薬草の森
 

<薬草の森>

マスター:北原みなみ


「ちょっと頼みがあるんだが」
 酒場の主人はおもむろに冒険者達に言うと、奥で話をしていた霊査士・リゼルを呼ぶ。
 彼女は、幼い少女と手を繋いでいる。協力してくれる者を探してここへやって来た、エルフの医術士・メイリィだった。
「皆さんにお話ししましょうね?」
 言われて、ポロポロと涙を零し、しゃくり上げる様子が稚い。
「薬草採りに行った森で、フェイが……いっ……いなくなって、しまったんですの。探したら、……怖い狼がいっぱい、いたの。助けてあげないと、フェイがっ……食べられちゃいますの……っ」
 顔を覗きこむリゼルを見上げた瞳から、溢れた涙がまたポロポロと流れ落ちる。
「猫さん、ですの……。私の、猫さんですの……っ」
 ずっとこの調子で泣き続けていたようで、訴える声は途切れ途切れになってしまう。
 見かねたリゼルは、メイリィから、飼い猫・フェイが落とした細い首輪を借りた。霊査士の彼女は、物品に宿る『精霊』に問いかけ、情報を得る事ができるのだ。
「……フェイは木の上に逃げているようね。大丈夫。狼に囲まれてとても怖がっているけれど、助けてあげられるわ。詳しい場所は分かるのよね?」
 リゼルが問うと、少し安心したらしいメイリィはコクリと頷いた。
 猫がいるのは、メイリィが薬草摘みに出かけた、西の方にある森の中。狼の群れは10頭ほどだったという。
「気をつけてね。大きめの狼のようですし、フェイの周りに少しだけ炎の気配が感じられるの。炎で攻撃をするような、少し強いリーダーがいるのではないかと思います」
 救うのは猫1匹。だが、薬草も採れるその森にこのまま狼の群れが居座ってしまっては、多くの人々が困る事になるだろう。
「頼まれてくれないかい? あの森は薬草が多くあるんでさ、物騒なままでも困るんだよ」
 そう言って、酒場の主人は冒険者達を促すのだった。


参加者: ストライダーの忍び・タロット(a00134)  ヒトの医術士・リッカ(a00174)
エルフの紋章術士・リュカ(a00278)  ヒトの武人・ローズマリー(a00557)
ヒトの紋章術士・レイク(a00873)  ヒトの武人・ウィルド(a01104)
エルフの紋章術士・フィオナ(a01482)  エルフの紋章術士・ユズ(a01654)

 

<リプレイ>


●パパさん
「猫は大丈夫だ」
 まだ小さくしゃくり上げているエルフの医術士・メイリィに、ヒトの紋章術士・レイク(a00873)は優しく声をかける。怜悧な面からは、あまり想像出来ない声音だった。
「そうだよ。メイリィ、もう泣かないで。一緒にフェイを迎えに行こう!」
 ヒトの医術士・リッカ(a00174)も、そう言って笑ってみせる。
「ほら、みな協力すると言ってくれているだろう? 今は自分の出来る事を考えるんだ」
 言って、メイリィの頭をポフポフと叩く。
「はい……っ」
 まるで父親に諭されたように――と言ったらレイクは憤死するかもしれないが、メイリィが聞き分けの良い子供のように頷いていたのは確かで。
「パパみたいだね……」
 ヒトの武人・ウィルド(a01104)はこっそり呟いたのだが、隣でエルフの紋章術士・リュカ(a00278)とヒトの武人・ローズマリー(a00557)が、
「うん、パパだね」
「パパよね」
 と大きく頷いていたので、本人にバレてしまった。
 レイクのこめかみに青筋が見える気がする……。ちなみに24歳。
「……」
 こっそり、エルフの紋章術士・ユズ(a01654)も心の中で同意していたのはヒミツ。
「……さあ、頑張って行こう!」
 ウィルドは、つと視線を逸らしながら大声で言うと、外へ出て行った。

●猫さん
 薬草の森への道すがら。
 エルフの紋章術士・フィオナ(a01482)は、歩幅の違いで遅れそうになるメイリィに気付き、白く細い指先を伸べてやる。
「動物は、私にとっても近しいものですから、気持ちは分かります。頑張りますので、よろしくお願いしますね」
 優しい言葉と笑みは、きゅっと握りしめてくる小さな手への返し。
「動物って、野生のものはなかなか懐いてくれませんけれど……。それでも可愛いとか……思ってしまうんですよね」
 鳥の羽音に目をやってフィオナが言うと、メイリィはコクコクと頷く。
「私のフェイも、飼い始めたばかりなんですの。だから……」
 先までは言わなかったが、どうやら今回の一件では、飼い猫・フェイに嫌われたのかと思って、余計に悲しかったらしい。
「フェイちゃんって大人しい?」
 こっそり様子を窺っていたストライダーの忍び・タロット(a00134)は振り向いて、猫の尻尾をフルフリしつつ尋ねる。すると、その横から小さなリュカも顔を出した。
「あと、好きなものとかは?」
 2人共、依頼の為というのが半分。もう半分は、メイリィを思い遣って、気が紛れるようにと話しているのだ。
「ええとね……」
 そうとは知らず、メイリィの方は説明するのに一生懸命になるのだった。
 御陰で、道案内が疎かになるところだったが、そこは予め彼女に詳しく地理を聞き、メモを取っていたリッカがフォローしてくれた。
「水辺の位置は、特にしっかり覚えておかないと。……あ、ちょっと待ってて」
 そう言って、せせらぎから水筒に水を汲んで来たリッカに、同調する声はレイクから上がった。
「確かにな。戦う場所も考えておいた方がいい。薬草を踏み荒らすのもだが、燃えてしまってもまずい」
「やっぱりそうだよね。僕も思ってたんだ」
 リュカも言って話に入る。どうやら、皆の心配は同じだったらしい。
「なるべく薬草の少ない所に、リーダーの狼は誘導するつもりよ。ただ、自分で薬草を見分けられないのが難だけど」
 肩を竦めるローズマリーに、
「僕が教えるよ」
 とタロットが名乗り出る。
「僕は木の上だから、自分が踏む心配はしなくて良いし、周りも見えるからね。他に見分けられる人は?」
「あ……。もしかして僕が適任だった……?」
 実は、1番の適任者なのだが。薬草の事をすっかり忘れていたウィルド。皆の冷たい視線を浴びて、慌てて言いつくろう。
「ち、ちゃんと森の外で戦うようにするつもりだったって! 猫の方が心配で、薬草の事をつい忘れたんだっ」
「……なら許してあげる」
 その理由なら良し。――と、すっきりサッパリ水に流してくれたのは、猫好きローズマリー。いや、実はタロットも。と言うかこっそりレイクも。
 ……。キリが無いので、もう良い事にしておこう。

「そろそろ近いと思うよ?」
 リッカの知らせにメイリィが頷き、冒険者達に緊張を生んだ。

●狼さん
 嗅覚鋭い狼に、気付かれずに接近するというのはなかなか難しい。
 フェイを助けようとしたタロットは、木の上を渡り歩こうとしたが、それは思ったより難しかった。何とか落ちずに近くまで行けたのは、山の生活が長かった御陰で、木登りくらいは遊びでこなした経験があったのと、反応力の高いストライダーであり、技に特化した忍者の経歴故である。
 ただ……。枝から枝へ人間が渡れる木に逃げていたのなら、猫のフェイなら確実に逃げられただろう。フェイの登ってしまった木は、ほんの少し他から離れていたのだ。
「まずいよ〜」
 カタカタと震えている様子さえ見て取れるのに、枝が細くてそれ以上は落ちる危険がある。すぐ下には、彼の気配に唸り声を上げる狼の群れ。さすがに、1人でそこに落ちるのは勘弁だ。タロットが助けを求めるように振り返った時、リュカとウィルド、そしてリッカが、囮になって狼を引き付け始めた。
 動物に詳しい3人は、狼の引き付け方も心得ていた。上手く気を引くように音を立てたり、姿を見せたり。ただ、『弱ったふり』をしようとしたウィルドの演技は……あまり上手くない。風上から回っていたレイクに比べれば、見つかり易かったに過ぎなかった。
「あっ もっと左へ……っ!」
 薬草の群生地を避けるよう、タロットは慌てて声を上げる。
 獲物を切り替えて戦闘態勢に入った狼達は、ひときわ大きな狼の遠吠えで一斉に走り出した。
「あれが……炎の気配のある狼か?」
 リーダー格の狼を探そうと気に留めていたフィオナは、用意してきたものを取り出した。
 兎の骨粉と土を混ぜたもの、それから兎の血――。『土塊の下僕』の術を使い、それで兎の下僕を呼び出せないかと思ったのだが。出来上がった下僕は、普通の人型が1体。兎の血をベシャリと踏みつけた御陰で、歩く先へと、炎の狼が鼻をひくつかせていたのが幸い。
「あいつを引き付けるんだ。向こうへ……!」
 先にリュカ達が行った方向を指し示すフィオナ。警戒しつつも上手く誘導されていく炎の狼を、更にローズマリーが追いかける。その手には、目潰しにと用意した胡椒入りの小袋。
 しばらくすると、ギャウンギャウンと狼の悲鳴が上がる。
「あまり殺したくないんだよね」
 そう言いながら、ウィルドが剣の鞘打ちで狼を追い払ったのだ。
 狼達は引く素振りに見えたものの、遠巻きに囮役の3人を取り囲み始めた。まだ自分達が数で上回っており、仲間の誰も死んではいない事が分かっているようだった。
「全く、小賢しいよね……。折角、殺さないようにしているのに」
 思わず愚痴るウィルド。彼らに狼が一斉に襲いかかったのは直後の事。
 タイミングを合わせるように、レイクが心攻撃を仕掛ける。使えるアビリティのマリオネットコンフューズは、より強いものが巨大な敵に見え、優先的な攻撃対象になってしまう。場を無用な混乱に陥れてしまうのでは、と彼が心配したのは杞憂ではなかった。
「殺したくないんだってば」
 言いながら、リュカは紋章を描く。それは光の弾となり、狼を撃つ。
 今度こそ、断末魔の悲鳴が上がる。エンブレムシュートで弾かれた1匹が動かなくなると、狼達は逃走を始めた。

 最初の悲鳴を聞いた時、警戒しつつ土塊を追っていた炎の狼の行動が一変した。土塊を踏みにじり、唸り声を上げて突進する。
「ち……っ!」
 舌打ちして、ローズマリーは後を追う。開けた所に出た時、仲間達と行き会った。
「気が立ってるみたい。危ないわよっ!」
 ハッとするリュカに、炎が吐き出される。咄嗟に翳した腕が炙られ、顔を顰めた彼の前に、抜刀したウィルドが滑り込む。即座にかけたリッカの癒しの水滴が、そっとリュカの火傷を治してくれた。
「これでもくらいなさいっ!!」
 ローズマリーの投げつけた小袋が、炎の狼の後ろ頭辺りにぶつかって弾ける。
 効果は、大きかった。単に目鼻を塞いだというのには止まらない。それは炎も封じる事に成功していたのだ。
 斬りつけられ、苦鳴を上げた炎の狼に、ウィルドが最後の一閃を見舞う。
 炎の狼は倒れ、森は平穏を取り戻したのだった。

●その木なんの木
「もう大丈夫だよー。怖くないからね〜」
 やっと同じ木に渡ったタロットは猫なで声で言うが、フェイはなかなか気を許そうとしない。尻尾を振って見せたりしても、やっぱり同じ。というか、小さくなっていてタロットを見ようともしていない。一緒にメイリィも声をかけているのだが、余程、これまでが怖かったらしい。
 仕方なく、ガシッと捕まえると、途端に暴れだした。
「この中で大人しく……」
 懐に抱えようとしたタロットへ。シャーッ!! と威嚇&爪攻撃。そして仕上げの猫キック。反応の速いストライダーでも、そのコンビは避けられなかった。
 フェイはというと、メイリィの腕の中へと脱兎。
 タロットの腕には盛大な引っかき傷が残り、蚯蚓腫れをおこしていた。
「あああ〜」
 リッカは苦笑しながら癒してやる。
「「「酷い……でも可愛い……」」」
 見ていたローズマリーやレイクが呟く。
 人間て、フクザツ。

「でも、どうしてフェイは急に逃げたりしたんですの? 私が嫌いなんですの?」
 キミがやらなきゃね、とタロットに言われていた首輪付けをしながら、フェイに聞くように言うメイリィ。そこに、ウィルドがあるものに気付いた。
「ああ、きっとあれだよ」
 そこに生えていたのはマタタビ。
「猫が酔うっていうマタタビ。きっとこれを見つけちゃったんだね、フェイは……」
「土産に持って帰るか?」
 苦笑しながら言うレイクを見上げると、メイリィは大きく頷くのだった。