<リプレイ>
「よく似合ってますよ。素敵です」 二月某日。小さな個室で鏡を見つめている沈黙の霊査士・フィル(a90017)にかけられたのは、そんな言葉と、満面の笑み。 受けて、フィルは苦笑がちに、言葉の主――淡い緑色のロングドレスを身に着けた、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)を振り返る。 「そうはいっても、慣れない姿は苦手だ」 彼女が纏っているのは、真っ白なドレス。 普段は着ないような、その女性らしい服は、誕生日を迎えた彼女に、ラジスラヴァから贈られたプレゼントである。 白い聖衣から仕立て直したというそれは、細身のフィルにぴったりと合っていた。 「お誕生日の日くらい、特別な格好をするものですよ」 にっこり。丸め込むような言葉と共に、さぁさぁと外へ促すラジスラヴァ。 と。ラジスラヴァの友人であり、個室の外でぼんやりと待機していた真白に閃く空ろ・エスペシャル(a03671)は、出てきたフィルの姿を見るなり、目を丸くした。 「女の子…」 その呟きは心底驚いた様子だが、フィルと目が合ったのに気づくと、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。 それもそうだ。フィルを男だと思い込んでしまっていたのだから。 だが、当の本人は小さく苦笑するだけだ。 「気にするな。よく間違われるし、私も頓着していない」 「あら。折角ドレスを着ているんですから、少しは気にしてくださいな」 むぅ、と少しだけ頬を膨らませてみせたラジスラヴァだが、すぐに、フィルらしいというように、くすくすと笑っていた。
そんなわけで、主役の方は準備万端なの、だが……?
「あっ。フィルさん、お誕生日おめでとうございますもこっ!」 「おめでとうもこ〜♪」 誕生日会の会場として用意された部屋を覗けば、お祝いに駆けつけた布団姫・ティフェル(a05986)と、その弟子、踊る蒲公英・イーシア(a11866)が、ぶんぶんと手を振りながらもこ語で迎えてくる。 微笑ましい限りの図だが、その傍らには、ずどん、と置かれた茶色の……たぶん、チョコレートの塊。 そして大量のフワリン。 「……何事だ」 「差し入れとお祝いですって」 ふふ、と微笑ましげに、準備委員二号サザは言う。 だが、改めて見渡した会場はなんとも不思議な雰囲気だ。 会場のいたるところに飾られた花……というか、葉は、カカオだと思われるもの。 それに囲まれたテーブルには、様々なパンやチキンとともにおにぎりが並んでいて。 よくよく見れば、ろうそくのぶっ刺さったバームクーヘンが……。 「姐さんのために、皆色々持ってきてくれたんだよっ」 準備委員一号レンが、何故か胸を張って言う。 言うが、光景が若干異様なのは変わらない。 「あ、あれ? フィルさんって女…の、子…?」 半ば呆気にとられていると、笑顔の剣士・リュウ(a36407)が、驚いたようにレンに尋ねているのが聞こえて。 そこで、思わず噴出していた。 「ご、ゴメンナサイ〜」 「ふ…くく……気にするな。ここで女だということを知っておいてくれれば、それでいい」 変わらないと思った。一人二人はする勘違いも、自分の性や生まれた日に対する無頓着さも、それから、場を包む暖かさも。 とても、楽しくて、心地がいい。 「……ありがとう」 自然と笑みが零れるようになった自分は、少しだけ変わったと思うけれど。
何はともあれ、ココアだらけの誕生会を楽しもう。 「というわけで、お詫びと言っては何だけどココア料理です〜」 早速。といわんばかりにリュウが取り出したのは、甘い香りのする液体…。 一見するとビーフシチューのように見えるのだが、香りはまさしく、ココア。 「その名も『ココアシチュー』! ビーフシチューのルーの代わりにココアを使うんだけど、コクが出て美味しいんだよ!」 器に盛りながら説明してくれるリュウの言葉に、ふむと呟いて。フィルは勧められるまま、一口、口にしてみる。 「もっと甘いものかと思っていたが、そうでもないのだな」 「甘い香りと苦味のギャップも素敵でしょ〜」 「あぁ。美味いな」 会場を満たすココアの甘い香りに、お菓子の家に来たみたいだとうっとりしていたリュウは、料理が気に入ってもらえてほっとしているようだ。 甘い物好きな男の子の仲間だと思っていただけに、ちょっとだけ、残念なような気もしたけれど。 「お料理、ちゃんと用意できてよかったですね」 甘い香りにつられたか。いつの間にやらちょこん、と隣にいたのは、内気な半人前看護士・ナミキ(a01952)だ。 料理の腕が未知数なレンと壊滅的なサザとでの準備ということで、本当にココアのみになるのではと不安だったが、杞憂ですんだようだ。 「本当は私もケーキとか……サザさんと一緒に作りたかったんですけど、サザさん、どーぉしてもいやだっ、って聞かなくって」 結果的に、参加者から様々な料理が集まったわけだが、何もなかったらどうするつもりだったのだろう。 ……多分、どうもしないのだろうけれど。 「あ。フィルさん、お誕生日プレゼントです♪」 よぎった思考に一人くすくすと笑ってから、ナミキは思い出したように白い手袋を差し出す。 フィルは白やクリーム色など淡い色を醸し出す雰囲気だなぁ、などと思いながらの手編みの品だ。 早速装着してみて、フィルはサイズのぴったり合ったそれを、眺める。 「ふむ。やはり手編みはいいな。暖かい」 両手をあわせてみたり、何度か握ってみたり。気に入って、もらえたようだ。 ほっとしたように、ナミキはココアをすする。 そんな場に、ひょこり、剣振夢現・レイク(a00873)が顔を覗かせてきた。手にしているのは、液体の入った、小さな瓶の様だが……。 「成人記念に、ココアにお酒でもどうだ?」 「いや、酒に強い身でもないからな、気持ちだけもらっておこう。それにしても…久しいな、レイク」 彼と会ったのはずいぶん、本当に遠い以前だ。 懐かしい姿と再会できるのは、それだけで嬉しいものである。 「例の二人もこの前の酒場で見る限りは元気そうだったし…いい方向に向かっているのだろうな」 しみじみ。ともすれば語らいが始まりそうな雰囲気だったが、レイクは、小さく微笑むだけ。 そうして、テーブルの上に、とん、と包みを置く。 「土産に料理、と思ったんだが、家を出るときに止められてな……お菓子だけだが、よかったらどうぞ」 ココア好きの彼女のためにと、色々なものを入れた料理を作ったのに。 こんな食品サンプルもどきを人様に渡すなと取られてしまったらしい。 「どれも斬新な味がして外見にも凝ってたんだが、残念だ」 去り際に呟いた言葉は、聞かなかったことにしておこうと思ったそうな……。
「ご無沙汰してます〜。お誕生日おめでとうなのですよ〜♪」 駆け出しのころ以来だと、懐かしむように告げて。百合の舞刃・クーヤ(a09971)は、切り分けられたバームクーヘンを差し出す。 それはココアパウダーが振り掛けられた、ほんの少しだけ形の崩れたもの。勿論、クーヤの手作りだ。 ちなみにぶっ刺さっているろうそくはティフェルがやったものだ。 「お菓子作りは不慣れゆえ不恰好ですが…お口に合いますか〜?」 弱気な表情で伺うクーヤに、一口、無言で食べたフィルは、ふと、小首をかしげる。 「甘いココアに合わせるのには丁度いい。それに…クーヤが言うほど、不恰好でもないと思うが?」 見た目も、香りも、味も、観賞するように堪能して、微笑むのであった。 と。 「フィルさん、はぴはぴバースディ♪ 年の数だけココアをどうぞっ」 飛びつきそうな勢いで、イーシアはどどん、とマシュマロ(お徳用)を差し出す。 「ココアにマシュマロ入れると、ふんわり甘くなって美味しいの、知ってた?」 「試したことはないな」 「ならばぜひぜひ試すですっ! さぁ弟子っこ、準備は良いもこよっ」 言いつつ、フィルをはさむ形で、イーシアの反対側からささっとココアを差し出すティフェル。 ココアの熱でマシュマロがふわりと溶けていくのを見届けると、気体に満ちた眼差し二つを受けながら、すすってみる。 「あぁ…確かに、甘みが増していい感じだな」 微笑と共に好評をもらい、師弟は仲良くハイタッチ。 一緒になって、マシュマロ入りココアをくぴくぴしていた。 「それにしてもレンさん考案のタイトル素敵ですね〜」 「ところで、何が「ポロリ」するのかなっ♪」 「冬ですし、胸ポロリはありませんね〜」 「んー。首とか?」 感動を訴えるティフェルに応える、どきどきわくわくなイーシアの呟きに、さらに微妙な相槌を返すクーヤ。 そして、たまたま背後を通りかかったレン。 「……え?」 そうして、固まるティフェルとイーシアに物凄くイイ笑顔を見せて、呆気にとられたクーヤに意味もなく親指をぐっ。として。最後には皿洗いの手伝いあたりに向かうのであった。
場は一層盛り上がりを見せ、エスペシャルの歌が、ラジスラヴァの伴奏と共に贈り物として披露されたのを初めとし、楽風の・ニューラ(a00126)、孤島パズル・イエンシェン(a30743)の演奏が美しく響く。 賑わいも好きだが、穏やかな雰囲気を与えてくれる調べも、胸を暖めてくれるものだ。 ふぅ、と、小さく、息をつくと、知った顔がいることに、気づく。 「フィル、誕生日おめでとさん〜」 さらりと音のするココアパウダーが詰まった瓶を差し出し、朽澄楔・ティキ(a02763)はのんびりとした調子で告げる。 見上げ、苦笑めいた笑みを浮かべると、フィルは問うた。 「あのカカオの飾りつけは、お前か?」 「料理が得意でもない身だからな、他の事でココアを活用したかったわけだ。まぁ…カカオってのは無骨で飾りには似合わんけどな」 失敗したかというような調子のティキに、小さく首を振って、フィルは、今度は笑う。 「そうでもない。変わってはいるが、あれも賑やかでいいものだ」 「まさにココアだらけ、ですね」 不意に、演奏を終えてきたらしいニューラが、ぺこりと礼をして呟いた。 「お誕生日おめでとうございます。フィルさんが美味しくココアを飲めるように、プレゼントを贈らせていただきますね」 にこり。ニューラが差し出したものは、白磁に赤い木瓜の花柄があしらわれた、ポットとカップだった。 ただし、普通のそれとは違い、何やら独特の形をしているようにも見えるが……。 「チョコレートポット、というやつか。聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだ。綺麗なものなのだな」 珍しく、嬉しそうな表情を見せたフィルは、それを手に取り、まじまじと眺めながら呟く。 どうやら、気に入ったらしい。くす、と、ニューラは小さく微笑んだ。 と。 「あら…どうしましょう…かぶってしまいました……」 不意に、戸惑ったような声が聞こえた。 きょとんとしながらそちらの方を見やれば、ココアパンのサンドイッチをさりげなくテーブルに並べつつ、ノソリン柄のポットとカップを手にしたイエンシェンの姿が。 どうやら、プレゼントがニューラとかぶってしまったらしい。 困ったような表情をしているイエンシェンだが、ぽふ、と頭をなでられる感触に、顔を上げる。 「二つあれば、大勢で楽しむことができる」 小さな笑みに、見つめられ。 「あ…おたんじょうびおめでとうございますなのです」 最初に言おうと思っていた言葉と共に、それを差し出すのであった。 くぴ、とココアを一口だけ啜り、エスペシャルはじぃっと、会場を眺めていた。 「あまー」 甘い。口にしたココアも、会場を包む香りも。 けれど、暖かい。カップを満たすココアと同じように。 少しだけ変わった空気の中、二年ぶりの誕生日は穏やかに、幕を閉じるのであった。

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参加者:11人
作成日:2006/02/18
得票数:ほのぼの16
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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