一周年記念〜2度目のランララ聖花祭〜

● 一周年記念〜2度目のランララ聖花祭〜


 深い藍色をした天鵞絨の空に銀砂の星々。フィリスは冷たい風の中で瞬いて震えている星達から、連星の如くに傍らに寄り添うセイルフィンへ目を移した。
 去年は誘う時も話をする時も、とてもとても緊張してぎこちが無かった――フィリスは思う。けれど時は巡りそして今、愛しい人と共に星満ちる丘で休らっている。まるで奇跡のようなこの時間を確かめる様にフィリスがセイルフィンの髪へ手を伸べれば、風に靡く髪が優しく指先を撫ぜて少女の実在を伝えた。
 フィリスの暖かで真摯な眼差しに気付いてか、少女が髪を揺らして振り向く。
「去年、僕がここでお菓子を上げたんだよね――」
 それが始まりだったねと、セイルフィンは柔らかな唇に甘く笑みを咲かせる。周りの人々が気になった。焦って、緊張して。それでも頑張って思いを告げたあの日。
「僕のこと、女の子として見てくれたのはフィー君が初めてだったよ」
 とても嬉しかったのだとセイルフィンは微笑を深める。一陣の冷たい風。触れたい。募る思い。少女の微笑みに眩暈を誘われて、フィリスは思わずマントの中に、セイルフィンの震える肩を抱き込んだ。少しだけ驚いた風に腕の中、セイルフィンが目を見開く。
「さすがに冷えますね……」
 照れ混じりの、囁く様な深い声。
「……フォーナの時も、上着掛けてくれたよね。有難う♪」
 フィリスの肩口に頭を凭せ掛け、セイルフィンは全身を青年の広い胸に預ける。抱いた腕の中、セイルフィンの柔らかな身体と体温が融けた。伝わる鼓動。丘を撫ぜる風と草花の鞘かな嘯きを聞きながら、どちらからとも無く口を開く。
 様々な戦役。戦場を駆け抜け深い傷を負いながらも生き延びて喜び手を取り合った終戦の夜。星凛祭の夜に2人で見た笹舟と、フォーナの夜に見たアイスキャンドルと。フィリスとセイルフィンが語る様々な夜の物語は巡る一年を辿って今日の夜に至り、2人は自然と口を噤んで見交わした。
 時は留まらず巡るから、きっと来年もランララの夜は来るのだろう。
 セイルフィンが思い出した様に星空を仰ぐ。
 翠緑の瞳にさざめく星々が映り込み。
「フィー君、また来年のここに一緒にこようね」
 はにかみながらフィリスを見上げて少女が零した言葉が、夜風に溶けて行く。濃い桜色に染まる頬と、募る思いに潤む双眸。囁きは甘く、フィリスの――セイルフィンが一生傍に居たいと切に願う青年の耳朶を震わせる。
「ええ、2人で一緒に来ましょうね」
 フィリスは約束の様に、セイルフィン――ずっと傍に居て欲しいと望む唯一の愛しい人――にしか見せぬ笑みを浮かべた。
 貴女となら……貴女のためなら戦場だろうと地獄だろうと何処へでも行こう。決して1人にはしない。
 深く身を預けて来る恋人がそこに在る事を確かめる様に強く抱いて、フィリスは心で思いを紡ぐ。
 夜が流れる。星が瞬きながらゆっくりと朝へ向かって行く。風が世界と奏でる優しい歌を聞きながら、フィリスとセイルフィンはいつまでも寄り添っていた。
 ――夜明けを告げる暁の最初の一条が2人を照らし出すまで。


イラスト: さとをみどり