<リプレイ>
真冬に在って、今日の結輪亭は二足程速い春の気配。柔らかな色が溢れ、ふんわり優しい香りがそこはかとなく。 「これは何処に……?」 「せやな、そっちのテーブルでええんちゃうか」 シードル達が2階の工房で用意の間、明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)はパフィシェと準備中。はさみや小刀を並べていると、カランコロンとドアベルの音。 「おはよー。その……ランララ聖花祭には関係ないけど、作りたいならいいよねー?」 「おはようございます」 3番手は屈託のないミルッヒの笑顔。その後ろからひょっこり顔を見せたのはネイネージュで、どうやら彼女に誘われたらしい。 「あ、そうだ。ラランちゃん、その……ごめんなさい」 「?」 ふと表情を曇らせたミルッヒの謝罪に、首を傾げるララン。同じく眉を顰めたネイネージュはただ一言、亡失の、と呟いた。 「……ああ」 合点の行ったラランは、困ったように頬をかく。 「うちかて冒険者やさかい、立場は同じなんやけどな」 不首尾の結果は忘れずに、でも今日という日は楽しく過ごそうという霊査士の言葉に、彼女は小さく頷いたのだった。
賑やかなお喋りの声。三々五々、集まってきた冒険者達はコサージュ作りに早速取り掛かる。 「香りも楽しめるコサージュだなんて、素晴らしいアイデアです♪」 嬉々として、菫色の生地を型取りするヴァイオレット。慣れない手つきで、シードルに1つ1つ手順を請う。懸命なのは一重にマスターの為。想いを香りに代えて、ずっと傍にいられるように……。 「香り付きって聞いたから、てっきりノーズゲイだと思ってたんだけど」 「ノーズゲイ?」 「香りの良いハーブの花束の事ですよ」 首を傾げるラランに、ネイネージュの補足。サクヤはうんうんと快活に頷く。 「まさか香水使うとはね……あ、だからフレグランス・コサージュなのか」 彼が作るのはコサージュのブレスレット。艶やかなダッチェスチューリップのピンク色が春らしい。 「香りは鈴蘭とか出来るかなー? 5月の誕生花だからさ」 「香水もあまり詳しくないのだが……桜の香りとかあるのだろうか?」 一方、ガルスタのコサージュは白薔薇。以前に求めた物をイメージしているらしく、時折考え込んでいる。 コサージュと香り、違う花の組み合わせも……まあ、ありかもしれない。 「こんなノンビリした気分暫く味わえませんから、今日はゆっくり時間をかけましょうか……」 窓際で差し向かい。長い銀髪の青年と朱髪長身の少年は、各々慎重な手付きで黙々と。 「今からの時季なら、春らしい色もきっと似合うよね?」 クリスマスローズも姫林檎も、どちらも大切な人への花飾り。本当ならランララのお祭りに渡せれば良かった。でも、その頃2人がいるのは北の荒野。無事に戻って来られたら、きっとその時に。 「あちらではランララをやる余裕もないでしょうから。まあ、願掛けでしょうかね?」 「でも、ちょっと残念かも」 お互い顔を見合わせて、オラトリオとバーミリオンはフフッと小さく笑み零れた。
「にゅー、上手く作れると良いのですがねぇ……」 何がともあれ、まずは香水選びから。 ゼソラはトントンと階段を上る。今回は1階のダイニングが作業場、2階の工房が調香室らしい。 「こんにちはですよー」 「いらっしゃぁい! どんな香水がお望みやろか!」 「……は?」 ハイテンションな出迎えに、流石のゼソラも思わず唖然。 大きなテーブルに並ぶ様々な香水瓶。そのテーブルの向こうでは、奔放に飛び跳ねる金髪を無造作に束ね、ツギハギのシャツ、擦り切れたズボン、ドタ靴が如何にも野良仕事なあんちゃんが大歓迎ムードで両手を広げている。 「……えっと」 「もしかせんでも、酒場でめかしこんどった香水屋や」 「調香師って呼んでぇや」 小瓶の箱を持って来たラランはげんなりした面持ち。ゼソラには「まあ悪い人やないから」と苦笑混じりに肩を竦める。 「そしたら、後は宜しゅうに」 そそくさと下に戻った所からして……実兄と紹介するのだけは嫌だった模様。 「ラランちゃん、今日もツレナイなぁ。まあ、そこも可愛いんやけど……あ、どんな香りがええんやろか?」 「その……爽やかな香りで、快活な感じが」 「はいはいっと。すぐ合せるさかい、ちょい待っといてな」 ……冒険者の酒場にわざわざ一張羅でめかし込んで来たミランは、その実都言葉バリバリの気のいい兄ちゃんだった。
その後も入れ替わり立ち代り、2階の工房に人の出入りは絶えず。その度に違った残り香がふんわりと階段に漂う。 「えーっと……あんまり香りが強くならないように出来るでしょうか? 顔を近付けた時に、微かに香るくらいでいいんです。プレゼントする方が、あんまり香水が似合うって感じじゃないので」 何気に失礼な事を言ってのけたキニーネの希望は水仙の香り。 (「プレゼントなのに……自分の好きな花くらいしか思いつかないー」) 内心の悩みはさて置いて。僅かながらでも、香りと花が心の慰めになればと願う。 「香水屋さ……でなくて、調香師さん、林檎の香水ないですか?」 ユーニスは好きな林檎をコサージュに。本当はお友達と一緒の予定だったけど……楽しいお出かけはまた次の機会までお預け。 「僕、ケーキみたいな甘い香りが大好きなんです。生クリームみたいなフンワリした感じがあったら、是非使いたいな」 ノヴァーリスのデザインは柊の葉に可憐な白い花。細いリボンで纏めた清楚なコサージュに、甘い香りはきっと似合うだろう。 「わたくしの髪の白薔薇と同じコサージュを作りたく存じます」 恋人のプレゼントの為と、フェアは真剣な面持ち。危険な戦いにも臆せず最前線へ赴くあの人。いつも帰りを待つばかりの身で、せめて香りだけでも傍にいられたら……。 「もし調香に必要でしたら、髪の花を全て取っても構いません!」 今にも髪に咲く薔薇に手を掛けそうな彼女を、ミランはやんわり押し留めた。 「調香師の鼻を信頼してえな。嬢ちゃんの使とる香りでええんやな?」 にっこり笑顔で、早速調香に取り掛かる。尤も、ドリアッドの髪の花は体の一部。本物の花のように匂わないからでもあるけれど。 「これが、きっと幸福の薫りなのでしょうね……」 『誠実』の菫に茉莉花の白を合せる。誠実はパフィシェ自身を表す言葉。理想通りの香りにうっとり犬尻尾を揺らし、大切な時に着けたいものですと微笑を浮かべた。
やはり来るランララ聖花祭の為が多いようだけど、贈り物の機会はそれだけじゃなくて。 「お世話になってる人の、お誕生日が、もうすぐなので……プレゼント作るぞー!なのです」 その心意気や申し分なし。イーチェンはググッと拳を握って……。 「こ、こうですよね! えい、やぁっ!」 ブンッと振り下ろした小刀が、見事に布地を断ち割り下の木板に突き刺さる。 「……う、うーん?」 周囲は思わず唖然呆然。物騒な物音に慌てて飛んできたシードルに、イーチェンは不思議そうに小首を傾げる。 (「おやおや」) 顔見知りを遠目に、微笑ましげに唇を綻ばせたクララは、シルクの白いリボンを弄りながらデザインを思案中。 「黒髪ですと明るめの赤も綺麗、かしら」 香水なんて付けないけれど、良い香りは心が落ち着くもの。素敵な香りのコサージュをお誕生日のお返しに……結局、甘い香りの香雪蘭――フリージアに決めたようだ。 「香り、後からでも足せるからちょっと先のプレゼントでも平気だよね?」 ミルッヒは大切な主の誕生日祝いに。いと誇り高き君へ、気高く清楚な薫香纏う八重白梅のコサージュを……フォーナ感謝祭、ランララ聖花祭と贈り物を手作りする機会が多いのが嬉しい。 「〜〜♪」 ナコは終始上機嫌だ。ビーズを苺に見立て真っ白な花のコサージュを作りながら、ずっと渡す時を考えているらしい。 (「きっと似合うのです♪」) 大好きな友達の為に……その横顔は本当に楽しそう。 「……ふぅ」 ユファは疲れた眼を瞬かせた。細かな作業は虫眼鏡を使って……見かねたシードルが両手を使える拡大鏡を貸してくれたので、作業は大分楽になったけれど。 「似合うといいなぁ」 コサージュは小さな百合の花束。慎重に丁寧に心を込めて、もう一頑張り。 「皆、こぉいうの上手ですょねぅ……」 周りを見回したイヴは、自分の手元を見下ろした。淡い青紫の花に透き通った綺麗な石、白い小花とピンクのリボンを飾って……香りは強くない紫陽花が良いだろうか? 「ネイネージュにゅ」 「何でしょう?」 隣の青年は白い花を作っていた。八重咲の梔子だろうか。 「ぇと、出来上がったら……もらってくださいにゃぁ」 「そうですね、楽しみにしています……私もお返ししないといけませんね」 恥ずかしそうな少女の言葉に、ネイネージュは穏やかな笑みを浮かべた。
右、左、右、左――。 「へぇ、やっぱりプレゼントなんや」 「恥ずかしいから、恋人の事は触れないでな」 右、左、右、左――。 「けど、ええ人がおるんは羨ましいわ」 「ラランは可愛いから、きっといい人に逢えるさ」 「あはは、おおきに」 右、左、右、左――。 ラランとレイ、リス尻尾の少女2人並んで作業中。雑談の間も尻尾がフワリフワリと揺れている。 「……」 「? どないしたん?」 「い、いや……何でも」 背後の視線に振り向けば、スティファノの取って付けたような笑顔。 (「何しに来てるんだ、私。ラランの尻尾観察じゃなかった気がするんだけど……」) でも、ちまちまと単調な作業に飽きる内、ついつい視線はフワフワのリス尻尾に……。 右、左、右、左――。
さざめく乙女達の笑い声は賑やか。フィニスが心配する程、男性陣の参加が少ないでもなかったが、ついつい隅っこの席に固まったのは仕方ないだろうか? フィズはモスローズに銀鎖と十字を取り付ける。その花言葉の通り、尊敬する人を思い微笑を浮かべる。 「結局は自己満足……かも知れないけど」 大切な人達に『大好きです』とこっそり伝える為に。かけがえのないものをくれた人へ……コサージュのささやかな主張は届くだろうか。 アスカのコサージュは桜がモチーフ。1番に思い浮かんだあの子の緑髪に咲く可憐な花。……けして、単純と言ってはいけない。 (「喜んでくれるかなぁ」) 細かい作業は些か苦手なので、作業は真剣そのもの。多少いびつな桜があるが……そこは手作りの風合いと納得する。 セイルも大切な恋人の為に。ピンクローズの花言葉は『優しい心』。自分を優しく包んでくれる彼女を、これからも守る誓いを込めて。 「よし、こんな感じかな」 喜ぶ時の可愛い笑顔を思い浮かべ、思わず笑み零れる。 フィードの微笑みはどこか切ない。秘かに想うあの人の髪に咲く真紅の菫。時折淋しげに揺れるその花を思い出しながら……受け取って貰えるかは判らないけれど。何かせずにはいられない、そんな気持ちこそが大切。 細やかな花弁作りに苦心するのはバルトだ。好きなあの子に贈る撫子は彼女の誕生花だ。その花言葉は『思慕』。恥ずかしい思いをしてまで図書館で調べたのだから、間違いない。 「ご、ご都合主義な意味合いだよな」 今更のように思い出して赤面する山犬尻尾の青年を、セイレーンの青年は面白そうに眺めている。 「ねぇ、キミも誰かへのプレゼントかい?」 「それは秘密です」 向き直ったナジュムの物怖じしない質問を、鷹揚な微笑でかわすフィニス。丁寧な手付きでポットを取り付けているのは、青い薔薇のようだ。 「ふーん、皆真剣だね。何事にも真剣なのは良い事さ」 お気楽な軽口と裏腹に、ふと羨ましそうに目を細めたナジュムだけど。 「やっぱりこういう事は向き不向きがあるねぇ」 気付かれる前にころっと明るい表情に戻る。 試行錯誤しながら、何とか形になったのは蔓薔薇のコサージュ。1人の少女の面影がちらつく事に戸惑いを覚えながらも。
時季が時季だけに熱心なプレゼント作りが多い中、マイペースに勤しむのも何人か。 ファオが作るのは日向色のミモザの飾り。まだ外は雪も残っているけれど、春に向けて温かい気持ちになれるように。 「お花も香りも両方楽しめるって、素敵ですよね」 ふんわり柔らかな笑顔は、ポットに仕込んだミモザの香りにも似て。春のお日様を浴びた香りが、今から待ち遠しい。 「香りのするコサージュなんて、本当に素敵なのですっ! オリジナルコサージュをいっぱい作ってみたいのです♪」 アクセサリーを見るのも集めるのも大好きなマサキは、ウキウキと楽しそう。選んだ花は淡紅の椿。大好きな花が纏うのは、憧れも入り混じる女性らしい甘い香り。 ストラタムは純白のコサージュを。思い描くのは何時か見た草原での結婚式。花嫁の胸元に舞う白い花のコサージュが新緑に輝いて、まるで幸せの象徴のように思えたから。 (「香る花飾り……人の手で生み出された造花でも、自然の生花に劣らぬ麗しい魂を持つような気がします」) 今から白い服に合せるのが楽しみの様子。 レラも同じくドレスの花飾りを。自分の髪に咲く花と同じ梅花を選んだ。 「梅のコサージュなんて、あまり聞きませんけど……こんな感じでしょうか?」 物作りに慣れない心配も悪戦苦闘も束の間、今ではそれなりに器用に香りのポットを取り付けている。 「菫はウチの、思い出の花やから、ね……」 はんなり笑顔を浮かべたヴィオラは、大分完成した紫の花弁をそっと撫でた。 特に器用でもないけれど、特別な思い入れのある花だから。細部まで細かく、一生懸命作り上げたその造形は、本物と見紛うばかり。 何かと周囲を気にして見て回っていたシルルは、漸く腰を落ち着け仕上げに取り掛かる。 「ジャスミンの花を髪に飾るのは、恋人に永遠の愛を誓う事なんだって」 だから、髪飾り。ポットには同じく茉莉花の香水を仕込む。贈り物にするか、自分で使うかは……後でのお楽しみ? 一方、セロは気難しい表情。不器用な手付きで慎重に白の薄片を重ねる。 「贈り物ではないんです……変でしょうか?」 女性らしくとか、今までは考えた事はなかったけれど……彼の目には少しでも綺麗に映りたい、そんな大切な人が出来たから。 「これも虚栄心、と言うのでしょうか……?」 ついついの後ろ向きを、真っ直ぐ向き合う勇気に変えたくて。花の彩りや香りで自分を飾るのは、きっと素敵な第1歩。 「よし、完成です♪」 メイのコサージュは上品な香りが馥郁と漂う薔薇と茉莉花。普段も花々の香りを集めて小物や化粧品を作っているので、今回も中々の出来だ。 「どちらも、落ち込んだ気分を癒してくれる花です。特に薔薇は、女性らしさを高めるんですよ♪」 これをチョレート一緒に贈るのはどうかと思ったので……今回は自分用という事で。
――こうして、コサージュが出来上がる頃には黄昏時。斜陽差し込む結輪亭に、優しい香りと色彩と、冒険者の笑顔が溢れていた。

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参加者:34人
作成日:2006/02/20
得票数:ほのぼの29
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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