<リプレイ>
●湖は宵闇に沈む 天穹は深い濃藍に染まり、藍の闇の下に広がる湖面は縹色を映していた。吹き渡るほんのり温んだ風が水面をさざめかせ、時折波紋を煌かせる。湖に落ちる光は天にかかる月のもの。風に流れる雲こそ見当たらないものの白銀の月はどこか朧で、その輝きはひどく儚いものだった。 だが桃戒克己・リャオタン(a21574)は幽き月光を瞳に映し、周りに悟られぬよう短く安堵の息をつく。闇夜は自身の心を侵食するかのようで好きではなかったが、月があるならまだマシかと額にかかる前髪を掻き上げた。 折好く強い風が吹いたため、彼の仕草は風に髪を乱されたが故のものとしか見えない。 「風……結構強いよね。どうする?」 吹き抜けた風に煽られる漆黒の髪を片手で押さえ、静謐なる黒焔・シエロ(a34675)が仲間達に問いかけた。グドンの棲家である島の周囲には葦が茂っている。彼らは島を囲み一斉に中央部へ斬り込むつもりであったが、準備が整う前に葦の音でグドン達に気取られては元も子もない。葦の中に潜むか、それとも岸に着けた舟に身を伏せ時を待つか。どちらにするかは実際湖を訪れた際に状況を確認し、全員の意思を統一しようと事前に相談してあった。 「あー……いいんじゃね?」 天候を測ることに長けたリャオタンが夜天を仰いで目を眇め、蒼翠弓・ハジ(a26881)を振り返る。風や雲の流れを読む技に優れたハジも、愛弓に結んだ深緑のスカーフがはためく様を見て頷いた。 「俺も葦の中で問題ないと思います。葦は風で揺れてるだろうし、結構波の音も出るだろうから……多少俺達が音を立ててもグドン達は気づかないかと」 スカーフに縫い取られた金糸が光量を絞ったカンテラの光で微かに煌く。今でもこの部隊章が己の導きとなっていることが嬉しく、そして誇らしくあった。 「合図があるまで葦の中で待機。それで決まりでしょうか?」 自分の問いに皆が頷くのを確認し、それでは出発しましょうと陽華・ウィルア(a06858)が桟橋を渡る。桟橋の端に繋がれたボートへと乗り込み古びた舫いを解こうとした時に、向かいのボートへ乗り込んだだって目が寝・シェイ(a08492)と目が合った。 「まだ被害が出てないのが幸いですけど……早いとこ不安が取り除けるよう頑張りましょう」 言われたシェイは肩をすくめ「風邪は予防が大事っちゃよく言うしな」と返す。 本音を言うならなんとも気乗りしない予防ではあったが、人々を護るために重要な予防であることは間違いない。ましてや一度引き受けた仕事、気乗りしないと言えども疎かにする気は当然なかった。 吹き寄せる風が湖面を撫で、縹の水面に波を立てる。 波は薄藍と紺青の狭間に揺らめいて、さざめく波音は舟の櫂が立てる音を包み紛らせていく。 湖岸から湖へと吹く風は、島へと向かって漕ぎ出す冒険者達を後押しするかのよう。 霊査士が「視た」時、湖面は穏やかに凪いでいたという。 けれど今宵は水面をさざめかせる風が吹く。
まるで天佑であるかの如く。
●襲撃 桟橋から最も遠い位置――島の北端に舟を着け、ハジはなるべく音を立てぬようにして岸に降りた。幽かな月光だけを頼りに辺りの様子を探り、少し東に離れた位置に潜んだリャオタンの姿を認め鎧聖降臨を施した。西隣からは御茶菓子・カンノン(a32366)がこちらの合図を窺う気配が伝わってくる。 仲間を信頼し、心を交わすことに躊躇いはなかった。 だからこそ自分達だけが感じ取れる仲間の呼吸に合わせることができる。 カンノンは恐らく更に西のウィルアの息遣いを感じ取っているだろう。リャオタンもまた、東の蓮糸・シュイ(a33019)がいつでも光を燈せるよう集中した魔力を感じているに違いない。皆が互いに気配を手繰り、全員の準備が整ったことをハジに伝えているかのようだった。 金の炎と銀の氷を纏った獣の力を自身に溶け込ませ、青碧の銘持つ弓につがえた焔の矢を放つ。 島の中央で眩い爆炎が巻き起こり、同時にシュイとカンノンの光輪が島全体を照らし出した。 軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)が滑るような足取りで葦を越え、元より優れた反応速度を更に術で底上げする。未来を願う気弱な天使・ミア(a09735)は咄嗟に紋章を展開し、爆発と光に混乱した様子の毛むくじゃらの群れへオパールのように煌く光条を解き放った。 そして乱舞する凄まじい輝きが治まった瞬間、目にした姿に息を呑む。 「――っ! いました! ピルグリムグドンです!!」 ミアの視線の先で大柄なグドンが肩から生えた触手を振り上げる。 ピルグリムグドンと正面で対峙するのは――リューシャだった。 「行きます!」 甚大な力を有する敵に向け、リューシャが迷うことなく地を蹴った。 ピルグリムグドンへは前衛とその両隣の後衛、計三名で当たれ。 事前の取り決めに従い、ミアとハニーハンター・ボギー(a90182)が瞬時に己の標的をピルグリムグドンへと切り替える。同時に他の全員はグドンの殲滅へと意識を集中した。 護りの加護があるように――と愛しい相手を思わせるピアスに触れ、シュイはグドン達を見据え。 「悪いけど……逃がさへんで!」 体勢を立て直しミアの脇を突破しようとしたグドン達の前に立ち塞がり、魔道書【白露】から溢れ出す魔力を針の雨と成し叩きつける。ほぼ同時に飛来したハジの矢がグドンの後頭部を射抜き、横合いから飛び込んだリャオタンが天穹征路の蒼き刃で一気に薙ぎ払った。 「こちらも取りこぼしはしませんよ?」 宣誓の如く言い切るカンノンの神楽之手末が空を切り、シェイが手にしたすぺしゃる魔道書『しんじゅ』から溢れる光が紋章を織り上げる。呼吸を合わせたかのように地を蹴ったウィルアが双想歌の鋼糸を宙に躍らせて。 西岸を目指したグドン達に針と光の雨、そして鋼糸の斬撃が降りそそぐ。 それでも残ったグドン達を瞳に捉え、シエロがLacertaの銘持つ儀礼剣で空を裂き。 「……一匹たりと逃さない。――島ひとつが墓標なんて、グドンにしては上等な最期だよ」 漆黒の針の群れが怒涛の如くグドン達へ襲いかかった。
●重ね 光華剣「解纜」の眩い軌跡、触手の打撃が巻き起こす爆炎。 咲き乱れるように舞い散る薔薇と噴出す血潮、怒号の如く響く爆音と飛び散る血飛沫。 派手な攻撃を幾度も繰り返し凄まじい攻防を繰り広げてきたリューシャとピルグリムグドンは、まだ両者とも己の足で確りと地を踏みしめていた。 術の効果が切れてもなおリューシャの反応速度はピルグリムグドンのそれより勝る。軽やかな身のこなしを最大限に活かし、リューシャは先手を打ってピルグリムグドンへ斬りかかった。だが二度薔薇を散らした所で刃を止められ、白く太い触手に銀のマントごと脇腹を殴りつけられる。 「――っ!!」 これまでとは比べ物にならない程の力で脇腹が爆ぜ、リューシャは地に叩きつけられた。 「ボギーさん!」 「はいです!」 ボギーが雷光を放ってピルグリムグドンを牽制し、その隙にミアが天使の杖『エンジェルブレス』を振りかざして癒しの光を喚ぶ。だがリューシャの受けた打撃はあまりにも大きく、ミア一人の力では完全に傷を塞ぐことはできない。 リューシャは荒い息をつきつつ「大丈夫……」と己に言い聞かせ、血を零しながらも身を起こす。再び立ち上がらんと全身に力をこめた瞬間、新たな光が彼女を包み込んだ。 「お待たせ! グドンの方は全部終わったで!」 「……膝をつきたいなら後でゆっくりやるんだね。……まだ早いよ」 右からはシュイが、左からはシエロが全力で癒しを放ってくれる。淡い輝きが傷と痛みを拭い去るのを感じ、リューシャは弾かれたように立ち上がった。 まだ動ける、大丈夫。 跳ねる靴音は止まない。さらに軽やかに響き渡る。 翔剣士の名に恥じぬよう――どこまでも翔けてゆけ! 「……絶対に、負けません!」 「――っしゃ、良く言ったぜリューシャ!!」 正面からピルグリムグドンへ挑むリューシャの踏み込みに合わせ、右からリャオタンが一気に距離を詰める。鮮麗なサーベルがピルグリムグトンの胸を裂き、蒼穹を宿した刃が白い触手を深く抉った。 天頂の朧な月を震わせるかのようにピルグリムグドンが咆哮する。 二人の与えた打撃に大きく仰け反る敵を見据え、ハジは静かに目を眇めた。 ピルグリムグドン……恐らくはまだ地上のどこかにいるであろうギガンティックピルグリムを全て討ち果たせば、この災厄を絶てると信じていた。だがピルグリムグドンが突然変異として発生するというのなら、このようにして一体ずつ潰していかねばならないのだろうか。 胸の内に燻る想いは身に纏う魔炎のように熱く。 敵に狙いを定める意識は身に宿る魔氷のように冷たく冷静だ。 よく見て、落ち着いて、確実に射ないと。今はあの敵を仕留めることだけに集中すればいい。 風を切る鋭い音と共に放たれた矢はピルグリムグドンの背に突き立ち――その身を一気に炎と氷で包み込んだ。 「今です! 行きましょう!」 「今を逃すか、行くで!」 反射的に叫んだミアの声に呼応するのはシュイ。ミアは魔力を制御し眼前に流麗な紋章を紡ぎ出しつつ、シュイが禍つ力を招来すべく異界の扉へ触れるのを感じ取る。シュイは獣の頭を宿す黒炎を呼び覚ましながら、ミアが虹色に輝く火球を生み出す様を鮮やかに脳裏に描き。 波打つ魔力が共鳴しあい、信頼と心を交わした冒険者同士の呼吸が重なりあう。 獣の炎と煌く火球が、凍りつき燃え盛るままのピルグリムグドンに炸裂した。 鋼糸を引き出し宙に踊らせ、自らも舞うように翔ける。鋼糸が煌き眼前の敵を覆う魔の氷も煌いて、その煌きが鋭い針のようにウィルアの胸の奥に突き刺さった。 好きじゃない。殺すことも傷つけることも嫌い。 本当はグドンやピルグリムグドン相手も気が進まないのだけれども。 (「仕方がない、ですね」) 胸の中で呟き空に素早く鋼糸を泳がせる。煌く糸は鋭利に風を裂き、魔の炎と氷に薔薇を躍らせて――左の触手を断ち落とした。 ウィルアが断った触手が大地へと落ちた瞬間には既にシェイの眼前に輝ける紋章が展開されていた。戦場での高揚ゆえか、それとも特別な何かがあるのか……今、意識の隅が仲間のそれと重なり合っているのをシェイは理屈ではなく感覚で理解していた。視線は眼前の紋章、その向こうの敵に固定されている。だがわざわざ目を向けずとも、隣のカンノンが術の制御を終えた瞬間が感知できた。 やはり気は乗らない。けれど、気が乗らないのなら早く終わらせるに越したことはない。 「ありゃ結構キてんじゃね? 一気に畳み掛けるか」 「おやまぁ、婆も同じことを考えておりましたよ」 視線を交わさずとも互いの口元に笑みが刻まれたことがわかる。合図もなく同時に意識を集中し、ピルグリムグドンへ光と針の嵐を叩き込んだ。 攻勢がやまぬ内に続けてシエロが虚空より針の群れを喚ぶ。 「術は使うためにある……全部くれてやるよ!」 一片の容赦もなく幾千もの針で敵を貫けば、呼吸を重ねたリューシャとリャオタンが再び双方向から斬りかかる。薔薇が舞い蒼き刃が閃いて、さらにはハジの雷光が重なり貫いた。重なり合う攻勢はまだ止まない。ミアは滾るように熱い火球を撃ちだして、ボギーの雷光が後を追う。だが集中した攻勢がピルグリムグドンの半身を大きく抉った直後――残った右の触手を大きく震わせ、ピルグリムグドンは魔炎と魔氷を振り払った。 ピルグリムグドンの視線が一点に固定され、うねる触手が振り上げられる。 やべ、と吐き捨てリャオタンは咄嗟に腰を落とし盾を構えるが、轟と響く風切り音とともに振り下ろされた触手は、盾の上……鎧聖降臨の上からでも甚大なる打撃を与えた。 胸部に衝撃を受けたリャオタンが鮮血を吐くのが爆炎の向こうに見える。だが鋼糸を操るウィルアの心は一片たりとも乱されない。彼がどれほどの深手を負ったのかは理解している。けれど不安はない、溢れる光が彼を癒していく様が脳裏に浮かぶから。 必ずそうなると信じて疑わずにウィルアは鋼糸と薔薇を舞わせ、三撃目で薔薇の舞を避けられた瞬間、周囲から光が溢れ出すのを感じ取った。 「痛い思いをさせたままにはしておきませんよ」 声音は穏やかながらも毅然と前を見据え、カンノンが癒しの光で包み込む。少しずつ違う方向からシュイとシエロの光が広がりカンノンのそれに重ねられ、最後に重なり合ったシェイの光がリャオタンの傷を完全に消し去って。 「押し切れ、任せるかんな」 シェイが言葉を発すると同時に、再び攻勢が重ねられた。
呼吸が、動きが、意識が重なる。 刃の閃き、風切る魔矢、脈打つ魔力が重なって。 薔薇が舞い斬撃が踊り、火球が風を焦がし雷光が宙を翔ける。 眩い光の煌きが散乱し、宵闇にあってもなお黒き針が降りそそぐ。 途切れることなく連なっていく攻撃にピルグリムグドンは抗う術もなく。
程なくして、力尽きたピルグリムグドンが大地に倒れ伏した。 ●湖は静謐に沈む 掲げられた聖なる光に照らされて、宵闇に浮かび上がる湖面は明るい浅葱色に煌いていた。 水面をさざめかせていた風はいつの間にか止み、宵闇に抱かれた湖は静寂に包まれつつある。穏やかに凪いだ湖面を眺めていたシュイはふと目を細め、先程グドンやピルグリムグドンを埋葬した島の中央を振り返った。 「村や町を守る為とは言え、折角生まれてきた命を殺すのは……複雑なモンやなぁ」 澄んだ水の香を含んだ夜気を胸の奥まで吸い込んで、深く長く息を吐き―― 目蓋を伏せて手を合わせた。 願わくば、次は平和に生を紡げる命であるように。 命への敬虔な想いを捧ぐシュイを横目に、シェイは湖面に視線を移す。 ここのグドンやピルグリムグドンを倒したとて、すぐさま同盟が抱える問題が解決するわけではない。依然心は晴れぬままであったが、光を映して揺らめく湖面や宵闇の彼方に沈む縹色の水面を眺めている内に静かに心が凪いでいった。 凪いだ湖面は鏡のように天穹を映し、天頂にかかる月も映しだしていた。 月光の儚さは変わりなかったが、どことなく優しい色へと変わったように見えて。冷たい白銀の輝きに柔らかな金が宿った気がしてリャオタンは湖面の月に笑みを洩らす。そろそろ帰るかと振り返れば、目が合ったミアがふわりと微笑んだ。 「皆さんがご無事で……よかったです」 良かったよなとリャオタンが破顔したので、まるでそれが伝染したかのようにミアの心も明るくなる。見遣れば皆もやはり笑みを浮かべていて、気持ちは――心はまだ重なり合っているのだと実感できた。
冒険者同士心と信頼を交わしあい、共に戦えたこと。 それは依頼を達成できたこと以上に揺るぎない自信の源となり、凪いだ湖面にゆるりと広がる波紋の如く――静かに皆の心へと満ちていった。

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参加者:9人
作成日:2006/03/11
得票数:冒険活劇21
戦闘18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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