泉のほとりで…

● 掌の中の光

 時は夜。
 柔らかい月明かりが、きらきらと泉の水面を輝かせていた。
 ここはさえずりの泉。
 昼は小鳥のさえずりで賑やかな場所も、夜になると辺りは静まり、静かな時を過ごす事ができる。
 二人きりで過ごすには、良い場所かも知れない。

「リラさん、今日は本当にありがとうございました。あのお菓子、とっても美味しかったです」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです。ファルクさん」
 女神の木の下で合流した二人。
 そこで、リラは美味しいお菓子を、ファルクにプレゼントしたのだ。
 ファルクはもらったお菓子をあっという間に平らげ、幸せそうであった。
「もしよかったら、これを……」
 夜のさえずりの泉。
 そこまで来て、ファルクは小さな箱を手渡した。
「あ、こ、これって……」
 箱の蓋を開けると、そこには小さな指輪があった。
 桜の細工をあしらったプラチナのリング。その桜細工の中央には、美しく輝くダイヤモンドが埋め込まれていた。
「指輪です。綺麗だったんで、一つ買ってきたんです」
 そういって、ファルクは照れくさそうに笑った。
 そう、全ては愛しい恋人の喜ぶ顔を見たいが為に。
 彼はそのために、事前に可愛らしい指輪を買ってきたのだ。
「私が……私が頂いてもいいんですか?」
「もちろん」
 聞き間違えでは無い事を確認して、リラはやっと微笑んだ。
「あ……ありがとう、ございます……嬉しい……」
「リラさんにもらっていただけてよかったです」
 ファルクも嬉しそうに微笑み返す。
 頬を染めながら、リラは嬉しそうに指輪を手にした。
(「貴方が……好きです、他の誰よりも。……指輪……大切にしますね……」)
 言葉にならない声。けれどそのリラの笑顔で、感謝している気持ちはわかってくれているはず。
「あ、ファルクさん」
「どうかしましたか?」
 リラが呼び止める。
「指輪……どの指に嵌めたらいいのでしょうか?」
「え?」
「この指に……嵌めても……い、いえ、でも、き、きっと、まだ……さ、先のことですね」
 最初、左手の薬指にはめようとしたリラ。慌てて右手の薬指に指輪をはめた。
「……ま、まだ時間はたくさんありますしね……今はそこでも……」
 指輪のはめる指の意味に気づき、ファルクも照れながらそう告げる。
「あ……せ、折角来たのに、泉……見ていませんね……」
 指輪をはめ終わったリラは、そういって泉を見た。
「み、見に行きましょうか」
 そういって、リラはファルクの手を握ろうとした。
 と、ファルクと視線が合う。
 はっと気づいて、二人はすぐさま、視線を外した。
「も、もしかして……見てました?」
「え、あ……その……い、泉もいいですけど、リラさんの事を見ていたいな、と……」
 困ったように頭をかきながら、そうファルクは言う。
 その言葉にリラは思わず赤面してしまう。ファルクの頬もまた、ほんのりと赤く染まっていた。
(「いつまでも、こんな時が続けばいいです……ずっと、貴方の側に……」)  そうリラは願わずにはいられなかった……。
 ちらちらと互いを盗み見る二人。
 二人の夜は、まだ始まったばかり。


イラスト: 橘平