることはできず、阻止できなければ、他の反乱分子も動きだす――。常に受け身に晒されるわが方の困難さを、鈍牛・タナトス(a33160)は、自身にとってもいささか拍子抜けするほどすんなりと受け止め、この戦いに臨んでいた。護るとは、ときとしてこのような葛藤を生む。いや、そもそも人生とは葛藤の連続ではあるまいか……。視界に、木立の合間を進む二本の巨大な刀剣を視た瞬間、彼はセレスティアに鎧聖の力を注いだ。狂戦士がふたりとなれば、油断はならない。
 指先にまで冷ややかに冴えた神経を走らせ、キオウは何ものかを掴み取るかのように強張らせた手の平を、木の根が蔓延る足下から、木の葉を失って寒々しい枝へと翻した。扇状の光が広がり、五名ほどあった兵士らしき面々を、糸の桎梏によって囚われの身とする。だが、巨刀を肩に負うふたりの剣士は、その難を逃れたようだ。
「聞いて眠っとケ。眠りの子守唄……」
 ジョーカーはその瞳に不敵な光を宿らせ、閑散たる眺めの森に、清澄な響きのある美しい歌声を響かせた。セレスティアは両手を広げた。風に梳かされてさらさらと流れる髪が、やわらかくたなびく薄絹のごとき輝きを、眠る賊兵らにもたらした。身動きのとれなくなった兵らを戦闘から隔離する。無駄な命は奪いたくないと考えていたのだ。
 漆黒の盾に打ちこまれた斬撃は爆風をともなうものだった。さらに、同様の斬撃がタナトスを襲う。さしもの巨躯も歪んだ。
 おそらくは、勝利を確信したのだろう、狂戦士のひとりが闘気の震えが残る刀剣を足下へとさげる。だが、突然に浮かび上がった羽根の塊が、天へと突き立てれた長剣とともに落ち、男の身体に重厚な斬撃を見舞った。タナトスはまだ陥落していなかった。
「燃やし尽くせ、煉獄の炎!!」
 闇色の表紙を開き、そう声を発したのはジョーカーだった。紅蓮の欠片に過ぎなかったものは、渦巻き、蛇のような舌先を燃え盛らせ、凄まじい勢いで敵へと向かった。
 敵はあとひとり。
「……民を守っての冒険者でしょう。……民があっての国でしょう。……民を傷つけ得られるものなど、何ひとつとしてありません」
 悲しげな光を目元に浮かべ、セレスティアは囁き、そして、繊細な指先を絡めて押し当てた胸を震わせた。その歌声は、タナトスの傷ついた身体に、湧きあがる喜びにも似た癒しを与えた。
 半身を魔炎に、半身を魔氷によって閉じられた体躯を、キオウは獰猛な獣を思わせる所作で操り、敵の巨大な刀剣が振り抜かれるより早く、両腕を怒濤のごとく繰りだす野蛮な打撃を、残されたひとりに浴びせた。
 足下で鈍い音がした。
 
●羽虫
 ノソリン車は遠くにやっている。その幌の影には、武具を手にした仲間たちが控えているはずだ。メディスは御者席から降りて、ひとり、疑わしきと判断した集団へと歩み寄っていた。道を尋ねる言葉を用意し、ほのかな笑みを含ませている。
「……あの……」
 彼女がそう言いかけた瞬間だった。足下に投げかけられていた影から、鋭角な輪郭の巨大な影が伸び、殺気を背に感じた。メディスは肩をすくめた。藍染めのスカーフと一緒に、黒髪が揺れる。
「感心できませんね」
 声に気づいて振り返ったメディスが見たものは、交差させた両腕で敵狂戦士の斬撃を受け止める、ネフェルの姿だった。
 さらに、彼女の視界を漆黒の疾風が過ぎ去った。ミンである。彼女は両手を翼のように広げ、足下に従えた召喚獣と融合、炎と氷によって身を包み込んだ。狙うは棺に片足をかけ、弓を引き絞る牙狩人――光の矢に肩を貫かれても、ミンの突撃は止まらなかった。光を引く蹴りが、射手の胸部を切り裂く。
 仲間の動きに、クロノスは呼応していた。だが、ミンのように相手の懐に飛び込む必要はない。離れた位置から太刀を振り抜き、描かれた鈍色の孤から、刃のごとき風を吹きつける。牙狩人を討つには、それだけで事足りた。
 メディスが優しい歌声で、血の滴るネフェルの腕を愛撫する。けれど、十名の兵士、そして、狂戦士からなる一団に、周囲を塞がれたまま――。爆発を伴う斬撃、十本の野蛮な曲刀。次々とネフェルが、そして、彼に庇われていたメディスまでもが、肌に痛みを刻まれる。
 コツコツと音が鳴る。乾いた靴音を響かせて、街道へとふらついた足取りで現れたのは、ユルだった。彼は即座に頭上へと光の塊を形成、狂戦士へとそれを叩きつける。
 群がる兵士らは、ガラッドとネフェルの指先から広がったひどく粘り着いて離れない糸が絡みつき、リョウとシズマが柄や峰を使って失神させた。
 刃が空を渡る冷たい音を響かせて、クロノスが瞬秒の前に間合いを詰めて到達する斬撃を、敵に打ちこむ。相手はまだ倒れていない。手負いとなった狂戦士ほど、厄介なものはない。
 ――ミンは左足を軸として、胴と水平に伸ばした右足で空を薙いだ。腹部や左肩を裂かれた狂戦士は、頭上に掲げていた巨大剣を足下へ落とし、自らも後方へと倒れこんだ。
 
 路傍の土が膨れている。春が土に含まれ育っている。見えないところで、けれど、確かな呼吸を繰り返して――。
 死者はでなかった。敵の邪竜導士をのぞいては……。
「こんな事をして本当にこの国が良くなるのかと思っているのか、民を苦しめるだけの今回の騒動を本当に正しいと思っているのか?」
 ネフェルの問いに、返ったのは、薄っぺらな笑顔だけだった。
「……この国の為と大義名分を掲げるならば、第一に民に被害を出さない方法を模索しなくてはなりません」
 セレスティアが語りかけても、他のすべてを嘲笑する歪んだ顔は、そのまま……。
「手段、間違えていませんか? 冒険者の役割は民を守ること、民に危害を加えて手に入れたものになど、誰がついていきますか?」
 メディスが心より伝えても、彼らから醜い感情以外の発露はない。
「『民の笑顔』を消して自己主義を貫くような奴らなんかに、負けたくはないな。……俺は『笑顔を守護する道化師』、なんだからよ」
 ジョーカーが言い放っても、引きつった口元に変化はなかった。
「やれやれ……時の流れを受け入れれんその凝り固まった脳を手でほぐしてくれようか……」
 ユルが脅して、ようやく、冒険者ではない賊のひとりが口を割った。だが、それまでに、随分と時は流れてしまった。
 場所が判明するなり、ネフェルとキオウは野を矢のように駆け、アジトへと向かったが、ふたりを出迎えたのは、市街にもうもうと立ち込める黒煙と、証を焼きつくさんと燃え盛る炎だった。
 再び繰り返された『尻尾切り』の光景に、彼らは奥歯を噛みしめるしかなかった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:12人
作成日:2006/01/29
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