春のグドン退治:湖は宵闇に沈む



   


<オープニング>


●春のグドン退治
 春は野に花が咲き、小鳥が囀る美しい季節です。
 が、そればかりではありません。
 春は野や森に食料が増えるため、グドンの繁殖と移動が活発に行われる季節なのです。
 冬の間に餓死した仲間の数をその旺盛な繁殖力で回復させる。それは、グドン達の自然の摂理なのでしょう。

 このグドンの繁殖と移動は例年の事で、春先はグドンの被害が多く出る季節として、注意が呼びかけられています。
 例えば、多くの辺境の村には、グドン程度の力では開けられない硬い扉と閂で護られた避難所があります。グドンに村が襲われたら女子供お年寄りを避難場所に避難させつつ、冒険者へ救援の知らせを送るのです。
 また、男達は村の周辺の森や里山を見回り、グドンの群れが近づいていないかを巡回して調べます。
 もし、グドンの姿を見かけたら、冒険者に救援を願うのです。
 もしかしたら、村が襲われる前に冒険者にグドンを退治してもらえるかもしれません。

 強力なモンスターと違い、襲われても救援が来るまで頑張れる。
 それが、グドンという敵だったのです。

※※※※

「それが、そうも言ってられなくなったのよね」
 ヒトの霊査士・リゼルは、酒場に集った冒険者達を見回して、今回の依頼についての説明をはじめた。
「まずは始めに説明しておくわね。最近同盟領の各地で発見されたピルグリムグドンだけど、あれ、グドン地域から出てきたものじゃ無いみたいなの」
 リゼルの言葉を予測していた者もいたようだが、素直に驚いている者も多くいた。
「ようするに、動物が突然変異して凶暴化するみたいに、普通のグドンが突然ピルグリムグドンに変わってるってわけ」
 現在は100匹に1匹くらいの割合でピルグリムグドンが発生していると予測されているが、今後、この数字は増えていくだろう。
 突然に変異して発生したピルグリムグドンと、普通のグドンとの子供はピルグリムグドンになるのだから。

 この変化が、いかなる理由によるものかは判っていない。
 しかし、確実にわかっている事もある。
「このまま放っておけば、幾つもの村や町がピルグリムグドンに率いられたグドンの群れに蹂躙されてしまうでしょう」
 そう言うとリゼルは、眼鏡をキランと輝かせて冒険者達に宣言した。
「その前に、人里近くのグドンの群れを見つけ出して駆除し尽くすのよ!」

 各地の領主や村の自警団の報告、旅の商人からの情報、そして多くの霊査士による調査により、駆除すべき数多くのグドンの群れがリストアップされている。

「ピルグリムグドンに率いられたグドン達。皆の力があれば倒せない敵じゃないわ。でも……撃ち漏らす事は許されない。その覚悟で依頼に望んで頂戴」
 最後にリゼルは、こう付け加えたのだった。

●湖は宵闇に沈む
 天穹の果て、対岸の森の彼方に沈み行こうとしている夕陽は珊瑚の色に燃え立ちて、穏やかに凪いだ浅葱色の湖面に薔薇の色を流していた。けれどそれもひとときのこと。緩やかな風に時折さざめくだけの湖面はすぐにも闇に覆われ縹色となる。
 微睡むようにたゆとう澄んだ湖水を湛えた湖の中央には、まるで椀を伏せたような影があった。それは葦の茂るこんもりとした島。日中は時折舞い降りる水鳥の気配しか感じられぬこの島に、日没と同時に湖岸のあちこちから何者かが泳ぎ渡ってくる。穏やかな湖面に波紋を広げ、巧みに水を捌き進んでいく者達の数は、実に数十。幾つもの影が島に取り付き岸へと上がっていく。その影――グドン達の中に、ひときわ大きな体躯を持つ者がいた。大柄なグドンは体を塗らす水を弾き飛ばそうとしてかぶるりと身を震わせる。肩から生えた、腕ではなく太く白い触手が禍々しくうねる様を視て、藍深き霊査士・テフィンは伏せていた目蓋を開いた。

「皆様には、この島を棲家としているビーバーグドンの群れを殲滅して頂きたいんですの」
 自身で記したのであろう簡素な地図を広げ、霊査士は湖の中央に位置する島を指で示す。
「数はおよそ30。一体のピルグリムグドンが群れを率いていますの。このピルグリムグドンはかなり攻撃力が高いようで、触手で打ち据えた箇所を爆発させる……狂戦士の技に似た力を持っているよう。その点を充分考慮した上で事に当たって頂くようお願いいたしますの」
「んーと、リーダーがピルグリムグドンで、後は普通のビーバーグドンなんですね?」
 地図に描かれた島に視線を据えたままハニーハンター・ボギーが訊ねると、霊査士はそのとおりですのと頷いた。
「ただ、単純に島に渡って退治……というのは無理ですの。このビーバーグドン達、日中は湖の周囲の森へ出て狩りなどを行っているよう……幸い人里までは到達しておりませんので今のところ被害はないのですけれど、広大な森に散らばるグドン達を残らず掃討するのは恐らく不可能ですの」
「ふわわ! 難しいですね!!」
 目を瞬かせるボギーに軽く頷いて、霊査士は一つ案があると告げた。
「ただこのグドン達、陽が落ちると必ず島に戻って来ますの。周囲は葦が茂っていますけれど、島の中央は草がまばらに生えているだけ……まだこの島に棲家を移して日が浅いらしく、グドン達はそこに枯れ草や細枝で寝床を作っており、皆で雑魚寝して夜を過ごすよう。――ピルグリムグドンを含め、一体残らず」
「ということは?」
「ええ、夜襲をお願いいたしますの」

 ここに、と霊査士が地図の湖南岸に触れる。
 南岸には既に廃村となった村の船着場があり、何艘かのボートが放置されていると霊査士は語った。2〜3人乗りの物だが、まだ使えるものが幾つもあるようだから一人一艘使うことも可能だろう、と。
「夜になってからこのボートを使い、島へ向かってくださいまし。島へ上陸するまでは恐らくグドン達も気づかないはず……ただ、棲家へ近づいていけば流石に気づきますの。泳ぎが得意ですから、島の中央から逃がせば湖を泳ぎ逃げるはず。どうか一体たりとも取りこぼすことのないよう、宜しくお願いいたしますの」

!注意!
 このシナリオは同盟諸国の命運を掛けた重要なシナリオ(全体シナリオ)となっています。全体シナリオは、通常の依頼よりも危険度が高く、その結果は全体の状況に大きな影響を与えます。
 全体シナリオでは『グリモアエフェクト』と言う特別なグリモアの加護を得る事ができます。このグリモアエフェクトを得たキャラクターは、シナリオ中に1回だけ非常に強力な力(攻撃或いは行動)を発揮する事ができます。

 グリモアエフェクトは参加者全員が『グリモアエフェクトに相応しい行為』を行う事で発揮しやすくなります。
 この『グリモアエフェクトに相応しい行為』はシナリオ毎に変化します。
 藍深き霊査士・テフィンの『グリモアエフェクトに相応しい行為』は『誇り(pride)』となります。
 グリモアエフェクトの詳しい内容は『図書館』をご確認ください。

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参加者
軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)
陽華・ウィルア(a06858)
クロダテグラシーズ・シェイ(a08492)
光翼纏いし気弱な天使・ミア(a09735)
桃華相靠・リャオタン(a21574)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
御茶菓子・カンノン(a32366)
鏡花水月・シュイ(a33019)
静謐なる黒焔・シエロ(a34675)

NPC:ハニーハンター・ボギー(a90182)



<リプレイ>

●湖は宵闇に沈む
 天穹は深い濃藍に染まり、藍の闇の下に広がる湖面は縹色を映していた。吹き渡るほんのり温んだ風が水面をさざめかせ、時折波紋を煌かせる。湖に落ちる光は天にかかる月のもの。風に流れる雲こそ見当たらないものの白銀の月はどこか朧で、その輝きはひどく儚いものだった。
 だが桃戒克己・リャオタン(a21574)は幽き月光を瞳に映し、周りに悟られぬよう短く安堵の息をつく。闇夜は自身の心を侵食するかのようで好きではなかったが、月があるならまだマシかと額にかかる前髪を掻き上げた。
 折好く強い風が吹いたため、彼の仕草は風に髪を乱されたが故のものとしか見えない。
「風……結構強いよね。どうする?」
 吹き抜けた風に煽られる漆黒の髪を片手で押さえ、静謐なる黒焔・シエロ(a34675)が仲間達に問いかけた。グドンの棲家である島の周囲には葦が茂っている。彼らは島を囲み一斉に中央部へ斬り込むつもりであったが、準備が整う前に葦の音でグドン達に気取られては元も子もない。葦の中に潜むか、それとも岸に着けた舟に身を伏せ時を待つか。どちらにするかは実際湖を訪れた際に状況を確認し、全員の意思を統一しようと事前に相談してあった。
「あー……いいんじゃね?」
 天候を測ることに長けたリャオタンが夜天を仰いで目を眇め、蒼翠弓・ハジ(a26881)を振り返る。風や雲の流れを読む技に優れたハジも、愛弓に結んだ深緑のスカーフがはためく様を見て頷いた。
「俺も葦の中で問題ないと思います。葦は風で揺れてるだろうし、結構波の音も出るだろうから……多少俺達が音を立ててもグドン達は気づかないかと」
 スカーフに縫い取られた金糸が光量を絞ったカンテラの光で微かに煌く。今でもこの部隊章が己の導きとなっていることが嬉しく、そして誇らしくあった。
「合図があるまで葦の中で待機。それで決まりでしょうか?」
 自分の問いに皆が頷くのを確認し、それでは出発しましょうと陽華・ウィルア(a06858)が桟橋を渡る。桟橋の端に繋がれたボートへと乗り込み古びた舫いを解こうとした時に、向かいのボートへ乗り込んだだって目が寝・シェイ(a08492)と目が合った。
「まだ被害が出てないのが幸いですけど……早いとこ不安が取り除けるよう頑張りましょう」
 言われたシェイは肩をすくめ「風邪は予防が大事っちゃよく言うしな」と返す。
 本音を言うならなんとも気乗りしない予防ではあったが、人々を護るために重要な予防であることは間違いない。ましてや一度引き受けた仕事、気乗りしないと言えども疎かにする気は当然なかった。
 吹き寄せる風が湖面を撫で、縹の水面に波を立てる。
 波は薄藍と紺青の狭間に揺らめいて、さざめく波音は舟の櫂が立てる音を包み紛らせていく。
 湖岸から湖へと吹く風は、島へと向かって漕ぎ出す冒険者達を後押しするかのよう。
 霊査士が「視た」時、湖面は穏やかに凪いでいたという。
 けれど今宵は水面をさざめかせる風が吹く。

 まるで天佑であるかの如く。

●襲撃
 桟橋から最も遠い位置――島の北端に舟を着け、ハジはなるべく音を立てぬようにして岸に降りた。幽かな月光だけを頼りに辺りの様子を探り、少し東に離れた位置に潜んだリャオタンの姿を認め鎧聖降臨を施した。西隣からは御茶菓子・カンノン(a32366)がこちらの合図を窺う気配が伝わってくる。
 仲間を信頼し、心を交わすことに躊躇いはなかった。
 だからこそ自分達だけが感じ取れる仲間の呼吸に合わせることができる。
 カンノンは恐らく更に西のウィルアの息遣いを感じ取っているだろう。リャオタンもまた、東の蓮糸・シュイ(a33019)がいつでも光を燈せるよう集中した魔力を感じているに違いない。皆が互いに気配を手繰り、全員の準備が整ったことをハジに伝えているかのようだった。
 金の炎と銀の氷を纏った獣の力を自身に溶け込ませ、青碧の銘持つ弓につがえた焔の矢を放つ。
 島の中央で眩い爆炎が巻き起こり、同時にシュイとカンノンの光輪が島全体を照らし出した。
 軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)が滑るような足取りで葦を越え、元より優れた反応速度を更に術で底上げする。未来を願う気弱な天使・ミア(a09735)は咄嗟に紋章を展開し、爆発と光に混乱した様子の毛むくじゃらの群れへオパールのように煌く光条を解き放った。
 そして乱舞する凄まじい輝きが治まった瞬間、目にした姿に息を呑む。
「――っ! いました! ピルグリムグドンです!!」
 ミアの視線の先で大柄なグドンが肩から生えた触手を振り上げる。
 ピルグリムグドンと正面で対峙するのは――リューシャだった。
「行きます!」
 甚大な力を有する敵に向け、リューシャが迷うことなく地を蹴った。
 ピルグリムグドンへは前衛とその両隣の後衛、計三名で当たれ。
 事前の取り決めに従い、ミアとハニーハンター・ボギー(a90182)が瞬時に己の標的をピルグリムグドンへと切り替える。同時に他の全員はグドンの殲滅へと意識を集中した。
 護りの加護があるように――と愛しい相手を思わせるピアスに触れ、シュイはグドン達を見据え。
「悪いけど……逃がさへんで!」
 体勢を立て直しミアの脇を突破しようとしたグドン達の前に立ち塞がり、魔道書【白露】から溢れ出す魔力を針の雨と成し叩きつける。ほぼ同時に飛来したハジの矢がグドンの後頭部を射抜き、横合いから飛び込んだリャオタンが天穹征路の蒼き刃で一気に薙ぎ払った。
「こちらも取りこぼしはしませんよ?」
 宣誓の如く言い切るカンノンの神楽之手末が空を切り、シェイが手にしたすぺしゃる魔道書『しんじゅ』から溢れる光が紋章を織り上げる。呼吸を合わせたかのように地を蹴ったウィルアが双想歌の鋼糸を宙に躍らせて。
 西岸を目指したグドン達に針と光の雨、そして鋼糸の斬撃が降りそそぐ。
 それでも残ったグドン達を瞳に捉え、シエロがLacertaの銘持つ儀礼剣で空を裂き。
「……一匹たりと逃さない。――島ひとつが墓標なんて、グドンにしては上等な最期だよ」
 漆黒の針の群れが怒涛の如くグドン達へ襲いかかった。

●重ね
 光華剣「解纜」の眩い軌跡、触手の打撃が巻き起こす爆炎。
 咲き乱れるように舞い散る薔薇と噴出す血潮、怒号の如く響く爆音と飛び散る血飛沫。
 派手な攻撃を幾度も繰り返し凄まじい攻防を繰り広げてきたリューシャとピルグリムグドンは、まだ両者とも己の足で確りと地を踏みしめていた。
 術の効果が切れてもなおリューシャの反応速度はピルグリムグドンのそれより勝る。軽やかな身のこなしを最大限に活かし、リューシャは先手を打ってピルグリムグドンへ斬りかかった。だが二度薔薇を散らした所で刃を止められ、白く太い触手に銀のマントごと脇腹を殴りつけられる。
「――っ!!」
 これまでとは比べ物にならない程の力で脇腹が爆ぜ、リューシャは地に叩きつけられた。
「ボギーさん!」
「はいです!」
 ボギーが雷光を放ってピルグリムグドンを牽制し、その隙にミアが天使の杖『エンジェルブレス』を振りかざして癒しの光を喚ぶ。だがリューシャの受けた打撃はあまりにも大きく、ミア一人の力では完全に傷を塞ぐことはできない。
 リューシャは荒い息をつきつつ「大丈夫……」と己に言い聞かせ、血を零しながらも身を起こす。再び立ち上がらんと全身に力をこめた瞬間、新たな光が彼女を包み込んだ。
「お待たせ! グドンの方は全部終わったで!」
「……膝をつきたいなら後でゆっくりやるんだね。……まだ早いよ」
 右からはシュイが、左からはシエロが全力で癒しを放ってくれる。淡い輝きが傷と痛みを拭い去るのを感じ、リューシャは弾かれたように立ち上がった。
 まだ動ける、大丈夫。
 跳ねる靴音は止まない。さらに軽やかに響き渡る。
 翔剣士の名に恥じぬよう――どこまでも翔けてゆけ!
「……絶対に、負けません!」
「――っしゃ、良く言ったぜリューシャ!!」
 正面からピルグリムグドンへ挑むリューシャの踏み込みに合わせ、右からリャオタンが一気に距離を詰める。鮮麗なサーベルがピルグリムグトンの胸を裂き、蒼穹を宿した刃が白い触手を深く抉った。
 天頂の朧な月を震わせるかのようにピルグリムグドンが咆哮する。
 二人の与えた打撃に大きく仰け反る敵を見据え、ハジは静かに目を眇めた。
 ピルグリムグドン……恐らくはまだ地上のどこかにいるであろうギガンティックピルグリムを全て討ち果たせば、この災厄を絶てると信じていた。だがピルグリムグドンが突然変異として発生するというのなら、このようにして一体ずつ潰していかねばならないのだろうか。
 胸の内に燻る想いは身に纏う魔炎のように熱く。
 敵に狙いを定める意識は身に宿る魔氷のように冷たく冷静だ。
 よく見て、落ち着いて、確実に射ないと。今はあの敵を仕留めることだけに集中すればいい。
 風を切る鋭い音と共に放たれた矢はピルグリムグドンの背に突き立ち――その身を一気に炎と氷で包み込んだ。
「今です! 行きましょう!」
「今を逃すか、行くで!」
 反射的に叫んだミアの声に呼応するのはシュイ。ミアは魔力を制御し眼前に流麗な紋章を紡ぎ出しつつ、シュイが禍つ力を招来すべく異界の扉へ触れるのを感じ取る。シュイは獣の頭を宿す黒炎を呼び覚ましながら、ミアが虹色に輝く火球を生み出す様を鮮やかに脳裏に描き。
 波打つ魔力が共鳴しあい、信頼と心を交わした冒険者同士の呼吸が重なりあう。
 獣の炎と煌く火球が、凍りつき燃え盛るままのピルグリムグドンに炸裂した。
 鋼糸を引き出し宙に踊らせ、自らも舞うように翔ける。鋼糸が煌き眼前の敵を覆う魔の氷も煌いて、その煌きが鋭い針のようにウィルアの胸の奥に突き刺さった。
 好きじゃない。殺すことも傷つけることも嫌い。
 本当はグドンやピルグリムグドン相手も気が進まないのだけれども。
(「仕方がない、ですね」)
 胸の中で呟き空に素早く鋼糸を泳がせる。煌く糸は鋭利に風を裂き、魔の炎と氷に薔薇を躍らせて――左の触手を断ち落とした。
 ウィルアが断った触手が大地へと落ちた瞬間には既にシェイの眼前に輝ける紋章が展開されていた。戦場での高揚ゆえか、それとも特別な何かがあるのか……今、意識の隅が仲間のそれと重なり合っているのをシェイは理屈ではなく感覚で理解していた。視線は眼前の紋章、その向こうの敵に固定されている。だがわざわざ目を向けずとも、隣のカンノンが術の制御を終えた瞬間が感知できた。
 やはり気は乗らない。けれど、気が乗らないのなら早く終わらせるに越したことはない。
「ありゃ結構キてんじゃね? 一気に畳み掛けるか」
「おやまぁ、婆も同じことを考えておりましたよ」
 視線を交わさずとも互いの口元に笑みが刻まれたことがわかる。合図もなく同時に意識を集中し、ピルグリムグドンへ光と針の嵐を叩き込んだ。
 攻勢がやまぬ内に続けてシエロが虚空より針の群れを喚ぶ。
「術は使うためにある……全部くれてやるよ!」
 一片の容赦もなく幾千もの針で敵を貫けば、呼吸を重ねたリューシャとリャオタンが再び双方向から斬りかかる。薔薇が舞い蒼き刃が閃いて、さらにはハジの雷光が重なり貫いた。重なり合う攻勢はまだ止まない。ミアは滾るように熱い火球を撃ちだして、ボギーの雷光が後を追う。だが集中した攻勢がピルグリムグドンの半身を大きく抉った直後――残った右の触手を大きく震わせ、ピルグリムグドンは魔炎と魔氷を振り払った。
 ピルグリムグドンの視線が一点に固定され、うねる触手が振り上げられる。
 やべ、と吐き捨てリャオタンは咄嗟に腰を落とし盾を構えるが、轟と響く風切り音とともに振り下ろされた触手は、盾の上……鎧聖降臨の上からでも甚大なる打撃を与えた。
 胸部に衝撃を受けたリャオタンが鮮血を吐くのが爆炎の向こうに見える。だが鋼糸を操るウィルアの心は一片たりとも乱されない。彼がどれほどの深手を負ったのかは理解している。けれど不安はない、溢れる光が彼を癒していく様が脳裏に浮かぶから。
 必ずそうなると信じて疑わずにウィルアは鋼糸と薔薇を舞わせ、三撃目で薔薇の舞を避けられた瞬間、周囲から光が溢れ出すのを感じ取った。
「痛い思いをさせたままにはしておきませんよ」
 声音は穏やかながらも毅然と前を見据え、カンノンが癒しの光で包み込む。少しずつ違う方向からシュイとシエロの光が広がりカンノンのそれに重ねられ、最後に重なり合ったシェイの光がリャオタンの傷を完全に消し去って。
「押し切れ、任せるかんな」
 シェイが言葉を発すると同時に、再び攻勢が重ねられた。

 呼吸が、動きが、意識が重なる。
 刃の閃き、風切る魔矢、脈打つ魔力が重なって。
 薔薇が舞い斬撃が踊り、火球が風を焦がし雷光が宙を翔ける。
 眩い光の煌きが散乱し、宵闇にあってもなお黒き針が降りそそぐ。
 途切れることなく連なっていく攻撃にピルグリムグドンは抗う術もなく。

 程なくして、力尽きたピルグリムグドンが大地に倒れ伏した。
 
●湖は静謐に沈む
 掲げられた聖なる光に照らされて、宵闇に浮かび上がる湖面は明るい浅葱色に煌いていた。
 水面をさざめかせていた風はいつの間にか止み、宵闇に抱かれた湖は静寂に包まれつつある。穏やかに凪いだ湖面を眺めていたシュイはふと目を細め、先程グドンやピルグリムグドンを埋葬した島の中央を振り返った。
「村や町を守る為とは言え、折角生まれてきた命を殺すのは……複雑なモンやなぁ」
 澄んだ水の香を含んだ夜気を胸の奥まで吸い込んで、深く長く息を吐き――
 目蓋を伏せて手を合わせた。
 願わくば、次は平和に生を紡げる命であるように。
 命への敬虔な想いを捧ぐシュイを横目に、シェイは湖面に視線を移す。
 ここのグドンやピルグリムグドンを倒したとて、すぐさま同盟が抱える問題が解決するわけではない。依然心は晴れぬままであったが、光を映して揺らめく湖面や宵闇の彼方に沈む縹色の水面を眺めている内に静かに心が凪いでいった。
 凪いだ湖面は鏡のように天穹を映し、天頂にかかる月も映しだしていた。
 月光の儚さは変わりなかったが、どことなく優しい色へと変わったように見えて。冷たい白銀の輝きに柔らかな金が宿った気がしてリャオタンは湖面の月に笑みを洩らす。そろそろ帰るかと振り返れば、目が合ったミアがふわりと微笑んだ。
「皆さんがご無事で……よかったです」
 良かったよなとリャオタンが破顔したので、まるでそれが伝染したかのようにミアの心も明るくなる。見遣れば皆もやはり笑みを浮かべていて、気持ちは――心はまだ重なり合っているのだと実感できた。

 冒険者同士心と信頼を交わしあい、共に戦えたこと。
 それは依頼を達成できたこと以上に揺るぎない自信の源となり、凪いだ湖面にゆるりと広がる波紋の如く――静かに皆の心へと満ちていった。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2006/03/11
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