誓いの泉─その瞳に久遠の月夜を

● 『月明かり─鼓動重ね合う夜─』

 結婚して、2週間目に迎えたランララ聖花祭。
 二人は、小鳥がさえずる緑豊かな泉に来ていた。
 冷ややかな風が、二人の横をすり抜ける。
「少し、寒くなったな」
 泉の畔に腰を下ろしながら、ユミは呟いた。
「ああ、そうだな」
 その隣で頷くのはイールード。
「ユミ」
 と、イールードが妻の名を呼ぶ。その声はユミの耳に甘く響いた。
「あっ……」
 イールードが、ユミを後ろから抱きしめたのだ。
「どこかで聞いた事がある。寒さをしのぐ時は人肌が一番だとな」
「そ、そんな事……どこから聞いたのだ、御主は……」
「さて? 昔のことだから、もう忘れたな」
「お、御主っ」
「嫌か?」
 悲しげな響きを持つイールードの声に、ユミは勢い良く首を横に振る。
「……いや、その……お、御主がどうしても、と言うのであれば……儂としても、決して嫌とか、そういうのではないし……」
 そのユミの言葉を微笑んで喜ぶイールード。
「では、今宵はユミをゆっくり味わう事にしよう」
 そういって、キスしようとするイールードを。
「ちょ、待っ……だっ、だだ、誰かに見られたらどうするつもりで……!?」
「誰か?」
 ユミに言われて、イールードは辺りを見渡す。
 もう、日が暮れて、空には星が瞬き始めていた。
 気が付けば、もう辺りには誰もいない。
 昼にはあんなにも賑やかだった場所が、暗闇の静寂に包まれようとしていた。
「どうやら誰もいないようだな? それとも、他の者達が気を利かせてくれたのかもしれないな?」
「そ、そう……なのか?」
 お陰で二人の間に僅かな距離が生まれた。
 見つめ合える、手を伸ばせる距離。
 ユミは僅かにずれた眼鏡を正した。
「ユミ、今日はありがとう……」
 いつになく優しい声。
「イールード……」
「意外に二人きりになれる時間も多くはないからな」
 そう言ってイールードはユミを見つめる。
「少し、この月の輝きの中で顔を見せてくれ」
「あ、ああ」
 イールードはそっと近づき、ユミの頬に手を添える。
「ユミには私だけを見て欲しい……そしてユミをだけ見ていたい。私達が冒険者である以上、常にとは言えない……だが今一時だけは……」
 ユミは恥ずかしそうに頷いた。
「今まで数えるほどしか言えていなかったな……愛している。これまで以上に」
 そのイールードの囁きにユミは言った。
「……まったく、御主は……そんな事を言われたら、何も抵抗、出来ないじゃ、ない……だって、こんなに……」
 声が途切れた。
 イールードの唇を感じながら、ユミは心の中で囁く。
(「だって、こんなに……愛してるんだから、ね……?」)

 泉の水面が僅かに揺らめく。
 そこに折り重なる二人の姿が映った。


イラスト: 山葵醤油 葱