<第4作戦:ギガンティックピルグリムを倒せ 第1ターン>


●蒼穹
 天は美しい青色をしていた。一番高い場所には紺碧。薄まり藍玉の淡青へと変わる境目を切り取って、打ち合わされて割れた石の切っ先の様な鋭い頂を持つ峻厳な山脈が広がり。
 峻峰に抱かれた粘り谷を望む場所に、希望のグリモアに誓いを立てし同盟の冒険者が集っていた。
 初陣の者も古兵も、先のピルグリム戦争へ参戦した者もそうでない者も、緊張と余裕と合い半ばする表情で谷を見下ろしている。
 武器防具が触れ合う微かな金属音が時折聞こえる以外、何の物音もしない。
 粘り谷の上に掛けられた、白く陽光を照り返して輝く空中回廊の上を徘徊するピルグリムワームの足音が聞こえて来そうだと誰かが思い、岩山羊でも躊躇う様な急勾配を見下ろしてこの斜面を駆け下るのかと誰かが思う。

 あれから1年。
 あれから1年だ。

 遥かな高みに存在する最後の楽園で、ギガンティックピルグリムを逃してから1年。
 そろそろ3分の1でもいいから負債を払う時だ。
 あれから1年。そして――千見の賭博者・ルガート(a03470)は何時もは快活な笑みを浮かべている口をぐいと引き結んで谷を見下ろす。
 長いようで短い1ヶ月だったと思う。本当に怒濤の1ヶ月を死ぬ思いで駆け抜けて、3人もの仲間を失って……それでも、やっとここまで辿り着いた。
 前にここに立った時は、傷つき疲れ果ててただ気力だけで立っていたけれど、今日は力に満ちている気がする。
 峻峰の頂から吹き降ろして来る冷たく渇いた風を吸い込んで、ルガートは僚友達を見遣った。

「全部今日で終わらせよう……強く望んでいながらここに立てなかった奴と、3人と……ピルグリムの脅威によって死んでいった多くの仲間達と人々の為に……」
 そして……と愛しい者の名を呼んで、ルガートは決意の笑みを見せる。
「勿論だ、これで終いにしてやらぁ!!」
 豪快に笑って、ルガートの背中を叩くダース・ザスバ(a19785)。ザスバを中心に笑いの漣が広がり、急速に引く。一度ほぐれた心がより一層引き締る。目に見える程に漲る気力と集中力が頂点に達した瞬間、誰かが突撃喇叭を吹き鳴らした。
 轟と音がした。1136名の冒険者達が次々と急斜面へ身を躍らせる足音だ。鬨の声を上げ砂煙を蹴立てて、手に武器、心に誓いを携え、冒険者達が粘り谷へ駆け下りて行く。
 尖兵が蜘蛛の巣に辿り着く。ピルグリムワームが――本当に巨大なピルグリムワームが前肢を振り上げて迎え撃つ。
 勢い良く振られた上体の一撃受けて巣から転落した冒険者が、眼下に蠢くトゲワームの棘に腹を貫かれて四肢を痙攣させるのが見えた。
 怯まず、ギガンティックピルグリムを目指して突き進むグドン地域強行探索部隊の面々を守るように、第3作戦の勇士達が展開する。
 空中回廊の特に広い場所を選んで3分隊に分かれたグドン地域強行探索部隊と護衛の勇士達は飛ぶ様に走る。
 迫るピルグリムワーム。咆哮も無く、感情の所在を感じさせない無機質な目に冒険者達をただ映し、巣へ進入した敵を排除する蟲めいて無駄の無い動作で、8本の足を蠢かしながら接近して来る。
 緊張に痛い程奥歯を噛み締めて、抜き身の武器を構える冒険者達。ピルグリムワームの正面に立った前衛3人は関節が浮き出る程に強く柄を握り締め、ピルグリムワームの初撃に備える。ピルグリムワームが冒険者に狙いを定めて前肢を掲げた瞬間。

「飛べ――――っ!!」
 叫びが上がり、それを合図にグドン地域強行探索部隊の部隊員達が宙に身を躍らせた。何の邪魔も存在しない回廊へと飛び移り、更に足を速める部隊員達。
 突然の動きに逸れたピルグリムワームの意識を引き戻す様に、剣と拳とありとあらゆる武器と、紋章の力と黒炎と様々な術力を、冒険者達はピルグリムワームへ叩き込む。
 行け、という声が聞こえる。部隊員の背中へ向かい、何十という声が行けと告げる。
 行って、俺の、僕の、私の分までギガンティックピルグリムへ一撃を喰らわせてやれと、その短い一言は言っている様だった。
 ピルグリムワームの口から吐き出された毒液の直撃を受けて、冒険者の誰かが肉を融かしながら倒れ付す。
 糸に絡められた者へ誰かが毒消しの風を送る。苦痛の絶叫、武器とピルグリムワームの体が噛み合う異音、裂帛の気合の掛け声と、術の力が炸裂する音と。
 戦場を後方に残して、部隊員達はギガンティックピルグリムが待つ決戦の場所を目指す。
「あのな、あのな、うちら探索部隊の人達以外にも〜、色〜んな理由で〜ギガンティックちゃんをやっつけたい思とる人がいるんやなぁ〜ん。せやから〜、うちらは〜そん人達の分もがんばらなあかんのやなぁ〜ん」
 ぴんと立てたピンクのノソリン尻尾の先をゆらゆら揺らしながら、ちょ〜トロい術士・アユム(a14870)は真剣な眼差して先を見据えて呟く。
「ああ。俺達『42人』とその他諸々引き連れて、あのクソッタレを倒しに行くぜ!」
 蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)の叫びを受け、別の道を走る破城槌・バートランド(a02640)が吼えた。
「弔い合戦だ、ブチのめそうぜ!」
 おお! と部隊員達は応える。バートランドは片刃刀の柄を握り直す。今まで通りさ、相手が何だろうとな。『凱歌と共に』……だろ? そうさ、絶対に負けやしねぇ。笑うバートランド。
 また、別の道を駆けながらダンディ・クロコ(a22625)は遥か彼方をちらりと振り返る。奇岩地帯。3人が死んだ場所の方角を見遣り、クロコはゲイブ、ミルラ、ゼンガルト……と噛み締める様に名を呼ぶ。

 必ず奴を倒して見せるから、だから、そこから見守っていてくれよ――言葉は心から晴天の空に溶け。様々な思いを乗せて、部隊員達はピルグリムが連なる白き空中回廊を突き進んで行った。