<リプレイ>
●幸か。不幸か。 動物愛好魔術師・ミサリヤ(a00253)の見上げる空に、剣閃のような月が浮かんでいる。 全員揃うのを待たずして、モンスターとの戦いに臨む彼らの不幸を嘲笑っているのか。 それとも、この村に被害が出る前に止める機会を与えられた幸運に微笑んでいるのか。 ……月が何を考えていようと、やることは決まっている。そう自分に言い聞かせ、蒼穹に閃く刃・ジギィ(a34507)は『収集家』と『蔵』と呼ばれる二体のモンスターを睨み付けた。 「今は……ただ全力で、出来うる事をするだけです」 「うん。皆が来るまではおれたちだけで頑張らなきゃね!」 ミサリヤの言葉を背に、 「これ以上決して、犠牲者は出させません」 と、翼を持ちし小さく儚い盾・シフ(a36739)は、『蔵』の存在を頭から排除して収集家の横に回る。 (「横からの攻撃で、注意を引き付けられれば……」) 重騎士である彼女が抜けたことで正面は薄くなるが……シフはそのリスクを犯してでも、敵の注意を逸らせる可能性のある方法を選択した。 「あなたが与えた痛み、今度はあなたが味わいなさい……!」
「鍛冶屋さん、表に出てきちゃ駄目だ!」 「裏から逃げて下さい!」 ジギィと共に鍛冶屋の店主に避難を促すと同時、ミサリヤは戦場の左右へ視線を走らせる。幸いなことに村人の姿は無いが…… 「ジギィ! シフ! 『蔵』が鍛冶屋に向かってる!」 だが、ジギィは収集家の正面、──離れれば後ろががら空きになる鍛冶屋と敵の直線上を動けず、横に回ったシフは収集家との戦いに専念してしまっている。 となれば残るは自分しか、いない。 「……まさか、おれが接近戦なんてね……!」 暗い闇をなぞるように伸びてきた『蔵』の舌が狙うのは──ミサリヤの杖! 「喰えるものなら、喰ってみなよ!」 カウンターの勢いで、剣のように突き立てたミサリヤの杖から炎が踊る。 だが、三頭の炎で身を焼かれながらも『蔵』の動きは止まらない。それどころか、攻撃を加えられた途端、これまで杖狙いだった攻撃が、ミサリヤ自身にも向いた。 ──いつでも離脱できるように、十分気をつけていたはずだった。 けれど、心構えではどうしようもない能力差があったのもまた事実。ミサリヤと『蔵』は、正面から戦う上で最悪の形に能力が噛み合っていた──
「さぁ、俺はこっちですよ!」 ジギィの手で煌く一刃は音速にも近い斬撃。鎧をも透す衝撃波と交錯するように、収集家は自らのコレクションである双頭剣を虚空から抜き放つ。 飛来する敵刃の軌道を逸らすために噛ませた太刀の上で、銀の火花が闇夜に爆ぜた。己が剣の悲鳴を聞きながら、ジギィは『収集家』の次なる攻撃に備えようとする、が── (「かわしきれない──!?」) 素の能力だけでは、やはりモンスターが勝る。 (「防御手段か……じゃなければ、せめて盾でも用意してくれば良かったです、かね……」) 肩から胸に掛けて噴き出した鮮血の噴水が、ジギィの髪を赤く染め上げた。
「ミサリヤさん!? ジギィさん!?」 攻防一体の『ホーリースマッシュ』は、シフ自身を守る役には立ってくれたが、仲間を守る盾とはなり得ない。 『蔵』の体当たりでミサリヤが近くの民家に叩きつけられるのと、収集家の放つ細身剣がシフの視界に迫るのは、ほぼ同時。 「つっ……!」 いくらモンスターが強力とはいえ、シフの身に纏う鎧を一撃で貫くことなど出来はしない。 けれど。それは一撃ならばの話だ。 この一時を凌いでも、本来ならここで入るはずの癒しの手は届かない。唯一の回復役だったミサリヤを守りきれなかった以上、シフにはもうどうすることもできなかった……
●速かった。それでも遅すぎた。 黒紫蝶・カナト(a00398)は、見えてきた戦場をただ、睨む。 自分の脚が許す限りの速さで走ったはずだった。 風よりも速く駆けつけたはずだった。 それでも……遅すぎた。 持ちこたえてくれよと願う、剣振夢現・レイク(a00873)の心とは裏腹に、ミサリヤが倒れ、ジギィも倒れ、今、くず折れるシフの白い翼の隣に、赤く大きな鮮血の翼が生える。 「くそっ……間に合わなかったか……!?」 三人を打ち倒し、錆びた鎧を笑い声のように軋ませた鎧の騎士に向け、天を駆け地を翔けるが如く屋根を疾駆する、月吼・ディーン(a03486)が、吼えた。 「我が呼び声に応えろ……イヴィルブラッド!」 闇夜に溶け込む黒の魔槍を手に、減速など欠片も考えていない最後の一歩が屋根を砕く。 収集家がその突撃を回避する手段は……無い。 「にひひ。逃げられると思ったら大間違いにゃよ?」 蒼首輪の猫・ルバルク(a10582)とレイクの手には、舞い散る虹の葉の嵐。 騎士の足下へ降り積もった虹の葉は、敵がその場から退くことを、許しはしない。 だから、直撃は当然の帰結。 己の身そのものを一条の魔槍と変えたディーンの槍の穂先と『収集家』の錆びた鎧の激突は、爆音と鋼の火花を生んだ。 地に深い轍を穿って一メートルほど後ろに引き摺られた収集家の鎧を、高砂の舞姫・ミラ(a19499)の放った紋章の雨が叩く。 「三人とも、大丈夫か?」 「すみません、ディーンさん……助かりました」 「村人に被害が無かったのは、お前達のおかげだ。……よくやった。あとで頭を撫でてやる」 ゴーグルで隠れた瞳が優しく揺れたのは、倒れた仲間を見た刹那だけ。収集家に向き直ったディーンには……慈悲の無い、刺すような視線が戻っていた。 「……ゆっくり見てろ。次は俺達の見せ場だ」 「ふん、『収集家』とは大層な名前だな。俺もアイテムを収集している身だが……正直、お前と同じ扱いにされるのは腹が立つ」 燐火のようにカナトの裡より生まれる黒い炎。背後に舞い上がる召喚獣の黒い羽。黒紫蝶の二つ名を持つ青年は── 「ここで、大事に集めた収集品と共に……燃え尽きろ!」 ──言葉と共に、薙ぎ払う杖から猛る黒炎を吐き出した。
村人の犠牲が無い代わり、仲間に被害が出た。 冒険者である以上、被害は当然のことだが……決して、それに慣れることなど出来はしない。 「レイク……さん……『蔵』が……」 奥歯を噛み締めて倒れた三人の治療に回るレイクに、身を起こすのがやっと、という風情のミサリヤが、切れ切れの言葉で警告を放つ。 レイクの瞳に映る『蔵』は、いつの間にか、かたかたと蓋を揺らし始めたところだった。その様は、攻撃のために力を貯めているようにも見える。 「どんな能力を持っているのか興味はあるが……不確定な要素は排除させてもらおう」 再び、冬最中でも枯れることの無い虹の葉が、レイクを中心に生まれて落ちて渦を巻いた。 「──例えどんな能力を持っていようと、これで関係ない!」
●薄氷の…… (「まずいですね……」) 地に伏せるジギィの瞳に映る、仲間達と収集家の戦いは互角。 ……だがそれも、回復が追いついているから成立する話に過ぎない。 鎧の騎士が虚空から引き出す一撃は、一人の手で癒し切れるほど生易しい威力ではない。ミサリヤが戦えない今、味方を癒す術を持つのは、カナトとレイク、そしてルバルクがそれぞれ数回ずつ。それが尽きた瞬間、均衡は崩れる。 互角に見える戦いは、その実、ごくわずかな間だけ互角に戦える、薄氷上での戦闘に過ぎなかった。 (「こんな時に、動けないなんて……!」) 体が動けば、この均衡をほんの少しでも有利に傾けられるというのに、ジギィの身を走る深い傷はそんな儚い願いも許してはくれない。 ……そして、均衡が破れるタイミングは数分と経たずに訪れた。 「猫は回復打ち止めにゃなー……ミラは支援に回れるかにゃ?」 「ごめん……ちょっと準備不足だったかも……」 「……気にするな。ならば、こちらが倒れる前にあちらを倒し切ればいいだけのことだ」 ルバルクへ小さく首を振るミラに、頷き一つ。ディーンは、必殺の気合を乗せた槍に手を添える。 ディーン……いや、この場にいる全員の脳裏に撤退の選択肢は全く無かった。なら、残る手段は一つしかない。 「砕け散れ、破片も残さず! ……コード、エクスプロード!!」 破壊と轟音の戦場の中で、敵と自分を繋ぐ直線だけが確かな世界。 手を腕を、足を身を裂かれてもディーンは止まらない。魔槍の穂先で貫くと同時、爆ぜる敵を蹴り飛ばしてディーンは真横に跳ねた。 ──刹那。彼の駆け抜けた道を追うように、灼熱の火線が走る。 ルバルクが突然切った切り札『エンブレムノヴァ』は、彼女にとって最高の──モンスターにとっては最悪のタイミングに他ならなかった。 「この面子は2月のイヴェントみたいに『甘くない』にゃよぅ?」 これまで支援に徹していたルバルクが攻撃に回ったのが予想外だったのか、決して浅くないダメージを身に刻んだ収集家は、それでも倒れない。 目の前の敵が持つ武器が、今まで彼が目にした中で最も強力な物だと知ってか、収集家はコレクションの中から、最強の一刀を織り上げる。 苦しくも形は儀礼剣。目の前に立つ青年──レイクとひどく似た形。 「生前の趣味が武器収集だったとしても、今となっては物悲しいだけだな……」 高い位置から射ち下ろされる朽ちた儀礼剣を、左手の『可侵楽土』で打ち払うと、逸らしきれなかったダメージを無視して、レイクは右手の儀礼剣『祈願夢残』を肩口に構える。 「……今、ここで終わらせてやろう」 陽色のドールの前に立つ姿は騎士にも似て、しかし、放たれるのは斬撃ではなく紋章の一閃。ルバルクのものに勝るとも劣らない灼熱の一撃に添えて、カナトが動く。 「とどめだ……!」 ひゅっ、とカナトが伸ばした指先に昏く小さな火が宿る。 火は彼の持つ『炎環』を伝って炎となり、カナト自身を焦がしそうなほどに黒く。熱く。敵を焼く。 地形すら変えそうなほどの連続攻撃に、拍手するかのような土煙が巻き上がった。 「やったか……!?」 「……まだです!」 シフの言葉と、砂埃を貫いて飛来した両手槍がミラの体を大きく抉ったのは同時。 再び虚空に浮かび上がる武器が、冒険者達の願いとは裏腹に、まだ収集家の命が絶たれていないことを示していた──
●守れたものは確かにあった 勝てなかった。だけど、負けもしなかった。 「……倒し切れなかったね」 ミラの表現が、この戦いの全て。 あの後、立ち上がってきた収集家は何とか倒せたものの、それを見て逃げ出した『蔵』を追う余裕は、冒険者達に残されてはいなかった。 「ここでケリを付けたいところだったが……仕方ないさ。追っていれば最悪全滅の危険もあったからな」 『蔵』の詳しい性質も不明のまま。連携が必ずしも十全に機能しなかった中、レイクが『蔵』に自分の行動をさせなかったのは間違いなく正解だったが……何と言うか、納得のいかない気持ちは少しだけ、ある。 「本体と思われる収集家が倒れたわけですし、たいした力は残っていないと信じたいですね」 全員の無事を感謝した村人が用意してくれたお茶を手に、ジギィは静かにつぶやいた。
「疲れたにゃー……」 「はしたないぞ、ルバルク」 苦笑するディーンの言葉など気にもしない。 地面に大の字になって転がるルバルクの顔は、実に残念そうな色を湛えていた。例えて言えば目の前で魚に逃げられた猫、そのもの。 「ここで倒して、蔵が溜め込んだ武器をもらう予定が狂ったにゃよー」 「……一応聞こう。一体どんな武器が欲しかったんだ?」 「もちろん、魔導書で内容が霊査士・ユリシア受け──」 ぱん。と、戦いの疲れを感じさせない動きでディーンは咄嗟にルバルクの口を塞ぐ。 「……それ以上言うのはやめておけ。危険すぎる」 どこか遠くから鎖の音が聞こえてこないか耳を澄ませながら、ディーンは、静かに、深く、首を振った。 「そんなこと言っている元気があるなら、俺達の壊した瓦礫を片付けてる村人の手伝いに行くぞ」
「……危なかったです」 「おれたちだけじゃ全滅してたよね……仲間ってホント有り難いよ」 今回の戦いを振り返って息を吐くシフとミサリヤ。 ミサリヤから手渡されたお茶を受け取り二人を見るカナトは、どこか憂いのある表情を湛えていた。 「……倒しきれなかった、か。もしできるなら、『蔵』を倒して武器を持ち主に返してやりたかったところなんだけどな……」 「……カナト。でもたぶん、ほとんどの持ち主は、もう──」 「わかってるさ。だから」 青年の指差した方向に視線を投げれば、見上げるミサリヤに微笑む月。 カナトは最後の言葉の前に、少しだけ視線を緩めた──ように見えた。 「……せめて、空に返してやりたかった……そう思う」

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参加者:8人
作成日:2006/02/22
得票数:戦闘10
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冒険結果:失敗…
重傷者:動物愛好魔術師・ミサリヤ(a00253)
白妙の巫女姫・ミラ(a19499)
蒼穹に閃く刃・ジギィ(a34507)
翼を持ちし小さく儚い盾・シフ(a36739)
死亡者:なし
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