さえずりの泉

● さえずりの泉

「貴方が御無理をなさらないか、時々、心配になりますのよ?」
 ソリッドの肩に頬を寄せて、アリエノールが囁いた。
 仲睦まじい様子でさえずりの泉の畔に座った二人は、寄り添って小さく笑い合う。
「倒れるわけにはいかない理由があるよ」
 大丈夫だ、とソリッドが囁き返す。
 仲間のこと、旅団のこと、義理の娘のこと。そして婚約者たるアリエノールのこと。
 まあ、と彼女は悪戯っぽく笑った。
「……私は、一番最後ですの?」
 綺麗に綺麗に包装したお菓子を手渡しながら、アリエノールは聞いた。
 ソリッドは困ったように眉を寄せる。
 拗ねたようなムキになったような口調で、「最後にしたのは強調するためだよ」と答えた。
 そのままアリエノールの豊満な身体を抱き締める。
「ランララの女神の木に誓おう。俺はこの身を盾と成し、エルを護って行く」
 勿論、これからずっと、何があろうとだ。
 微笑む彼の顔を見上げて、アリエノールは青い瞳を細めた。
 婚約者と銘打ってはいるけれど、二人が結ばれる日は随分先送りになっているような気がする。
 けれども、想いが果てることは無い以上、いつか必ず、その日は二人のもとへ遣って来るのだ。
 互いの言葉が途切れ、眼差しが絡み合う。
 胸の高鳴りを鎮めようとして、アリエノールは微か唇を開いた。
 開いた唇は言葉を発することも出来ず、再び唇を閉じる。
 痛いくらいの鼓動を聞いて、大きな暖かい手のひらが腕に触れるのを感じる。
 気付けば頬に当てられていた優しい手。
 開きかけたままのアリエノールの唇が、ソリッドの唇で塞がれる。
 強く抱き締めながら、白い肌に火を燈すように指先が触れる。彼の息遣いを感じながら、アリエノールは目を閉じた。幾万の言葉より雄弁に、彼は彼女への愛を語る。
「(この人と、共に居たい……)」
 触れているだけで満たされる。
 心からそう感じて、潤んだ瞳をうっすらと開き、ソリッド様と彼の名を呼んだ。
 自らにあるたったひとつの心、ひとつの想い、ひとつの真を捧げた愛しい人の名を呼んだ。
「幾久しく……貴方のお傍に」



イラスト: sin