【レルヴァ大遠征】先遣救援部隊



<オープニング>


 円卓にもたらされた、ノルグランド傭兵大隊からの緊急報告。
 それは、西方ドリアッド領の聖域『樹上都市レルヴァ』が、列強種族トロウルによって陥落寸前の状態にある事を伝えるものだった。
 この危機を打開するための援軍要請に対し、同盟諸国は票決を経て『有志による即時の援軍派遣』を決定。
 かくして、同盟諸国の冒険者達はかつての敵国であったソルレオン王国を経て、西方ドリアッド領へと赴く事となったのである。


「同盟諸国が列強種族らしからぬ選択をする国だというのは聞いていたが……面白いな」
 円卓の間での決定を聞き、セイレーンの武人・タトゥーイン(a90278)はそう呟いた。今回の戦争は、セイレーンの冒険者である彼にとっては、同盟に加わって初めての対列強種族戦となる。それがまさか他国の戦争に介入する形で行われるとは思っても見なかったが、
「初の相手が列強種族トロウルか……中々に手強い相手のようだ」
 まだ見ぬ強敵を想像するタトゥーインの背に、しかし困ったような声がかかった。
「……ええと。やる気になってるところ悪いんだけど、タトゥーイン君の実力じゃやられるだけだと思うわよ」
「……私では修行不足ということか?」
 微妙に寂しげな視線の先、ヒトの霊査士・リゼルはそ知らぬ顔で頷きを返す。
「せめて召喚獣を使えるぐらいの力が無いと、トロウル相手に戦うのは厳しいと思うわ。個々人の力で言えば、トロウルは今の同盟諸国の冒険者の力を上回っているそうだから」
 さらに、トロウル達の操る柱状の召喚獣は、元来強靭な肉体を持つトロウルの生命力をさらに底上げし、状態異常からの回復を促す特殊能力も持っている。
「だから、絡め手も通じないし……戦う時にはやっぱり、純粋に数が物を言うでしょうね。こっちの戦力を相手より上回らせる、っていう単純な事だけど」
「かと言って、単に頭数を揃えれば良いというわけでも無い、か」
「でも、自分は召喚獣を扱える程強くないから何も出来ないって考えるのは早計よ。人が動く以上、必要なものがあるわよね?」
「食糧や寝る場所の確保ということだな?」
「ええ。勿論ソルレオンや西方ドリアッドもある程度は準備してくれると思うけど、完全にそれに依存しちゃうのも良くないと思うわ。援軍に出る人数がソルレオンの予想を上回ってたら、食糧や寝床が全員に行き渡らない可能性もあるわよね」
 リゼルの言葉にタトゥーインは微かに眉を顰めた。確かに野宿続きやギリギリの食生活の後で全力を出せ、と言われても困るが、
「『安全な寝袋』や『幸せの運び手』を使ってはいけないのか?」
「ソルレオン領内ではアビリティ使用厳禁だそうよ」
「流石ソルレオン、頑迷極まりないな……そんな事を言っている場合では無かろうに」
「同感だけど……人心が乱れる時だからこそ法を遵守する必要がある、とかソルレオンなら言う気がするわ」
 はぁ、とリゼルはため息一つ、
「それに、まだまだ考えなきゃいけない事はあってね……」
「……まだあるのか」
「西方ドリアッド領は、ドリアッドの種族能力である『樹木の結界』のせいで、ドリアッドの道案内がないと目的地には辿り着けないようになっているの」
「ドリアッドなら、同盟諸国にいくらでも……」
 言いかけ、タトゥーインは言葉を切った。道案内という事は、当然行くべき場所を知っていなければならないのだが、
「……そうか。ノルグランド傭兵大隊を除けば、誰もレルヴァに行った事が無いんだな?」
「まあ、こっちの援軍が来たと知れば西方ドリアッドも迎えを出してくれるとは思うけど……他にも、もっと到着時間を短縮出来る手段はあるかもしれないわね。勿論、現地に到着してトロウルとやりあう時の戦い方なんかも考えないといけないし……」
「考えれば考えるだけ、いくらでも必要な事は出て来そうだな……戦うのは先達に任せ、彼等が全力を出せるよう手助けするのも、また戦の一部か」
「自分が何をするのが一番なのか、考えてみるといいわね。ただ……」
「……」
 無言で先を促すタトゥーインに、口篭っていたリゼルは再び口を開く。
「この機会に外交交渉でもやろう……なんて考えない方がいいわよ。一々身元調べて偉い人にアポ取って、なんてやってる間に、時間の猶予は失われてくんだから」
「何を言うのかと思えば……一刻千金の状況だからこその即時援軍だ。腰の据わらない交渉に費やす時間など一秒たりとも無い事など、皆も理解しているだろう」
「……それもそうね」
 無駄な心配だと断ずるタトゥーインに、リゼルは軽く頬を掻く。援軍部隊が出発するまで、それ程時間があるわけでも無い。急いで準備を進めねばならないだろう。

!注意!
●リプレイ上の描写について
 このシナリオのリプレイは、救援を受けたドリアッドの冒険者達の視点から描写されます。
 そのため個人描写は少なめになりますし、大活躍したキャラクターの描写もキャラクター名では無く、その活躍や目だった外見によって行われる事となります。予めご了承下さい。

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参加者
NPC:セイレーンの武人・タトゥーイン(a90278)



<リプレイ>

●二国の事情
 西方ドリアッドの冒険者であるアスタリテは、荷造りをする手をふと休めた。視線の先、窓の外にはマルティアスの街がある。
 東方同盟諸国との国境線を守護する護衛士団『正義の防壁マルティアス』を擁し、自分にとって第二の故郷とも言ってよい街だ。
 西方ドリアッド領から同盟国であるソルレオン王国に来てからの長い時間、夫であり、マルティアスの護衛士団長でもあるディオンと過ごした日々を思い出し、彼女は一つため息をついた。
「また、この部屋に戻って来れると良いのだけど……」
 西方ドリアッドの首脳陣は、ソルレオン王国に派遣されている者を含めた全冒険者に対し、レルヴァに帰還するよう指令を発していた。
 樹上都市レルヴァのグリモアがトロウル達に奪われる事は、西方ドリアッドの冒険者がモンスターと化す事を意味している。その影響は、ソルレオン王国内にいるドリアッド達も免れ得ない。
 ソルレオン王国内にいるドリアッドの多くは、ソルレオンの妻としてこちら側に嫁いで来た女性達だ。多くのソルレオン達にとってレルヴァの陥落は他人事では無い。妻を守るためにも絶対に防がねばならない事態であり、同時に非常に困難な事でもあった。北方戦線でトロウルの攻撃に晒されているソルレオン達に、これ以上の戦力をレルヴァに送る余裕が無い事位はアスタリテにも理解出来る。
「だからこそ、私達が西方ドリアッド領に戻っていれば……」
 聖域の陥落を防ぐ戦力ともなるだろうし、万が一の場合でもソルレオン王国にモンスター発生による被害を与える事も無い。さらにはモンスター化した自分達の力でトロウルの侵攻を阻むことすら可能だろう。
(「その時には、あの人の顔の見分けもつかなくなっているのでしょうけれど」)
 アスタリテの顔に寂しげな苦笑が浮かんだその時、扉をノックする音がした。

「救援部隊?」
「ああ。先程マルティアスの街で騒いでいた者達を騒乱罪で捕らえたのだが」
「……貴方、そのとりあえず捕らえるという姿勢はどうにかならないんですの?」
「いや、法に例外を認めては……と、その様な話をしに来たのではない」
 部屋に入って来たディオンは、疑問を顔に浮かべたアスタリテに事情を説明した。
 先触れとして来たというその者達の言によると、東方同盟諸国からの救援部隊が樹上都市レルヴァに向かうに当たり、案内人を必要としているらしい。
「お前達もレルヴァに向かうのだし……これから先も同じ事を繰り返されてはかなわんからな。監視も兼ねて一緒についていってもらえないか?」
 夫の言葉に、アスタリテは首を傾げた。御前会議での決定は彼女の耳にも届いているし、東方同盟諸国から救援部隊が来たというのも納得出来る。だが、マルティアス護衛士として登録されているドリアッドは五十人程もおり、
「全員使うというのは多過ぎません事?」
「いや、私はむしろ少な過ぎると言われるかと思っていたのだが」
 どうにも通じないものを感じて、二人は顔を見合わせる。
「……その救援部隊というのは何人なのです?」
「1090人」
「数字の書き間違いでは?」
「だったら、私も余程気が楽だったのだがな……」
 ため息一つついて、ディオンは窓の外を指差した。そちらを見るアスタリテの目に、マルティアスの城壁の向こうに群れ為す多数の人影が映る。夫から東方同盟諸国側が用意したという名簿を受け取りつつ、アスタリテは深いため息をついた。どうやら、夫婦間のコミュニケーションの在り方について再考の余地があるらしい。

●補給とルート
 マルティアスを発って数日。先遣救援部隊は王都ディグガードの側で夜営を行っていた。行く先に先触れを出して救援部隊が通る事を告知して回っていたとはいえ、流石にこれだけの大部隊を列強グリモアの聖域があるディグガード内に入れる事はソルレオン側にとっても躊躇われたらしい。城内に入る事を許されたのは物資の買い付けを行う補給担当者の一部のみ、それもソルレオンの法に反した行いをしないと誓った者だけだ。
 まだそれ程暖かいと言えない大気の下、先遣救援部隊の夜営地はざわめきと炊き出しの鍋から立ち昇る香りに満ちている。
「さぁ、高蛋白高カロリーの料理はいかが……ってなんか男の人しか来ないけど気にせずに!」
 調理担当らしい少女の声が響く中、部隊を構成する種族は様々だ。
 ヒト、エルフ、ストライダー、ドリアッド、リザードマン、チキンレッグ、セイレーン。これらのランドアース大陸の種族に加え、ホワイトガーデンからの来訪者であるエンジェルや、ワイルドファイア大陸に住んでいたというヒトノソリンなる種族までがいる。この光景はディグガードの住人達にとっても目を引くものらしく、先触れで部隊の到達を知っていたらしい商人が物資の売り込みに来たりもしていた。
 商人達に対応する者をはじめとして、補給や移動を担当する者達の動きは夜を迎えて一層慌しい。荷車にテントや毛布を積んだリザードマン達がそれらを配って歩く横では、髑髏の印をつけた一団が周辺の警戒に当たっていた。
(「……それにしても、何故警戒は内側に向かっているのでしょう」)
 その事実に一抹の不安を感じながら、アスタリテは昼間の行軍の様子を思い出す。東方同盟諸国の冒険者達が行軍する横でも、数十人の冒険者達が道を逸れたり、勝手な行動を取る者の無い様監視を行っていた。これだけの規模、しかも様々な種族の入り混じる行軍とあっては、内部統制も難しいのだろうと彼女は一人納得する。
 生まれた国が違うのならば、その考え方に差があって当然だ。西方ソルレオンと東方ソルレオンは最後まで手を取り合う事はなかったし、自分と同じドリアッドでも、ドラゴンズゲートから生み出されるアンデッドを利用して奉仕種族を虐げていた者達がいたと聞く。その者達は東方ソルレオンに滅ぼされたそうだが、
(「……東方同盟諸国のドリアッドの方々は、まだマトモで良かったですわ……」)
 彼女がそんな感慨を抱くうちにも、部下達は移動担当者達と話を進めていた。最終確認をとる部下に、ルートの選定を行ったらしいエルフが頷きを返している。
「では、ディグガードからは西回りでレルヴァへ向かう、という事でいいな?」
「ええ……それでお願いします」
 ディグガードを経由して西方ドリアッド領へ向かうためのルートには、北街道と西街道の二つが存在している。他にもマルティアスからディグガードを迂回して西方ドリアッド領へ至るルートも存在するが、移動に要する時間で言えば、最短時間でレルヴァに辿り着けるのはディグガードを経由する北街道のルートだ。ソルレオン王国の誇る整備された街道網を利用する事で、移動の時間は確実に短縮される。
「だが、本隊が来る時には、別のルートを考えなければいけないだろうな」
「今回以上のメンバーで行ったら、やっぱりすごい警戒されちゃうよね……」
 リザードマンの男性の言葉に、その隣にいたストライダーの少女が眉を寄せる。
(「今回西回りのルートを選ぶのは、補給の問題があるからでしょうね」)
 彼等の会話を聞きながら、アスタルテはそう判断していた。
 千人を超える大部隊が消費する食糧や水、それに寝床を確保するのは困難を極めていた。基本的には経済的に恵まれている冒険者達の力を結集すれば物資の対価を払う事は可能だろうが、ソルレオン王国内の商人達にしても売り物が足りないのは如何ともしがたい。
 その解決策となり得たのは同盟諸国から荷車で物資を運んで来た集団や、ノソリン変身を用いる事で荷運びの苦労を減じたヒトノソリン達であり、しかし、どちらにも限界は付きまとう。荷車は街道が整備されていない場所では足枷となるし、変身しているヒトノソリン達の人数は明らかに不足していた。
 そうした補給状況の改善に必要なのは吟遊詩人のアビリティ『幸せの運び手』だが、他国の冒険者のアビリティ使用を侵略と見なすのがソルレオン領だ。その点、西への街道を使用すれば、北への街道を使うよりも早く西方ドリアッド領に入る事が出来る。
「そういえば、東方同盟諸国のドリアッドの皆さんも友好種族と判断されるのでしょうか……? 確かソルレオンの法では私達『ドリアッド』と『プーカ』は領内でのアビリティ使用を許可されていましたけれど」
「え、そうなの?」
「貴方方の『希望のグリモア』の様な例外まで、法を整備した時には考えていなかったのでしょう」
 近くで何やら帳簿をつけていたドリアッドの少年が目を見開いているのに応じる一方で、アスタリテは自分達が東方同盟諸国の本気を見誤っていたらしいと認めざるを得なかった。ノルグランド傭兵大隊の者達が救援部隊を呼んでみせると大見得を切った件については夫から聞いていたが、それでも百名程度が関の山だろうと考えていたのだ。
 それが蓋を開けてみれば千人という大部隊で、その半数近くはトロウルとの戦いには直接関わらない補給や移動の任に就く者達。しかもこれだけの冒険者達がいる中で、アビリティを用いようとする者の姿は皆無だった。それだけソルレオン領の法を遵守しようと――ソルレオンとの関係を悪化させまいとする意志が強いという事だろうと思いながら、アスタリテは周囲を見て回ろうと立ち上がる。
「護衛させてもらう」
「ご随意に」
 数人の冒険者達が後を追って来るのに返事を返し、彼女はそのまま歩き出す。

「まるで種族の見本市ですわね……」
 夜営地を歩きながら、アスタリテは一つの疑問を抱いた。
「何故、関係の無い種族のために、この人達は戦いの場に赴けるのでしょう……?」
「何言ってンのやオバハン」
「オバ……!」
 呟きに答えたのは、近くを通りがかったヒト族の少年だ。
「エエか、世界は持ちつ持たれつっちゅーこっちゃ」
「そうそう、こういう時だからこそ、種族とか分け隔て無く協力し合う心を持つ事が重要になってくるんだからな♪ ほら、道は塞がないでくれよ」
 同じく通りがかったエンジェルの少年は、そう言い残すと重たげな荷物を抱えて去って行く。
 その後もアスタリテは何人かに同じ質問をぶつけてみたが、返って来る答えは同じ様なものだった。いずれも見返りを期待してのものではなく、純粋に厚意からこの戦いに赴いている事が分かる。
「こういうところは、ソルレオンの皆さんと変わらない気もするのですけれど……」
 己のためでなく、他者の為に見返りを求めず戦う事は、ソルレオンから見ても認められる行いだろう。今の彼等の行動とノスフェラトゥ――アンデッドを操る邪悪な種族――と手を組んだ過去との間にあるあまりにも大きなギャップに、アスタリテは眩暈のような感覚すら覚える。
(「どちらが東方同盟諸国の本性なのかは……この戦いで分かるかも知れないですわね」)
「ほら、トラブルの元になるから、ここから先は出ないように……ってあんた人の話を聞きなさいよ!」
 遠く、セイレーンの女性が夜営地から出ようとした者に懲罰を加えている。ぼんやりとその様子を眺めながら、アスタリテは軽く笑みを漏らした。

●レルヴァ到着
 西方ドリアッド領に入ってから、先遣救援部隊の行軍速度は一気に加速した。『幸せの運び手』が解禁された事で補給の心配がなくなった事がその要因の一つだが、もう一つの大きな要因は体力的に劣る者達が行軍速度に耐えられなくなった点にある。冒険者としての経験に劣る、体力の乏しい者達を振り落とし、彼等を案内する西方ドリアッドを残しながら、先遣救援部隊は尚も速度を上げて行った。
 その様子は、あたかも鞘から抜き放たれる剣の如く。
 剣の切っ先は、レルヴァを攻撃中のトロウル達に突き立てられた。

「あれがレルヴァか……!」
 西方ドリアッド領の森の中、視界に入った大樹の姿に、先遣救援部隊の者達は息を呑んだ。天を衝く勢いで聳える大樹、その幹の下の方から、時折何か小さなものが零れ落ちているのが見えた。この距離ではよく判別出来ないが、その何かは途中の枝に当たり、或いは幹にぶつかり、紅い飛沫を撒き散らして下へと落ちていく。
「みんな、鎧聖降臨を使っておいて! すぐに戦闘になるよ!」
 狐の尻尾を持つストライダーの青年が警告の叫びを発する。
 西方ドリアッド領の中に聳え立つ大樹、樹上都市レルヴァの周辺で既に戦闘が始まっているのはもはや明白だった。レルヴァに近付くにつれ、トロウル達の挙げる喊声、それにタイラントピラーが召喚される時の墜落音は、もはや轟音として救援部隊の皆の耳に届く。
「けどよ、どれを殴ればいいんだ!?」
「いいからソルレオンでもドリアッドでも無い奴等を撃っとけ! それが敵だ!」
「そいつは間違いがなくていいな――!」
 どうやらコンビを組んでいるらしい狂戦士と術士がそんな言葉を交わしている。多分ノルグランド傭兵大隊も巻き添えですわね、とアスタリテが思ううち、視界に入るレルヴァの姿は、大樹から眼前を遮る壁へと変わった。そして視界に入るのは、岩の肌持つ者達が、レルヴァの入り口である階段へと雪崩れこんで行く姿だ。周辺では、それを阻止せんとしたのであろうソルレオンやドリアッド達が地に伏している。
「わが武勲は倒した敵の数でなく、どれだけの未来を救いえたか、だ……!」
 その全身を朱に染め、もはや動くことの無い彼等の姿に一つ奥歯を噛み、一人の男性がトランペットを取り出した。吹き鳴らされるその音色は、トロウル達の鬨の声をかき消すかの様に高らかに。呼応するかのように吟遊詩人達が凱歌を奏で、そして先遣救援部隊は一斉に、
「戦闘、開始!」
 軍服を着た男の叫びも、仲間達の鬨の声にかき消される。

 レルヴァを襲う先行攻撃部隊のトロウル達は、その数約150人。
 対する先遣救援部隊の数は、戦闘要員だけでも、その3倍以上に当たる515人だ。
 森から続々と現れる彼等の姿にトロウル達が抱いた驚きの消えぬうち、先遣救援部隊は振るい始める。
「行くよ、みんな! はぐれないように!」
 鳩の印をつけた一団の中、リーダーらしいヒトの女性が声を張り上げる。それに負けじと各所で上がる声は、部隊のリーダーが隊員達に呼びかけるものだ。だが、全体に統一した指揮や指示が無いのは緊急に編成された先遣救援部隊の側も同じ事だ。8人を超える部隊は数える程で、中にはリーダーとなるはずの者が途中ではぐれたところまである。
「皆、無理は禁物じゃからな!」
 大所帯のグループの中で後衛に立ったエルフの少年の、後ろで縛った青髪が揺れる。一方的にレルヴァ側の抵抗を押しまくっていたトロウル達の編成は、小規模な部隊をいくつも作るというものだ。大神ザウスによる信仰で結ばれた彼等の連携の前に、一人でトロウル達に突っかかっていった者があっさりと返り討ちに遭っている。
「一人では無茶です! 周りの人達と連携を!」
「即席チームでも一人よりはマシです! 無茶や無謀は命を無駄にするだけですわ!」
 ドリアッドとエルフの女性が周囲に連携を呼びかけるのに、一人で来たらしいセイレーンの狂戦士が苦笑を浮かべた。
「だが、初見の者達と連携しろというのも無茶な話だ……!」
「でも、そうしなきゃやられるんですよ! いいからやって下さい!」
 その声を聞いてとったのか、彼を範囲に入れながら別部隊の医術士がヒーリングウェーブを発動する。

 先遣救援部隊の中で連携が整えられ始める一方で、先遣救援部隊とレルヴァの守備隊の間の意思疎通は為されないままだった。
「お人好しーず先遣隊只今とうちゃーく☆」
「義によって、助太刀仕るッ!」
 レルヴァの外周を西へと回り込み、ある二部隊が抵抗を続けていたソルレオン達と、トロウルを間に挟んで板ばさみにする。挟撃を受けたトロウル達は簡単に討つ事が出来たが、
「そうか、こいつら、傭兵大隊の連中が言ってた……」
 敵国であった東方同盟諸国の者に自分達が救援を受ける立場となった事に、内心忸怩たるものがあるのだろう。こちらを見つめたまま何やら相談しているソルレオン達に、翔剣士らしいエルフの少女が声をかける。
「ねぇ、あいつ等を攻撃するから、あなた達、手を貸して! 一緒に攻撃すれば、トロウルであろうと破れるよ!」
 この場から離脱しようとしているトロウルの一団を指差して言う彼女に、しかしソルレオン達の戸惑いは消えないままだ。じりじりと時間の流れる中、横合いからかかった声は冷淡なものだった。
「こんな傲慢なだけの役立たず連中など放っておけ、時間の無駄だ」
「ンだと――!?」
 気色ばむソルレオン達に一瞥をくれ、黒衣を纏った金髪のストライダーはあっさりと背を向ける。
「だったら口だけでないところを見せてみろ。俺達は勝手にドリアッドを助けるだけだ……行くぞ」
「っく〜……! 言いたい放題だな畜生! いいぜ姉ちゃん、協力でもなんでもしてやらぁ!」
「う、うん」
 顔を上げて言うソルレオンに、エルフの少女は理解不能の顔つきで小さく頷いた。
「男ってのはどうしてこう……」
 近くを走るヒトの女性が顔を抑えてため息をつくが、どうやらそういうものらしい。

 即席の連携と即席の信頼関係を結びながら、先遣救援部隊はソルレオン達や西方ドリアッド達と共にトロウル達を駆逐していった。トロウルが身体能力に勝るとはいえ、培われた技と魔法でならば十分に対抗出来る。圧倒的な数で迫る先遣救援部隊の攻撃の前に、レルヴァからトロウル達が駆逐されるまでにはそれ程長い時間は必要とはされなかった。
 戦いも終わり、先遣救援部隊の術士達は余った治療アビリティを用いてレルヴァの守備に当たっていた者達を癒している。数が圧倒的だったためか、初めのうちの無茶を除けば先遣救援部隊の側に死傷者は殆どいない。己の未熟を知りながら前へ出た者が一名命を落とした事は回復を担当した者達を悲しませたが、それだけだ。
 被害は少なく、だが、それでも先遣救援部隊には一度同盟領に戻る必要があった。
「帰りの食糧は、大丈夫ですかしら?」
「いえ、行きで節約した分でなんとかしますよ」
 西方軍ソルレオン軍司令部の中、申し訳なさげに言ったアスタリテに、中性的な容姿のエンジェルの少年はそう微笑で返した。普段は五千人程が暮らしているレルヴァであったが、そこに暮らしていた非戦闘員を3月19日の決戦前に南方へと避難させる必要があり、彼等に必要とされる分を考えると、水や食糧といった物資は――千人以上もの大部隊に必要な程には――残されていなかったのだ。
 いつ敵が来るとも分からぬ状況で吟遊詩人のアビリティを『幸せの運び手』で使い潰すのも問題がある。
 先遣救援部隊の補給担当者達が退出しようとしたその時、
「待ちたまえ」
「将軍……」
 現れたのは一人のソルレオンだった。かなり年を食っていると見える将軍は緊張を湛えた表情の先遣救援部隊の面々を静かに見つめる。そして冗談など生まれてこの方発した事も無いような口ぶりで、
「ソルレオンの名において、次に諸君が来た時には食事と……そうだな、祝勝会の準備でもしておくと約束しよう」
 あっけに取られた一同に、将軍は一つ頷いた。
「では、行き給え。国で待つ者達に自分達の無事を報せるのも諸君の仕事だろう」

●『敵』
「レルヴァ攻撃部隊が壊滅だと!!」
 思わず手近にあった岩に拳を叩き付け、指揮官ガムドは怒鳴り声をあげた。岩のように硬い表皮は容易に岩壁を砕いたが、同時にガムドの手の甲からも鮮血が流れ出る。

「召喚獣を使える冒険者の増援が最低でも500。レルヴァに乗り込んだ者は挟み撃ちにされました」
 副官の報告では、生きて帰ってこれたトロウルの冒険者は10名を割り込んだという。
 それは恐るべき知らせであったが、同時に多くのトロウル達が待ち望んだ吉報でもあった。

「要するに、現れたという事か。……我等の、敵が」
 怒気と共に発せられたガムドの言葉は、歓喜の響きに彩られて周囲の者達に伝わった。
 敵。これまでの『獲物』である西方ドリアッドやソルレオンとは違う、命がけで戦い、そしてその命がけをもってしても打ち破れないかもしれない存在。
 敵。なんと甘美な響きであろうか。

「我らが大王に急使を送れ。『敵』を捻り潰すのは大王の権利だからな」
 ガムドは血塗れの拳をそのままに令を発する。同時にソルレオン領を荒らしている部隊の集結も命じた。
 大王出陣となれば、『敵』を見つけた自分達は先陣の名誉を賜るだろう。そして先陣の戦で死ぬ事こそ戦士として生まれた者の最大の望みなのだ。

「……全力で行くぞ。我等が神に、同胞の命を奪った者達の血と肉を捧げ――死んでいった者達の、弔いとする」
 堂々たる敵との戦いを前に死した140名の部下達。彼らの無念は大神ザウスに敵の首を捧げる事でしか購う事は出来ぬ。
 そのガムドの言葉に副官もまた憤怒と歓喜に打ち震えながら賛同し、指示を果たすべく天幕の外へ走り出る。
 春の強い風が身体に当たるが、興奮から来る身体の震えを抑える事はできなかった。
「来るぞ、私達が大神ザウスに捧げる、盛大な大戦が――!」
 140名の同胞を殺した『敵』への憎しみと、待ち受ける戦いへの高揚とが彼を狂熱に包んでいたのだ。

 この狂熱が、大王とそして多くのトロウル達に伝わるまで、時間はそう掛からないであろう。

●力の胎動
 レルヴァに設けられたノルグランド傭兵大隊の本部では、霊査士であるエリーゼとオウカが首を捻っていた。
「私が視た光景は、おそらく敵の本営のものですわね……どうやら本気で来るようです」
「そっちのも問題だけど、私の方は……何なのかしらね」
 トロウル達の遺留品から今度の戦いに関する情報を得ようとしていた彼女達だが、オウカに視えたものは戦場の一場面だけだった。森と荒野、そしてトロウルと同盟諸国の冒険者達、それにソルレオンや西方ドリアッドが戦う姿。鎬を削る二勢力の戦力は共にオウカがこれまでに見た事も無い程のもので、この戦いでトロウルを討つ事が出来れば、彼等の侵攻の余力など失われるだろうと思えるものだった。
 そこまでは、理解可能な範囲だ。だが、
「何か……最後に、とんでもないものを視た気がするんだけど」
 霊査の後に訪れる意識の混濁と共に、彼女が視た『何か』の記憶は失われていた。感覚として残るのは体の震えと、そして絶対的な力の差を見せ付けられた事による、絶望的なまでの無力感だ。
「ブックハビタントが、視る事を拒んでいるという事でしょうか?」
「……オウカおねーさんの魂はそう簡単に挫けないわよ」
 軽口を叩きながらも、二人は慄然としたものを感じる。オウカが本格的に霊査を使い始めたのは西方ドリアッド領に来てからだが、絶望的な戦況など嫌というほど視せられて来ている。その召喚獣が今更視る事を拒むものというのは、
「考えても分からない、か……一体、何だっていうのよ?」
 椅子に座って腕を組み、オウカはため息と共に正体不明の不安を吐き出した。


マスター:真壁真人 紹介ページ
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   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
隠遁の歴史家・カスミ(a40120)  2009年11月13日 00時  通報
この先遣部隊での活躍とレルヴァ大遠征の結果……。
按ずるに、まさかソルレオン滅亡はないと思っていたのが驚きの結果になるとは思ってもいませんでした。

正義の矢・リュティーク(a27047)  2009年09月12日 18時  通報
同盟の外交は無駄ではなかったはずよ。
フェルビリアの皆の活躍がなければ、この救援部隊も受け入れられなかったと思うもの。

雷獣・テルル(a24625)  2009年09月12日 14時  通報
戦略戦術って難しいもんだよな……勝ち過ぎてもダメってのは(汗)

獅子の剣を鍛える者・ディラン(a17462)  2009年09月03日 15時  通報
この後の戦いがあンな事になるなンて…<ソルレオン領滅亡/オレはこれがきッかけで(当時)フェルビリアでの活動がむなしく感じるようになッたッけ…。 

暁の幻影・ネフェル(a09342)  2009年08月31日 01時  通報
この後、まさか一度ソルレオンが滅びる事になろうとは…あの時は本当に焦りましたねぇ。