<リプレイ>


●作戦開始
 グゥオオオォォォォ……
 ジャガーノートの巨体が、大音響と共に瓦礫の山と化した。
「……とりあえず、最初の関門突破、かのぅ」
 破鎧掌を打った姿勢のまま、しばらくは綺麗に残心を保っていた鋼撃手・ソーウェ(a02762)が、ようやく構えを解き、一息ついた。
 希望のグリモアの聖域内に存在する、床も壁も天井も……迷宮を構成する全てが美しい水晶で構成されている場所、インフィニティゲート。
 その最奥部に、今数多の冒険者が集結していた。
 最奥部のさらに奥へと続く回廊、その手前で、門番の如く通路を塞いでいたモンスター、ジャガーノートを排除した冒険者たちは、ついに奥の回廊へと足を踏み入れようとしている。
 先日、突如希望のグリモアの木の周囲に、さらに各地のドラゴンズゲート付近に出現したモンスター、フォビア。突然の発生・襲撃の原因は、未だに謎に包まれている。
 その謎を解く鍵になるのではないか、と挙げられたのが、他ならぬこのインフィニティゲートだった。
 調査団への参加者は優に三百名を越え、そして今ついに、未踏の地へと足を踏み入れようとしていた。
「では、行ってきます」
 記録者の眼・フォルムアイ(a00380)が、真剣なまなざしで回廊の奥を見つめながら、残る者と挨拶を交わす。
「ここは俺たちに任せときな。そっちは頼んだぜ」
 白き雷光の虎・ライホウ(a01741)が、わざとらしく軽くウィンクし、気軽な調子を装って応えた。
 百名ほどの冒険者が、ここに残って退路の確保に努めることになっていた。
 行く者と残る者が、それぞれ思い思いの挨拶を交わす。ある者はジャガーノートの残骸を越えて奥の回廊へと進み、ある者はそれを見送る。
「……来るぞ」
 まだ奥へ行く者全員が回廊へと入りきる前に、カレーな頑固親父・ヴァルゴ(a05734)の言ったとおり、早くも、インフィニティゲートに巣食う者達の気配が近づきつつあった。
「貴方達はさっさと行きなさい!」
 敵の気配に、進む足を止めて引き返してこようとする仲間を一声で制止して、大槌の紋章術士・メセル(a02777)が宙に紋章を描く。
 紋章から発せられた幾筋もの光条は、角から姿を現したクリスタルインセクトを直撃した。

●フォビア回廊
 狭い通路はすぐに終わり、目の前に広大な空間が広がる。
 そして、この回廊に一歩踏み入った途端、冒険者たちは例外なく、凄まじい恐怖、そして戦慄に襲われる。
 身体全体が、最大限に警告を発している。幾多の危機を切り抜けてきた冒険者としての勘が、この先に進むことを拒否する。
 それらの感覚をぐっと押さえ込み、冒険者たちは一歩また一歩と先へと進んだ。  そして。
 やがて前方に現れたのは。
 おびただしい数の、フォビア。
 恐らく、二十体はいるだろう。
 この事態は想定できていた。希望のグリモアの木周辺に現れたフォビア達のやってきた場所が、此処以外に考えられなかったから。
 数十名の冒険者が前に出る。この事態を想定して、ここでフォビアを討つ事を選択した者たちだ。
「行くぜ、くらげ野郎!」
 緋焔の獣魔剣王・グランデイル(a02527)の雄叫びを合図に、一気に突っ込んだ。
 先陣を切ったのは、空色の風・トウキ(a00029)のナパームアロー。赫く透き通った矢がフォビア達の眼前に突き立ち、爆炎をあげる。
「行きますわよ〜!」
 セクシー爆乳拳・アイリューン(a00530)を始めとして十数人が突撃する。
 武人の放つ電刃衝で一瞬動きの止まったところを、武道家が破鎧掌で弾き飛ばす。宙に描かれたいくつもの紋章から、力在る光条が幾筋もフォビアへと突き刺さる。
 機先を制した冒険者たちは、勢いにまかせてフォビアを回廊の端へと押しやる。
 回廊の奥へと、道が繋がった。
「今のうちですわ!」
 アイリューンの声に、残る仲間が一斉にその道を駆ける。
 二百名余りの冒険者を先へ通したところで、フォビアの反撃に耐え切れず、道が閉ざされた。
 最初こそ勢いに乗って押せたものの、フォビアという強大な敵の前には、すぐにその優位はなくなった。フォビアの視線に射すくめられ、動けなくなる者が出始める。触手で弾き飛ばされ、目から発せられる光線に身を貫かれる者が出てくるに及び、形勢はかなり冒険者たちにとって苦しいものになっていった。
 じりじりと後退せざるをえない状況になりつつあった時、
「何やってんのあんた達! しっかり働きなさいよ!」
 後方から、医療庁派遣執行官・シューファ(a00377)の声が響き渡る。同時に、癒しの力を持った光の波が傷ついた者を優しく包む。
 退路を確保していた班が、こちらの苦戦を知り援護に駆けつけてくれたのだ。
 術士の放つ数十条の光が、フォビアへと突き刺さる。
 ぐらついたところへ、翔剣士や武道家、武人といった面子が斬り込んで行く。何人か触手で吹っ飛ばされ、光線を避けきれない者も出てくるが、残りの者は確実に敵にダメージを与える。剣が触手を斬り落とし、牙狩人の放った矢が目を潰す。武道家の拳が触手を貫く。
「……今度こそ、今度こそ絶対に、誰も死なせない」
 命懸けで最前線へ飛び出し、梁山泊専属料理人・シュハク(a01461)が倒れたものを介抱する。
 個々の冒険者が立ち向かうのではなく、ある程度まとまって互いに役割分担を持って戦う者達が多かったことが、効率よく戦うことへとつながり、結果として人数的には不利ながらも、死者を出すこともなく、なんとかフォビアと互角の戦いに持ち込むことができていた。
 そして、殲滅することこそ叶わなかったものの、数十人の重傷者を出しつつもどうにか回廊の奥へと撃退することに成功したのだった。

●奥に在るモノ
「ここは……」
 フォビアの回廊を抜けた一行が目にしたのは、先ほどまでの美しい水晶の迷宮とはガラリと異なる洞窟だった。
 壁、床、天井……あらゆる壁面は、何かドロドロとした粘性の高い液体が表面を覆っており、壁に手をつかずとも、歩いているだけでそのグニャリとした感触を感じることができる。たまに、「グジュッ」と音を立てて真っ黒い液体が溢れたりして、すこぶる気持ち悪い。
 そして、匂い。
 腐ったナマモノとあらゆる汚物を混ぜ合わせたような、「腐敗臭」と一言で片付けるにはあまりにも強烈な匂いには、全員が閉口した。
 しかし、洞窟に入って真っ先に気づくのは、そのどちらでもない。
 それは、うまく言葉に表すことができない。力、波動……どの言葉もふさわしいとは思えない。
 物理的な力を持って、身体を押し戻そうとしているかのように感じるほどの。
 一体何が、これを発しているのか、調べに行くのが恐ろしくなるほどの。
 とはいえ、ここで素直に回れ右して帰ったのでは、何の為の調査団かわからない。一行は慎重な足取りで、洞窟の奥へと、得体の知れない力の源へと足を進めて行った。

「……どうやら、出迎えのようだな」
 「ソレ」が姿を現すのと、退魔勅使・シオン(a04775)の言葉とどちらが早かったか。冒険者達の前に現れたのは……
「……フォビア?」
 確かに、似ていた。シルエットと大きさだけ取ってみれば、そっくりと言えるかもしれない。しかし、冒険者たちの持つ灯りの前に姿を現したソレを見たとき、直感的に別物だと全員が悟った。
 見た目は近い。水母のようなシルエットに、でたらめについた複数の目。違っている点は、どす黒いその色。また、色のせいか質感も異なっているように見える。
 悠長に観察している余裕はなかった。高速で接近してきた数体のソレが、触手を振り回してきたからだ。
 慌てて散開する冒険者たち。
「このっ!」
 反撃しようとするストライダーの武道家・バレット(a03164)を籠絡の美女・ミリファ(a00259)が押し留めた。
「バレットさんの仕事は、ここじゃないよ。ここはボクらでなんとかするから、今のうちに早く行って!」
 言うが早いかソレの足元へ飛び込み、流れるような動作で数本の触手に斬り付ける。
 道を切り開く役割の者たちが、一斉にソレへと立ち向かっていく。調査班の者達は、彼等の背後を走り抜ける。
「頼むぞ」
 後ろに控える医術士に一言伝え、黄金の牙・シシリー(a00502)を始めとする狂戦士たちが、血の暴走のアビリティを発動させる。直後に、医術士達の毒消しの風が彼等を包んだ。体の内側から沸き起こる破壊衝動をギリギリのところで押さえ込んだ狂戦士たちが、剣の先に赫い焔を宿らせ突撃する。
 ここでもまた、熾烈な闘いが開始された。
「遅ぇってんだよ!」
 九紋龍・シェン(a00974)が、襲い来る触手をかわし、一撃を入れようとした時、一本の触手の先端から、液体が噴出され、シェンへと向かう。
「ぅおっとぉ!」
 とっさに身を沈めて避けるが、飛沫はどうしても浴びてしまう。
「……あン?」
 肌の刺すような痛みに顔をしかめ目をやると、服のしぶきのかかった部分がボロボロと腐り落ちていた。
 気ぃつけろ、と叫ぼうとしたときには、既に周囲からいくつか悲鳴が上がっていた。

●其は伝説
「あそこだ……」
 一歩足を進めるごとに強くなる感覚に眉をひそめ、欲望の騎士・シヴァ(a04547)が呟いた。道は十数メートル手前で折れており、先は見えないが、皆感じていた。
 その先に、この力の源が在る、と。
 今でははっきりとわかる。この感覚は、恐怖だ。自分よりも圧倒的に大きな存在に対する、根源的な恐怖。
 ともすれば立ち止まりたく、否、引き返したくなる衝動をおさえ、角へとたどり着く。恐る恐る角の先を覗き込んだ者の動きが、止まった。
「あ……」
 そこにあったのは、先ほどのフォビアの回廊にも勝る広大な空間。そして、巨大な、あまりにも巨大な影。灯りを向けて気づかれてはいけないので細部は見えないが、その上半身(といって良ければ、だが)のシルエットは、間違いなく伝説に聞く存在。
 ドラゴン。
 異様に、まるでいくつもの瘤が重なり合うように膨れ上がった腹部が、おぞましさを増していた。
「な……!?」
 それの発する、凄まじい恐怖と圧倒的なまでの存在感に、一太刀浴びせてやろうと目論んでいた戦士・ラスニード(a00008)ですら、動けないでいた。

●予感
「なぁ、これ、なんだと思う?」
 フォビア回廊にて仲間の帰りを待つ冒険者の一人が、壁に記された何かを発見した。
「え? どれでしょう?」
 何かこの場所と紋章術士との関連を示す手がかりはないか、と壁や床を調べたりしていた貧乳様の巫女・イチカ(a04121)が寄って来る。
「これは……かなり掠れていますけれど、確かに文字、ですね」
 文字は、イチカが判読できた限りで、以下のようなものであった。

「邪……力はやはり……する事は出来な……たのだ」
「……逃げられ……。……失敗だ、私も、私も…………怪物…………変化………罰」
「ワートゥール……ストームゲイザー……カダスフィア……お前達はもう……。コロセ……くれ。まだ………ギャーー……」

「う〜ん……これだけでは、意味がわかりませんね」
 もう少しなんとかならないか、と目を皿のようにして壁を見つめているイチカに、
「これ、紋章筆記だよな、きっと」
「あ、そうですね」
 そこではたと気づく。
 いったい誰が、これを残したのか?

「……生きて帰れたか」
 凱風の・アゼル(a00468)は背後に口をあけるインフィニティゲートを振り返り、ふぅ、と一つため息をつく。「確かに、あんなものを見てしまっては、な」
 戒剣刹夢・レイク(a00873)の感想は、地中深くでドラゴンを目撃した全員が抱いた感想だっただろう。
「……気づかなかったか?」
 レイクの反応に、アゼルがふと眉根を寄せた。
 なら気のせいか、と呟くアゼルの台詞が聞き流されるはずもなく。
「さらに奥から──おそらくもっと地中深くだと思う──あのドラゴンとは別の何かの、唸り声のようなものを聞いた……いや、感じたのだが」
「さらに別の……?」
 その感覚については、アゼル以外にも何人か同意するものがいた。
「……確かに、他のドラゴンズゲートへの、転送装置のようなものも見つかりませんでしたしね」
 ロリエンの賢者見習い・アカシック(a00335)がそういうことか、と頷く。インフィニティゲートでしか目撃されていなかったフォビアが突然他のドラゴンズゲート付近にも現れた以上、そういうものが存在するはずだ、というのが彼の意見だ。
 そうですね、と雅鴉呼・アナトイス(a05782)が頷く。
「いずれにしても、地下にあれだけの広大な空間が存在しているのは、膨大な魔力の産物と見て間違いないでしょう」
 さらに自説を続ける。
「アゼルさんの感じたという、あのドラゴンとは別の存在のことも考え合わせると、あの広大な空間を支配し、転移の力までも操る存在が、あの奥には居る、と考えるべきではないでしょうか」
 アナトイスの言葉は、その場に居た全員を震撼させるに充分の内容だった。

 これら冒険者達の知りえた情報と、持ち帰った様々な物品はただちに霊査士の元へと届けられた。これらの品を霊視することによって、より詳しいことが判明するだろう。  そしてその結果次第では、近日中に、同盟の冒険者の力を結集しての大作戦が行われることになるかもしれない。