グドンの襲撃
 

<グドンの襲撃>

マスター:北原みなみ


 娘が野で手折っていたのは、白百合の花。それに、千日紅、瑠璃玉アザミ、吾亦紅は乾燥させて花束にする。籠にいっぱいにして、町まで売りに行くのだ。
 その娘の手が、ふと止まった。
 何か気配を感じたように、かがみ込んでいた体を伸ばすと。
「……っ!!」
 いくらも離れていない所にある木陰に、人とも獣とも言えぬようなもの――グドンが群れていた。
 10匹以上いる彼らは、娘が花を売りに行くはずだった町の方へ、わらわらと歩いて行く。
 襲うつもりなのだろうか……。食料を求めていたらしいグドンが、村などを襲撃したという例は度々ある。そう思うと膝がガタガタと震え、娘はへたり込んでしまった。彼女の住む集落の方がずっと近いのだ。見つかったら、彼らはこちらにこそ来てしまうかもしれない。
 必死に近くの草むらへと隠れ、歩く事もままならず、這い進んで集落に戻った彼女は、歯の根も合わぬほど恐怖に震えながら、見たものを知らせたのだった。

「……娘さんの見たグドン達をこのまま放置すれば、町が襲われてしまうでしょう。壊滅しないまでも、追い払える戦力が無い以上、被害が出てしまうのは避けられないわ」
 娘から人を介して伝えられた話を、霊査士・リゼルは冒険者達に説明していた。
 その手には、娘の採ってきた白百合の花。町に売りに行けなくなり、代わりに贈られたのだが、霊査士であるリゼルにとっては情報源にもなるものだ。
「人々が寝静まった頃、襲撃をかけようと、彼らは町の様子を窺っているようです」
 グドンは、獣と人間の中間のようなもので、ヒトよりもやや小柄なモンスターである。知能は幼い子供並み、個体としてはそれほど強くもないが、群れれば十分に脅威となる。仲間意識が強いので、グドンの方に大きな被害を与えられれば、最低限、撃退する事は出来るだろう。
「お願いしますね」
 リゼルは言うと、冒険者達を送り出すのだった。


参加者: ヒトの武人・オーエン(a00660)  ヒトの狂戦士・ウォン(a00687)
ヒトの翔剣士・エブリース(a00778)  ストライダーの牙狩人・シズク(a00786)
ヒトの武人・アロイ(a00793)  ヒトの狂戦士・リゼン(a01291)
ヒトの翔剣士・カオル(a01405)  エルフの紋章術士・アルテア(a01578)

 

<リプレイ>


●グドンを追え!
 町への襲撃は夜中。だが、冒険者達は、大人しくグドンがやって来るのを待つつもりはなかった。
 罠を仕掛けるストライダーの牙狩人・シズク(a00786)、その罠へグドンを誘き出すヒトの翔剣士・エブリース(a00778)とヒトの武人・アロイ(a00793)、そして、奇襲するヒトの狂戦士・ウォン(a00687)といった仲間達が効果的に動くには、なるべく正確にグドンの群れの位置を知っておく必要がある。花売りの娘のいる集落へも、その為に数名が出向いていた。陽は沈んでしまったが、まだ時間はある。
「まずは、被害が出る前に報告してくれた貴女には感謝ですね」
 言いながら、ヒトの武人・オーエン(a00660)は小さく苦笑する。気分屋な彼にしては、やる気を見せている方だ。
「感謝だなんて……」
 自分には何も出来ない、と娘は恥じるように目を逸らす。その先に、白百合を見つけて目を瞬いた。
「ああ、これか……」
 胸元に花を挿していたのは、エルフの紋章術士・アルテア(a01578)。
「美しい花だなと思って、1輪分けて貰ってきた。……安心してくれ、グドンは俺達が必ずなんとかする」
 可憐な花に触れる手と同じように、彼は優しく微笑む。緊張の面持ちだった娘は、つられて表情を和ませた。
「アタシ達に任せて。ただ、先にグドンのいそうなとこにアタリつけたいの。ここら辺の事、教えてくれない?」
「は、はい」
 ハキハキと話すヒトの狂戦士・リゼン(a01291)に気圧されながら、娘は広げられた地図に目を通す。そして、あまり詳細とは言えないそれに、数箇所の注意点を足した。
 途中の沼だけは迂回しなければならない事や、木々の混んでいそうな場所の心当たり。
「どうもね♪」
 聞きながら、待ち伏せ出来そうな辺りに印しを描き込んだリゼンは、満足そうに笑んで見せる。
「あとは追って確かめてくる」
「ああ、俺も行こう」
 オーエンとアルテアの2人が、そう言って追跡を買って出る。
「灯りがいるか……」
 夜道の暗さに、オーエンは呟いた。
 見つからないよう気をつけるつもりだったが、灯りを持った上でどうするべきか、肝心な方策を練るのを忘れていたのだ。
「そうだな」
 そう返すアルテアは、エルフ特有の夜目を持っているが、月明かりだけの夜道で地に残る痕跡を追うのは難しく、ものに躓く危険は変わらない。結局、松明を1本だけにして、彼らは出て行った。

 同じ頃。
 エブリース達は町の方へ着いていた。報告を待つ間、ヒトの翔剣士・カオル(a01405)が町の人々へ説明に回る。
「万一、という事がありますから。今日の夜中は用心しておいて下さい」
 礼儀正しく丁寧に説明した彼の御陰で、人々の不安が無用に大きくなるような事はなかったものの。要領が悪かった為に、町の長などに話が通るまで時間がかかってしまった。もっと差し迫った状況だったら、肝心の襲撃の備えに遅れたかもしれない。その事に気付き、カオルが内心で青褪めたのは、話をした町の者から長を紹介されてからだった。

 やはり低能な為か、グドンの群れの痕跡は多い。道にはそれと分かる足跡が乱れ、草花は踏みにじられていた。
「あれだ……」
 沼を迂回した辺りで、アルテアが声を上げる。少し回りこんで指し示す方に目をやると、オーエンにも、松明が木々の隙間に揺れているのが見えた。気取られぬ辺りまで近付き、2人は潅木と草生えに紛れて潜む。
「俺は急いで報せに行ってくる。アルテアはどうする?」
 足には自信のある彼に、アルテアが付いて行くのは難儀だろう。
「ここから皆の方へ誘導する。松明は持って行け。あれだけの灯りがあれば、俺は何とかなる」
「分かった」
 オーエンは返事もそこそこに動き始める。――時間が気になったのだ。

●襲撃
 家屋に避難していないのは冒険者達だけ。松明などの準備用にしていた小さな焚き火だけを明り取りにして、それぞれの準備を進めている。
「まだオーエン達は来ないのかよっ!」
 剣の手入れをしていたウォンは、もう待てないと言うように苛々と足を踏み鳴らした。
 待つ身は他の仲間達も同じ。チラと見やったシズクは、「はぁ……」と溜息をつく。
「大人しく待ってられないの? まったく、ガキなんだから」
「ガキって言うな〜っ!」
「時間的に危ないから、ボクは先に用意してくるよ。リゼンが大体の配置は決めてくれたし」
 ひと足先に、リゼンが報告に戻っていたのだ。
 ガウっと噛み付く勢いのウォンをいなし、シズクは用意した網を担ぎ上げた。出来るだけ多く捕まえられるように用意した網は大きく、少々重たい。欲張ったかな、と彼女は苦笑いする。
「あっ 俺も行っとく!」
 ドタバタと、ウォンがその後を追った。
「リゼンも先に潜んでおいたらどうだ? 俺がカオル達と囮をやるから、大丈夫だろ」
「そうね」
 アロイの勧めに、リゼンは頷く。
「途中で、間違って落とし穴とかに落ちたらシャレになんないけど。……掘ってる奴いないのか」
 実は。罠らしいものを用意していたのはシズクだけだった。
 月明かりが頼りだったが、気をつけていた為、出て行った彼らが、水路にはまって音を立てるような事はなかった。ただ、少しは知恵を使ったらしいグドン達が松明を隠してしまい、注意の逸れていた彼らは気付けなかった。
「まさか、間に合わなかったりは……」
「すまん。遅くなったっ!」
 ふと呟いたエブリースの言葉に、やっと町に着いたオーエンの声が重なる。心配そうにしていたカオルの表情が晴れた。
 少し弾んだ息を整えながら、オーエンはグドンの群れを見つけた場所を報せる。
 丁度、沼を迂回した後の森。獣避けの柵を邪魔と思ったのか、門と言っても大きめの簡易な木戸しかない、町の正面から来る様子だった。
「よし、行くか」
 匂いの出そうな干物を調達していたエブリースは、七輪片手に出て行く。夜中に野原で焼き物もないだろうと思うものの、相手は低能だ。案外、『釣れる』かもしれない。
「目立ってやろうじゃないか」
 煌々とランタンを灯し、ニヤと笑ったアロイの方は、カオルと連れ立った。

 グドン達は動き始めていた。1度は隠された松明が、次第に増えていく様子を、アルテアは眉を顰めて見守る。
(「まだか……?」)
 焦燥にかられて町の方へ目をやると、アロイのランタンが揺れるのが見えた。
 群れの1匹が気付き、瞬く間に騒がしくなってくる。松明の灯りの中、クンクンと鼻をひくつかせているものも数匹。
 アルテアは群れに近付くと、ざわめきが怒号へ変わる刹那に草むらから飛び出した。その手が描くのは、魔方陣のような――力の紋章。光の弾に変じ、群れの端にいたグドンへ命中する。
「ギャ……ッ!!」
 仲間の苦鳴に、数匹のグドンがアルテアに気付いた。
 餌を目の前に邪魔が入り、怒り出すものも多い。アロイが投石するに至って、群れは統制を無くして多方へバラけ始める。
 夜目で見分け易かったのは、七輪を使っていたエブリース。アルテアはそこへ向かって3匹程のグドンを誘導する。気付いて、一旦は退いたエブリースだったが、すぐ近くの木の上から待ったがかかった。
「しばらく足止めしてっ!」
 木の上のシズクには、別の5、6匹に、アロイとカオルが追われて来るのが見えたのだ。罠は少なく囮が多かった所為だった。
「いけないっ!」
 怒りにまかせ、町へと突進してしまうものが数匹いたのに気付いたカオルは声を上げたが、こちらの始末が付くまでは何も出来ない。
「ち……っ! さっさとカタ付けるぜ、抜かるなよっ!!」
 1匹を薙いだ瞬間のエブリースに、棍棒を振りかすもう1匹。走りながら剣を引き抜いたアロイは、鞘走りの勢いのままそれを叩き斬った。間髪を入れずに振り向いた時、グドン目がけて網が投げられた。
「よっしゃーっ!! とっとと消えてもらうぜっ!」
 その瞬間を、今か今かと待ち続けたウォンの声が響く。待ちくたびれ気味だった彼の振り回すソードは、苛々を発散しているかのように唸り、グドンを斬り裂いていく。
 逃れたグドンに放たれたのはシズクの魔矢。木々を回り込み、狙い違わずグドンの背に突き刺さった。
 網を炙り切ってしまう前にと、リゼンはグドン達から松明を奪っていく。その彼女に、突如、斧が振り下ろされた。
「……っ?!」
 多くは棍棒だったが、斧を持っていた1匹が網を切って逃れたのだ。群れのリーダーかもしれない。寸でのところでかわした彼女の、腕を掠り、流れたひと房の藤色が刃に削がれる。
「よくもやってくれたわねっ くたばんなさいっ!!」
 腕より、髪を削がれたのが怒りに触れたらしい。豚のようなグドンの顔目がけて、ジャイアントソードを薙いだ。
 苦鳴と、血の飛沫が散る。

 町へ向かってしまったのは2匹。それを待ち伏せたのはオーエンだった。松明を目印に、一気に間合いを詰める。鯉口を切った長剣を鞘走らせる、その一瞬に紅い飛沫が地面に染みを作る。2度は使えぬ代わり、決まれば1撃の効果は高い――居合い斬り。
 血に染まったグドンを、もう1匹が慌てて抱え上げる。罵詈雑言を浴びせて逃げようとするのを、更に追って斬り伏せた。
「他は……?」
 仲間達のいる方へ視線をやると、丁度、リゼンが群れのリーダーらしきグドンを斬り倒したところだった。グドンの怒鳴り声は、どこか悲しむような響きを乗せ始め、やっと網を脱出したものは、倒れた仲間達を引きずるようにして逃げに入る。
「哀れにも見えるが……」
 躊躇うエブリースだったが、皆はグドンの逃走を許さなかった。再発させないのが先決、と剣を振るい、術を放つ。
 そうして――。
 多少の不手際はあったものの、グドンを全て倒す事が出来たのだった。


 その夜中、シズクの音頭とりで祝いの宴会になったのだが……。若干1名。酒を飲もうとした13歳は、女性2人に張り倒されていたとか。