如月の水辺〜暮れなずむ夕日〜

● ぬくもり

 雪が降っていた。
 ゆらゆらと一つ、二つ。
 寒い空の下、傘も差さずにヒカリはただ、舞い落ちる雪を見ていた。
 遠くで鳥の鳴き声が聞こえる……。

「あれ?」
 ぼんやりとさえずりの泉で佇むヒカリの姿を、キリは見つけた。
「ヒカリさん?」
 声をかける。
 が、どうやら気づかなかったらしい。
 キリはそっとヒカリに近づき……。

 雪を見ていた。
 美しい雪。
 ぼんやりと雪を見ていた。
 伸ばした手のひらに、舞い落ちる雪を乗せながら……。
(「……私はここで……」)
 と、突然、後ろから抱きしめられた。
「あっ」
 驚きの声が上がる。
「驚かせちゃったかな?」
 それは、キリだった。
 抱きしめられたまま、ヒカリはいいえと答える。
「綺麗だね」
 ゆっくりと陽が傾いていく。
「ええ、とても綺麗です……」
 キリのぬくもりが暖かくくすぐったく、そして、何だか照れてしまう。
 そっと離れようとしたのだが、キリがちっとも離そうとしない。
「あ、わかった」
 ふと、キリが声をあげる。
「こんなに綺麗な夕暮れだったから、ヒカリさんはうっとりしてしまったんだね」
「え、ええ……」
 頷く事しかできない。
 照れている事を隠すかのようにヒカリはまた、雪に手を伸ばす。
 ねえと、キリが訊ねる。
「僕はずっとそばに居るから、ヒカリさんも居てくれるかな?」
 その言葉は、キリの告白。
 ヒカリは驚きながら、真っ赤になっている顔を見られていない事にほっとしながらも、答える。
「私がどこにも行かないように、抱きしめてくださるのなら……」
 キリはヒカリの耳元で、ありがとうと囁く。

 ふと、二人は空を見上げる。
 夕暮れ色に染まる雪。
 二人は長い間、それを眺めていた。
 確かなぬくもりを感じながら……。


イラスト: 茶駝乾