<レグルス使節団派遣>


●序章
 城塞都市レグルスの城門の前。
 交渉そのものは成立することになったものの、さすがに護衛班の入城までは厳しい状況だった。
「希望のグリモアに誓って、正使の護衛のみだ」
 その交渉中、張りのある声でレグルス駐留軍の兵士(勿論リザードマン)に宣言したのは、絡繰り抱きし腕・ユグナシエル(a00162)。
 種類は違えどグリモアを信奉する者として、この言葉は重い。余計な者を入れないようにと命じられていた敵兵も、確認の為に城内へと踵を返したのだった。

●経緯
 同盟の冒険者たち総勢400名弱がレグルスを包囲し、その中の数十名が、ある意味で最も危険な役目である停戦/撤退を促す交渉役を買って出たのだった。
 実際、レグルス駐留軍を率いるガウローも状況が状況がゆえに、同盟からのこの申し出を拒む理由はなかった。
 いや、むしろ渡りに船だったと言えよう。
(「知らせによれば黒水王殿下は彼奴らの手に落ち、森の結界が戻ったとなれば、我々は本国に戻る事もままならぬ。レグルス駐留の三百余命、戦闘力は高くとも冒険者だけで篭城はできぬ」)
 篭城には、冒険者を支える協力者の存在が不可欠なのだ。
 それは、食事を用意し武具を修理し城壁を修復するという実利的なものだけでは無い。篭城戦ともなれば、乏しい物資を分け合い助け合っていかなければならない。
 無用に騒がず指示に従うのは最低条件なのだが、現在のレグルス市民に、それを期待する事はできない。つい先日も、市外の同盟軍に呼応して蜂起しようとした者を処刑したばかりなのだ。
 黒水王の本隊が壊滅したという噂は野火のように広がり、彼らの行った恐怖による支配も限界にきつつある。
(「じゃが……。野戦となれば、人数の少ない我々は不利。仮に、森まで撤退できたとしても、あの結界が抜けれねば挟撃されて壊滅するだけじゃろう」)
 そう考えていた矢先の同盟からの交渉の申し出だったからだ。

●入城
「分かった。だが、いくら護衛とは言え、武装した冒険者を城内に入れる訳には行かぬ。武装解除の上でなら入城を認めよう。それと、人数も絞らせてもらう。20人までだ」
「了解した。武装解除と人数制限、速やかに行わせてもらおう」
 毅然とした態度でリザードマン兵に答えたのは、その考え方や行動力を買われ、正使に選ばれた求道者・ギー(a00041)だった。
 彼はすぐに同行する仲間たちにその旨を告げると、すぐに人選に取り掛かった。勿論、幾人もの仲間たちから反対意見も出されたが、まず交渉のテーブルにつくこと、それが、ギーを始め幾人もの人望を集めた者たちの、一律した見解だった。
「武器や暗器を持ち込む方は、決して入場させませんわ☆ 側に付くばかりが護衛ではないでしょう。選ばれなかった方は、外で待機しててくださいですわぁん」
 それを受け、自らも護衛班を希望している、爆乳女拳士・アイリューン(a00530)が仲間たちに告げた。
「気持ちは解るが、船頭多くて船何とやらってな……ここは選ばれた奴等を信じて待とうや、な」
 それでもまだ不満を漏らす者たちを、変身忍者・シャンデー(a00024)がなだめ、本隊に加わることを勧めた。その言葉が皆の胸に突き刺さったのか、騒ぎはじきに収まっていった。実際、希望した全員(100名超)が揃って入城すれば、不信とを相手に抱かせる事になろう。
 円卓の間の決定を現実のものにするためには、それは避けなければならない。  そのことは、誰もが分かっていた。だが、それでも心配のあまり、言わずにはいられなかっただけなのだから……。

●本隊
「ありがたい。よく来てくれた」
 そう言ってレグルス近郊の住民有志を迎えたのは、蒼の閃剣・シュウ(a00014)。実際に戦う必要は無い。それどころかむしろ、本隊は何もせず、包囲だけを行うことが重要なのだ。その為には、人数は1人でも大いに越したことは無い。守護の盾・ガディアス(a00049)や、ストライダーの翔剣士・コカゲ(a03655)も、十分にそれを承知していた。 「これで彼らが戦う気を無くしてくれれば、それで良し。だが勿論、万一のときは……」
「そうだね。攻めるだけ、守るだけが戦争じゃないよ。今は…待つ事が大事、ってトコかな?」
 本隊の中には、どうせ人数合わせだ、などという者もいたのは事実で……そんな者たちには、六風の・ソルトムーン(a00180)が諭していた。
「何もしない事こそが1つの策。事前の一策は事後の百策に勝る、ものだからな」  と。

 そして、交渉班の者たちが入城して早くも半日が経過した。辺りは既に暗くなり、じき夜の帳が完全に空を覆うことだろう。
 まだ決着を見ない交渉の行く末を気にしながら、1人、また1人と不安が広がっていく。
「頼むぜ! 上手くいってくれよな……」
「本当に……どうか無事で……」
 炎髪の大番長・フィル(a00166)と灼眼の影姫・フェルマータ(a01932)の兄妹も同じだった。万一の場合に備えてはいるものの、今はただ、祈るしかない。そんな彼らに、ヒトの狂戦士・フェイロン(a03579)が皆に声を掛ける。
「布陣している間も食事は必要でございます。皆様方、今すぐ、ご飯の支度を致しますわ」
「私もお手伝いします。どうせなら料理も派手にしましょう?」
 そんなフェイロンに、か弱い乙女・アコナイト(a03039)が協力を申し出、それから更に暫くして、本隊の面々は交代で遅めの夕食を取ることになったのだった。

●交渉
 本隊の面々が揃って心配する中、交渉班は、正使ギーを筆頭に、レグルス駐留軍指揮官、ガディスの石壁・ガウローを始めとしたグリモアガードたちとの交渉のテーブルに付いていた。

 互いの挨拶の後、さっそく、正使ギーが今回の使節の目的と、一連の条件を述べた。

 一、レグルスを速やかに開放、ガウロー殿が率いる駐留軍の本国への速やかな帰還。
 一、同盟はリザードマン軍の撤退中における安全を確保。
 一、ただし、代償として、ガウロー殿及び副官殿一名の身柄を同盟側で預かる。
 また、補足としてドリアッドの森の結界を抜けるための案内人の保障が付け加えられている。

「ふざけるな! 我らが命欲しさにガウロー様を差し出すとでも思うのか! それに、我々は……少なくとも、我々はお前らに負けた事は無い!」
 ギーが挙げ連ねた条件に、グリモアガードの1人が激昂した。が、ガウローはそれを片手で制し、若いリザードマンに代わって口を開いた。
「それで……条件は全てか?」
「うむ。我ら同盟が貴殿らに提示できるものはこれで全て。敗戦処理も武人の務め…理解されよ」
 真実だった。これは、相手が百戦錬磨の老将ゆえ、無闇な駆け引きは得策ではない、と判断したからだった。もしかしたら、アイザックの解放を持ち出せば簡単だったかも知れない。だが、同盟の立場として、そこまでの妥協はできなかった。
 続いて、ギーの副官として、鋼鉄の乙女・キール(a00004)が、先日の戦いにおけるリザードマン軍の被害および黒水王の現状を正直に報告した。
「これはあくまで判断材料。後はそちらで決断を願う」
 この報を聞き、リザードマンたちが顔を見合わせる。その表情はハッキリとは読み取れないが、少なくとも彼らがレグルスという閉鎖された環境にあって、被害を掴んでいなかったのだろう、ということだけは分かった。
 続いて、ヒトの吟遊詩人・ティン(a01467)が、他の列強種族の存在や本国にいる兄王の立場上、抵抗は損失である事を指摘する。その上でガウロ−には、治安の改善と両国民の損失を防ぐという両義から同盟国内の敗残兵たちの再召集を行って戴きたい旨を伝えた。
「人は変わる…世界は変えられる。こんなに面白いことはないでしょう? 見極めて下さい、真に望む未来を……。退いて…もらえませんか?」
 語る者・タケマル(a00447)がその名の通り語る。静かに、そして真っすぐに。彼は敢えて利も害も一切を口にしなかった。そして……薫風率いし白連の蠍・サユーユ(a00074)もまた、ガウローを真摯な瞳で見つめる。
「それが……最善の道ですの…。互いに」

「暫く……考えさせて貰いたい。差し支えなくば、貴殿ら使節団には、我が部下たちと共に食事でもしていてはくれぬか?」
 沈黙の後、ガウローが口を開いた。ギーにそれを断る理由はなく、承諾を得るとガウローは副官2人を連れ、会談の間を後にした……。

 この時、時間は既に入城から数時間が経過していた。外で待つ面々のことを考えながらも、ここが正念場であることを感じているのか、沿う方とも誰1人その場を後にするものはいなかった。
 そして、全員分の食事が供されると、再び、同盟の冒険者たちと若いグリモアガードたちとの間に舌戦が始まった。
「アイザック殿下はどうされている?」
「無論、我々の流儀に従ってだが、客人として遇させてもらっている。それより、貴殿はこちらの条件に応じる気がないようだが、今の自分たちの状況を把握しているのか?」
 質問に答えると共に、黒の騎士・リネン(a01958)が逆に質問を投げかける。だが、その答えなどを求めている訳ではなく、続けて自分から説明を始めた。
 つまり、いつまで戦いを続けたところで、今やここレグルスは孤立状態。本国からの援軍などは期待できず、いつかはレグルスの物資も底をつく事だろう、と。勿論、その場合、自分たちもただでは済まないだろうが…と付け加えて。
「しかし……」
「小国への侵攻は…より強大な脅威から国や家族を護る為、やむを得ないことだったと理解します」
「だが、これ以上の流血の先にあるのはただの自己満足だ。我々は無為な流血など望まない。貴様はどうなのだ?」
 ムキになってリネンの言葉を否定する若きグリモアガードに、白銀の星芒術士・アスティル(a00990)と蒼・イルイ(a01612)が言葉を返した。
 若きグリモアガードは、それ以上、返す言葉を失った……。

●結末
 ……食事も終え、さらに暫くの時間が過ぎた頃。まったく戻ってくる気配もなく、連絡も寄越さないガウローに、冒険者たちは微かな苛立ちを感じ始めていた。

 そんな折、会談の間に、1つの大きな報がもたらされた。
 それを持って来たのはガウローの副官2名。
「同盟を代表して来られた皆さんに謝罪を申し上げねばならなくなった」
「何故、ガウロー殿が直に来られない?」
「我らが長、ガウローは来ないのではなく、来られなくなったのだ」
「つい今し方、今回の戦争の責任を取るものとして、自害なされたよし。我ら2人が確かに最後を見届けた。ついては最期に、首を検めた上で、如何様にもして頂きたい、さらに……そちらの条件はすべて承諾した、近日中に撤退を開始する、と。ただ、提示された条件の一部が満されぬと申されるかも知れぬが、平に容赦願いたい、との言葉も遺された。勝手な所業と思われるかも知れないが、ここは1つ、納得して頂けないだろうか?」

「そんな……。敵味方に関わりなく、もう、これ以上傷付く人は見たくなかったのに……」
 肩を落としながら、黒衣のナース・サレナ(a01030)が言った。
 その場に居合わせたものたちは皆、同様のことを感じていたことだろう。だが、そんな想いを表面には表すことなく、ギーが努めて冷静に、副官に答えを返した。
「あい分かった。同盟を代表し、これにて全ての会談が終了した事を、ここに宣言しよう。あとは、お互い約定に従い、義務を履行するだけである。よろしく協力願いたい。最後に、貴殿らの指揮官に、そしてその英断に敬意を表する」

●終章
 交渉が終わり、ギーらが帰還した時には、空は既に闇に包まれていた。
 しかし、それでも数時間後にまた日は昇る。城塞都市レグルスにも、間もなく久方ぶりの『朝』がやってくる事だろう……。

【終わり】