<リプレイ>
●晩餐会の夜 ジョーラムらが礼儀に則った行動を呼び掛けたこともあり、晩餐会は見た目恙無く始まった。 寵姫の宮殿にあるパーティルームは、王城と比べても見劣りしない程に広く、かつ絢爛だ。白い食卓の上には黄金に輝く食器が並び、蝋燭を燈す燭台すらも金で飾られている。磨き抜かれた石床は、ミルクホワイトの液体にチョコレートを溶かし中途半端に混ぜ込んだような色合いをしていた。白と黒のマーブルストーンとは違い、何処か温かみのある空間である。 テンユウは豪華な食事に舌鼓を打った。トマトで煮込まれたイカのソテーにはイカスミのリゾットが添えられている。ブイヨンで煮込んだキャベツの葉で、蕩ける程熱いフォアグラを包み込んだ前菜も芳しい。仔羊からはカシスの酸味が、鴨肉からはオレンジの甘みが薫る。折角の美食に手をつけないなど愚かだとてホークも御馳走に向かった。 美しい管絃が掻き鳴らされ、煌びやかな広間に至上の芸術を満たして行く。 明るい空色柔のロングドレスを着込んだエルノアーレは、純粋にパーティを楽しんでいた。落ち着いたノーブルドレスを纏うストラタムは、少しばかり緊張しているようだ。エルスは大人しく壁に寄り、ミナは礼儀正しくしていた。艶やかな空気に浸りながら、ハチェットもダンスホールへ足を踏み入れる。 訪れていたセイレーンの貴族、地元の名士たちに巧く好意を持たれるよう動いたオリエとトリスタンは、其々ダンスに誘われワルツの音色へ溶け込んでいた。ダブルのタキシードに襞付のシルクシャツを合わせ、黒い蝶タイを結んだガリュードも同伴のミャアを立てながら踊り始める。 「何事も無く、終われば良いですね……」 何処か不安げにリュエルが呟く。彼女と踊っていたエランディアは、気にすることは無いとばかりに微笑んだ。カレンは踊りながら、夫に向けて素敵と笑う。蒼を基調とした優美な刺繍で縁取られた白いチュニックが、彼に良く似合った。ラザナスも微笑んで、妻の衣装を褒め返す。ガルスタとアティも随分慣れた様子でダンスを楽しんでいた。 優雅に踊る男女を眺め、ユズリアは小さく溜息を洩らす。ニノンは舞踏を眺めつつも、麗しき女主人に気が惹かれて為らなかった。誰もが良く理解しているように、今日の主役は何と言っても、気高きセイレーンの大領主様に他ならないのである。
●ルクレチア様に御挨拶 「御尊顔を拝する機会を与えて頂き、心より感謝申し上げます」 白手袋に包まれた手を胸元に当て、礼を欠かぬ距離を保ったままアオイが告げる。 寵姫は瀟洒な紅布が貼られた、正に玉座に相応しいだろう椅子に腰を降ろしていた。艶やかな唇は緩く笑みを湛え、華やかな青の瞳は挨拶にと列を為す冒険者たちに向けられている。 「セイレーンが生んだ奇跡にして麗しの宝玉、ルクレチア様への御目通り、身に余る栄誉です」 正装したノヴァーリスが丁寧に礼をする。薔薇の花を付き人に受け取らせ、彼が贈った本心からの言葉へ寵姫は満足げな微笑を返した。ヴィンも寵姫の瞳を見詰めにっこりと微笑んで無難に挨拶をし、シェラも普通に挨拶をし終え、恐らく嫌われては居ないだろうと考える。 絵画の中の女神のように整った顔立ちの女性を前に、つい照れてしまいながらレムも頭を垂れた。マディンも民に愛されし大領主様を褒め讃えながら挨拶をする。ロックと言う名を大領主様に名乗った彼は美少年を装うも、極普通の挨拶だけでは彼女の目に留まるようなことも無かった様子。 寵姫の気を惹いた少女も、少ないながら居た。 「嗚呼……本当に御美しくていらっしゃる……」 陶然とした微笑を湛え、華美な軍服を着込んだハーウェルが恭しく跪く。ルクレチア様の輝かしい美貌の前では、如何な高価な宝石も色褪せてしまうと美辞を贈った。私事ながら己の誕生日に尊い寵姫と逢えたことが嬉しいと彼女が語ると、ルクレチアは艶やかに笑む。 「わたくしが、貴女の生誕を祝して差し上げますわ」 ハーウェルを近くへと呼び寄せ、其の白い頬に柔らかな唇で触れた。 そして波間を縫うように挨拶へ訪れる者の多き中、敢えて近寄らずに視線だけを向けて居た男装の少女に、ルクレチア様は興味を含んだ視線を向ける。ベルナデットは真摯な視線を寵姫に向け、芝居がかった仕草で男性として礼をした。シルクのポケットチーフの白さが初々しさを添えている。前髪を上げて後ろに流した緑の髪を見、寵姫はくすくすと面白そうに笑った。 唯、寵姫は酷く気分屋な為、表情の変化は少なくなかった。シャルフェが寵姫を引き立てるドレスを讃えながらも、ドレスのセンスが良いと褒めた辺りから寵姫は面白くなさそうな顔をし始めた。何と言っても、ルクレチア様が本日着込んでいるドレスは、先日冒険者が選んだ品だからだ。 噂を耳にした時から、素敵で美麗な方と胸を躍らせていたのだとフィーは語る。寵姫は宝石や装飾品を身につけた十分に人目を惹ける彼女の服装を見遣り、ふぅ、と溜息を吐くと「聞いた噂などで、わたくしの美麗さが理解出来たと仰るのかしら……」等と頬に手を当てて態とらしく呟いた。 本日ルクレチア様が纏っているのは、先日冒険者が選び運んで来た夜会服のうち一着だ。身体の線に沿った黒紫に揺らめく滑らかで薄い布。胸元を大きく開いたドレスは、触り心地の良いだろう柔らかな姿態を覗かせている。そして彼女が身につけたアクセサリは、金鎖で繋がれたアメジストの首飾りひとつ。 「私如き小娘が貴女様の晩餐会に参じることなど畏れ多いとは思えども、運ばせて頂きました夜会服を纏われた御姿を一目拝したく、失礼を覚悟で参りました」 正に先日、フェイルローゼが選んだ夜会服を纏った寵姫の前で、フェイルローゼは慎ましく述べる。彼女の言葉が御気に召したか、決して目立ち過ぎないよう心掛けた彼女の服装が御気に召したか、寵姫の唇は再び笑みの形を刻んだ。
「今晩の晩餐会は、まるで詩や御伽の世界のようです」 ランスは頬を紅潮させ、うっとりと大領主の相貌を見詰め会釈する。でも、と言葉を続けた。 「どんな物語に出てくるお姫様やお妃様の美貌も、ルクレチア様の前では翳ってしまいます」 純粋な賛辞に寵姫は艶やかに笑む。次いで歩み出たイドゥナが「大領主様の御配慮には深く感銘を受けました」と語ると、ルクレチア様は先程までの不機嫌を忘れた様子で、にっこりと微笑んだ。此れから御身の佑助と為れるよう努めて参ります、と彼は続ける。 「ええ、冒険者様に御願いしたいことは、まだまだありますのよ」 ルクレチア様は、期待していますわとくすくす楽しげに笑みを洩らした。アルムが「先日はお見苦しいところを御見せしました」と謝罪し、シルヴィアが「この前は御好意有難う御座います」と照れたように口にするも、寵姫は笑みを湛えたまま双方へ何のことか判りませんわと言葉を返す。 御噂は予てよりと頭を下げるアネモネに続いて、エルサイドが続く。前回より近付いた彼我の距離に息が止まる想いを正直に告白した。寝首を掻かれても良いと思える其の美女は、甘い微笑みを浮かべ続ける。 シュシュが並べられた料理が素晴らしいと話すと、寵姫は優しい眼差しで「皆様の為に用意させて頂いた品ですもの、御口に合えば何よりですわ。好きなだけ食べていらして」と言葉を返した。白い燕尾服の胸元をトパーズの飾りで留めた白いスカーフで飾り、ベルガモットの香りを漂わせたアレクサンドラが謁見を光栄の至りと恭しい礼をすれば、ルクレチア様は何処か寂しげに胸を押さえる。 「わたくしたちの出会いがもう少し早ければ、と……今、切なくなりましたわ」 恐らく、服装がルクレチア様の好みに触れたらしい。 メイファが如何に我儘な大領主と言えど文句の付け所が無い程、恭しく丁寧な口調で己の歌を余興序でに聴いて貰えないかと申し出る。しかし大領主様は、今宵の舞踏会を豪奢な管絃の響きでのみ満たしたく思ったか、彼女の申し出を断った。 タキシードを着込んできたリリカが寵姫への贈り物として、タップダンスを披露して見せるも、「ワルツに其のような踊りは似合いませんわ」とルクレチア様の御叱りを受けることとなる。序でに彼はホーリーライトを燈していた為、ぴかぴか光って気が散るとの仰せにより、彼はゼイムらの手でやんわりと強制撤去された。
●ルクレチア様と御話 暫くすると、寵姫の周囲には貢物の山が出来た。 御付きの美少年たちは両手に一杯の花束を抱えている。今もノリスが大理石の小箱に入れた柘榴石を捧げたところだ。寵姫は贈られた品々を自らの手では受け取らず、代わりに付き従う美少年らに捧げ持たせていた。 「……矢張り、一流の方は一流を知りますのね」 美少年に目を向けて呟いたコレットに、ルクレチア様はにっこりと微笑み掛ける。 「可愛い子たちでしょう。まるでわたくしの使用人か何かのように、良く働いてくれますの」 何かが引っ掛かる物言いで彼女は答えた。大領主様と美少年たちの関係が気になるところだが、聞くには未だ早いかと誰も問いを続けることが出来ない。其の間にもリュウが楓華から持参した簪を貢物として捧げている。 「宜しければ、ルクレチア様の美と叡智の一欠片でも御指導御教授願えれば……」 ヒギンズの問いに、寵姫は答えた。 「わたくしは、美しく在ろうとして美しいのではありませんの。賢く在ろうとして賢いのでもありませんわ……わたくしを縛るものなど何も無いのです。それだけのこと」 招待への感謝を述べながら、ニューラは深々と頭を下げる。 「ルクレチア様の御尊顔を拝したい一心で、洗練とは懸け離れた地より参りました者も多く、万一失礼が御座いましても何卒御許し頂きたく――」 「まあ。わたくしが、言われないと判らないとでも思って?」 態とらしく驚いたように息を吐き、からかうような声音で寵姫は問うた。いいえそのようなことは、と彼女が当然のように返して来るのを当然のように受け入れる。 「其の服、似合っていてよ」 気取った素っ気無い声音が次いでとばかりに言葉を紡いだ。 持参した最高級の紅茶を、宜しければ御用意させて頂きますが、とフェザーが問う。 「わたくし、紅茶は余り好みませんの」 ルクレチア様はにっこりと微笑んだ。晩餐会と言う夜の場で飲むと言うことを厭われたのかもしれないが、言葉の真偽は計り知れない。クーラが差し出した砂糖菓子の薔薇に対しても、 「わたくし、甘いものは余り好みませんの」 同様に答えた。しかしながら少しばかり興味を惹かれはした様子で、午後の休憩には相応しい添え物かもしれませんわね、と考え込むように頬へ手を当てる。 続いて、黒の燕尾服を着込んだビャクヤは、今日この日の為にと用意して来た深紅の薔薇の花束を捧げ持ち、寵姫に心奪われた哀れにして幸福な自らの想いを情熱的に語り上げた。寵姫は値踏みするような眼差しで首を傾げる。 「今日頂いた花束の中で、一番素敵な花束かもしれませんわ」 潤う唇が笑みを刻んだ。プレッシャーを感じつつも進み出たセナが花束を捧げる。 「今日御逢いすることが出来、光栄だぎゃ。ルクレチア様の美しさに薔薇を添えさせて欲しいみゃ」 ルクレチア様は目を数度瞬いて、くすっと小さく笑みを洩らした。 「みゃ? 貴女、面白い喋り方をなさるのね……」 良く判らないが、ルクレチア様は甚く楽しげだ。堪え切れぬようにくすくすと肩を震わせて、眦に僅かながら涙を溜める。次にルクレチア様が興味を持ったのはヒトノソリンだった。どうしても語尾になぁ〜んが出てしまうですなぁ〜ん、と言うルーネの言葉を楽しそうに聞く。
冒険者たちの挨拶がひと段落した頃になっても、寵姫は疲労した様子を見せなかった。流石に大領主様ともなれば、晩餐会を催すたびに多くの者たちから言葉を掛けられ、其の度に笑みを返して来ているのだろう。 ルクレチア様は、憧れの眼差しを向けながら水晶の花束を差し出してきたフィーと、「ルクレチア様が綺麗だから緊張してしまうなぁ〜ん」と正直に告白したジオらを近くに侍らせていた。此れほどまで美しい方だとは思いませんでしたと本心を告げたメリトも、置いた距離を縮め、傍に来るよう命ぜられて、照れたように僅か頬を赤らめている。寵姫は優しげな微笑を湛えたまま、少年らしさを引き立たせるようなスーツを着込んだアニエスが話す冒険譚を聞いていた。 ユキシシがレルヴァ大遠征の話を振も、敗戦が持つ話の血腥さに、寵姫は途中で話を止めさせた。ヨアフが街道建設の仕事について触れた際にも、「晩餐会で、御仕事の御話をすべきではないのではなくて?」と微笑んで制止する。 雰囲気を変えるべく、ヨナタンが話題を振った。 「ルクレチア様は、ペットなど御飼いになられているのですか?」 場は一触即発の雰囲気である。 ヨナタンとて笑顔を絶やさないが、心臓は早鐘を打っていた。 「ペット……この子たちとか?」 ルクレチア様は青い瞳で御付きの少年を見遣る。 「いえ、猫とかです」 「まあ。わたくしったら」 誤魔化すように、うふふ、と微笑むルクレチア様。困ったことに余り笑える話では無いが、美少年たちは照れたように微笑んでいる。冒険者たちの乾いた笑いが響く中、ボナは一念発起した。 「ルクレチア様、もし宜しければダンスに御誘いしても宜しいでしょうか?」 短い間。 ルクレチア様はチキンレッグの鶏冠の先から足元までを流し見て、微笑む。 「ごめんあそばせ。わたくし、ダンスは余り好みませんの……」 他にも数名の冒険者が誘いの言葉を投げ掛けるも、返される言葉は同じだった。だが、しかし、 「ルクレチア姫……出来れば一夜、御相手願いたい」 シャオランに他意は無かった。 跪き、気高き極楽鳥花の束を差し出した彼は、純粋に寵姫をダンスに誘っていた。 「御話頂けるだけで、触れて頂けるだけで、至福だから……」 「宜しくてよ」 ルクレチア様は意外にも、笑みすら浮かべず差し出された手を取った。しかし、瞳は面白がるように細められている。触れた指先の頼り無い細さと、ひんやりとした柔らかさにシャオランは小さく身を震わせた。 「一晩中の御相手は出来ませんけれど、一曲の踊り方くらいは教えて差し上げるわ」 背の高い彼が視線を落とすと柔らかそうな身体が見え過ぎる程に良く見える。 踊り始めれば時折、胸が触れ合う程。不慣れな様子の彼に、寵姫は可笑しげな笑みを返した。
寵姫が踊り始めた隙に、イワンは御付きの美少年に問い掛ける。 「えっ……ルクレチア様の御誕生日ですか? 四月? いえ、違います。六月です」 大領主様の御誕生日には、領地中で御祝いが行われるんですよ、と美少年は微笑んだ。 本心から彼女の誕生日を楽しみにしているのだろう、嬉しげで酷く無邪気な、満面の笑みだった。

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参加者:66人
作成日:2006/04/03
得票数:ミステリ13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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