ごめんなさい、ね・・・?

● タイムレス・ラブ 〜貴重な時間〜

「まだ着ていない……か……」
 さえずりの泉の淵に立ったゼイムは、周囲を軽く見回すと、そう小さく呟いた。
 なら、彼女が来るのを待つだけ。
 今日の事を、なんとなく色々考えてみながら、ゼイムは泉の水面を見つめる。
 辺りはとても、静かだった。

 リリエラが息を弾ませながら駆けて来ると、泉の淵で待つ彼の姿が目に入った。
 ……もしかして、怒っているだろうか。
 ふと、そう思ってしまったら、なんだか……とてもとても、怖くなってしまって。
 リリエラは足音と呼吸を忍ばせながら、彼の背に近付く。
「……ゼイムさん」
 すぐ手を伸ばせば触れられる、そんな位置まで近付くと、リリエラは彼の背に、そっと抱きついた。
「あの……怒って、らっしゃいます……?」
 おそるおそる尋ねた言葉に、そんな事あるはずが無いとでも言うかのようにゼイムは首を振る。その仕草にリリエラは安堵を覚えながらも、申し訳無さそうに口を開く。
「ごめんなさい……。折角、ゼイムさんとお逢いできる貴重な時間ですのに……」
 彼の返事がどうであっても、謝罪はしなければと紡ぐリリエラ。
 そして……もう1度、今度は笑顔でぎゅっと抱きつく。
 彼と一緒にいる事が出来る、貴重な時間。それを、もうこれ以上は、一瞬たりとも逃したくないとでも言うかのように。
「んじゃ、時間を取り戻さなきゃな」
 背中から伝わったリリエラの言葉に、ゼイムはそう応えると、彼女の腕からするりと抜け出して。その瞳を覗きながら、泉の近くでも散歩しようかと誘いかける。
「ええ」
 頷いて、彼の隣に立つ。
 そして一緒に泉の淵を歩きながら、リリエラは思う。
 ……彼は、自分にとっての『すべて』ではないけれど、彼がいなければ『すべて』がダメになってしまうのではと、そう思ってしまうほど『すべて』に等しいくらい、大切な人。
 一緒に過ごす時間は、何よりも大切な、時のカケラのひとしずく。
 でも、それだけではダメになるから……自分を、もっと磨いて。貴方につりあうようになりたいと、そうリリエラは願う。
 大好きだから……大好きな、貴方だからこそ。
「……? どうかしたか?」
「いえ、なんでもありませんの」
 黙ってしまったリリエラの様子に口を開いたゼイムへと、首を振って。
 リリエラは柔らかく微笑むと、向こうの方にも行ってみましょうと、彼の腕を引いた。


イラスト: くろう