ジャスミンの峠へ連れてって



<オープニング>


 あの峠から、夜空を眺めたい。
 きっと輝く満天の星、優しく光を降らせる大きな月。
 それは彼女の、大切で、たった一つの願い。
 星瞬く夜に、白きジャスミンの峠へ……連れてって。

「仕事よ」
 エルフの霊査士・ザグレ(a90309)は豪奢にアップした黒髪を揺らし、悪戯っ子のように笑む。
「お嬢様の護衛をして欲しいの」
 街一番の豪商の家に生まれたお嬢様は、生まれつき体が弱かった。
 すぐに風邪をひいては寝込み、激しい運動をすると貧血をおこして倒れてしまう。そんな、世間というものをほとんど知らないお嬢様に、使用人の一人が語ったのは、星空を眺める事の出来るジャスミンの峠。
「お嬢様は両親に頼み込んだわ、峠へ行きたいって。でも、過保護なご両親は了解なんてしてくれなかった……というか最近、二つの頭を持つ、異形の狼をリーダーにした狼の群れが、その峠へ行く山道に棲みついたのもあってね。確かに危ないもの」
 お嬢様は何度か隠れて峠へと行く事を試みて、そのたび見つかって連れ戻された。
 そしてお嬢様は、一通の手紙を、信頼のおける使用人に託した。話に聞く冒険者という人達に、その願いを叶えて欲しい……。
「まずはお屋敷の人達の目をかいくぐってお嬢様をお屋敷から連れ出す事が一つ。そして二つ目は、絶対安全にお嬢様を峠まで護衛する事。峠までは冒険者の足で片道一時間ぐらいね、あまりお嬢様に無理をさせないように気をつけてあげて」
 そして……と、ザグレはテーブルの上に、フリルエプロンの付いた黒いワンピースを広げた。
「手紙を届けてくれた方が持ってきてくれたの。これがお屋敷での使用人達の制服らしいわ。女物しかないけれど、四着ある。これを着れば屋敷の中を楽に移動できるかもしれないわね……もちろん、目立った行動は厳禁だけれど」
 お嬢様の部屋は二階だが、裏庭に面した大きなバルコニーがあり、何とかすればそこからの脱出も可能かもしれない。
「お嬢様の名前はレリーデ。夢みる十六歳よ」
 ザグレは茶目っ気たっぷりに笑い、投げキス一つ。
「さあ、しっかりいってらっしゃい」

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参加者
長閑な陽だまり・オルハ(a05684)
孤剣・シンク(a10594)
踊る蒲公英・イーシア(a11866)
紫の翼・レミリア(a26506)
エレメンタルディア・ティー(a35847)
闇夜に咲く華・ヒバナ(a42108)
ニードルスピアフルバースト・ユーリ(a42503)
桂花香・マーヴェル(a42742)


<リプレイ>

●第一章
 シックな黒いワンピース。その上からフリルのついたエプロンをつけ、ヘッドにレースのカチューシャを飾れば完璧だった。
「こんなものかしら」
 桂花香・マーヴェル(a42742)は、波打つ黒髪を掻き揚げた。
 その隣でニードルスピアフルバースト・ユーリ(a42503)も、カチューシャの位置を直して安堵の息を一つつく。
 彼女らは、裏口から屋敷へと潜入し、リネン室からシーツを調達する事に成功した。
「さて、ここからですね」
 長い髪をお団子にして結い、カチューシャ代わりの三角巾をつけて、長閑な陽だまり・オルハ(a05684)は言った。金木犀の花と額の緑石を隠すためのものである。
 同じく、髪を隠すためにフリルつきのキャップを被った、想い紡ぐ者・ティー(a35847)がこくりと頷く。
 不自然に思われぬよう、それなりに堂々と、この屋敷の使用人になりきる事。そして、お嬢様の脱出の手はずを整える事が必要だ。
「行きましょう、二階ですよね」
 ユーリは言うと、使用人達が行き交う廊下へと足を踏み出した。
 マーヴェルとユーリがシーツを持って先頭を歩き、その後をオルハとティーが追う。
 屋敷の人々とすれ違うたび、内心ヒヤリとしつつも決して表情には出さない四人はさすがであった。
 絨毯の敷かれた階段を上り、バルコニーの位置で確認したお嬢様の部屋を目指す。と、他の部屋と違う、薔薇の細工の施された扉を発見した。 ユーリとマーヴェルは目配せをし、頷いた。

 ――しかし。

「アナタたち、見ない顔ね?」
 丁度、その扉から出てきた中年の女性が、四人の顔をまじまじと見た。即席の使用人達が無神経な視線にさらされ、そしてユーリは……微笑んだ。
「先日からここで働かせて頂くことになった者です」
「新しい使用人が来ると、聞いていませんでしたの?」
 マーヴェルが涼しく言い添え、使用人にしてはやや高貴すぎる雰囲気をたたえて首を傾げた。
「その子達も?」
 女性は、マーヴェルとユーリの後ろに居たオルハとティーを覗き込む。
「まだ見習いで……色々仕事を教えてもらっているところです」
 顔を伏せ気味にティーが答え、オルハが有無を言わせぬ笑顔を向ける。
「ご主人様から私どもに『お嬢様のベッドを支度するように』と仰せ遣っております。ここは私どもにお任せ下さいませ」
 ユーリが手にしたシーツを示せば、マーヴェルが深紅の瞳を細める。
「お疲れ様、ですわ」
 まんまと入り込んだ扉の中。不安げな表情をしたお嬢様が、佇んでいた。

●第二章
 オレンジ色の夕日に包まれ、裏庭に潜んでいた四人は着々と準備を進めていた。
「お嬢様の護衛……か。お嬢様っていうとタカビーか世間知らずか、割と両極端な気がするんだよね。変な先入観のせいかもしれないけど」
 紫の翼・レミリア(a26506)は落ち着いた表情と口調でそう語ると、調べあげた峠への道と、屋敷周囲の状況を報告する。
「なるほど、良く分かったよ。ありがとう、レミリア」
 にこっと微笑む闇夜に咲く華・ヒバナ(a42108)の赤い長髪が、夕日を受けて煌く。
「地の利ぐらいは抑えておかなきゃね」
 変らぬ少女の表情からはうかがい知れぬが、少しだけ得意げである。
「レミリアの情報を参考に、脱出ルートは確保した。ヒバナ、イーシアはお嬢様を降ろす時の見張りと、使用人達の引きつけを行ってくれるか」
 孤剣・シンク(a10594)がテキパキと割り振れば、踊る蒲公英・イーシア(a11866)とヒバナは神妙に頷く。
 シンクは、後は潜入班を待つばかりとなったバルコニーの下で、ふと唇の端を上げ、笑む。
「星空を見たい、か……健気なお嬢様だな、まぁそういう娘は嫌いじゃないが」
 不遜な彼の言葉に、ヒバナもくすっと笑みを漏らす。
「同感」
 そうして暗闇が差し迫り、レミリアがボソと文句を言いながら陰に隠れる。
 バルコニーから、ロープが下げられた。

 バルコニーよりやや離れた物陰へと移動したヒバナは、裏庭へ巡回しに行こうとしていた守衛を見つけ、地面に転がっていた大きめの石を手にとる。
「こういう、単純な方法の方が良くきくんだよな」
 そんな言葉とともに、素晴らしいコントロールで石を遠くの茂みに投げる。ガサリ、と物音をたてる茂みに、守衛の足が止まった。
 踵を返し、物音のした方へと遠ざかってゆく守衛を見、イーシアが何かを思いつく。
「次誰か来たら、猫の真似して遠ざけるよ」
 彼女はそうヒバナに耳打ちし、遠くの茂みへと忍んでいった。
「……にゃぁ〜ん」
 ややあって聞こえた愛らしい鳴き声に、ヒバナはひそかに笑った。
 そしてその頃バルコニーでは、お嬢様を抱えて降ろすため、シンクが垂らされたロープを上っていた。おぼつかなげな様子は全くなく、バルコニーへと到着した彼は不敵な笑みを浮かべて……。
「さて……逃避行と行こうか、お姫様?」
 ぱっと頬を染めたレリーデへと、手を差し伸べたのであった。

●第三章
 潜入班はお嬢様をシンクに託し、降りるのを見届けると、ロープの回収を行った。
「お嬢様はお休みになりましたので、お入りにならないようお願い致しますわ」
 部屋を出てすぐに出会った使用人に、ユーリがそう言付ければ完璧だった。

 さて舞台は、裏庭から脱出ルートを辿って出た、峠への道へと移る。
「足元、気をつけてね?」
 イーシアが声をかければ、
「もしお疲れになったら、フワリンを呼び出してお乗せいたしますので」
 オルハが言い添える。お嬢様は微笑み頷いた。
 先頭を歩くのは、カンテラを持ったヒバナと、レミリア。そして、
「この先に狼が居るって……東方面に迂回していこう?」
 鈴の鳴るような声で歌を歌い、道端の動物達と会話をするティーである。
「注意しながら迂回しよう。とはいえ……狼が気づかないって保障はないんだよね……」
 レミリアは下草や張り出した枝を払いつつ、迂回路を歩む。一行は、その後を追った。
 さて、細心の注意と、何よりティーの動物達からの情報により、狼の居る地点を安全に抜けたメンバーは、ややピクニックのような雰囲気のままもとの道に戻った。
 お嬢様の隣をゆったりと歩いていたユーリは、前方を照らすヒバナを見、その横へと移動する。
「どうですか、似合いますか?」
 そう実は、服を着替える暇もなく、潜入班の四人はいまだ使用人の服のままだったのである。
「良く似合ってるよ」
 ヒバナはユーリの格好を見、微笑む。
 お嬢様はというと、同年でもあるイーシアと楽しそうに会話をしていた。もっとも、話しているのは主にイーシアで、レリーデは楽しそうに聞いているだけだが。
「ジャスミンの峠、どんな所か、楽しみだねっ」
 イーシアが言った、その時である。
 先を歩いていたレミリアとティーが、同時に声を上げる。
 急に開けた道。
 一面に咲き狂うジャスミンの花。手が届きそうなほどに輝く天の星。
 ジャスミンの峠が、広がっていた。

●第四章
 レリーデはただ峠に立ち尽くし、そして満面の笑顔を浮かべて、一筋の涙を流した。
「広い、とても世界は……広いんですね」
 綺麗……と零れる声に、その隣で、マーヴェルが慈愛の笑みを浮かべた。
 この世間知らずのお嬢様の笑顔を見る事、それが、彼女の望みだったから。
 ジャスミンの芳香があたりを包んでいた。峠に腰を下ろし、ただ降らんばかりの星を見上げる。
「ふわぁ……あ、あれがお布団座だよう」
 感嘆の声を上げていたイーシアはそう言って夜空指差す。
「ほんとうに、綺麗だね」
 心に感じる美しさを目にした時、飾り立てた言葉が出てこないのが、感動なのかもしれない。
「こんな願いなら、いつでも叶えてあげられるのだがな」
 シンクが言えば、お嬢様は嬉しそうに笑う。
 日々の忙しい冒険の中、たまには夜空を見上げるのもいい。下ばかり向いていたら、見えないものもあるはずだから。
「家族で見る星空も、悪くない……」
 呟いた彼の呟きが聞こえたのだろう、レリーデは頷く。
「お父様やお母様にも、見せてあげたいです」
 そう囁いたお嬢様のもとへ、オルハが歩んでくる。
「今日の思い出にお持ちください。花の香りは体にもよろしいです」
 手には、押し花にするためにセットされたジャスミンの花。
 三角巾をとった彼は今、マーヴェルから借りたカチューシャをつけていた。そういえば彼は男の子だが、何の違和感もなくスカートの使用人服を着ている。
 空に手を伸ばしたイーシアは、まるで星を掴もうとしているかのよう。しかし、その手が届くわけはない。
「うん。こっちのお星様なら、ひとつ分けてもらえるかなぁ?」
 彼女はそんなセリフとともに、傍らにあったジャスミンの花をなでる。
 ジャスミンの花は、瞬く星に良く似ていた。
「私、レモネードと金平糖をご用意しましたの、お嬢様のお口にあうかどうか分かりませんけれど」
 艶やかな黒髪が月光に映える。マーヴェルは微笑んで、お嬢様の前にそれらを差し出す。
 そのお嬢様の肩には、体が冷えないようにとオルハのマントがかかっていた。
 レリーデは、口に金平糖を含んだ。
 優しい甘さが口内に広がる……と。
「私、冒険者になります!!」
 体の弱いお嬢様の、精一杯の声。冒険者に、笑顔が溢れた。
 がんばれ、レリーデ。

 さて、その帰り。来た時と同じように帰路を辿り、無事にお屋敷まで到着した。
「私でも着られるような使用人の服……あれば分けて欲しいな……」
 レミリアがそっと耳打ちをするが、お嬢様は申し訳なさそうに両手をあわせる。
「持ち出す事が出来たのはその四着だけみたいなんです」
 ちょっぴりしょげた顔をしたレミリアの肩を叩いたのは、ユーリ。
「一度私が着たものですが、いかがですか? 手直しすれば十分着られると思いますよ」
 そう言って差し出されたフリルの服に、レミリアは嬉しそうにはにかんだ。

「ありがとう……」
 バルコニーから裏庭を見下ろし、お嬢様は、いつもの部屋へと戻ってゆく……。


マスター:友郷ナギ 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2006/03/19
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