<リプレイ>
●雪の里 爽やかに晴れ渡る空は青玉を溶かしたように鮮やかな青。 降りそそぐ穏やかな陽光を受け止める大地は輝くような白い雪に覆われて、青と白の美しいコントラストを作り出していた。 雪の中に掌を合わせたような三角屋根を持つ民家がちらほら見える。屋根の軒より下はすっかり埋もれているらしく、雪上に見えるのは三角屋根の部分だけ。その様が何だかとても面白くて、仄暗い月・メリト(a39290)は思わず瞳を緩めた。 だがよくよく見てみると、三角屋根の合間から何やら怪しい物体が近づいてくる。輪状の模様が幾重にも描かれた円い物体が、くるくるくるくる回りながら風に逆らうようにこちらへと―― 「……何だありゃ?」 メリトが訝しげに眉を寄せた瞬間、怪しい物体がふわりと身を翻す――と思ったら、それは若草のプリンス・オージ(a31491)がさしていた蛇の目傘だった。オージは貴公子めいた青の瞳でちろりと流し目をくれ、優雅に挨拶を 「やぁ……ごきげんよう、皆さブーッッ!!」 している途中で突如猛吹雪に襲われた。 何故吹雪がッ!? と思いつつ見遣れば、そこには闘気の名残を残したモールを握る紅蓮の絆・シャノ(a10846)の姿。どうやらデストロイブレードで雪を掘っているらしい。 「ごめんなさいなの。でもニノンさんには負けられないの♪」 明るい笑顔でまたもやモールを振り下ろせば、雪上で盛大な爆発が巻き起こる。隣では蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)が、両手をフル回転させてワイルドラッシュの如く……というかまんまワイルドラッシュで雪を掘り進めていた。 「お餅のために頑張るなぁ〜ん!」 気合満点のニノンの集中力は凄まじく、「……キシシ、背後でこっそりにゃ」と彼女のすぐ後ろで遊んでいた黒猫魔術師・ルーニャ(a37367)を掻き出した雪で埋めてしまったことにも気づかない。 まぁ大変と混沌の哀天使・セーラ(a20667)がひっぱり出してやれば、ルーニャはへくちっ! と可愛らしいくしゃみをひとつ。じゅるりと出てしまった鼻水を見遣り、何やら嬉しげに呟いた。 「……おぉぉぉ…鼻水が。……今のルーニャちょっと悪っぽくないですかニャ?」 「フフ……」 良いとも悪いとも答えず、セーラは懐紙でルーニャの洟を拭いてやった。 「早く臼と杵を掘り出すのなぁ〜ん。終わったら雪だるまを作るのなぁ〜ん」 雪を掘る手を休めることなく朗らかに笑う突撃おばさん牙狩人・ケイト(a30037)。黒マントを身体に巻きつけ蓑虫にようになった狂翼の銀蝙蝠・コクセイ(a16410)も、蓑虫ながら懸命に雪を掘りケイトの雪だるま作りに賛同の意を示す。 「皆の形した雪像でも作ろうかな。特徴的な部分を雪で作って……ボギーはラクだなぁ、肩に本体のクマ作っておけばすぐ分かるんだし」 「……という訳だ、ミスター・ボギー。その二頭身のフォルムを余すところなく雪で表現して見せよう」 至極真面目な表情で、九十九道・ハビット(a25682)がハニーハンター・ボギー(a90182)の肩に乗ったテディベアに語りかける。クマは本体じゃないですようというボギーの抗議はさらりと聞き流した。 女性陣が豪快に掘り進めて行く傍らでは、自身も雪深い地の出身であるという終局爆連荘・クラウス(a44757)の指導の下、男性陣が慎重に雪を掻き出していた。 「無造作に雪を掻くンじゃねぇ。こう……スコップで最初に縦に2ヶ所入れてだな、そして下にこう入れれば……な、塊のまま大きく取れるだろ」 銜え煙草で手本を示すクラウスに頷いて、スコップを受け取ったみちゆくもの・アネモネ(a36242)が「ふむ……」と神妙な顔つきで雪に挑む。だが同じようにクラウスの指導を受けていた宵闇を歩く者・ギィ(a30700)は、とうに飽きてしまった風情で何気なく傍らを見遣る。するとそこではあっさり作業を放棄した前進する想い・キュオン(a26505)が雪玉作りに励んでいた。 「……こうか?」 ギィはキュオン謹製の雪玉をひとつ拝借し、てやっとボギーに投げてみる。雪玉はボギーの頬をかすめ、「うわああん何するですか〜!」と抗議の声が届いた。「あははは、悪い悪い」と返しつつ、これは面白いかもと次はメリトに狙いを定めてみる。その楽しげな様に触発されたのか、キュオンも雪玉作りの手を止め投擲体勢に入った。 「俺はお嬢さん方には投げないさっ!」 「間違ってもセーラさんとニノンちゃんには当てないけど……それっ」 ギィの投げた雪玉はニノン達の掘った穴を覗き込んでいたメリトの背に当たり、キュオンの放った雪玉は狙い過たずコクセイの頭を直撃する。二人に隠れるようにしてアネモネがこっそり投げた雪玉は、ギィへ抗議を続けていたボギーの顔面に命中した。 「うわ……!?」 「あたっ! って、あぁ〜!?」 「ふわわわわっ!!」 背中を押される形になったメリトが、蓑虫ゆえにバランスをとりづらいコクセイが、真正面から攻撃を喰らったボギーが、体勢を崩し雪穴へと落ちていく。 「杵と臼見つけたの〜♪」 「出てきたなぁ〜ん! ……って、な、なぁ〜ん!?」 背丈の倍ほどもある深い雪穴の中。シャノとニノンが杵と臼を見つけた瞬間、頭上から仲間達が降ってきた。 「痛たた……いや、邪魔するつもりはなかった。全てはギィのせい……」 「ボクは油断してたところをキュオンに……」 「ちなみにボギーはアネモネさんに……」 「要するに、キュオンさん達は、雪掘りサボってたってことなぁ〜ん?」 首を傾げるニノンに、落ちてきた面々は力強く頷いてみせた。 「キュオンさん……!」 軽い身のこなしで瞬く間に雪壁を上ったニノンが、無造作に雪を掴んで立ち上がる。 固く握り締められた拳の中で、雪が石よりも硬い凶悪な雪玉へと変貌していく様を――何故か誰もがはっきりと感じ取っていた。 「サボってちゃダメなぁ〜んっ!!」
キュオン達三人に炸裂するニノンの雪玉ワイルドラッシュを止めることが、一体誰にできただろうか。
●餅つきの惨事 杵と臼(及びニノンに埋められた三人)を無事掘り出した一行は、長老宅の庭へ場所を移し早速餅つきに取りかかる。丁寧に蒸しあげられた香りもち米は独特の香ばしい香りを漂わせ、空腹を覚え始めた皆のやる気を否応なく奮い立たせていた。 「よし、始めるか」 「いつでもいいよー」 臼に入れたもち米を軽く搗いていたメリトが杵を振り上げ、蓑虫をやめ袖を捲ったコクセイが傍らにつく。ぺったんぺったんと良い音を立てながら二人は淀みなく流れるように餅を搗きあげていった。 「ボギー隊長、後で一緒に餅つきするの〜♪」 「はいですよ〜」 子狐のベラドンナを頭に乗せたシャノとボギーが搗きあがった餅を運ぶ。米粉を敷いたタライに湯気を立てる餅を入れ、料理係の皆を呼ぼうと二人がその場を離れた時に……悲劇は起こった。 「クク……おもちは半殺しが良いのニャ。名前が良いのニャ」 物陰から様子を窺っていたルーニャが無防備な餅に忍び寄る。 素手でむんずと搗きたて餅を掴んだルーニャは、その熱さにもめげず思い切り引っ張ってみた。 みよーん。伸びる。伸びる。どこまでも伸びる。 「キシシ……伸びるニャ、ぺたぺたニャ……おぉぉぉ!!」 どんがらがっしゃーん! シャノ達に呼ばれて庭に出てきたセーラが目撃したのは、興奮のあまり餅を引っ張りすぎたルーニャがタライごとひっくり返った瞬間だった。 「あらあら……遅かったようですわね……」 すみませんですニャと頭を下げるルーニャにセーラは困ったような笑みを浮かべ、餅の代わりにルーニャを連れて厨房へ戻って行く。庭には程なくして追加の香りもち米が運ばれてきた。 じゃあ次は、とハビットとギィが腰を上げる。 「では、呼吸を合わせて行こう」 「よっしゃ任せろっ♪」 もち米を軽く搗き、ハビットが杵を持ち上げる。ギィが臼の餅をひっくり返して纏めようとした……瞬間 「噴ッ!」 凄まじい勢いで杵が振り下ろされた! 「あっぶねっ! びびったぁ……」 上体を捻り間一髪で杵の一撃をかわしたギィはハビットから距離を取って大きく息をつく。ふむ外したか、と物騒なことを呟くハビットからはキュオンが杵を取り上げて。 「杵はリズミカルに動かさないと……餅つきはリズムが大事だからね♪」 言いつつ杵を振り上げると、彼が杵を手にしたのに気づいたらしいニノンが厨房の窓から身を乗り出し手を振ってきた。 「キュオンさん頑張ってなぁ〜ん! ん〜、弓から杵に持ち替えても……カッコいいなぁ〜んv」 「あはは、ニノンちゃ〜ん」 満面の笑顔で手を振る恋人にやはり満面の笑みで応えるキュオン。だが臼から目を逸らしてしまったのはまずかった。 「キュオン、下、下ー!!」 「え? あ?」 切羽詰った風のギィの声に慌てて臼に目を移せば、何故か臼にハビットが頭を突っ込んでいる。 臼からは「構わん、打ち下ろしてくれ」というやけに楽しそうなハビットの声。そんなこと言われても、と慌てたキュオンの手からつるりと杵が滑り――
庭には再度、追加の香りもち米が運ばれることになった。
●厨房の哀 何とか無事搗きあがった餅が厨房に運ばれ、ようやくのことで調理が始まった。だが皆が早速餅を取り分けていく中、クラウスはひとり悠々と漬物を取り出して。 (「クラウス様は一体何を作られるのでしょう……?」) セーラは自前の特製抹茶餡で「春こもりの餅」作成に取りかかりつつ、向かいで作業をしているクラウスの手元をじっと見つめていた。 白菜と赤かぶらの漬物をぎゅっと絞り、胡麻油を引いて熱したフライパンでそれを炒め始める。ある程度炒めて刻んだ長ねぎと溶き卵を加え、半熟になったところで火を止め醤油を垂らし……クラウスはそこで初めて視線に気づいたかのように顔を上げ、口の端を擡げて笑ってみせた。 「これは俺の故郷の名物『漬け物ステーキ』だ。意外かもしれんが……結構イけるぞ?」 (「つ、漬け物ステーキ? 一体どんなんだそりゃ……まぁいっか、オレはニノンちゃんが作ってくれた物を食べるんだし」) クラウスに一瞬気を取られたキュオンは気を取り直してニノンへ視線を戻し、料理するニノンちゃんも可愛いなぁと瞳を細めて至福に浸る。当のニノンも背中に視線を感じつつ、思い切り苺の香りを吸い込みうっとりと吐息をもらしていた。こっそり苺を摘み食いしながら彼女が作るのは「春こもりの餅」。 (「ニノンちゃん何作ってるんだろ……オレが甘い物苦手なの知ってるから大丈夫だよな?」) ゆっくりと揺れる彼女の尻尾を眺めつつ、ひとりうんうんと頷くキュオン。 そんな彼の思いを知ってか知らずか、甘い甘い「春こもりの餅」が幾つも作られていった。 多少意思の食い違いはあるっぽいが、やはり恋人達の醸し出す雰囲気は甘い。その甘いムードに何故か対抗心を煽られたらしいオージがぐっと拳を握る。 「僕だって毎日ちゃんと愛妻(?)弁当を作っているんだ。愛情込めた料理ならお手のものさ!」 「……ほんとに?」 「……ほう?」 大きく出たオージにメリトは山菜を洗いつつ疑わしげな目を向けて、アネモネは雑煮用の餅を丸めつつ面白そうに目を瞬かせた。ケイトは手際よく鴨肉を切りつつずばりと訊いてみる。 「オージちゃんは何が作れるのかなぁ〜ん?」 「聞いて驚かないでよケイトママ! えーと、ノリ弁(おかずなし)、ふりかけ弁当(おかずなし)、おかか弁当(おかずなし)……………………」 言っている内に自分の心を抉ってしまったらしいオージ。 「……」 「…………」 メリトとアネモネの沈黙が心の傷をさらに抉る。せめてツッコミのひとつもあれば救われたのに。 「オージちゃんは偉いのなぁ〜ん」 そして最後に、素直に感心しているらしいケイトの笑顔がオージの心に止めを刺した。 「……ケ、ケイトママ! 料理教えて……!」 結局泣きながらケイトの胸に飛び込んで、雑煮作りの教えを乞うことになるオージであった。
●雪里の春こもり 料理と「春こもりの餅」が出来上がる頃にはすっかり日が暮れていた。 里は宵藍に沈み、辺りを覆う雪も色濃い闇の色に染まる。ひときわ冷たくなった風がびょうと音を立てて吹き付けるが、三角屋根の家の中……雑煮の鍋がかけられた囲炉裏の周りはこの上もなく暖かだった。それは炎の温度だけではなく、囲炉裏を囲んでいる大切な皆の暖かさ。 窓の外を見遣れば藍色の雪の中、ここと同じ三角屋根の民家が幾つも見える。そのどれもから暖かな光が零れていて、コクセイはああ綺麗だなと素直に笑みを浮かべた。一人徳利を傾ける彼女の傍らにはクラウスが腰を下ろし、これが酒に合うんだと自慢の漬け物ステーキを勧める。 体が冷え切っているらしいギィは鍋の正面を陣取って、偶々向かい合わせの位置となったメリトとひたすら雑煮をつついていた。確りした出汁と鴨の風味を溶け込ませた濃い目の澄まし汁が胃の腑から体を温めていく。芹と鴨肉、そして香ばしく香る餅を頬張って、口腔に広がる旨味に二人は思わず顔を綻ばせ。ひとしきり雑煮を食べ落ち着いたところで「春こもりの餅」に手を出して、丸いそれを齧って中から苺が現れた瞬間に、顔を見合わせどちらからともなく笑いあった。 ボギーの隣と「春こもりの餅」を確保したシャノは、二つに割った餅を「あ〜ん」とボギーに食べさせた。自分の分はさらにちぎり、子狐にも食べさせてやる。そして自分も口に入れ、柔らかな餅と抹茶餡の上品な風味、苺の瑞々しさに瞳を細める。向かいで壁に凭れているキュオンにはニノンが寄り添い、手ずから作った「春こもりの餅」を差し出していた。彼女が作った餅は愛情たっぷりな分他の餅より甘く仕上がっていたが、甘い物が苦手なはずのキュオンは笑顔でそれを完食する。愛しい彼女や皆と過ごす時間が温かで、些細なことは気にならなかった。 餅を潰したり伸ばしたり、顔に引っ付けて床を転げ回って遊んでいたルーニャは、食べて遊んでいるうちに眠気を覚え、キュオンの膝でニノンに頭を撫でられ眠りにつく。もし自分の両親が生きていたら二人のような感じだったのだろうかと思いつつ。 オージが素敵なひとときをありがとうネとハープを奏で始めれば、頭にこしらえた大きなコブを気にする様子もなくお茶を啜っていたハビットが、今後とも宜しくと笑いかける。セーラは二人から美しい調べと笑顔を受け取って、自身も至福の笑みを浮かべて茶を飲んだ。
山深い里に建つ三角屋根の民家は雪に覆われて、雪と風の冷たさゆえに皆の集まる炉端をより暖かに感じさせる。 深い雪の中で「春こもりの餅」食べ、春を待ちわびるこの集落。 春の訪れ遠いこの集落でも、いつしか雪は緩み融けていくけれど。
……雪が解けても、この絆が解けぬよう……
まるで家族のようにも思える皆を見回して、祈るようにセーラは目を閉じた。

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参加者:13人
作成日:2006/03/10
得票数:ほのぼの20
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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