<リプレイ>
●お邪魔虫 純粋な白ではない、仄かに色づいた花びらが、高くそびえる樹木の輪郭を、まるで手には取れない煙のような姿に飾っている。 桜の花は美しかった。だが、複雑な形に折れ曲がった枝とは別に、何か、黒くて、蠢いていて、気色の悪いものが、咲きほころぶ花々の合間にあることが見てとれる。 「折角、綺麗に咲いている桜が台無しになってしまったら悲しいですわ……。村人の皆さんも楽しみにしているでしょうし。毛虫さんには申し訳ないですけれど、退治させて頂きますわね!」 張りのある美しい髪をまっすぐに背へと伸ばして、そのそこかしこに純白を百合を散らすドリアッドの少女は、凛とした面持ちのまま、無数の蟲たちが這いずる樹木を見上げていた。瞳には峻厳さを、唇には自愛をつややかに湛える彼女の名は――優美なる白百合・リリーナ(a39659)、医術士である。 背の高い山の頂には、まだいくらかの雪化粧が施されたままだった。だが、目映いばかりの陽の光がこのまま春の到来を歌い続けるのならば、山々は稜線を明らかとせねばならないだろう。薄く結んだ唇に、緊張のあまりか赤い舌をのぞかせた後、リリーナの腕をとって、移ろい行く季節・セラフィータ(a45009)は言った。 「毛針は厄介ですわ……肌を隠せばマシとは思いますが……」 紺碧の氷河を思わせる、玲瓏な光を湛えた瞳……口元はまるで塑像の面のような調和を見せ、美しい方の線を形成する鎖骨へと触れる指先は優美さを誇った。片羽衣の天女・ミーシャ(a16350)は困惑している。涙ぐみそうになるのを、ぐっとこらえているところだった。 「毛虫は苦手です……。でも、やらないと花見ができませんね」 「私もだ。あんなに大きいと困るもん」 赤みの射した、豊かな線を披露する唇を波打たせて、ミーシャの肩に触れる指先に手の平を重ねたのは、銀の髪をしたエンジェルの少女――天水の清かなる伴侶・ヴィルジニーだった。彼女はあることに気づいていたが、ミーシャ自身に尋ねることは止していた。しきりに、自分の腹を気にかけるようにして手の平を這わせているとはいえ、何もその理由が自分の考えるものと一致するとは限らないからだ。 それでも、体調が悪かったらどうしたものか、とヴィルジニーが考えている隣に、突然、奇妙な輪郭をした人影が現れた。肌という肌が覆われており、顔も格子状の覆いがはめられた、まるで兜のような作りのフードによって防護されている。 「ど、どうしたの?」 あまりの変貌ぶりに驚き、ヴィルジニーが同行者のひとりである少女に言った。 「刺されないように完全防備にしたほうがいいし……」 銀の面から漏れだすように聞こえてきた声の主は蒼翼の守護天使・ゼフィ(a35212)、ヴィルジニーと同じエンジェルの医術士である。 純白の布地に、天藍の縁取りや、十字の意匠が施された聖衣をまとっていたはずの彼女だったが、今やその出で立ちは重騎士さながらの重装備となっている。 やおら手の平をかかげると、ゼフィはヴィルジニーがまとうホーリーガーブへ鎧聖の力を注ぎ込んだ。たちまち、重騎士も真っ青といった出で立ちの少女がひとりできあがる。 自分の姿が変えられてしまう前に、愛を振りまく翼・ミャア(a25700)は旋律の歌姫衣装に鎧聖の力を与えて、忍びがまとう隠密服のような、肌を露出させないタイトなシルエットのものへと変貌を遂げさせた。他の仲間たちが、寡黙なゼフィによって、術の使用者とそっくりな姿へと変えられたと見るや、彼女は紋章手袋で守られた右手を頭上へと向かわせた。 「じゃあ、始めますねぇ」 言葉の響きが消え入るなり、あたりにミャアに冠された輝きから拡散した、目眩がするほど峻烈な輝きによって満たされた。風が吹き抜けてざわつく桜の古木から、黒い物体が鈍い音をたてながら地に落ち続ける。それだけではない、針の風が花々の内側から流れでて、閃光を瞬かせたミャアを襲った。 樹木の裏手へとまわりこんで、セラフィータは幹に手をかけた。そのまま身体を持ち上げて、枝に残る毛虫を叩き落としにかかる。普段の修道服姿でなら、風にはためく裾がはしたないとも思われる格好だったが、ゼフィのもたらしてくれた術のおかげで、肌をさらすという辱めを受けることはなかった。 重装備となった集団の首領とでも呼ぶべき少女は、針の風を吹きつけられたミャアに、滴るような光によってその輪郭を縁取られた聖女を生成し、痛痒を払いのける力を持った接吻をもたらした。 ミャアをのぞく、兜のようなフードをかぶった六名の冒険者たち――身体の線を明らかとはしない出で立ちながらも、その中に入っている者がほっそりとした体型であることは、容易く見破れる。 だが、たったひとりだけ、別の意味合いで体型を明らかとさせる男が、防護服をまとう列に紛れて、酷く目立っていたのだった。樽のような腹や、座椅子のようにしっかりとした腰を、彼だけが有していたのである。 鉄の覆いに隠された口元へ手を伸ばそうとし、今は口元にパイプがないことを思いだすと、言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)はミャアから受け取った麻袋を引きずりながら歩いて、桜の木の下に転がる毛虫たちを詰め込む作業に取りかかった。 手早く土塊の人形を作り上げると、ミーシャは彼らに次々と毛虫の回収を命じては、自らはけっしてそのそばに近寄ろうとはしなかった。ヴィルジニーも、ヨウリの手伝いをしこそすれ、仮面の内側では眉宇を険しくひそめている。 だが、リリーナはまったく平然としていた。木に登ったセラフィータが杖で叩き落とした毛虫を拍手で出迎えると、小さな樽に湛えられた濁った水を、ヨウリが口を広げる麻袋のなかに杓子で流しこんでゆく。その液体は、虫が嫌う香草などで作られたものだった。 「それでは、潰すとしますかのう」 麻袋を地面に横たえさせると、ヨウリはジャンプの体勢をとった。すでに鎧聖の影響下から脱していたミーシャが、「嗚呼」と声をあげて顔容を手の平で覆っている。やはり口元を波立たせたまま、ヴィルジニーは彼女を庇うような位置に立った。リリーナとセラフィータは胸元で十字を描くような仕草を見せている。 だが、飛びあがろうとしたヨウリの肩に、小さな指先が重ねられて、彼の動きを制する――穏やかな微笑みを湛えた頬を横に振り、自分に任せてくれるようにと伝えたのはミャアだった。 少女の唇から響いた歌声は、耀う雪の結晶を思わせる、冷たく澄んだものだった。ミャアが唄い終えると同時に、膨れあがり、慌ただしく蠢いていた麻袋が、ぐったりと倒れるようにして動きを止めた。 「毛虫の駆除お疲れさまでした、それでは宴会始めましょう。かんぱ〜い」 杯をかかげるふりをして、ミャアは仲間たちに愛らしく微笑みかける。麻袋の中では……まさに阿鼻叫喚の光景が存在していたのだろうが、ミーシャは涙をこらえつつ見て見ぬふりを押し通した。 ●花見の宴 「お酒の味がするだけだから、大丈夫。それに、料理もたっぷり詰めてあるよぉ」 そう言って、紫色の地に白い雲が浮きあがる紋様の布地を広げると、ミャアは立派なお重に向かって左右の手の平を翻してみせた。透明で背丈のある瓶に入った液体を、怪しいものでも扱うように、ヴィルジニーが確認している。ミャアのお重を並べる手伝いを終えると、白い焼き物の猪口に『命の水』なる飲み物を注いでもらったヴィルジニーは、またしても口元をへの字にねじまげた。 「お酒って……あんまり美味しくないな」 籐籠のバスケットから、いくつかの包みを取りだして、ミャアのお重の隣に並べると、ゼフィは木の根をベンチに代わりに腰を降ろし、フルーツサンドをぱくつきながら、膝のうえにスケッチブックを広げた。風が吹き抜ける度に、桜の花が舞い散るあたり――そこにある楽しげな人々の姿を、少女は羊皮紙に描いていった。 食後には、セラフィータとリリーナが用意した、焼き菓子と茶が振る舞われた。そして、『命の水』が酔わせたわけはないのだろうが、ひときわ高い怪気炎をあげるミャアによって、約束事の履修が宣言された。そう、一芸披露の時間がやってきたのである。 「……では、剣の舞を」 枝から蠢く影がいなくなったことに安堵の息を吐くと、桜を見上げていたミーシャは剣を手にしゃがみこんだ。美しい装飾の施された鞘から引き抜かれた刀身は、鏡の面のようになめらかで、白銀の光を湛えている。吹き込む風、ちりばめられた花々のさなかを、まるで幽玄と現世のさなかを行き交うがごとく舞ったミーシャの姿は、幻とも見間違うほど美しかった。 ミーシャへと送られた拍手に続いて、重たそうな腰を持ち上げて立ちあがったのは、重箱を隅々まで綺麗に掃除し、満足げな息を吐くヨウリだった。手にするパイプから灰を掻きだした彼は、その柄を握りしめ、円形の部分を口元へと近づけるような仕草をみせた。 そして、穏和な線を描く眉に、まるで炎が燃え盛らんばかりの熱意を漂わせると、あまりに熱い歌後で、周囲の少女たちが唖然とするのもまったく気づかずに、奇妙な内容の歌を唄った。楓華列島の中部にある都市の、青い魔物がトレードマークで、元三冠王が首領の戦う集団がなんとか……まったくもって意味不明の歌声だったが、場は確かに盛り上がり、彼に対しても惜しみない拍手が送られた。 次はあたしの番――『同盟の白い猫』が立ちあがった。物真似をするのだと皆に告げたミャアは、これから行う出し物について、事前に行うものとしては比較的詳細と目される説明を行った。アトリエの更新がされなかった日の、フィリス団長の真似をする……というのである。 「こ、細かい……がんばって」 拍手しながら自らを見送ってくれたヴィルジニーに笑みで応えると、ミャアは両手の指を絡め合わせ、状態をいやいやとひねりながら、甘い響きのある声で言った。 「あう〜。待っていたら日付が変わってしまいましたの〜」 似てる、細かい、でも、似てる――。拍手といくらかの賛辞を浴びたミャアは、そのままフィリスでいることを続行した。 「あう〜、ゼフィさんも絵ばかり描いてないで、唄ってくださいですの〜」 「……えっ? わたしも?」 指先を黒くしていた墨の欠片を包みに戻し、手を付近で拭うと、ゼフィは戸惑いながらも立ち上がり、フィリスのまま曲の紹介を行うミャアが隣からはけるのを待って、歌声を響かせた。彼女は歌いながら、ひとつのことを考えていた。それは他愛もない……ただ、眠りの歌を間違えて唄ってしまったどうしよう、という可愛らしいものだった。歌い終わり、拍手を浴びながら、ゼフィの瞳がはっと見開かれる。リリーナの膝のうえで、茶色の毛をした子が、すやすやと眠ってしまっていたからだ。 「歌声と、暖かい陽射しで、ヒマワリも眠ってしまいましたわ」 眠る愛猫をヴィルジニーに預けると、リリーナはセラフィータの手をとって桜の木の下へと歩みでた。そして、この日のために、とこっそり練習を行っていた賛美歌を披露する。 一瞬の、この世の摂理がもたらす複雑さからすれば、刹那とも思える美しさを散らす桜の姿と――白の衣と黒の衣をまとうリリーナとセラフィータの相反しながらも混じり合う姿は、言葉では言い表せないほど美しいもので、耳を傾ける人々の頬に、うっとりとした幸せを微笑ませたのだった。 ●夜のこと 少女たちが寝静まった後も、ヨウリはひとり、丘にある桜の木の下に寝ころんで、月を眺めながら杯を傾けていた。 少し離れたところでは、白と黒の少女たちが身を寄せ合うようにして、月影に佇む桜を眺める姿があった。セラフィータはリリーナの腕に自身の腕を絡ませると、カップの水面に映る、揺らめいてはいるものの少し驚いた少女の顔を見つめながら、こう言った。 「静けさ、月夜に映える桜花もまた美しいものですわ……リリーナ、あなたがいてくれるとそれもまたよしですわ。静かな中、風にそよぐ桜。ティーカップにひらり舞い落ちる花びらひとつ……」 ゼフィはミャアの傍らに腰掛けている。今宵ばかりは、気配を暗闇へと溶けこませる術を使用することもなさそうだった。恥ずかしそうにしながらも、左手の薬指にはめられた『天使の指輪』を見つめ、幸せそうに微笑むミャアの横顔を見つめると、ゼフィもなんだか幸せな気持ちとなって……。 翌朝は、よく晴れた春の日よりで、カルザワイから離れることを寂しくも感じながら、移動診療所『東風』の皆は、桜の花咲く高原の集落を後にした。もちろん、なにがしかの土産は忘れないようにして……。 ヴィルジニーは何事かに気づいたようだった。だが、それをミーシャには伝えなかった。ただ、そのまま割れてしまうのではないかと思わせるほどに、口を真横に広げ、瞳を細め、笑っている。 何事かを言いたげなエンジェルの少女に微笑みかけると、ミーシャは胎内に宿る小さな命に、優しく語りかけた。 「ここの桜は綺麗ですよ。来年もあなたと一緒に来たいですね」

|
|
参加者:6人
作成日:2006/04/18
得票数:ほのぼの12
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
|
|