彼女改造計画〜オリヒメの一日カフェ



<オープニング>


「むぅ……」
 稚日女尊・オリヒメ(a90193)は、手鏡で自分の顔を映し、考え込んだ。
「私って、そんなに不機嫌な顔をしているのでしょうか?」

 話は少し前にさかのぼる。
 彼女が冒険者の酒場で仕事を探すついでに昼食を摂っていた時の事。オリヒメの近くで食事を摂り終えた、南国の太陽・オープスト(a90175)と会ったのだが、そのときに一言。
「ん? なんかあったのか?」
「え?」
 びっくりするオリヒメ。彼女は別に怒ったり悲しかったりしていたわけではなく、ごく普通に食べていただけである。それなのに心配されるとは。
「悩みがあるなら言ってすっきりしちまえよ」
「いえ、大丈夫です。ご心配ありがとうございました」
「そうか? まあそれならいいんだが。んじゃ、またな」
 食事を済ませて場を離れるオープストを、オリヒメは目線で見送った。
(「どうしてオープスト様は、私が困りごとがあるとお思いになったのでしょうか。……顔を見て仰ったという事は、顔に問題があったという事ですよね」)
 今度は本当に悩み事が出来てしまった。オリヒメは食事を続けたが、注意が思考に回っていた為、味はよく覚えていない。気がついたら、いつの間にか鏡を覗き込んでいた。

 試しに、口元の端を吊り上げて微笑み顔を作ってみるオリヒメ。
(「別に楽しい事があったわけでもないのに笑っているのも変な話ですよね。人を馬鹿にしていると取られかねません。それに容姿に優れていない自分には似合いませんし、表情の維持に注意を払うよりは、冒険者としての責務や、請け負った事に真剣に取り組むことが大事です」)
 作った表情をすぐに元に戻す。悩むのはここでお終い。
 冒険者の酒場に来たのは、依頼を探す為の他にもう一つ。近々春の訪れを願う祭りが行われるのだが、実は彼女を含めた数名でカフェの出店を一軒任されており、今日はその準備の為の外出だった。
 元々は彼女の知人が出店のメンバーだったのだが、都合で参加できなくなり、代理をオリヒメに頼んだというわけである。
 その知人は元々料理担当で、そこで家庭料理ならば問題なくこなせるオリヒメにお鉢が回ってきたのだ。
(「確かカフェの出店という事ですが……何のメニューを提案しましょう」)
 そろそろ集まりの時間が来た。オリヒメは持っていた手鏡でもう一度、何気なく自分の顔を映し。そして懐に戻して店を出るのだった。
(「あ、チョコドリンクなんかいいかもしれませんね。明日から材料も安く手に入りそうですし」)

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参加者
NPC:一輪の花・オリヒメ(a90193)



<リプレイ>

●心誘うカフェの宴
 稚日女尊・オリヒメ(a90193)は、就寝前に机に向かい、ダイアリーの鍵を開け、今日の出来事を綴ろうとした。
 色々な人と出会い、話をして。何から書こうかと迷う彼女。先程から筆は進んでいない。
「何があったか、まずは整理してみましょう」
 そう考え、今日一日の出来事を振り返った。

 春の訪れを願う祭。オリヒメが手伝いをするカフェは中々評判がよく、品切れを起こす前にと彼女が材料の買出しから戻る途中、オリヒメは少し祭りの通りを見回した。
 パンを売る店、矢を当てる店。青いドリンクを売る店。様々な店が立ち並んでいる。
「いらっしゃいっすー♪」
 リョクはオープストと一緒にアオジル屋台を切り盛りし、物珍しさに来た客に笑顔で営業をしていた。急いでいた彼女は、屋台で一杯頂いた。それは一般的に決して美味しいわけではなかったが、健康に対する情熱が満ちていた。
 また、そこから少し進んだ広場では、ラジスラヴァが歌と踊りを披露しており、道行く人の足を止めて視線を集めている。その彼女が舞いながらオリヒメの処に足を進め、そして軽く手を取る。踊りの誘いだ。折角の祭りでもあるので、その誘いに身を任せるオリヒメ。ほんの少し踊った後、彼女はオリヒメを放し、微笑む。
「一緒に踊ってくれてありがとう。また一緒に踊りましょう」
 また機会がありましたら。そういって別れ、オリヒメはカフェに戻った。
 スイーツの類は前日から仕込みをしており、改めて作る必要は無い。調理側には余裕があったので、オリヒメはトレイを手に接客に回った。

 クロゥンド、ミツハ、オカミ、アンナの4人は一つのテーブルで談笑していた。オリヒメは追加注文のお茶が入ったティーポットを置く。
「ありがとう」
 どうぞごゆっくりなさって下さい、と慎ましくお辞儀して次のテーブルにオリヒメは向かう。クロゥンドはポットのお茶を自分のカップに注ごうとしたとき、ミツハがポットをひったくった。
「あ、ちょっとまって。アタシ、そのお茶味見したいっ。ん、おいしーっ」
「うちもお茶頂戴っ」
「あ、私もっ。……空になったわね」
 仕方が無いなと肩をすくめ、クロゥンドは新しくお茶を注文しなおした。
 仲が良いご家族でしょうか、女性3人が囚われの所を殿方が救出なさった過去の話のようですが。聞こえた会話から4人の素性を考えだそうとした所で、オリヒメは人の話を立ち聞きしていた事と、過去を詮索しようとした事を恥じ、更なる追加注文を他の店員に任せた。

 昼時になり、自分が預かる厨房に戻るオリヒメ。カフェにある食事メニューはカフェ飯と呼ばれるような洒落たものはなく、生家伝統の配合であるブーケガルニスープや、シチューといった汁物が中心だった。
「オリヒメさん! カフェのお手伝いするよ〜!」
 とヴィナは手伝いに回っているが、彼女が担当したカレースープは何やら緑色で、これを出していいものかとオリヒメは真剣な顔で思案、店員達の即決会議でそれは賄い用となった。
 オーダーの品を鍋から皿に移し、店員仲間が届ける。繁忙時間が過ぎ、客足も緩やかになった所で、再び彼女も給仕に出る。
 シーマリネィア、フェミルダ、サクラコの3人も、一つのテーブルを囲んでスープを飲んでいた。
「という訳で、何とか退治でき、皆さんを守れたんです。私は大怪我しちゃいましたけど」
「大変でしたね。私も皆さんの盾になれるよう頑張らないと」
 3人の少女は重騎士。笑顔で語るシーマリィネの依頼話に花が咲いている。例え大変な経験でも、今は仲間と笑って語れる思い出。近くを通ったオリヒメも、冒険者としての誓いを心で復唱する。それと同時に、苦楽を語り合える3人を羨ましくも思った。
「このお料理すごく美味しいですよっ」
 その時、サクラコはにこやかに料理のお礼を言った。ありがとうございます、と礼を返すオリヒメ。その顔は接客として粗相のない笑顔だ。だが、彼女にその気が無くとも、それが少し慇懃無礼にも見えたのだろうか。
「(む、あれが件の女ソルレオンか。やばいな、なにか睨まれているような……)」
 小声で言ったテンユウの声がオリヒメに届く事はなかったが、負の思いを抱く者は負の思いを抱かれる気になるというもの。彼は普段よりも一際大人しく食事を平らげた。もっとも、その思いは彼女がもっと自然な笑顔ができるんじゃないかという印象から来たものだ。
「(何か硬い感じがするわね。せっかくのお祭りなんだし給仕の仕事も楽しんでやった方が良いんじゃないかしら?)」
 エストリアがこっそりと、オリヒメに耳打ちをする。もしかして楽しめていないのではないだろうかという心配しての事だ。オリヒメは数日前にオープストが声を掛けてきた事も思い出し、頑張って笑顔を作り礼を言った。少し無理している感じが否めない。
「うう、お、お姉さん。申し訳ありませんが水、水を」
 テンユウが思考の波が満ち引きに揉まれている事は露知らず、その間にオリヒメはヘラの介護に回っていた。急いで水を持ってくるオリヒメ。ヘラが急いで食事を食べすぎ、喉を詰まらせたのだ。差し出された水を、脂汗を流しながらヘラが一気に飲み、食道のものを胃に流す。大丈夫ですかとオリヒメは彼女の顔を覗き見た。
「いやいやいや、大丈夫です。心配要りませんとも、うっ」
「ここは自分がお送りしよう」
 やはり少し気分が良くないのだろうヘラを、近くでチョコパフェを食べていたクレセントが、救護テントに送ろうかと申し出た。
「では、失礼する」
 オリヒメも着いていこうとしたものの、二人が大丈夫と何度もいうのに任せ、彼女は引き下がってヘラのテーブルの皿を片付けた。

 忙しく元気に働く中、注文も軽食からカフェとスイーツ中心に変わっていった。この店の人気メニューは、甘くてかつほろ苦いチョコドリンク。
「これがおいしそうですね。チョコドリンクをいただけますか?」
 はい、チョコドリンクお一つですね。ありがとうございます。とアスティアの注文を復唱するオリヒメ。カフェの接客に慣れてきたのか、若干余裕が感じられる。
 不意にその一角で複数の笑い声が聞こえた。チキンレッグの少女を中心に、笑いの輪が広がっているのだ。
「ピルルの顔に何かついてますの? 何方か鏡を貸して下さいですの」
 携帯していた手鏡をオリヒメはピルルに差出し、ピルルは自分の顔を映す。
「こ、これは! まるでチョコの口紅みたいですのー♪」
 大喜びのピルル。ハンカチーフでクチバシのチョコを拭い、手鏡をオリヒメに返した。オリヒメの顔に若干の笑みが浮かんでいる事にアスティアは気づく。指摘するとその表情をすぐ止めそうなのでそのままに、アスティアは出されたドリンクをいただきますと言って一口。
「おいしい」
 その感想に礼を言うオリヒメ。先程の事で顔の緊張が取り去られていた事もあり、素直な笑顔が出ている。自分が提案したメニューが好評だという事もあるのだろう。
「鎧や武器の変わりに食べ物や飲み物片手に忙しさと戦うのもたまにはいいでしょ? オリヒメのその格好も結構似合ってるかも♪」
 ボナがチョコドリンクのカップを手にしたまま、彼女を褒めた。オリヒメは、祭りを盛り上げる事も士気を高める為に大事ですしと、前置きを一言入れてから、褒められた事への礼を言った。前置きは堅かったが、彼女の顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。エークスは彼女のちょっとした慌て様に、お茶請けを置いてクスクスと笑った。店員と客が織り成す空気が、店舗を明るく暖かくしている。この場所だけは春がもう訪れているかのようだ。
「こんにちはオリヒメさん!」
「オリヒメ、久しぶり〜」
「あ、あの……オリヒメさんお久しぶりです」
 リュウ、ロック、セラの3人が、同時に入店してきた。近くでたまたま一緒になったらしい。早文した。リュウもチョコドリンクを頼み、この間の冒険はお疲れ様でした〜、とロックと歓談する。しばらくして、オリヒメが3人の元に、注文の品を持ってきた。
「うーん、美味しいね〜」
 笑顔で味の感想を口にするリュウに、オリヒメは礼を言う。
「笑いや楽しさって周りに伝染するんだ。そしてそれは、どんな状況の時にも人に活力を与えてくれる。自分が笑う事で少しでも皆が幸せになる。……素敵な事じゃないかな」
「うん。そうだよね♪」
 店の空気で、ロックは今の彼女なら大丈夫な気がした。彼の言葉に、笑顔で周囲を幸せにしたいと願うリュウが同意する。
 一方のセラはというと、オリヒメに熱いまなざしを向けていた。オリヒメが視線に気付き、何かありましたかと彼女に尋ねると、セラは視線の意味を隠すようにお茶のおかわりを注文する。
(「はぁ、オリヒメさん、やっぱり素敵です」)
 決して悟られてはならない秘めた思いに、彼女は悶絶した。
「がんばってますね」
 ヴァゼルが席に着くと、厨房からヴィナが顔を出した。
「ヴァゼル、お誕生日おめでとう〜!」
 ヴィナはヴァゼルが所属する旅団の団長であり、彼の誕生日を心から祝福した。今日がそうというわけではないが、時にはフランクに祭りに合わせるのもいいのかもしれない。何故なら旅団外の冒険者も彼を祝ってくれるからだ。即席の誕生日会となり、オリヒメも彼の誕生日を祝って、秋になったら私の誕生日も祝って下さいねと、少し冗談めかせて言った。

●扉開く力の言葉
 お客様であり仲間である人々との出来事を思い出して綴るオリヒメ。祭りで出会った人のほとんどが、笑みを浮かべていた。そしてそれはオリヒメにもいつの間にか。
「色々な人が私如きを気に掛けて下さっていたのですね」
 客として遊びに来てくれた人から、色々アドバイスを貰ったりもした。そのアドバイスを無にしないように、彼女はそれを別記する。

「ここに一つの依頼がある。町に出る狼を退治するものだ。戦闘以外でどんな事が出来ると思う?」
 アネット様がお受けになった依頼についてです。町の人を守りやすい所に避難誘導する事でしょうか。その時私はそう答えました。
「それも勿論大事だが、同時に安心感を与える事も重要なんじゃないだろうか。例えば、表情や声のトーンとかで」
 演じるという事でしょうか。いえ、そうではないですね。少し、判ります。

「たとえば、あなたの目の前で子供が泣いていたとします。もしあなたがその子を泣き止ませ、そしてその子が『ありがとう』と笑ってくれたなら。あなたは、笑みを向けられて嬉しいと思えますか?」
 リシエ様の問いです。その笑顔が社交辞令であるならば別ですが、きっと嬉しいと思います。
「忘れないで。人と笑い合える日々は、きっと楽しいから」
 そうですね。それが私の日常となるでしょうか。何だか少し、皆様が羨ましく思えます。

 ニューラ様がナイフを落とされ、私が拾い新しいナイフを差し出した時です。
「笑顔って、うれしいから笑うのではなくて、笑顔だからうれしくなるってこともありますよね。例えば赤ちゃんは目が合うだけでにこっと笑いかけたりしますでしょう?生きていることへの感謝を表しているのかもしれませんね」
 皆様の言葉をバラバラに捉えるのではなく併せて考えたら。少しずつ、見えてきた気がします。

 ベテネーラ様が料理の作り方をお尋ねになりました。
「どうしたの?眉間に皺が寄ってるわよ? 何か気に障ること言ったかしら」
 決してそのようなわけではありませんが、そう映ったという事なのですね。
「人の瞳の光は神様の鏡のかけらが反射している光なの。鏡だから当然嫌なものを見れば嫌な光が反射するし、素敵なものを見れば素敵な光を反射するのよ。自分が返して欲しい顔は相手にもあげなさいね♪」
 そうですね。私も体験しました。私は照らす側に回れるでしょうか。

「真面目ゆえに、その……周りがあまり気にしていないことを深く気にしていそうなのが気にかかるけれど。彼女は、彼女らしいまま自然体で十分素敵だとおもうわ。ね」
 アティ様はお連れのガルスタ様に同意をお求めになられました。色々と考えすぎなのでしょうか。ガルスタ様は頷かれ、食事の礼を申されてお二人で退店されました。

「オリヒメさんはオリヒメさんで良いのだと思います。ただ、今そうやって眉を寄せてらっしゃる姿を見ると、見ている側も心配で眉が寄っちゃうかなと。えと、まっすぐ真摯な瞳やご姿勢はそのままでも、ほんの少し余裕がある時は微笑みも一緒になると、見ている側もつられて気持ちが明るくなると思います」
 ファオ様もアティ様とベテネーラ様とを併せた事を仰いました。余裕。確かにそれが私には欠けていた気がします。

「オリヒメさん、仕える者にとって最も大切なのは笑顔です。そうやっていつも眉間に皺を寄せていては、ご主人様の気持ちも落ち着きませんよ。はい、こんな風に笑って下さい♪」
 ステラ様の笑顔を私も真似してみると、ステラ様は私の横腹をくすぐりました。あまりのこそばゆさに、私はその時は声を出してお腹を振るわせてしまいました。
「ん、その調子です。オリヒメさん、とてもお綺麗ですよ。これからは、もっと自分に自信を持って下さいね」
 その時の私の顔はどんなだったでしょうか。変で無ければいいのですが。いい笑顔というものを練習していこうと思います。

「真面目なこともよいのじゃが、時にはリラックスして皆と笑い合う、そんなことも必要じゃ。楽しむときは楽しむ真面目にやるときは真面目にやる。そのメリハリをつけねばならんと思うておる」
 力が必要な時に出せるように、休息を交えて集中力を養うという事ですね。わかりました、ラピス様。

「うむ、あまり深く考える必要は無いと思うのだがな。急に変わるのは無理だが、少しずつ変えていけばいいと思う」
 ジョセフ様は以前ご一緒した依頼のお話をした後、そう仰って下さいました。
 ありがとうございます。そうでうね。少しずつ、努力をしていこうと思います。

「何か悩みでも有るんじゃないか? ま、ここじゃ話しにくいだろうし、気が向いたらうちに来てくれ。話を聞くなり相談相手にはなるからな?」
 レオニード様、お気遣い有難うございます。本当に行き詰った時に、お話を聞いて頂こうと思います。

「まぁ、私もよく誤解されるが必要な時以外無理する事も無いな。私は手鏡をいつも持ち歩いていたりする女の子らしいオリヒメを知っている。参考になったか?」
 女の子らしい。そう面と向かって言われると気恥ずかしいです。シリウス様も、ありがとうございます。

●岩戸は開かれた
 オリヒメはペンを置き、もう一度手鏡を持ち笑顔を作って映した。
 ぎこちない。オリヒメはそう思った。普段使っていない顔の筋肉を使っているからだろう。
 笑顔が出来て不都合な事はない。表情の修練を積むと改めて決意し、オリヒメは明かりを消して眠りにつくのだった。


マスター:falcon 紹介ページ
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参加者:36人
作成日:2006/03/04
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