霞衣の手紙を、あなたに



<オープニング>


●大遠征の翌々朝
 丸一日、自室に篭っていた荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は、夜が明けると共に部屋を出た。家の中を引っ繰り返し、目当てのものを探し当てると見付けた分を全て手提げ鞄に突っ込んで家を出ると、朝霧に満ちた通りを歩き、酒場が開くのを待って酒場へと入る。
 酒場の者に簡単な朝食を注文――中身がスモークサーモンとクリームチーズとオニオンスライスとレモンスライスと適当なハーブだけのベーグルサンドを二つと、飲み物にミルク――をすると、霊査士は何やら作業を始めた。

 机の上には、月桂樹の葉と同じ色をした小さな御守りが置いてある。

 朝食を終えた霊査士は、酒場の扉が開くと席を立った。
 がたん、と小さく椅子が鳴る。
「……おかえりなさい」
 青い瞳を緩めて、彼女は小さく微笑んだ。

●春霞の衣
 ある程度人が揃った頃に、霊査士は常よりも余程穏やかな眼差しで語り始める。
「手紙を書こうと思うの」
 手提げ鞄の中から彼女が取り出したのは、春色をした便箋だった。
 柔らかく淡い色彩には山に掛かった霞のような靄があり、色合いを変じさせている。少し優し過ぎるくらいの便箋と封筒は、戦の哀しみとは無縁と思えた。
「……私は手紙を書くのが好きなの。言葉を考え込んでしまうから、面と向かって話すのは苦手」
 霊査士は囁くように呟いて、「でも、こんな時だからこそ、手紙と言うものが心の支えに為ってくれると、思う……」とほんの少し俯いた。大切に選んで綴られた言葉は、冷え切った胸にさえも春の陽射しを運んでくれる。沢山の言葉を語られるよりも、一行の文字が胸に染み入ることがあるのだ。
「届けることの出来る手紙なら、渡してあげて」
 自分以外の誰かの言葉で、救われる想いもある。
 ひとり悩んでいる人、哀しんでいる人、辛い想いをしている人。
 万感の思いを込めた文をしたため、己の心を届けてみては如何だろう。
「……届けることの出来ない手紙なら、ずっと持っていても良い」
 想いを籠めた手紙を枕の下に入れておけば、其の人の夢を見られると言うし、と霊査士はほんの少しだけはにかむように笑った。夜空の下で火にくべて、書く綴った手紙を灰にし、想いが届くよう願うのも良い。己の想いを忘れること無きよう、大切に取っておくのも良い。
「……巧く、言えないけれど……」
 霊査士は目を伏せる。
「……どうか……ひとりで、落ち込まないで。私も、一緒に落ち込むから……」

「ね、温かい紅茶が飲みたいの。甘いお菓子が食べたいわ。私、そう言えば食べることを忘れていたから……美味しい御料理を用意して? 心が温まるものが良い」
 霞むように微笑んで、小首を傾げる。
 彼女は我儘を言うことを覚えて、元気になる時は一緒に元気になりたいわ、と笑った。

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参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●休息の日
 酒場の一角が賑やかになる。
 彼らは料理を持ち寄っているようだった。騒ぎ立てるわけでも無く、ただ楽しんでいる。其処には、ほんの少し哀しく、とても優しい笑顔が満ちている。
「心配していたけど……少し安心したよ」
 彼女が好むだろう具がたっぷり挟まれたベーグルサンドに、温かいポタージュを並べた。ドレッシングの美味しいサラダには、かりっとした食感が楽しいベーコンが入っている。アオイの言葉に、荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)はベーグルを齧って「美味しいわ」とほんの少しだけ微笑んだ。
 湯気の立つ鍋を抱えたアレクサンドラは、皆にスープを勧めた。霊査士も嬉しそうに瞳を細めて、味見して良いかしら、と小首を傾げる。旅団で作って来たミックスピクルスと干肉を煮込んだ酸味ある暖かなスープは、心も身体も温めてくれることだろう。
 人々は微笑んで暖かな食卓についている。
 数日前の戦を知らぬ者など、今この場にはひとりとして居ない。戦禍は多くの命を奪った。凍えそうな程に心が冷えてしまった者も多い。装われたものだとしても、今此処に柔らかく穏やかな空気が流れていることは確かだった。
 戦で大切な存在を喪ってしまった人を思い、ニールは便箋を選ぶ。何を書こうとぼんやり呟いた。
 ギバは精一杯の想いを籠めて文字を綴る。何気無い日常に当たり前に居る筈の人々が、唐突に消えてしまうことを知った。手を止め見詰めた彼女と、不意に顔を上げたコシロの目が合う。彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。戦で大怪我を負った際、真っ先に思い浮かんだのは彼女のことだ。未だ死ねないと強く思ったのは、彼女が居るからだ。
 手作りの菓子を配りながら、セイカはどんな手紙を書いているのかと目に付いた者に問い掛ける。聞かれたフラジィルは、気持ちを込めた御手紙なのです、とにっこり笑う。彼女は欲張りに大量の便箋を抱え込み、四苦八苦しながら文面を考えているところらしい。桜薫る柔らかなシフォンケーキを切り分け、勧めて遣りながらリューシャはそんな彼女を微笑んで見守る。
「フラジィルはどういう気持ちで手紙を書くの?」
 問うても当たり障り無いだろう人物に、アニエスは問い掛けた。悲しい内容の手紙を書く人には、中々問える事柄で無く、人の手紙を無遠慮に読む気は全く無かった。
「ジルはですねぇ、愛とかラブをたくさん込めて書くんですよぅ」
 フラジィルは普段通り、とても幸せそうに笑んでいた。フウアはそんな彼女の横に座って、手元を覗き込んでいる。共に紅茶を飲んでいたヴィンは、ぐっと拳を握り心を決めたように口を開いた。
「ジルちゃん、僕にも手紙を書いてくれないかな。大切にするから」
 言われた彼女は何故かぱちぱちと瞬きをしてから、嬉しそうに目を細める。頑張って書きますね、と笑顔のまま大きく頷いた。エリスもちょいちょいとフラジィルの肩を突付き、言葉を選びながら以前二人が共に出掛けた際に同行していた青年の名を出す。
「……あの人、レルヴァじゃない、別の戦いで亡くなったんです」
 知っていたのか、驚きはせず哀しげに一度だけ目を伏せた。
「勿論、ジルも確り、覚えているのです」
 覚えていてくれるなら手紙を書いてくれないかと頼んだ女性に、少女は頷く。ヨナタンは後ろ手に自らの手紙を隠しながら、其の女性が作って来た切って煮込んだだけと言うポトフ、其ればかりを食べていた。確り者でとても優しい彼女を、護れる男になると言う誓いを深く思い出す。

●一通の手紙
 紡ぐことの出来ない言葉と想いを籠めて、オウカは丁寧に文字を綴る。届かないだろう手紙を見下ろし、渡せないだろう持たぬ勇気にほんの少し胸が痛んだ。アゲハも不安を抱きながら手紙を書いた。本人を前にしては緊張で巧く喋れなくなるが、文の力を借りれば伝わるかも知れない。
 直に会い話すことも、人との関係に於いて欠かすことが出来ない大切な行為に違いない。けれど手紙を受け取ると、また違う嬉しさや幸福を感じることも出来る。其の不思議さを慈しむように、ファオは筆を取った。エリザベートは幸せを噛み締めるように微笑んでいる。其の表情だけで彼女が最愛の人への手紙を書いているのだと判るだろう。レイジュは義姉の様子に頬を緩め、自らも便箋を開いた。自らが誇りとする大切な義妹に、届くと信じて書き綴る。
「一緒に、過ごせて……幸せです」
 便箋を広げた机を前に寄り添いながら、ツバキは頬を染めて囁いた。ダースは彼女の髪を優しく撫でて、流れる時を愛しく思う。先の大遠征は多くの人の身と心を傷付けた。癒しには穏やかな時間こそ求められるのだろう。
 チャザは友人の為と自分の為に、甘い甘いミルクティーをカップへと注ぐ。アリスンは春らしい苺のタルトを切り分けていた。友達同士で共に居ることを本当に幸福であると噛み締めて、二人は自然、笑みを浮かべる。
「ティアレスは何をしても完璧なのだよね? 手紙もきっと素敵に書けるのだよね」
 その素敵な手紙が欲しいのだけれどと微笑みながらも退路を塞ぐように問い、オリエは手作りの菓子を差し出した。ティアレスは檸檬ジャムをスコーンに付けつつ、何か納得行かない様子で首を捻る。
「我は……余り好かんのだが」
 スコーンは好きだが、と紅茶を一口。
 貴方の手紙を貰えれば強く在れるような気がするから、とレインも手紙を希望した。ティアレスは彼女が用意してくれた林檎ジャムをスコーンにつけ、気の進まない様子で黙々と食す。思い詰めた様子で言葉が欲しいとミナは言うも、彼は男に遣るものは何も無いと視線も合わさずパイを齧った。
 遺書を作りに来たと手を振るグラースプには、「嫁が泣くぞ」と無表情に無遠慮な言葉を吐く。暴力が唐突に大切なものを奪って行くことは真実で、其れを防ぐ為に戦うことが冒険者の使命であることもまた確かだ。霊査士が大切にしていたのだろう春色の便箋で紙飛行機を折るなど、本気で遣る気の無い様子のティアレスにストラタムが問い掛ける。
「他人に執着の薄そうな貴方は、どんな言葉を選んだのでしょうか」
 私にも分けては貰えませんかと尋ねる彼女の眼前に、白手袋を嵌めた指先を寄せて彼は笑った。
「言葉だけならば幾らでも。唯、文字に残る手紙は嫌いだ」

●秘めた想いを言の葉にして
 ファーラも大遠征の折、大切な人を喪っている。逝った人の為にも世界の平和を願った。ノリスも先程から黙々と文字を綴っている。宛名は書かず、ルシアは普段ならば決して口にしないような言葉を、今日だけは正直に書いた。渡した後の反応を見るのが気恥ずかしいけれど、渡す機会は来るのだろうかと一旦手を止めて考える。
 多くの人が様々なものを失うのが戦争だった。フィードは大切な血の繋がらぬ息子へ手紙を書く。もう直ぐ訪れる誕生日の祝いに、贈れるものはひとつだけだと彼は信じた。
 ルナは愚者の為に手紙を書いて遣っている。理想家で持つ矜持は中途半端、割り切れぬ為に苦しむ、脆く優し過ぎる者だ。愚かには違いないが、だからこそ信頼に値するし、其の苦悩を拭って遣ることが出来ればと考えながら文を連ねる。
 行方の知れぬ恩人に向けて、ビャクヤは手紙を書いていた。記すのは希望や祈りに似た言葉。生死すら判らぬ人相手ながら、彼は恩人の生を信じて書いた。数年前に居なくなった恋人への手紙を、サロメは綴る。彼の命を奪った存在を憎み、愛を見誤った日も続いた。けれど彼女は今、闇から這い上がる術を知っている。光はきっと見付かる筈だ。
 エリュシアには最近、少しだけ気になる存在がある。何故だか元気が無いような、心が苦しんでいるように見えて、何でも無いと言う言葉は虚勢に聞こえてしまう。せめて気持ちだけでも届けることが出来ればと筆を取ったのだ。
 気付けばニューラの周りには書き損じた便箋が散らばっていた。文字にするたびに何か違うような、足りないような気がして書き直してしまう。考え込んでいれば思い出ばかりが胸を掠めて気付けば涙が文字を滲ませる。無事で帰って来るのでは無いかと、期待も出来ない自分が不思議だった。不安で堪らなかった。
「……うん、大丈夫」
 ぽつり、と言葉を洩らす。大丈夫じゃないなんて、彼女には紡げなかった。

 御蔭で無事に戻って来られた、とガルスタは生真面目に言う。渡した護りを持っていただけの霊査士は、目を細め今一度「おかえりなさい」と紡いだ。彼は便箋を取り上げて、燃やせば逝った者たちにも届くのだろうか、とほんの少しだけ目を伏せた。ティアも想いを籠めて手紙を書く。言葉では届いてくれそうも無い遠くの地まで、文が到るように願った。
 サレイは哀しげに微笑みながら、霊査士の近くの席を陣取って親しい人への手紙を書く。
「むおお……ドリーミー……」
 書きながら苦悶しているのはエンだった。書き手の自分が悶絶してしまうような甘い言葉を一生懸命に書き連ねる。芸のある文は書けないが、真っ直ぐに想いを綴るのだ。シュシュは書き終えた手紙の文面を読み直し、小さく微笑む。遺書にせよ恋文にせよ、意味は同じだろうかと考えたのだ。暖かな紅茶をカップに注ぐ霊査士に、小さな声で礼を言う。霊査士は小首を傾げて、大丈夫よ、と少し不思議な返答をした。
 ジェネシスは彼女を労わるように甘い木苺の香りがするフランボワーズティーを差し出してやる。手紙が欲しいと告げれば、構わないけれど、と至極あっさりとした返答。ドライフルーツの砂糖菓子を摘む彼女に、メイが語り掛ける。霊査士は彼女が差し出した手紙の文面を目で追って、少し困ったように小首を傾げた。貰ったからには御返事も書くけれど、と霊査士は呟く。
「ロザリーちゃ、逢いたかったのです」
 遠慮がちに近寄って来たリアンシェを見て、霊査士は穏やかに瞳を緩めた。淡い緑の髪を軽く撫でて、おかえりなさい、と小さく頷く。一度は戦場を去った少女が、多くの人が傷付く戦を見ぬ振り出来ずに帰って来たことを、其の決意を讃えるように。彼女が渡したクッキーを、紅茶と共に頂いた。
 零れそうになる涙を押し留めて、リアは文字を綴る。誰より愛した人へ心からの感謝を籠めて、想いを文字に残した。ほろりと流した涙が封筒に小さな染みを作る。進む道が時折見えなくなるのだと零した彼女の手を取って、霊査士は口を開いた。
「……そんな時は思い出して。私も貴女を見てる」
 必要になれば何時でも来てくれて構わないから、と蒼い瞳を緩め囁く。
 彼女が大分悼んでいたことは知っていたから、慰めの言葉を吐かず生還の報告に代えてイドゥナは霊査士の頬に軽く触れる。光輝の武都を無情に穿ち砕いた光が脳裏を過ぎる。霊査士は顔を上げて彼の顔を見、緩い動作で俯いた。頬に触れた手に、自らの掌を重ねた。
「……もう」
 重ねた手に力が篭る。縋るように頬を押し付け呟いた。
「御会い、出来ないのですね……」
 宛先は彼では無く、ほんの少しだけ震えた声で、堪えるように言葉を零した。
 自分ばかりが哀しむべき事柄では無いと知っていたから、ロザリーは其れ以上言わなかった。
「……泣いたり、は……しないで、済むと……」
 思っていたのに。
 予期せぬ反応に、余った彼の片手は空を彷徨う。俯いた霊査士が泣いているかは判らない。肩は震えれど嗚咽を洩らしはしなかった。唯、短い時間、堪えるように口を閉ざす。
 冒険者は冒険者である為に、前を見続けて行かなければ為らない。
 失われたものに顔向け出来るような生き様を願って、冒険者は短い休息を終える。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:46人
作成日:2006/03/30
得票数:恋愛8  ダーク5  ほのぼの27 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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