泉の主
 

<泉の主>

マスター:五十嵐ばさら


 その泉は村人たちにとって掛け替えの無い水源であった。生活用水として、作物を育てる水として、子供たちの夏の遊び場として。
 だが、何時の頃かそこに棲みついたモノがいた。ぬらりとしたその体皮。大人の頭ほどもある、ぎょろりとした大きな目。発達した後ろ足。禍禍しいほど巨大化したその生物とは……。
「カエル!?」
 霊査士の言葉を聞いて、冒険者の一人が素っ頓狂な声をあげた。
 そう、カエルであった。巨大化したカエルが、泉に棲み付いてしまったというのだ。
「それからと言うもの、村人たちは生臭い水を使っての生活を余儀なくされています。生臭い飲み水に始まり、生臭い洗濯物、生臭い作物、そして生臭い料理。ああ、彼等の苦悩は如何ばかりの物でしょうか!」
 霊査士の目からはとめどなく涙が溢れ出す。どうやら村人が持ち込んだ、生臭い野菜などの品々の『霊査』で、その生臭さの一端を垣間見てしまったようだ。
「その生臭さは想像を絶する物で、食事もろくに喉に通らない村人たちが続出しているとも聞いております。どうか、泉に棲み付いた巨大カエルを倒し、彼らに元の平和な生活を取り戻してあげてくださいっ!」
 溢れる涙を拭おうともせずに、がっしと冒険者たちの手を握る霊査師からは、そこはかとなく生臭い臭いが漂うのだった。


参加者: ストライダーの牙狩人・リル(a00032)  ヒトの翔剣士・ジョニー(a00066)
ストライダーの牙狩人・セレスティ(a00137)  ストライダーの邪竜導士・フェグ(a00689)
ストライダーの武道家・メリリッサ(a00902)  ヒトの武道家・レディオ (a01230)
ストライダーの牙狩人・ファル(a01548)  ストライダーの紋章術士・エーン(a01643)

 

<リプレイ>


●泉への道
 村を出立して小一時間。泉が近づいて来たのだろう。辺りを包む生臭さは密度を増して来た。
「巨大カエルか。まったく面倒な話だよな」
 皆の前を進んでいたストライダーの牙狩人・ファル(a01548)は、めっきり口数の減った仲間たちに話題を振る。
「そうだね。でも、村の人たちの為にも、何とかしてあげたいね」
 ストライダーの武道家・メリリッサ(a00902)は、村での出来事を思いだしていた。彼女は、自前で用意した綺麗な水や食べ物を村人たちへ振舞っていた。その折に聞いた話だが、泉に近付いた村人が巨大カエルに襲われそうになった事もあったと言う。実際に鹿の親子が丸呑みにされている所を目撃した者も居るそうだ。犠牲者が出ていなかった事は、不幸中の幸いと言えるだろう。
「それにしても……ホントに酷い匂いですね。早く退治して、何とかしないと……」
 そう言って顔をしかめるのは、ストライダーの牙狩人・セレスティ(a00137)だ。連れて歩いている狼の子供も辛そうだ。
「でも……カエルさん、ただ泉にいたいだけなんだよね」
 ストライダーの牙狩人・リル(a00032)は、悲しそうに呟く。村人の生活用水にもなっている村の中心を流れる小川は、巨大カエルの棲み付いた泉を水源としていた。その川から立ち上る生臭さは、実際酷い物だった。巨大カエルを放置している限り、村人たちの生活は苦難に満ちた物となるだろう。でも……。
「例え泉から追い出したとしても、戻って来るだろうぜ?」
 リルに厳しい意見を放つのは、ヒトの翔剣士・ジョニー(a00066)だ。彼が村人から聞いた話では、この付近の水源は件の泉だけで、野生動物にとっても貴重な水飲み場なのだそうだ。つまり、巨大カエルは絶好の住処と共に、格好の餌場まで手に入れていたのだ。
「まあまあまあ。弱肉強食、自然の摂理に乗っ取って処理すれば、万事解決ですよ!」
 にこやかに、しかし、なにやら不穏な言葉を口にするのは、ストライダーの邪竜導士・フェグ(a00689)である。その妙案の為に用意した、布でぐるぐる巻きにした『道具』を手に、時折笑みを漏らす。
「そろそろだな。みんな、準備はいいか?」
 臭い避けの鼻栓を装着したヒトの武道家・レディオ(a01230)は、用意した松明に火をつける。
「わざわざそんなもん付けへんかて、口で息をしたらどうや?」
 レディオの鼻詮を見咎めて、もっともらしい意見を言うのはストライダーの紋章術士・エーン(a01643)だ。苦笑を浮かべ、念の為さ、と返すレディオ。
「見えたぞ。あれが例の泉だろう」
 ファルが振り返って、木々の中に煌く水面を指差す。更に深まる生臭さの中、冒険者たちは気を引き締めるのだった。

●カエル退治
 姿を探すまでも無く、泉の主はその巨体を水面に突き出していた。そもそもあまり広くない泉に、不釣合いな程巨大なカエルがどでんと鎮座していた。餌がいいのか、丸々と肥え太っている。
「……デカイな」
 思わず呟いたのは、メリリッサ。
「うわっ、臭っ! ウゲェェェッ! だ、誰か、助けてぇ!!」
 好奇心に負けて、直にその生臭さを嗅いでしまったフェグは、あまりの酷い臭いに辺り中を転げ回る。
「み、みんな、ええな。口で息やでぇ!」
 フェグの惨状を目の当たりにした冒険者たちは、エーンの言葉にコクコクと頷く。
「くそっ、よくも……。フェグの仇だ!」
 そう言うとファルはシールドボウに矢を番え、巨大カエルに矢を射掛ける。
「あ、あの。フェグさん、まだ亡くなってませんよ?」
 のたうち回るフェグをちらり横目に、セレスティも射撃に転ずる。
「カエルさん、ごめんね……」
 意を決してリルも射撃に加わった。彼女も冒険者。今やるべき事は心得ていた。三人の牙狩人の射撃に乗じて、ジョニーとレディオは泉の裏手へと回る。メリリッサは、レディオから借り受けた松明を片手に、射手の前で巨大カエルを牽制だ。
「よし、手筈通りや。後は牙狩人の皆はんに、あんじょう気張ってもらいまひょ!」
 射手の後ろで、エーンが皆に指示を飛ばす。矢の数本が、ぬらりとした体皮を突き破って突き刺さる。それを嫌ってか、巨大カエルは体を動かして射手たちに背を向けた。
「それ、後一息やでぇ!」
 思わず身を乗り出すエーン。
 しかし、巨大カエルの思いも拠らない反撃が始まった。
『グゲゲゲコオォォォッ!!!』
 凄まじい鳴声と共に、巨大カエルの背中のイボから半透明の粘液が噴出し、射手たちを襲う。
「危ないっ!」
 咄嗟に、メリリッサが松明でその粘液を打ち払う。じゅっという音と共に松明の火が消え、飛散する塊を打ち落とす。しかし。

 べちゃ!

「うわぁぁぁぁぁっ!」
 その粘液を頭から被ったエーン。もし、毒や酸を含んでいたなら大変だ。慌てて駆け寄ろうとしたメリリッサだが、思わず足が止まる。
「うっ、こ、この臭いは!?」
 エーンからとてつもなく生臭い臭いが漂って来たのだ。そう、この背中のイボから分泌される粘液こそが、村人を恐怖のどん底へと叩き込み、冒険者たちをも苦しめている生臭さの正体だったのだ!
 直撃を喰らったエーンが悶絶する。……どうやら、慌てて鼻で息をしたらしい。合掌。
「うっ、は、早く奴を追い立てないと!」
「そ、そうですねっ」
「う、うん!」
 これ以上、粘液攻撃をされては、たまった物ではない。ファルは『貫き通す矢』を、セレスティとリルは『ホーミングアロー』のアビリティを発動させる。
「「「喰らえっ!!!」」」
 三人の牙狩人の声が重なり、三本の矢が巨大カエルへと放たれる。
『ゲコゲコゲコ〜〜〜!!!』
 矢は狙い違わず、巨大カエルへと突き立つ。同時に無数の針が追い討ちを掛ける。
「村人の、そして私の恨みを思い知れ!」
 何時の間にやら復活していたフェグの『ニードルスピア』だ。
『グゲゲゲコココ〜〜〜!!!』
 堪らず、巨大カエルは泉を飛び出した。
「待ってたぜ!」
 ジョニーの剣が、疾る。腹を切り裂かれ、着地の体勢を崩す巨大カエル。
「逃がさん!」
 更にジャンプしようとする巨大カエルを牽制するように、レディオが間合いを詰める。その隙にメリリッサも近接戦に加わり、ファルやセレスティ、リルが援護射撃を放つ。巨大カエルも体当たりや粘液攻撃でこれを迎え撃つが、多勢に無勢。
「『旋風脚』!」
 メリリッサの必殺の蹴りが、巨大カエルに炸裂する。
『グゲゲゲコッ……』
 苦しそうな声をあげつつも、巨大カエルは最後の反撃に出た。正面のレディオに長い舌が伸び、その体を絡め取る。
「レディオ!?」
 ジョニーが舌目掛けて剣を振るうが、一瞬早く引き戻される。刹那。
「この瞬間を待っていた! 喰らえっ!!」
 その攻撃を読んでいたレディオは、引き寄せられる反動をも利用して、大きく開かれた口腔内に渾身の一撃を決めた!
『ゲ……ゲコォォ…………』
 無念の断末魔を残し、巨大カエルは倒れた。
「カエルさん……」
 リルの目には涙が光る。辛い事だが、己を殺す事も冒険者には要求されるのだ。今はただ、巨大カエルの冥福を祈るリルだった。
「ヌルヌルして気持ち悪い〜」
 近接戦を挑んだ者は、もれなく生臭い粘液の洗礼が浴びせ掛けられていた。メリリッサは湧き出す清水で粘液を洗い落とすが、ネバネバは取れても臭いは落ちない。暫くの間はこの生臭さを我慢するしかないだろう。
「嘘っ!?」
 ホントです。
「村人たちを困らせた罰だ、カエル君……。フフフ」
 そう不適に笑うと、フェグは巨大カエルの亡骸に近付く。ぐるぐる巻きにした布を引き剥がすと、その下から現れたのは大きな包丁だった。
「げっ!」
「ま、まさか……」
 レディオとエーンが呻く。鼻歌交じりに、巨大カエルの太い後足を切り落とそうとするフェグ。あろう事か、ジョニーまでもその手伝いを始めている。
「や、やめとけ。絶対に腹を壊すぞ? このまま、綺麗さっぱり焼いてしまうに限る!」
 レディオの言葉にエーンも賛同する。
「せやせや。悪いことはいわへん。やめとき!」
 一方、セレスティは臭いの元凶である生臭い粘液を泉から掬い出していた。ファルも手伝うのだが中々捗らない。ふと思い立ったセレスティは、作業を手伝いに来たリルに声を掛ける。
「ねえ、村の人たちを呼んで来てくれない? そっちの方が、きっと仕事が速いと思うの」
「うん。急いで呼んで来るね!」
 こうして村人たちの協力も得て、泉に溜まっていた粘液はすべて汲み出され、巨大カエルと死体と一緒に燃やされた。こうして、村人たちを苦しめた生臭さは、無事(?)に解消されたのだった。

●最後の晩餐!?
 清水で洗った巨大カエルの肉は、予想に反してあまり生臭さくはなかった。
「どうなっても、私は知りませんよ?」
 ジョニーに頼まれて村の食堂の親父が腕を奮い、酒で生臭さを和らげた後にから揚げにする。しかし、その親父さんですら本気で止めるのだから、危険な事この上ない。
 しかし当のフェグは、
「なぁに、馬鹿でかいカエルのから揚げだなんて、田舎の皆へ良い土産話になるよ♪」
 と、意に介さず皿に盛られたから揚げを口へと運んだ。
「う、うッ……」
「どうしたフェグ、やはり毒でも入ってたか? しっかりしろ!」
 レディオが、慌ててフェグの元に駆け寄る。が……。
「う、美味いッ! 結構いけるよ、コレ!」
 どっと力の抜ける冒険者一同。暫くフェグの様子を伺うが、何事も無いようだ。他の冒険者達も恐る恐る料理に手を出す。
「嘘っ!? お、美味しい」
「ふむ、鶏肉みたいな味だな」
 様子を見守っていた村人たちも、ようやく安心してその輪に加わる。その夜、巨大カエルの謝肉祭は村をあげて盛大に取り行われたのであった。

 後日、ジョニーによって報告を受けた霊査士が、どうして巨大カエルのから揚げをお土産に持って帰らなかったのかと膨れたのは、冒険者たちの間では語り草である。