泣き虫な女の子を守って
 

<泣き虫な女の子を守って>

マスター:香月深里


 何もしていなくても汗ばんでくる夏の午後。自棄のようにがなり立てる蝉の声から逃れて酒場でひとときの涼を取る人々も、どこかしらぐったりとして見える。
 そんな酒場内を揺り起こすかのように、事件は飛び込んできた。
「だ、誰か……」
 駆け通して来たのだろう。息をぜいぜいと切らすばかりで言葉を継げない少年に、酒場の店主は無言で水を差しだした。少年は一気にそれをあおり……飲み下しきれず喉元を押さえ、顔をしかめた。
 10歳ぐらいだろうか。この辺りの子供たちと変わらぬ服を着ていて、特に豊かそうにも貧しそうにも見えない。
「何があったか知らんが落ち着きな」
 いつもと変わらぬ口調で声をかける店主に、少年は縋るような視線を向けた。
「妹を……ペルラを助けて。グドンに囲まれてるんだ」
「グドン? なんだってそんなモンに。食い物でも持ってたのか?」
 聞き返された少年は、強く左右に首を振ると、妹と自分の身に起きたことを話し始めた。
「僕とペルラはお母さんに頼まれて、備蓄小屋に食料を取りに行ったんだ。そしたらグドンがぞろぞろとやってきて。慌てて扉に錠を下ろしたんだけど……囲まれて……扉に体当たりされて……。僕は窓から出て逃げたんだけど、妹はまだ小さくて上れなかったんだ……。あのままじゃ、グドンに見つかっちゃうよ。誰か……ペルラを助けて」
 そこまで言うと、半日を駆け通してきた少年は昏倒した。

 備蓄小屋に行く冒険者を募る間に、霊査士のリゼルも呼ばれ、この事件に関しての情報を手に入れようと試みた。
「……グドンはもう小屋の中に入って食料をあさっています。ペルラさんは小部屋に隠れているけれど、皆さんが到着する頃には、大部屋を荒らしつくしたグドンに発見されてしまっているでしょう。逆らったり邪魔したりしなければ、グドンもそれほど手荒なことはしないと思うんですけれど……」
 そう言いながらもリゼルは心配そうな顔で集まった冒険者たちを見渡す。
「ただ……ペルラさんは泣き虫らしくて。大声で泣き出してグドンを刺激しないうちに助け出す必要があります。この依頼を受ける冒険者の方は、今すぐ小屋に向かってくださいね」


参加者: ヒトの武人・ユニ(a00177)  ヒトの紋章術士・ルモイ(a00582)
ストライダーの牙狩人・セレーナ(a00610)  ストライダーの忍び・チャカ(a00633)
ヒトの武人・リリス(a00917)  エルフの重騎士・シャルロット(a01185)
ストライダーの武道家・リリィ(a01344)  エルフの翔剣士・ライナノール(a01485)

 

<リプレイ>


●突入
「急がないと危ないですわね」
 酒場の主が簡単に記した地図を手に、ストライダーの牙狩人・セレーナ(a00610)は食糧の備蓄小屋へと急いだ。
 備蓄小屋があるのは子供の足で約半日の場所。こんな場所にまでグドンが来ることは珍しい。どこかの群れからの食料調達隊か、あるいははぐれグドンかという処だろう。
 備蓄小屋は緑の木々が開けた場所にぽつんと建っていた。グドンは全員中にいるのだろうか。外にはそれらしき影は見られない。
「少年は己のすべきことをなした。ならば俺はそれに答えよう」
 ヒトの武人・リリス(a00917)は酒場で待っているペルラの兄の心中を思いながら呟いた。冒険者でなければグドンと戦うことは難しい。ペルラの兄は彼に出来る精一杯のこと……冒険者を呼ぶことをした。次はそれに応えた自分たちが動く番だ。
「ボクとチャカは裏に回ってるね」
 ストライダーの武道家・リリィ(a01344)は、ストライダーの忍び・チャカ(a00633)と共に入り口と反対側にある小部屋の窓下へと移動して、息を殺して身を潜めた。兄が脱出した時のままに、窓は開け放たれている。
「室内ではハンターの仕事はあまりないですから、他の方々にお任せして大丈夫ですわね」
 弓は室内での戦闘に不向きだ。セレーナはさっさと自分のポジションを、小屋が見通せる木陰へと移した。
 残りの者は小屋の出入り口へと近づく。まだグドンが食料をあさっているのか、物音が外まで漏れてきていた。
「グドンは知能が低く、仲間意識が強いらしい。ならば、大部屋のグドンに奇襲をかければ、小部屋のグドンの注意をペルラから引き離せるのではないだろうか」
 リリスの提案に、ヒトの武人・ユニ(a00177)は乗り気な様子で頷く。
「ああ。だとすればなるべく派手にやった方がいいだろうな」
「誰か壁を壊すのを手伝ってくれないか」
 エルフの翔剣士・ライナノール(a01485)は扉や壁を破壊して、派手に突入することにより、グドンの目を引く作戦を立てた。突入組にとっては危険だが、ペルラを無事に保護するために、グドンの注意は出来る限り引きつけておきたい処だ。
 エルフの重騎士・シャルロット(a01185)、ヒトの紋章術士・ルモイ(a00582)の力を借り、ライナノールは小屋の扉と壁の破壊にかかった。
 小屋を壊すための道具は準備して来なかったから、体当たりと蹴りでの破壊となる。扉はあっさりと中に蹴破られたが、壁の方はほとんど壊れてはくれなかった。
 だが、小屋が揺れんばかりの攻撃に、中にいたグドンは慌てふためき、食料を詰めていた袋を放り出し、キーキーと喚き始めた。
 壁を蹴る音とグドンの喚き声で、小屋の中は騒然となる。
 そこにユニが雄叫びと共に走り込む。
「URAAAAAAAAAAAAAA!」
 瞬時に抜きはなった長剣で、手近にいるグドンを斬り捨てると、小屋の中の混乱はより一層増した。
 数の多いグドンに囲まれてしまわないように動き回りながら、タイミングをみてはユニはグドンに長剣をみまう。
 リリスはグドンの急所や足を狙い、相手を戦えない状態へと追いやろうと試みた。グドンの群れの中をじりじりと進み、小部屋へと続く扉の傍らに陣取る。
「私は猟犬! 依頼人は秩序! 真紅の十字を身に纏い、これより死命を実行する!」
 高らかに口上を述べると、何事かと小部屋から顔をのぞかせたグドンに長剣を叩き込み、大部屋から小部屋に行こうとするグドンの足下を薙ぐ。
 ライナノールも扉まで来ると、いつでも小部屋に飛び込める体勢を確保しながら、周囲のグドンにレイピアを向けた。スピードラッシュも併用しながら、確実に1体1体を倒してゆく。
 メイスを床に突き立て不動の鎧をかけ、ブレストプレートの強度をあげたシャルロットは、小部屋にグドンを行かせないための壁として、扉の前に立ちふさがった。
 そうなると、グドンは扉周囲から動かなくなった3人へと押し寄せ始めた。
 目を引くことには成功したが、その分、グドンからの攻撃も激しい。興奮のままにグドンは手にした棒で殴りかかり、あるいは飛びつくように噛みついてくる。
「強くはないが……物を考えない分厄介だな」
 3人にたかろうとするグドンを蹴散らしつつ、ユニは眉をひそめた。

●脱出
 一方、小部屋の窓下で待機していたチャカとリリィは、大部屋の扉が蹴破られる音を聞いて行動を起こしていた。
 小柄なリリィはすぐに窓から侵入し、チャカも多少苦労しながらも窓に身体をねじ込んだ。
 小部屋ではグドンに引きずり出されたペルラが、今まさに泣き出そうとくしゃくしゃに顔をゆがめている処。
 このままでは泣き出して、大部屋にいる方のグドンの注意まで引いてしまう。
「怖くないでござるよ。正義の味方が助けに来たでござる」
 チャカはべろんと舌を出し目を寄せ、奇天烈な顔を作ってみせる。
 ひくっ。
 ペルラはしゃくり上げかけたまま、目を丸くしてチャカの顔に見入った。
「すぐに助けるから、泣くのは我慢するでござるよ」
「……うん」
 まだ泣きべそ顔ではあったが、ペルラは頷いて、泣くまいと唇をきつく結んだ。
 大部屋で起きた騒ぎに、この部屋にいたグドンのほとんどは向こうに行ってしまっていて、残っているのは3匹のみ。1匹はペルラを捕まえており、残りの2匹は何事かと大部屋に続く扉の辺りでうろうろしている。その2匹が窓からの闖入者に慌ててこちらに戻ってくるのを、リリィが旋空脚で蹴り飛ばす。
「チャカはペルラをお願い」
 寄ってくるグドンを、リリィが押しとどめようとしているうちに、チャカはペルラに走り寄る。
「食料のためにこんな子供を傷つける気か……貴様らは殺す!」
 ダガーを手に、ペルラを捕まえているグドンに斬りつけ、ペルラを引き離す。
「拙者が先に外に出るから、中からペルラ殿を渡してくれるでござるか?」
 チャカは窓から外へと脱出し、手を伸ばした。リリィは残りの1匹を片づけると、ペルラを抱きかかえてチャカに渡す。
「グドンが後を追わないように、ボクはここで見張ってるね」
「頼むでござる」
 チャカはペルラを連れて小部屋を脱出し、リリィは大部屋に向かって、こちらは片づいたよと声をかけた。

●殲滅
「依頼完了か。グドンはどうする?」
 リリィの声を聞き、ライナノールは視線はグドンの群れにおいたまま、仲間に尋ねた。
 グドンは冒険者たちの乱入に慌てふためいており、戦おうとする者、どうしていいのか分からずにただ喚いている者、形勢不利を悟って逃げ出す者、など反応もばらばらだ。
「無理に追うことはないが、今後のためにも、出来るだけ倒しておこう」
 なおも長剣を振いながらユニが答える。グドンは放っておけばどんどん増える。その数に覆い尽くされ、消えた村もあるほどに。増えてしまってからの退治は困難な為、早めに殲滅しておくのが一番だ。
 ユニはグドンが集中していて戦いにくい小部屋への扉付近から、より戦いやすい位置へと移動した。
 捨て身でかかってくるグドンをライナノールはかわし、レイピアで素早く仕留めた。床にごろりと倒れるグドンの腹はぷっくりと膨れている。この小屋で備蓄をあさった名残なのだろう。その分、グドンの動きはもったりとしていて、倒すのは容易だ。
 大部屋の中にいるグドンは、次々に倒され、その数を減らしていった。
 一方、殺されまいと外に逃げ出したグドンへは、出入り口付近で待機しているルモイがマリオネットコンフューズをかけ、より混乱に拍車をかける。
 そこに空を切る音を立て、セレーナの射た矢が飛来する。命中する矢はそのうち一部だが、グドンの逃げ足を止めるには役立った。逃亡してしまいそうなグドンには、ホーミングアローを放ち、確実にその動きを止める。
「取り逃がしても問題はないでしょうけれど、また同じことを繰り返されるのは困りますもの。ここでキッチリ始末させていただきますわ」
 にこっと余裕の笑みを浮かべると、セレーナは再び弓を引き絞った。

●笑顔の日常へ
 小屋でグドン退治がされている頃、チャカはペルラを連れたまま、少し離れた場所で待っていた。
「皆、遅いでござるなぁ」
 ペルラの気分を紛らわせるため、得意の歌を披露したり、たわいのない話をしたり。そのうちペルラもうち解けてくる。
「ね、またあの面白い顔見せて」
「あの顔は特別な時にしかしないんでござるが……」
 ペルラにねだられたチャカは、秘密めかして言ってから、再び目を寄せ舌を長く伸ばした。と、そこに小屋のグドンを倒し終えた冒険者たちが戻ってくる。
 気配にひょいと振り返ったチャカの顔は、べろんと舌を出したまま。
 周囲に巻き起こった声の中でひときわ大きかったのは、救出されたペルラの楽しげな笑い声だった。