はじめてのおつかい
 

<はじめてのおつかい>

マスター:鈴隼人


「アイリン、これから森のおばあちゃんのおうちに、お薬とぶとうしゅとクッキーを届けに行くんだよ」
 酒場に集まる冒険者達に、8歳の誕生日を迎えたばかりのアイリンは、胸を張ってそう告げた。
「森にアイリンひとりで行くのは危ないよ? ボクもついていくってば」
 アイリンをこの店に連れてきたのは牙狩人のチェリー。 12歳のこちらも頼りない小柄な体つきだが、一人で行くといってきかないアイリンをどうにか説得しようと、寄り道に誘ったらしかった。
 おばあさんのおうちに行くのは、本当はアイリンの母親が行く筈だったのだが、アイリンのまだ生まれたばかりの弟が熱を出して行けなくなってしまったらしい。
 おばあさんにとって大切なお薬なので、早く運んであげなくてはならない。
 母親とふたりで手を繋いで、何度も通った、小さな森を抜けたところにあるおばあちゃんのおうち。
 困り果てた母親のために、お姉ちゃんになったアイリンは「はじめてのおつかい」をかってでたのである。
「アイリンひとりで行けるの。チェリーはこなくていいよ」
「うーん、そういってもなあ……。リゼルどう思う?」
「そうですわね……」
 霊査士・リゼルは困ったような笑顔を浮かべて、「危険かもしれません」と小さく言った。
 町からも近く、歩いてわずか10数分で抜けられるような小さな森で、最近、野犬の群れが出るという噂があったのだ。

 アイリンが甘いミルクに満足してる間に、チェリーは彼女に見えない場所で、仲間に相談することにした。
「みんな、お願い。アイリンはおねえちゃんになったばかりで、お母さんの役にたちたくて仕方ないんだと思う。だから、おつかいも一人で行こうと思ってるんだ。
 ボクはアイリンの気持ちもわかるし、でも、一人で行かせるのはとっても不安で。後からこっそりついていって、もし、危険なことが起こったらこっそり解決してあげたいと思う。
 どうかなぁ?」
 リゼルもチェリーの申し出を理解してくれた。
「私もチェリーさんの意見に賛成ですわ。……そうですわね。あの平和な森にどうやら野犬の群れが迷いこんでしまってるみたいです。道に迷ってお腹を減らしている野犬たちの前に、お菓子をいっぱい持ったアイリンが通りがかったら……大変なことになりますわ。
 どうか皆様お願いします。彼女のボディガード役をかって出て貰えませんでしょうか?」


参加者: ストライダーの忍び・フュール(a00031)  ストライダーの忍び・ニード(a00359)
ヒトの武人・ストック(a01037)  ヒトの翔剣士・カレン(a01044)
ストライダーの紋章術士・キラ(a01332)  ストライダーの忍び・ロック(a01400)
ヒトの武道家・ツルギ(a01447)  ストライダーの牙狩人・ラナン(a01471)

 

<リプレイ>


●おつかいスタート!
「それじゃボク、用事を思い出したんだ。またね、アイリン。がんばってね」
 甘いミルクの最後の一口を惜しんで舐めていたアイリンに、ストライダーの牙狩人・チェリーはそう声をかけると、数人の冒険者達と店の外に出ていった。
 その時何人かの冒険者がカウンターの親父さんから、何か袋のようなものを受け取っていたことを、アイリンは知らない。ただ、顔見知りの親しい人がいなくなり、ちょっと困っている様子。
 不安そうに何度もまばたきをしつつ、店内をきょろきょろと見回すアイリンに、放っておけないとばかりに、ヒトの翔剣士・カレン(a01044)が隣に腰掛けた。
「こんにちわ。アイリンちゃん」
「こんにちわ〜……」
「偉いのね。おばあちゃんのおうちにお使いなんて。どうしてお使いに自分だけで行こうと、思ったの?」
「あのね……アイリン、お姉ちゃんだから……ひとりでおつかいも行けるんだよっ」
 元気に答えるアイリン。最後の一口を飲み干して、彼女は大切なことを思い出したように、椅子から降りてこう言った。
「そろそろアイリン行くねっ」 
「あ、待って」
 カレンは慌てて、その後を追う。
「私も偶然なんだけど、森の奥に用事があるんだぁ。道案内をして欲しいんだけど、ダメかな?」
「みちあんない〜……?」

●先行班
「アイリン、大丈夫かなぁ〜」
 森までの道を駆けていく一団。その中に、チェリーの姿もあった。
「カレンさんが時間を稼いでくれてるはずだよ」
 酒場で受け取った袋を手に持ちながら、その隣を駆けているのはストライダーの忍び・フュール(a00031)。猫尻尾を生やした赤茶色の髪の少年だ。
 実はチェリーは他の仲間達に誘われて、アイリンが歩く森の道を先回りする班の中にいた。
「この肉のにおいで野犬が誘い出せたらいいんだけどな」
 袋の中にある生肉を確認して、銀色の髪の青年、ヒトの武人・ストック(a10037)は皮肉っぽく笑った。
「森はもうすぐだよ」チェリーが前方を指差していった。
 成程。街の外れに鬱蒼と茂る森が見えてきた。それほど大きくはないが、あまり人気のないような場所だった。

 酒場や町の肉屋で都合してもらった生肉や骨を詰めた袋を持ちながら、彼らは森へと進んでいった。
 アイリンが着く前に、野犬たちを森から追い払うことが目的だ。おばあちゃんの家までの一本道をチェリーから教わり、彼らは用心深く足跡や風の向きなどを確かめながら歩いていた。
「……これ、野犬の足跡かも」
 最初に見つけたのは、フュールだった。仲間たちを率いながら、彼は念入りにその後を追っていく。
 やがて、森の湖の周りに数頭の野犬達が水を飲んでいるところに彼らは辿り着いた。
 早々に出会えたのはいいものの、残念ながら彼らのいる方向の方が風下で、肉袋の匂いが届いてるいるのかわからない。
「どうする?」
 フュールが振り返ると、「私に任せてにゃ」と猫尻尾を揺らして、ストライダーの紋章術士・キラ(a01332)が身を乗り出した。
 まだ幼く、さらに動きもどこか本当の猫のような彼女は、少し大げさなくらいの仕草をして、土塊の下僕を作り出した。
「この子に運ばせてみるにゃ。……さあ行くにゃ」
 下僕の腕に肉袋を結んで、彼女は野犬の群れにそれを走らせた。
 野犬達はすぐに気がつき、下僕が持って逃げるその袋を追って大騒ぎを始める。
「すごい! 上手くいきましたね!」
 フュールの笑顔に、得意気な表情をするキラ。だが、フュールはその背後に光る赤い目を発見して、目を丸くした。
「危ない、キラ!! みんなもっっ!」
 彼は手に持っていた白い袋を、それに向けて思いっきり投げつけた。
 ばふん。
 それは野犬の顔に命中し、その中に入っていた粉末が辺りに勢いよく広がった。
 大きく叫んで、野犬はもんどりうって転がり、その後ろに続いていた野犬たちも一瞬引いた。
 次の瞬間に、飛び掛ってきた敵に、犬尻尾のストライダーの忍び・ロック(a01400)が剣を打ち付けて倒す。彼らはそれぞれの武器を引き抜き、野犬たちに向かい合う。
 けれど。
「むっ。目が痛い。鼻も……!」
 長剣を構えながら、ストックは何赤くなった目を何度もこすって、フュールを恨めしそうに睨みつけた。フュールは同じくダガーを構えつつ、「えへへ」とくすぐったい鼻をこする。
「……効きすぎちゃったかな。胡椒爆弾……」

●護衛班
「カレンおねえちゃんはどこにゆくの?」
 森の近くまで、アイリンと手を繋いできたカレンだったが、アイリンの不思議そうな表情に少し困惑する。
「あ、えっと、この森を抜けて隣町まで」
「……?」
 森を抜けると、隣町まではかえって遠回りになってしまう。さらにはおばあちゃんの家は、森の中でもはずれの方にあり、アイリンが行く方向は、おばあちゃんに用事がある人しか行かない道だった。
 上手く説明が思いつかず、カレンはこれ以上一緒に行くことを断念することにした。
(「充分、時間稼ぎは出来たから大丈夫よね……」)
「じゃあ、アイリンはこっちの道をいくね」
 手を振り離れていく彼女に、微笑んで手を振り返しながらカレンは、彼女の無事を心から祈るのだった。

 アイリンは上機嫌なまま森に入った。
 スキップをしながら、楽しく歩く。朗らかに歌を歌いながら。そうしていないと、ちょっぴり寂しくて泣きたくなっちゃったりするからだ。
 ママから預かったぶどう酒とお菓子とお薬の入ったバスケットも、だんだん重く思えてきた。早く着かないかなぁと思うのだけれど、アイリンの足ではまだまだかかる。 「……♪ ま〜だ〜か〜な〜」
 歌うアイリンのしばらく後ろに、不審な二つの丸い影が目を光らせてることに、彼女はまだ気づいていない。
 不審な影といえば、実はもう一つ、彼女の真上にもあった。
 ヒトの武道家・ツルギ(a01447)は、アイリンが進む速さと同じくして、木の枝を伝いながら移動していた。
 そして時々、後ろを振り返っては苦笑する。
「よくやるね……あいつらも」
 その視線の先には、白い熊と黒い熊の着ぐるみを纏った二人がいた。黒熊は木の枝の上をよろよろ歩き、白熊は木陰をつたって歩いている。
 黒熊の中にはストライダーの忍び・ニード(a00359)。白熊にはストライダーの牙狩人・ラナン(a01471)が入っていた。
「暑いだろ?」
 追いついてきたニードに、ツルギが言うと、ニードは少し熊のかぶりものを脱いで、苦笑した。
「暑いです……ほんとに……っあっ!!」
「ん?」
 指差された方を見ると、アイリンの近くの草陰のところに一匹の野犬が様子を伺いながら近づいているのが見えた。
 かなり腹を減らしている様子で、やせていて息遣いも荒い。
「待ってろ……」
 ツルギは木の枝をそろそろと移動し、野犬に気づかれないように近づこうとした。
 けれど。
 枝から枝に映った時に、響いた葉ずれの音で、野犬はぎょっとしたように上空を見上げた。近くまで来ていたツルギの姿に、野犬は目標を変えて襲いかかろうとする。
「危ない!」
 黒熊が叫んだ。彼は飛燕刃を野犬に目掛けて放つ。光る刃は野犬の顔面に命中し、激しい悲鳴をあげて、野犬はもんどりうち倒れた。
 しかし。黒熊ニードが今度は悲鳴をあげる番だった。今の動きと、ニードの重さに耐えられず、乗っていた枝がボキリと折れたのである。
「うわぁぁぁ」
 べちり。
 アイリンの背中のすぐ後ろに黒熊が空から落ちてきた。
 さすがに驚いて振り返る少女の前で、熊はゆらりと起き上がると、上半身をゆっくり左右に動かしながら歌いだす。
「んぁ〜〜俺は熊だよぉ〜♪ ただの通りがかりの熊さぁ〜♪」
「……?」
 大きな青い瞳で不思議な熊さんを見つめるアイリン。
「そうさ〜♪」
 黒熊の後ろから、白熊が「こっち、こっちぃ」と引っ張っている。黒熊は白熊を振り返ってから、もう一度アイリンを見つめ、両手をひらひらと振った。
「ま〜た〜ね〜♪」
「うん、またねー」
 深くは疑わずにアイリンは熊達を見送る。白熊も黒熊も手を振りながら、森の木陰へと消えていった。

●道くさ注意
「駄目じゃないですか〜。ニードさん」
「悪気は無かったんだって」
 木陰で白熊さんに説教される黒熊さん。
 枝の上で、ツルギは苦笑を浮かべたきり黙って見守っている。アイリンに見つからないように違うルートで森に入ってきたカレンが彼らに加わった。
「先行班の人達、どうしたかしら」
「大体もう追い払ったにゃん♪」
 キラの声に振り返ると、そこには先行班のメンバーが並んでいた。
 フュールの説明によると、 彼らは野犬達の集団を見つけ、群れのリーダーらしいのを含め半数くらいを退治した。残りの半数は森の外に散り散りになって逃げていったらしい。
「そうか……」
 出来れば野犬たちの命までは奪いたくないと思っていたメンバーもいたのだが、野犬を残すことはこの森の安全と反比例する。
 森の近くに住むアイリンの祖母のことを考えたら、これでよかったのだとストックも思うようになっていた。
「あら……見て」
 カレンがアイリンの姿を木陰から覗き、指をさした。
 湖の畔の綺麗な花畑。アイリンは楽しそうに、そこに咲く綺麗な菫を摘んでいた。
「僕に任せてください」
 白熊ラナンが胸を張った。彼は着ぐるみをすっかり脱ぎ、目深に帽子を被ってゆっくりアイリンの方向に近づいてく。
「もしもし? 私は旅のものですけど、この道はどこに続く道ですか」
「……アイリンのおばあちゃんのおうちに行く道よ」
「そうですか……道に迷ったかもしれませんね。あなたはここに何をしに?」
「おばあちゃんに、お薬をとどけにゆくの……あっ」
 アイリンは立ち上がると、摘んだ菫をバスケットに添えた。
「それじゃアイリン、ゆくね。まいごのおじちゃんも気をつけて」
 おばあちゃんちはもう少しだ。そのことを思い出し、アイリンは笑顔で駆け出す。
「ああ、元気でな」
 手を振ってその背中を見送りながら、ラナンは木陰で見守るメンバー達にウインクをよこした。

●おつかい完了
「おお。本当にひとりできたのかい? なんておりこうさんなんだろう。可愛いアイリン……本当に無事でよかった」
 大好きなおばあちゃんは、アイリンを出迎えて、涙を流して喜んでくれた。アイリンもおばあちゃんに会った途端、嬉しさと緊張から解かれて、わんわん泣いてしまった。
「アイリン、お姉ちゃんだから、いっぱいいっぱいがんばったの」
「もうすっかりお姉ちゃんだよ。ママに教えてあげないとね」
 泣いてるアイリンを抱きしめながらおばあちゃんは優しく微笑んでくれた。

「……これでお仕事完了だね♪」
 窓の外から家の中の様子を見て、ラッキーが微笑む。
「終わったか……。はぁ、帰ろう帰ろう。……そうだ、ラッキー、お前飯ぐらいおごれ」
 大きく伸びをしてからツルギに言われ、「えー」と驚く仕草をするラッキー。でも仕方ない。みんなにお願いしたのはラッキーなのだし。
「じゃあリゼルのお店でよければ朝ごはんくらいは……」
「よし」
 ツルギはスタスタと歩き出す。その背中にキラが話しかけた。
「待つにゃ。帰り道もおつかいのうちにゃ」
「!」
「……そうだよね」
 食事の話をしたせいでお腹の音が鳴ったフュールも、切ないため息をつく。
「もう少しの我慢ね」
 苦笑するカレン。ラッキーもその場に座り込んでしまった。その隣に白熊ラナンも腰掛けた。
「チェリーさん……ボクを助けると思ってお願いがあるんですっ! ボクのいる旅団に入ってもらえませんか?」
 チェリーはラナンの真剣な顔にびっくりしたようだったが、少し考えてからこう答えた。
「今度、覗きに行かせてもらうね」
「ぜひ」
 ラナンは微笑む。怖い団長に頼まれたの、という話はまだ秘密。

 しばらくして。帰路についたアイリンは一人ではなかった。心配したおばあちゃんに手をひかれ、森の入り口が見えるところまで送ってもらったから。
 残った野犬の心配をして、枝の上や後をつけていた冒険者達の用心も杞憂に終わる。
 町へと、元気にかけて行くアイリンの姿を見ながら、フュールは皆に言った。
「……ぼくらにとっても「はじめての依頼」成功したみたいですね」
「そうだな……」
 苦笑のような笑みを浮かべるストック。
 達成感を胸に駈けて行くアイリン。彼女の笑顔が今回一番の報酬だったかもしれない。